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第一章 島からの旅立ち
第十一話 引き止め
しおりを挟むそして夜、ギル兄との稽古も終わって、水浴びをした後に部屋で眠るギル兄を置いて僕は宿屋の前で月を見上げていた。
時期もあって、夜は少し寒いけれど水浴びの後ということもあって身が引き締まる様な気がした。
空に浮かぶ二つの球体、本で読んだけど、星っていうらしい。
片方がユエ、もう片方がルナ、大きな二つの星が照らしてくれているから夜でも明るいんだってさ。
虫の鳴き声が心地よくて、思わず口から、想いが漏れだした。
「ここで今日から一週間か、それが終わったら、この島ともお別れだ」
ずっと、この十五年間過ごしてきた場所を旅立つのは悲しいけれど、だけど…。
「それが…旅立ちなんだよね」
もう、この港町には昔からの知り合いと呼べる人はクレア姉さんとギル兄しかいない。
トントル…僕が元々いた町なら知り合いは一杯いたけれど、この町は別だ。
だけど、同じ島だから、まだ不思議と故郷にいると思える。
僕はその故郷を、離れるんだ。
風が吹いて、草木が揺れて一枚の葉が空に溶けるようにして昇っていった。
「こんなところでどうしたのさ?」
声を掛けられてそちらに目を向ければ、ウェイトレス服から私服に着替えたクレア姉さんがいた。
服の名前はあまり知らないけれど、薄手のキャミソールにホットパンツ、確かボーイッシュという服装だ。
「こんばんは、クレア姉さん」
「えぇこんばんは、それで、一人で夜空を見て黄昏てたの?」
大当たりなんだけれども、そういう風に言われると恥ずかしくなっちゃうな。
僕の隣に立って、後ろ手に風を頬に浴びて気持ちよさそうな顔をするクレア姉さんを見ると頬が熱くなる。
「あと一週間でこの島ともお別れなんだなって思うと、何だか寂しくて」
「ふぅん?そういう物?」
「うん、十五年間住んでいた島だからね、人魔戦争が終わるまでは帰ってこれないだろうし」
というよりも、帰って来るつもりは無いんだ。
人魔戦争を終わらせて、お父さんにも会って、何か一区切りを付けたら戻って来たいけれど…一体それが何時の事になるのやら。
「そっ…か、帰って、来ないんだ」
「うん、神様からお願い…されちゃったからね」
そのお願いの為に、奔走してくれた人達がいる。
ギル兄も、お父さんも、僕の将来の為にずっと前から頑張ってくれていた。
自分の将来が決められていた…なんて風に考えたこともあったけど、自分の将来の為に身を粉にして頑張ってくれている人がいるんだって考えたら、受け入れられた。
「十五年…私とアルが一緒に居たのは十年くらいだけど、色んな事があったよね」
「うん、お父さんもお母さんもいなくってよく泣いてた僕をクレア姉さんが外に連れ出してくれたんだよね」
一度、お父さんが来てくれて嬉しかったけれど、その後すぐに旅立ってしまって僕は再び悲しみに暮れた。
そんな時に僕に明るく接してくれたのがクレア姉さんだった。
『あんたいっつも一人でいて、あたしと遊びなさいよ!』
『ぐすっ…ふぇ…?』
『泣いて下を向いてたら見えるのは地面だけよ!上を見て、あたしと一緒に遊んでみなさい、もっと楽しい物が見えるわよ!』
『お姉さん…だぁれ…?』
『あたしはクレア!お姉さん…いいわね、今日からあたしのことはクレア姉さんって呼びなさい!』
『えぇ…なんでぇ…』
『いいから、ほら、行くわよ!』
そうやって、僕を悲しみから引き上げてくれた。
きっと、クレア姉さんが居なかったら僕はずっと塞ぎ込んだままだったと思う。
「あ、あの時の私は忘れてよ、子供だったんだから」
顔を赤くして怒った風な口調で咎められたけれど、本気では怒っていない事が分かるのは付き合いが長いからだ。
「今では私は港町のウェイトレス、片やアルは勇者様か…」
クレア姉さんはそう言うけれど、僕自身、未だ自分が勇者だという自覚が薄い。
「僕は…勇者にはなれていないよ、肩書きだけの勇者だよ」
「肩書きでも勇者よ、人魔大戦を終わらせるんでしょ?」
「うん、その為に頑張ってくれている人がいるし、僕自身、それに報いたいと思ってるから」
「それに…神様にも頼まれたから?」
「それも…あるかな」
クレア姉さんは「そっか」と呟くと僕の前に立って、風に靡く髪を抑えながら伏せ目がちに口を開いた。
「お願いされたから…なんだったらさ、アル?」
「なぁにクレア姉さん?」
「私がもし、行かないでってお願いしたら、アルは…どうする?」
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