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第一章 島からの旅立ち
第九話 お父さん
しおりを挟む「よーしいいぞ、今の感じを忘れない様にな」
「はい!ギル兄!」
夜、ギル兄からの稽古を受けて僕は基礎を固めていた。
一度簡単な手合わせをして貰った所、独学ながらによくやったと褒めてもらえて嬉しかった。
だけど、まだまだ荒削りな部分が多いからそこを教えてくれるって、教え方も上手くて、すぐにでも上達出来そうだ。
そして稽古の後、ギル兄は今の大陸についての話を聞かせてくれた。
「今、大陸は人魔戦争で人も魔族も多く死んでいる…戦争ってのがそういう物だってのは分かるが、いや、分かりたくは無い物だけど事実なんだ」
「お父さんは、そこでどんなことを?」
「そうだな、分かり易く言えば今は孤児院をやってる」
「こ、孤児院?」
ぼ、僕のお父さんはいつの間にか孤児院を開いていた!
「魔物も人も、境界線なんて物を取り払って一か所で面倒を見てるんだよ、色々な障害はあったけどよ、戦争も肯定派ばかりじゃない、人国からも魔国からも穏健派の人達が資金を捻出してくれていてな、色々と上手くやっているよ」
「凄いね、僕のお父さんはそんなに立派なことをしているんだ」
「ガルディアの行動力には驚かされるよ、俺自身、一人だったらあそこまでの事が出来るとは思えんしな」
「その、どうして孤児院を?」
ギル兄は頬をポリポリと掻いて、焚き火の煙が昇る空を見上げて思い出すように話した。
「確か最初は、魔族の…魔人種のガキを拾ったとか…だったかな?」
「魔人種…えっと、魔族の中でも獣に近い姿をしていると魔獣種、人に近い姿をしていると魔人種って呼ばれるんだっけ?」
「お、そうだぞ、しっかり勉強してるな。まぁ話は戻るが、そのガキは本来魔獣種でしか生まれてこないガキだったんだが、突然変異か別の要因かで魔人種として魔獣種の母親から生まれてきたんだ」
「それで、一人になっちゃったの?」
「あぁ…そのガキ自身は少なくともそう感じていたからな…」
そうか、事実はどうあれ、その子はそういう風に理解したんだ。
「まぁ、今じゃ頭に生えた一本角でガルディアの尻をよく突き刺してるよ」
「良かった…のかな?」
お父さんは凄いな、孤児院を開いてきちんと活動を続けているんだ。
穏健派の人に力を貸してもらっているとはいえ、きっと他の人じゃ成し得ない様な事だと思う。
うん…思うなんだ。
大陸でそこまで頑張って、怪我とかはしていないのかな?
お父さんって、何処でお母さんと知り合ったんだろう。
お父さんは、お父さんは…。
あれ…?
僕って、お父さんのこと、何にも…知らないや。
胸に走った痛みで、僕の気持は一気に落ち込んだ。
何故だろう、凄く…凄く不安だ。
あぁ、そうか、僕の肉親はもうお父さんしかいないから…だから、僕は。
「…その、ギル兄?」
「ん、どうした?ほらミルク、暖まるぞ」
焚き火を前に、ギル兄は温めていたミルクを手渡してくれた。
ツミレ先生から、この世界の何処かには四季という季節の変化が著しく四つに分けられている島があると聞いた事があるけれど、大陸や僕達の住んでいる島は寒い時は寒いし暑い時は暑い、一年間三百六十日が半分半分で暑くて寒い。
僕の誕生日は丁度寒い時期、十二月の十四日だ。
寒いけれども、目標の為に僕の心は燃えている。
燃えているけれど…不安な事が、あるんだ。
「ねぇ、ギル兄…父さんって、僕の事…ちゃんと、覚えてる…よね?」
思わず、ミルクの入ったカップが揺れた。ちゃぷんと音を立てた液体が、その揺れる様が僕の心を映し出している様だった。
質問をしたのは自分なのに、その答えを聞くのが怖くって。
だけど、ギル兄は僕の頬っぺたを優しく抓って目を合わせると、抓っていた手を放して、コツンと優しく額を合わせてくれた。
「馬鹿だな…孤児院を作ったのだって、大陸に渡ったのだって、全部アル、おまえの為なんだぜ?」
「でも…だけど、僕は、お父さんに会えていないんだよ?」
「大丈夫、ガルディアは…俺の親友はお前の事ばかり考えているよ」
ふわりと後頭部に添えられた手が暖かくて、僕は安心を覚える。
「ガルディアはな、大陸に渡って最初、下らない一つの事で悩んでいたんだ」
「下らない一つの事?」
「あぁ、アイツの持ち味は即断即決、何でもすぐに行動に移す所あるんだが…迷ったんだよ」
焚き火の中の乾燥した枝木がパチッと音を立てて弾けた。
「世間にとって希望になるのは間違いなく勇者、だけど、アイツが将来を築き上げたいのはアルの為だ」
ゆっくりと離された額にまだ熱が残っていて、目の前にあるギル兄の残していった熱なんだって分かった。
「アイツは恩を作ったよ、それはそれは多くの恩を、そして、『私達に何か恩を返す事は出来ますか?』と聞かれる度にこう答えたんだ」
『将来、息子のアルが貴方達の前に現れるかもしれない、その時、どうか息子を助けてやって欲しい』
「勇者を助けてくれって言った方が、賛同も多く得られたかもしれない…けど、ガルディアは勇者を助けてほしかったんじゃない、アル、大切なのはお前だったんだよ」
言葉に出来ない嬉しさが込み上げて来て、涙が頬を伝うのが分かった。
「最初はな、効率とかを考えて勇者であるアルを広めようとしていたんだ…だけど、いざ行動に移そうとした時、ガルディアには出来なかった」
ギル兄が指先で僕の涙を拭ってくれるけど、それでも涙は止まらない。
「勇者って色眼鏡で自分の息子を見られるのが嫌なんだってよ、ガルディアは言ってたぜ、
『俺の息子が胸を張って自分が勇者だって名乗りを上げるまで、俺は息子を勇者とは呼ばない、そして、例え勇者として名乗りを上げようとも、俺は変わらずに息子の父親として名乗りを上げよう』
ってな」
優しい笑みで僕を胸元に抱き寄せたギル兄は、耳元で、凄く優しい声で、僕の頭を撫でながら言ってくれた。
「安心しろよ、ガルディアにとってアルは勇者よりも息子さ、忘れるはずも無い、大事な大事な息子なんだ」
「う…ぐすっ、うぁ…うぁあぁ…!」
抱きしめてくれたギル兄の腕からは、安心とか、優しさとか、色々な物が伝わってきて…嬉しくて、初めてだったよ、嬉しさで涙が出るなんて。
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