15 / 72
第一章 島からの旅立ち
第十三話 過去と、理由と、曲げない決意。
しおりを挟む「よし…一日まるごと稽古に使っただけあって、かなり剣の使い方は矯正されてきたな」
次の日の夕方、僕はギル兄との稽古に精を出していた。
昨日の夜の事はギル兄には話していない。
昼にもクレア姉さんが働いているレストランで食事をしたけれど、昨日の夜の事はまるで無かったかの様に接してくるクレア姉さんに僕はどうすればいいのかと動揺してしまったが、料理をテーブルに並べながら耳元で、
『また、今日の夜ね』
と言われ、僕はあの誘惑に再び耐えなくてはいけないのだと覚悟している。
きっと、あの場所に行かないという選択肢が一番賢いんだとは思うけれど…だけど…それじゃあ、僕はまたクレア姉さんとちゃんとしたお別れが出来なくなってしまう。
どうしよう。
その煩悩を振りはらうべく、僕は稽古に精を出す事に決めた。
剣を用いて受け流す方法など、僕は独学で行っていた所為か変な癖が付いていて振り下ろされる剣を受け流す事しか出来ない受け流し方をしていたらしい。
今日は多方面からの受け流しが出来るようにギル兄から稽古を付けてもらった。
「とはいえ、モンスターで剣を使ってくる奴なんてのは人型を保っている奴等くらいだ。活かす事が出来るとしたら後は盗賊や山賊、ともかくこちらを害してくる人間相手だな」
「やっぱり大陸にはそういう人がいるの?」
ツミレ先生の授業の中でもそうした人がいることは教えてもらえた。
だけれども分からない事が、そういう人達の生きて行く術だ。
「あぁ、やっぱりいるぜ…生きる為に仕方なくする奴もいれば、そういった略奪纂奪に悦を見出した奴もいる」
「…僕には分からないんだけど、そういう人はどうやって奪った品物や盗んだ代物を処理しているの?街や村であれば、危険な人物や疑わしい人物を触れまわると思うんだけど」
「あー、そうだな、アルがケーキ屋さんを開いていて凄く儲かったとして、それが潰れて一番得をするのはどの職業の人だと思う?」
自身の剣を様々な角度から眺めて頷いて鞘に収めたギル兄は僕がその質問の答えを返すのを待ってくれた。
僕がケーキ屋さん…、僕のケーキが凄く美味しくて儲かっていて、それが無くなって助かるのは…。
「同じ、ケーキ屋さんの人?」
「そういうことだ…盗賊が襲って意味があるのは金や物資を運んでいる商人だ。じゃあ商人を妨害して一番旨味を得るのは?まぁ同じ商人ってワケだ」
「つまり、商人の人が同じ業種である商人の人を潰す為に盗賊や山賊の物資をどうこうしてあげて、生活を成り立たせていると言うこと?」
なんと説明した物かと頭を掻いてギル兄は人差し指を立てて頷いた。
「あー、まぁあくまでも一例だけどな、そんな風に商人子飼いの傭兵染みた賊もいれば、完全に自由にやっている連中もいるし、一概には言えないな」
「まぁ、そうだよね、同じ場所で育てたトマトでも甘い物もあれば酸っぱい物もあるのと同じかぁ」
僕の言葉を受けてギル兄は目を丸くしてポカンとしていたけれど、少し間をおいて笑顔になった。
「ははは、トマトで表現するのは変わっているが、そういうことだ」
僕がこれまで知っている世界はこの島だけ、そこを出たら千差万別、様々な人がいるのは当然の事だよね。
「さて、それじゃあ今日の稽古はここまで…明日は今日の復習と攻撃の方を稽古してやるからな」
「うん!ありがとうございました!」
「はい、どういたしましてだ」
そう言って宿屋に戻って行ったギル兄の後を追って、僕も部屋で水浴びをした。
扉一枚隔てて水浴びをしていると、ギル兄から声が掛けられた。
「アル、俺は先に寝るからな」
「分かったー、僕も適当に寝るからおやすみ」
寝室、ポンプ方式で水を汲み上げて水浴びが出来る水浴び室、小さなべランダで構成された簡素な宿屋の一室。
ギル兄は寝室で寝てばかりだけれど、僕はこの港町を探検したいという気持ちが強い。
初日に外に出ていたのも身を引き締めたいと言う理由半分、散策したいという希望半分といった所だ。
時期もあってすぐに身体が冷えてくる。
そこで、パジャマに着替えて、身を引き締めるという名目で昨日と同じ様に町中を少しブラつく事にした。
港町という事もあって潮風がより一層寒さを際立たせる。
「クレア姉さん…」
昨日の事を思い出して、ふと口に出してみた。
『町に残って欲しい』、その気持ちはとても分かる。
僕が十歳の頃、引っ越しをするクレア姉さんに同じことを言った覚えがある。
『嫌だよ!ずっと一緒に居てよ!』
クレア姉さんは笑顔で僕に謝った。
今にも泣きそうな笑顔で、僕に謝った。
『ごめんねアル、仕方ないんだ…母さんの知り合いがクリッケに居てね、そっちで住む事になったの』
それを言われた時、僕は羨ましさを感じた。
そっか…クレア姉さんにはお母さんがいるんだよね、なんて。
そのすぐ後に、自分のその考えが凄く恥ずかしくなった。
自分に母親がいない事を、劣っている風に捉えてしまった自分が、恥ずかしくて、お父さんに申し訳なくて、その感情を誤魔化そうとした。
だから僕は、笑顔で返したんだ。
『ごめんねじゃないよクレア姉さん、元気でね』
その答えを聞いたクレア姉さんは目に涙を溜めて、何も言わずに去って行った。
別の言葉を求めていたのかもしれないけれど、その時の僕には分からなかった。
その答えが正解だったかどうか、クレア姉さんの涙を見た僕には間違っていたとしか思えないけれど、昨日クレア姉さんと会った時に僕は謝ることが出来なかった。
謝るべき事なのか、それすら僕には分からない。
「やっぱり、夜の海って不思議だなぁ…」
クリッケの町から少し離れると砂浜に出れる。
町中ではコンクリートで作られた港があるから、砂浜を歩くという行為は出来ないんだ。
「波の音がなんていうか…生き物の声みたいで…」
海という大きな大きな生き物のいびきみたいに思えて、僕は少し笑ってしまった。
「…この向こうに、大陸があるんだ」
僕の行くべき場所、僕が成すべきことが待つ場所。
「そこに、父さんも…」
そして、僕が会いたい人もいる。
「ごめんねクレア姉さん、やっぱり僕は行かなきゃ、僕自身も行きたいのだから」
何年も会っていない父の姿を思い描いて、僕は空を、星々が瞬く夜空を見上げた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな
七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」
「そうそう」
茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。
無理だと思うけど。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる