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第一章 島からの旅立ち
第十話 その女性、幼馴染
しおりを挟む吹く風に乗る潮の香り、一面の青は海、そこに浮かぶ白は船舶、積み荷の降ろし作業や詰み込み作業で賑やかなこの町こそ、港町クリッケだ。
「アル、ここにいるっていう知り合いはお前が勇者だってこと…」
「知ってるよ、だって十歳になるまでは一緒に遊んだりしてたからね、一時期はツミレ先生の授業を一緒に受けたりもしてたんだ」
懐かしい思い出を話しながら、僕とギル兄は到着してすぐににあるお店に入った。
クリッケ名物、潮香るハンバーグが食べれるお店だ。
「ハンバーグかぁ、大陸じゃあ肉の塊としか呼びようの無い不味い物しか食えないからなぁ」
「ここのハンバーグは美味しいって評判なんだ!トントルの町に住んでる人達から聞いたんだ」
「保存用の干し肉にも飽きてたし、楽しませてもらうとするか」
木造作りの暖かさを感じさせる店内に入るとパタパタと駆けてくる一人の女性が居た。
「はーい、いらっしゃい、空いてる所に座ってね…ってアル!?アルじゃないの!?」
そこで働いているのは十歳までトントル、僕が住んでいた町にいた幼馴染のクレア姉さんだ。
僕と同じ十五歳のクレアは僕よりも背が高くてお姉さんとして接していた。
「クレア姉さん久し振り、時間的には…四年振り?」
「そうね…アルの年齢的には五年振りだけど時間的には四年振りね」
「本当に…久し振り…」
旧知との再会に喜んだ僕だったけれど、次いで驚愕の事実に気が付いた。
僕よりも背が高かったのは昔からだし、僕自身の背が低いから超えることは無いと思っていた。
久し振りにあったクレア姉さんは神様と同じくらいの百七十センチくらいの背をしている。
だけど…胸はそのままだ。
「アルは変わらないわね、少しは背が伸びたの?」
「す、少しは伸びたもん!クレア姉さんは大きくなったね」
「そ、そうなぁ?いやぁ私も結構成長したよね、発育が良いっていうのかな?えへへへへ」
嬉しそうに表情を崩して笑うクレア姉さんを見ているとこちらも笑顔になってしまう。
僕の後ろではギル兄が微妙な顔で「なんて残酷な…」と小声で呟いて首を振っていたけれどどういう意味だろう?
テーブルまで案内された所でクレア姉さんは首を傾げた。
「あれ、ところでそっちのイケメンの人はどなたさま?」
クレア姉さんがギル兄に視線を向けた所で二人に面識が無いことを思い出した僕は、手近な席に座ってからここに来るまでのあらましを説明した。
「えっと、つまり、アルの父さんの親友で今はアルに稽古を付けてくれてるって事?」
「うん!ギル兄は凄いんだよ、ほら、僕が膝に座っても身体が半分も隠れないでしょ?身体も大きいし、強いし、すっごく頼れるんだよ!」
「ははは、アルは相変わらずね」
ギル兄の膝の上に座りながら両手を広げて「凄いでしょ!」と誇る僕をギル兄は隣の椅子に移してクレア姉さんに向き直った。
ぽんぽんと頭を撫でてくれた跡に、ギル兄はクレア姉さんに向き直った。
「一週間くらいはこの町で稽古を付けながら周囲のモンスターで実戦経験を重ねて、そこから一週間の船旅を終えて少ししたらお別れって感じだな」
「その、ギルさんって大陸に行ったことあるんですよね?」
「あぁ、全部を知ってるとは言わないけれども四分の一は見て回ったと思うぞ」
自信満々といった風に言ったギル兄だったけど、次のクレア姉さんの一言でその様子は一変した。
「『世外の通り道』って行ったことありますか?」
その名前を聞いた途端、ギル兄は眉間に皺を作ってクレア姉を見た。
「行ったことはある…だが、あの場所は噂に聞く物とは違うぞ」
「えっ…でも、あの場所に行けば…」
「あぁそうだ。確かにあの場所に行けば死者に会うことが出来るぞ、だが…会うことが出来るのは死者、決して自分の会いたい人物に会える訳でも無い、それどころか、会うことが出来る死者は全てモンスターだ」
僕も本で読んだことがある。
『世外の通り道』、大陸の北部にあって死者の魂が行き着く場所、その場所に行けば死者に会うことが出来る…と、物語に描かれる『世外の通り道』では幼いころに両親を失った少年がそこで両親に出会い、これまでの思い出を語って成長する様子が描かれていた。
僕とクレア姉さんが八歳の頃、ツミレ先生から借りた本の中でその物語を見たクレア姉さんは将来『世外の通り道』に行って、幼いころに亡くなった父親に会うんだと意気込んでいた。
「面影は…あるんですか?」
「…はぁ、あぁ、実際その場に出てくるモンスターは知性も無い化物だが、人だった頃の面影は残している」
重い溜息を吐いて教えてくれたギル兄は、余計なことを言ってしまったと嘆いていたけれども、嘘をつかないでいてくれたことがとても嬉しかった。
「それだけで充分なんです…ただ、父さんにこんなに大きく育ったんだよって見てもらいたいだけなので」
「それなら将来、アルに連れて行ってもらうと良い、あの場所は悲しみの集う場所だが、同時に後悔の念が救う場所でもある…俺とガルディアではそれを晴らす事は出来なかったが、その後悔や悲しみが一つでも無くなるのならば、きっと意味のある行いなんだろう」
「ギルさん、ありがとうございます!」
頭を下げて仕事に戻ったクレア姉さんの目元には涙が在った。
ギル兄は頭に手をやって「我ながら、馬鹿な事をした」と呟いていた。
「どうして?ギル兄は本当の事を話しただけでしょ?何も馬鹿なことはしていないよ」
思わず口にした僕に、ギル兄はチラと目をやると頭に手を置いて話してくれた。
「あの場所はな、死者の魂が行き着く場所と言われる他、死者の魂が生まれる場所とも言われているんだ。『世外の通り道』の話を信じて行き着いた者が後悔し死を選ぶ、そして死者がまた増える。そんな事が延々と繰り返される場所なんだ。あのクレアという子がその場所でどんな行動を取るのかは分からないが、アル、もしもその旅に付き合う事があったら…俺の尻拭いという形になってしまうが、どうか面倒を見てやってくれ」
僕は、ギル兄は何も悪くないと思うけれど、クレア姉さんがそこで死を選択するのは、悲しいと思う。
きっとそれは凄く未来の話だと思うし、本当にクレア姉さんがそこに行く選択をするのかも分からないけれど、もしも機会が巡って来たのなら、僕は、頑張ってクレア姉さんを守ろうと思う。
「任せて」
「…なんだアル一丁前に格好付けてぇ!ははは、頼りになるじゃねぇか!」
頭に置いた手でそのまま撫でられて、僕は嬉しさから笑みが零れた。
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