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第一章 島からの旅立ち
第十五話 雪の中の修行
しおりを挟む「せやぁ!!」
一閃、舞い落ちる雪の中、煌きが走った。
クリッケ滞在四日目、僕はギル兄さんとの稽古の中で攻撃の方法について学んでいた。
「うん、中々良くなってきたな…とはいえ、まだ少し振り終わりに余韻があるな、例え一瞬だったとしてもそれが決定的な隙を生むこともある。自分の腕力と相談してベストな力の加減を覚えるんだ」
「はいっ!」
一振り一振りを丁寧に、その一振りを次の動作に繋げられる様に無駄を少なく突き詰めていく。
雪の寒さも忘れるほどに身体を動かし、動かした分だけ剣に成果が現れる。
何度振ったのかも分からない、疲れが出始めたらギル兄が疲労回復の魔法を掛けてくれる。
「ただでさえ短期間の稽古だからな、一秒も無駄にするなよ」
「はいっ!」
身体の疲れは取れるものの、精神的な疲労は蓄積されていく。
同じことの繰り返し、それでいて、段々と冴えを見せる僕の剣。
傍から見ているギル兄にはその違いは明らかだというが、実際に振っている僕は劇的な違いは分からない。
それでも、振る。
振って、手元に戻し、再度振り、手元に戻し、そして振る。
横へ、縦へ、斜めに、縦横無尽に振り、様々な体勢、角度での剣線を身体に覚えさせる。
身体からは湯気が上がり、寒さは気にならなくなっていた。
ギル兄の優しさに報いる為にも、僕は振る。
だって、ギル兄は身体から湯気が出ていないんだ。
僕の動きの細部まで観察する為に、その場から動かずにただじっと見守ってくれている。
ギル兄はとても寒いハズだ。
それが分かっているから、僕は頑張れる。
誰かが僕の努力を見てくれているから、いつも以上に集中できる。
「軸がぶれない様に腰を台にして背中に一本の鉄の棒が立っている気持ちでやるんだ」
「はいっ!」
言われた事を実践するために一度動きを止めてイメージを膨らませる。
背中に一本の鉄の棒…腰は台…よし、分かった。
つまりは、まずは上半身だけで振る剣って事だよね。
体重を乗せる前にソレが出来ないと基盤が出来ていないという理由だ。
「正直、この稽古の仕方は夜にとんでもない筋肉痛に見舞われるからやりたくなかったが…そうも言ってられないからな」
「えっ…は、はいっ!」
そ、そっか、そうだよね、疲労が回復していても完全に無くなるなんて都合が良いコトないよね。
だから昨日はこの魔法を使わなかったのか…今日で戦いの稽古の仕上げをする為に…。
その後も振って、振って、時に直され、振って、振って、時に直されを繰り返す。
辺りが暗くなってきた所で、遂にギル兄が手を叩いた。
「よし!よーし!まさかここまで上達するとは思わなかったが、充分だ!」
「へっ…えっ、は、はい!」
「ブレもかなり抑えられているし、上半身も動き過ぎずに次の行動にすぐに移れる形で収まっていてバランスが取れているからな、よしよし、今日はここまでだ!」
「や、やったぁ~」
どさっとその場にお尻から座りこんで、剣を握っていた手を開こうとするけれど握った形のまま筋肉が硬直していて剣が手から離れなかった。
その様子にギル兄が笑って、
「俺とガルディアもよくそうなった物さ、なに、少しすれば筋肉もほぐれて離せるさ」
そう聞くと自然と達成感が湧いてきた。
そっか、父さんもギル兄も昔やったんだ…。
「えへへ」
そして笑顔も湧いてきた。
「おっ、どうした?なんか面白い事でもあったか?」
「ううん、なーんにも」
「なんだよ教えろよ」
「本当になんでも無いんだって、ただ単に、嬉しかったんだ」
その答えにギル兄は目を丸くすると、小さく息を吐いて頭を撫でてくれた。
「そんならいいか、嬉しいんだったら悪いコト無しだ」
その後、剣の手入れの仕方を教えてもらいながら片付けをして、僕達は宿屋に戻った。
汗だくの稽古着を脱いで簡易な作りの麻生地の服に着替えたお僕達はお互いのベッドに座って向かい合って会話をしていた。
「その時だぜ、ガルディアが『この料理を作った男は誰だ!俺が本当のカレーライスを教えてやる!』って言い出したのは」
「お、お父さんは一体何をやってるんだ…」
「まぁアイツは料理が大好きだからな、確かにあの時食べたカレーは不味かったしな、茶色くてザラザラしている謎の粘着性を持った液体を胃に流し込んでる気分だった」
「お父さんって料理が…得意なの?」
「いーや、得意では無いな、料理自体は得意じゃないが、味付けとか盛り付けは上手だぜ、調理こそ並だがアドバイスは出来るって感じだな」
会話の内容はお父さんとギル兄の旅の話だったり、
「そういえば最近は鞭に刃物が仕込まれている物とかも流通しているな」
「うわぁ…痛そう…」
「剣で防ごうとしたら刃物で引っ掛けられて剣を奪われる…なんて事もあるみたいだから気を付けろよ?」
「う、うん…」
大陸で危険な事だったり、
「トントルで過ごして来て好きな女の子の一人でも出来なかったのかよ~」
「にゃ!?い、いないよ!れ、恋愛なんて僕…」
「まったく…まぁ貰い手が居なかったら俺が貰ってやるから安心しろ!」
「ふぇえぇええ!?」
お馬鹿な話をしたりと楽しい時間だった。
そして唐突に、ギル兄がベッドから立ちあがって握りこぶしを作りながら目をカッ!と見開いた。
「うっしゃ、アル、どうせだから今日は風呂屋に行くか!」
「お風呂?えっと、暖かいお湯に浸かるやつだっけ?」
お風呂、それに入った事があるのは一度だけだ。
トントルの町で一番の権力者…というよりもお偉いさん、だって権力なんてひけらかす人でも無かったし、皆その人の事も町の一員として接していたからお偉いさんという意識はしていなかった。
その人の家に遊びに行った時に、お風呂に入れさせてもらえた。
身体の芯を温める不思議な安心感、じわりじわりと熱が広がっていく感じは今思い出しても気持ちが良い。
天国があるのならば、きっとこれ以上の極楽なのだろう…そんな風に考えた事を覚えている。
「そうだぞ、この町には貴族御用達の湯浴み宿があってな、今日はそこの風呂場だけ予約してあるんだ」
「凄い!でもどうして?」
「アルに幼馴染がいるのと同じで、俺にも昔の知り合いってやつがこの町にいるんだよ、少し性格の悪い奴だけど…まぁ、根は悪くない奴だから安心してくれ」
「ふわぁ…やっぱりギル兄は凄いね!」
褒められた事が照れくさかったのか、ギル兄は腕を組んで口角を上げて「ふふふふ」と笑っていた。
お風呂かぁ、えへへへへへへ、楽しみだなぁ。
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