簡雍が見た三国志 ~劉備の腹心に生まれ変わった俺が見た等身大の英傑たち~

平尾正和/ほーち

文字の大きさ
27 / 30
第一章 黄巾の乱

黄巾軍との戦い 簡雍Side

しおりを挟む
 官軍の投石が終わり、義勇軍が進軍を始めたとき、俺は田豫とともに、劉備に付き従っていた。

『私に続けぇー!』

 そして黄巾軍が近づいてきたところで、劉備は声を上げて突出し、それに関羽と張飛が続いた。

『せぁーっ!』
『おおおおお!』
『おらぁーっ!』

 劉備が先頭の敵を倒し、さらに関羽と張飛が複数の敵をなぎ払った。

『隊長に続けー!』

 田豫の号令で、義勇軍は敵に向かって駆け出した。
 そんな中、俺は興奮する馬をなだめながら、少し速度を落とし、うしろから来る歩兵に紛れた。

「できれば、人は殺したくないからな……」

 護身用の棒を小脇に抱え、馬の手綱を取りながら、俺は言い訳のように呟いた。
 こちらに来ておよそ十年。
 俺はまだ人を殺したことがない。

 劉備と一緒にいる以上、いつかそのときは来るのだろうが、できれば先延ばしにしたいと思っていた。
 永遠に来なければいい、とも。

「だったらこんなところまで来るなって話なんだけどなぁ」

 自嘲気味に呟いたその声は、周りの喧噪にかき消され、自分の耳にもほとんど届かない。
 人を殺す覚悟もないやつが戦場に立つなんて、本当に馬鹿げた話だ。
 でも、劉備の行いを見届けると決めた以上、俺はできる限り彼の近くで、彼の為すことを見る必要があるんじゃないかと、そう思ってここまでついてきたのだった。

「黄天立つべぇーしっ!」
「うあああ! 死ねっ……死ねぇーっ!」

 酷い光景だった。
 歩くのもやっとというような、痩せ細った黄巾の兵だが、致命傷を受けてなお起き上がる姿は、まるでゾンビでも見ているようだった。
 最初のほうこそ勢いに任せて敵を蹂躙した義勇軍だったが、あまりの手応えのなさに勢いを殺された。
 倒れては立ち上がり、仲間の屍を超えて向かってくる異様な姿に恐怖し、及び腰になって苦戦する義勇軍の姿がちらほら見られた。
 大勢は決していたが、それでも連中は死に絶えるまで抵抗を止めない。
 それが厄介だった。

「くそっ! 来るな! あっちいけっ!!」

 俺は馬にまたがったまま棒を振るい、よろよろと近づいてくる敵兵を追い払おうとした。
 しかし傷つくことを恐れないのか、敵は躊躇なくこちらに近づいてくる。

「くっ……!」

 俺は手綱を取り、とにかく敵のいないところまで退こうとしたのだが――。

「ヒィンッ……!」

 どこからか飛んできた石が馬の首に直撃した。

「おわぁっ!?」

 驚いて身体を揺らした馬から、俺は無様に振り落とされてしまう。

「ってて……」

 盛大に尻餅をつきながらも、棒を手放さなかったのは、俺にしては上出来だろう。

「ぁぁ……」

 うめき声に顔を上げると、石を手にした血まみれの黄巾兵が迫っていた。
 右腕はあらぬ方向に曲がり、片脚を引きずっていながら、そいつは石を持った手を振り上げ、俺に襲いかかってきた。

「うわあああ……!!」

 俺は悲鳴を上げて立ち上がり、そのまま身体をひねってそいつに背を向けた。
 敵から離れるべく踏み出すと同時に、苦し紛れに、後ろ手に棒を振る。

 ――コツン。

 棒の先が、なにかに当たった。

「あああああああ!」

 その小さな衝撃が手に伝わってくるのを感じながら、俺はその場から逃げるべく、喚き散らしながら走った。

「うわぁっ!」

 なにかにつまずいて、盛大に転んだ。
 転んだところにはなにか柔らかい物があって、ケガをせずには済んだ。

「っつぅ……って……うわぁっ!」

 手をついて身体を起こし、目を開けると、死体があった。

「ひぃっ!」

 慌てて立ち上がったが、足腰に力が入らず、よろめき、すぐに尻餅をついてしまう。

「うぅ……なんなんだよ……これ」

 周りを見回した。
 いくつもの死体が転がっていた。
 いくら視線を動かしても、地面を埋め尽くすような死体の山が常に目に映った。

「はは……地獄じゃねぇか……」

 そこは、ただの地獄だった。

「う……ぁ……」

 背後から、うめき声が聞こえた。
 恐る恐る身体をひねると、死体の山からなにかが起き上がった。
 それは黄色い布を頭に巻いた、ガリガリに痩せ細った男で、充血した目だけが異様に輝いている。

「蒼天……すでに……」

 さらにもうひとりが、起き上がる。

「うわああ! ああああ!」

 くそ……腰が抜けて、立てな……。

「来るなぁ! こっち来るなよぉ……!」

 ひとりは、手に剣を持っていた。
 死んだ義勇兵から奪ったのだろうか。

「棒……棒はっ!?」

 ここに来てようやく、俺は棒を持っていないことに思い至った。
 さっき転んだとき、手放してしまったようだ。

「くそっ! くそっ……!」

 這ってでも逃げ出したいが、転がる死体が邪魔で思うように動けない。

「うがああああ……!」

 ひとりの黄巾兵が剣を振り上げ、もうひとりは今にも飛びかかってきそうだった。
 だが次の瞬間、視界からふたりの姿が消えた。

「え……?」

 少し離れたところで、ドサドサッとなにかが落ちる音がした。

「よう、先生。大丈夫かい?」

 ふたりの敵兵が消えたあとには、馬上から俺を見下ろす張飛の姿があった。

「益徳……!」

 助かった……。

「こいつがうろついてたからよ。なんかあったんじゃねぇかと心配で探し回ったんだぜぇ?」

 そう言って、張飛は一頭の馬を引き連れていた。
 手綱を放した様子はないので、こいつは片手で棒を振るってあのふたりを吹っ飛ばしたのか。
 すごいな……。

「ちぃとばかし危なかったみてぇだな」
「ああ……ああ……! 助かったよ、マジで……!!」

 張飛が来なければ、死んでいたかも知れない。
 そう思うと、寒気と激しい動悸に襲われた。

「さぁて、ほとんどカタぁついたみてぇだな」

 少し暗い口調でそう言いながら、張飛はあたりを見回した。
 それにつられて俺も周りを見たところ、戦闘はほとんど終結しているようだった。

 それからしばらく、張飛は俺の近くで周りを警戒してくれた。
 頼もしい男に守られているんだ、ということが安心に繋がったのか、ほどなく俺の足腰は力を取り戻し、立ち上がることができた。

「よっこいせ……っと」

 張飛が連れてきてくれた馬に乗り、ゆっくりと戦場を移動した。
 馬は、転がる死体を器用によけながら歩いた。

 途中、石を振り上げたままの姿勢で仰向けに倒れた死体が目に入った。
 棒を伝って感じた小さな衝撃が、いつまでも手に残っているようだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

帰国した王子の受難

ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。 取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

中条景泰に転生した私。場所は魚津。目の前には織田の大軍。当主も越後に去り、後は死を待つばかり。今日は天正10年の6月2日……ん!?

俣彦
ファンタジー
ふとした切っ掛けで戦国武将に転生。 しかし場所は魚津城で目の前には織田の大軍。 当主上杉景勝も去り絶望的な状況。 皆が死を覚悟し準備に取り掛かっている中、 暦を見ると今日は天正10年の6月2日。

俺は、こんな力を望んでいなかった‼︎

アノマロカリス
ファンタジー
俺の名は、グレン。 転移前の名は、紅 蓮(くれない 蓮)という。 年齢は26歳……だった筈なのだが、異世界に来たら若返っていた。 魔物を倒せばレベルが上がるという話だったのだが、どうみてもこれは…オーバーキルの様な気がする。 もう…チートとか、そういうレベルでは無い。 そもそも俺は、こんな力を望んではいなかった。 何処かの田舎で、ひっそりとスローライフを送りたかった。 だけど、俺の考えとは対照的に戦いの日々に駆り出される事に。 ………で、俺はこの世界で何をすれば良いんだ?

生きるために逃げだした。幸せになりたい。

白水緑
ファンタジー
屋敷内に軟禁状態だったリリアは、宝物を取り戻したことをきっかけに屋敷から逃げ出した。幸せになるために。体力も力もない。成り行きに身を任せる結果になっても、自分の道は自分で選びたい。 2020/9/19 第一章終了 続きが書け次第また連載再開します。 2021/2/14 第二章開幕 2021/2/28 完結

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流@3/19書籍発売!
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

冤罪で退学になったけど、そっちの方が幸せだった

シリアス
恋愛
冤罪で退学になったけど、そっちの方が幸せだった

処理中です...