勇者として生きる道の上で(R-18)

ちゃめしごと

文字の大きさ
13 / 72
第一章 島からの旅立ち

第十一話 引き止め

しおりを挟む

 そして夜、ギル兄との稽古も終わって、水浴びをした後に部屋で眠るギル兄を置いて僕は宿屋の前で月を見上げていた。
 時期もあって、夜は少し寒いけれど水浴びの後ということもあって身が引き締まる様な気がした。

 空に浮かぶ二つの球体、本で読んだけど、星っていうらしい。
 片方がユエ、もう片方がルナ、大きな二つの星が照らしてくれているから夜でも明るいんだってさ。

 虫の鳴き声が心地よくて、思わず口から、想いが漏れだした。
 
「ここで今日から一週間か、それが終わったら、この島ともお別れだ」
 ずっと、この十五年間過ごしてきた場所を旅立つのは悲しいけれど、だけど…。
「それが…旅立ちなんだよね」

 もう、この港町には昔からの知り合いと呼べる人はクレア姉さんとギル兄しかいない。
 トントル…僕が元々いた町なら知り合いは一杯いたけれど、この町は別だ。

 だけど、同じ島だから、まだ不思議と故郷にいると思える。
 僕はその故郷を、離れるんだ。

 風が吹いて、草木が揺れて一枚の葉が空に溶けるようにして昇っていった。


「こんなところでどうしたのさ?」


 声を掛けられてそちらに目を向ければ、ウェイトレス服から私服に着替えたクレア姉さんがいた。
 服の名前はあまり知らないけれど、薄手のキャミソールにホットパンツ、確かボーイッシュという服装だ。

「こんばんは、クレア姉さん」
「えぇこんばんは、それで、一人で夜空を見て黄昏てたの?」

 大当たりなんだけれども、そういう風に言われると恥ずかしくなっちゃうな。
 僕の隣に立って、後ろ手に風を頬に浴びて気持ちよさそうな顔をするクレア姉さんを見ると頬が熱くなる。

「あと一週間でこの島ともお別れなんだなって思うと、何だか寂しくて」
「ふぅん?そういう物?」
「うん、十五年間住んでいた島だからね、人魔戦争が終わるまでは帰ってこれないだろうし」

 というよりも、帰って来るつもりは無いんだ。
 人魔戦争を終わらせて、お父さんにも会って、何か一区切りを付けたら戻って来たいけれど…一体それが何時の事になるのやら。

「そっ…か、帰って、来ないんだ」
「うん、神様からお願い…されちゃったからね」

 そのお願いの為に、奔走してくれた人達がいる。
 ギル兄も、お父さんも、僕の将来の為にずっと前から頑張ってくれていた。

 自分の将来が決められていた…なんて風に考えたこともあったけど、自分の将来の為に身を粉にして頑張ってくれている人がいるんだって考えたら、受け入れられた。

「十五年…私とアルが一緒に居たのは十年くらいだけど、色んな事があったよね」
「うん、お父さんもお母さんもいなくってよく泣いてた僕をクレア姉さんが外に連れ出してくれたんだよね」

 一度、お父さんが来てくれて嬉しかったけれど、その後すぐに旅立ってしまって僕は再び悲しみに暮れた。
 そんな時に僕に明るく接してくれたのがクレア姉さんだった。

『あんたいっつも一人でいて、あたしと遊びなさいよ!』
『ぐすっ…ふぇ…?』
『泣いて下を向いてたら見えるのは地面だけよ!上を見て、あたしと一緒に遊んでみなさい、もっと楽しい物が見えるわよ!』
『お姉さん…だぁれ…?』
『あたしはクレア!お姉さん…いいわね、今日からあたしのことはクレア姉さんって呼びなさい!』
『えぇ…なんでぇ…』
『いいから、ほら、行くわよ!』

 そうやって、僕を悲しみから引き上げてくれた。
 きっと、クレア姉さんが居なかったら僕はずっと塞ぎ込んだままだったと思う。

「あ、あの時の私は忘れてよ、子供だったんだから」
 顔を赤くして怒った風な口調で咎められたけれど、本気では怒っていない事が分かるのは付き合いが長いからだ。
 
「今では私は港町のウェイトレス、片やアルは勇者様か…」

 クレア姉さんはそう言うけれど、僕自身、未だ自分が勇者だという自覚が薄い。

「僕は…勇者にはなれていないよ、肩書きだけの勇者だよ」
「肩書きでも勇者よ、人魔大戦を終わらせるんでしょ?」
「うん、その為に頑張ってくれている人がいるし、僕自身、それに報いたいと思ってるから」
「それに…神様にも頼まれたから?」
「それも…あるかな」

 クレア姉さんは「そっか」と呟くと僕の前に立って、風に靡く髪を抑えながら伏せ目がちに口を開いた。

「お願いされたから…なんだったらさ、アル?」
「なぁにクレア姉さん?」

 

「私がもし、行かないでってお願いしたら、アルは…どうする?」



 
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

処理中です...