勇者として生きる道の上で(R-18)

ちゃめしごと

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第二章 船上の証明

第三十八話 エゴ

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※第二十三話を読んでいないと誰コレ?となる部分があります。御気を付け下さい。


 大陸に着く日、僕は朝起きて、早朝の甲板で何かの準備をしている人を見掛けたので話を聞いてみた。

「ん?何をしてるかって、そりゃ船を降りる準備さ、橋渡し、碇降ろし、色々とあるけど俺達が今やってるのは荷物の仕分けさ、商会に持って行く荷物と御客様の荷物を分けておくんだよ、向こうに着いた時に馬車に乗せる方もいれば手で運ぶ人もいる。そういうのは乗船時に尋ねてあるから、そういった部分でも分ける必要があるからな」

 そんな朝の一幕の中で、僕は昼頃に着く事になる大陸を思い描いた。

 ギル兄が言うには、クリッケの様に港町だけど、真っ白な港街だと言っていた。町より大きいんだぞって笑顔で話していたから見る事が出来る景色も相当な物なんだと思う。

 そういえば、昨日はアリス姉さんが僕の修行に顔を出さなかったんだ。何かあったのかと思って、少し集中出来ずにいたからギル兄に尋ねたら『あいつは船の護衛で乗ってたが、同じ商会の船が何処か別の場所で海賊に襲われたらしくてな、それを助けに行ったんだよ…そうそう、お前に残して行った物があるぜ』と、結晶石を手渡してくれた。

 …そうだよね、アリス姉さんにはアリス姉さんの人生がある。ずっと一緒にはいられないんだ。

 だけど、この結晶石があればアリス姉さんのくれたイメージはいつでも思い出せる。僕は、寂しくないよ。

 海が流れていく。船の進みに合わせて変化の無い様で確かに変わっていく景色。海鳥が僕の視界に入り、手を振ってみると綺麗な鳴き声を上げて大きな空に吸い込まれるみたいに上昇して行った。

 僕も、空をいつか飛んでみたいなぁ。

 そんな風に空を眺めていたら、僕が肘を置いている手摺に、外側・・から手が掛けられた。

「せ、船員さん!誰かが、誰かが船の外から登ってきてます!」

 急いで声を掛けると、船員さんはその人を内側に引き上げてくれた。その人は凄く疲れた様子だけど、何処か怖い見た目をしていて…身体がボロボロで、脚は骨が剥き出しで、肉の付いている部分も本当、骨に肉が付いてる程度の身体をしていた。

「―――ぜはぁ、ぜはぁ、ぜはぁ、っはぁ…やっぱり、俺の固有能力は最強だぜぇぇえ!!」

 その人は甲板の床に船員さんに寝かされて、息も絶え絶えという様子だったのにいきなり船員さんの肩を掴むと身体に肉付きが戻り始めた。

「まさか…俺だけ吹っ飛ばされて船の壁面にずっとひっ掴まる羽目になるとは思いもよらなかったがよォ…死ぬほどの想いをしたお陰で新しい能力にも目覚めたぜぇえ!」

 それとは反対に船員さんの身体はどんどん細くなっていって、最後には倒れ伏してしまった。

「あが…が…」

 先程とは本当に立場が間逆。今度は船員さんが息も絶え絶えという様子になってしまった。

「な…何をしたんですか!?」

 もしかして、こ、怖い人だろうか、いや、きっと怖い人だ。船員さんは見るからに…死にそうだという事が、理解出来た。

「んん?何だぁガキ、俺は子供は殺さねぇんだどっか行ってろ、港に着いたらちゃんと逃がしてやるから、俺ぁ今からこの船を乗っ取る!」

 何人かの船員さんが、その言葉を聞いて遠巻きにこちらを見ていたけれど動き出した。

「テメェ、アレックに何かしたかと思えば…乗っ取るだと?寝言は寝て言えこの骸骨野郎が!」

 一人が拳を固めて振りかぶるけれど、その骸骨さんは本当に生きているのか分からない程の軽やかな足取りで近付くと、拳を放とうとしている肩を掴んで動きを止めた。いや、肩からした音からして―――肩を握りつぶして。

「ったく…ダメだぜぇ?今の俺は死霊ノ王、まさかギャグ補正とは言え人間から魔物になるとは思ってもみなかったぜ…へへへ、それじゃあお前の命も、俺の船員にしてやるよ」

 またもや一人の船員さんが干からびたミイラの様な外見になってしまい、僕は一歩後ずさった。目の前で行われる殺戮に、恐怖を抱いた。

「ほら、テメェら起き上がれ、死霊ノ王からの命令だ!」
『『ア“イ”ア“イ”サー』』

 信じられない光景は続く。先程ミイラの様にされてしまった二人の船員さんが立ち上がり、その引き上げられた男性を守る様に立ち塞がった。

 死霊ノ王…僕も本でしか読んだ事無いけれど、魔国連合にも数少ない種族だったハズ。戦場に出れば敵味方共に死者を操り、尊厳も安寧の時も許さずに戦いに狂奔させる。魔法を使用して操っているらしいけれど、その魔法は死霊ノ王以外には使用できない物で、半径五百キロ以内に死霊ノ王は二人存在する事が出来ない程に、能力の干渉が強くて貴重な存在だと…書いてあった。

 そんな存在が、今…僕の眼の前に居る。

 段々と船員の人達が殺されては動く死体に変えられていく。もしも文章の中に記載されていた事が事実なら、そこには尊厳も安寧も無い、ただ動く死体、ただ戦いの中に狂う存在、そんな…人としての過去を捨てさせられた存在になってしまっているんだ。

 此処に…僕の剣は無い。

 実力差なんて分かり切ってる。

 人魔戦争を終わらせるまでは死ねない。

 だからって―――逃げ出す事はしたくない!

 僕はまだ勇者だと自信を持って声を張れない、



 だから―――勇者になろう。



 アリス姉さんが最後に僕に残してくれたイメージは幾つもあった。強い魔法や、人の構造、だけど僕が何度も見返したイメージがある。

 凛々しく戦う…僕の姿だ。

 それはアリス姉さんの望みなのかもしれない、決して未来の僕の姿では無いのかもしれない、勇者という形がそこにあるのかも分からない、だけど僕は震えた。その光景に憧れた。

 自分がもしも戦う事が出来たら、あんなにも格好良く誰かの目に留まる事が出来るなら。

 あんなにも多くの人を助ける為に、剣を振るう事が出来るなら。

 僕でも誰かに、勇気を残せるかもしれない。僕は勇者になりたい、誰かに勇気を与える者に―――!

「やめて…やめ」

 言葉が、どうしても弱気になってしまう。だから、その弱気を呑みこんで、お腹の中で強さに昇華させる。そしてもう一度、吐き出す。

「やめろよ!」

 視線が集まる。色々な人の視線が、死霊ノ王も、船員さんも、ミイラになった人達も、全ての視線が僕を貫いていた。

「僕は、勇者だから―――」

 自分に言い聞かせて、一歩前に、身体の内に在る魔力に働きかけて、僕の右手に集中させて小さな水球を作り出す。

「貴方がどうしてこんな事をするのか分からない、だけど、僕はこの船に乗せて貰って、いっぱい色んな体験をしてきた。初めて乗る船だった!初めて出会う人が居て、初めて学んだ事もあって、そんないっぱいの初めての想い出が詰まってるんだ!」

「おいおいガキィ…だからどうした?俺だってこの船に想い出があって、実は取り返そうとしているのかもしれないぜ?」

「…そうですね、だからこれは、船員の人達も、此処に乗っている人達も、僕と思い出を共有した色んな人を僕が勝手に守りたいと思った利己主義エゴに過ぎません」

「それなら俺も利己主義エゴになるなぁ…難しい事は抜きにしようや、俺はこの船が欲しい、お前はこの船を守りたい、つまりはそういう事だろ?」

 頷いて、僕は構えを取る。いつでも戦いに移行出来る準備を。



「はい、なので―――貴方の利己主義エゴと僕の利己主義エゴのぶつけ合いを」



 心に余裕は無い、緊張で締め付けられている。言葉を吐く事すらままならない。周りから聞こえるミイラとなった人達の苦しむ声が、それでも僕に戦う力を分けてくれる。

 きっと、凄い実力差、勝つ見込みなんて1も無い



「始めましょう」



 それでも僕は―――戦うんだ。

 いつか、誰かに勇気を与えられる者になる為に、その利己主義エゴを果たす為に―――!
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