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第二章 船上の証明
第三十九話 二言は無い
しおりを挟む―――目が覚めたら、下の方から嫌な感じがしやがる。
なんだってんだ?海の方からなら分かるが、下?
アルは…朝の散歩か?あいつも良く飽きないな。
船の通路に出て、階段を下りて船倉の方へと歩いて行く。
…あん?
なんだって、上の方からも嫌な感じが?上下どっちも嫌な感じがする…アルが甲板にいるんだとしたら、上を助けに行くべきか?いや、助けが必要な事態なのかも分からねぇし、ここは船倉を確認してからにするか。
船倉の重たい扉を開くと、思わず鼻を覆いたくなる匂いが漂ってきた。
これは、腐臭だ。それも人間の、腐った臭いだ。
この船、死体でも積んでいやがったのか?船倉を見渡すと、特に破損した様子も無い、だけど腐臭はする…貴族の船なんてロクな物でも無いとは聞いていたが、ここまであからさまな積荷は考えにくい、第三者が関わっているのか…ちょっと分からねぇな。
だが、もっと分からないのはその腐臭を放つ物体が、上からした嫌な気配に反応したみたいに動き出した事だ。
…数が多いな、それも船倉、下手に暴れれば船に傷を作る。放っておくわけにもいかないし、アルの方にはアリスが行くだろう。
俺は此処を片付けてから向かうとするか…いや、せめてこれだけでも…。
魔力探知を開始して、俺の頭上に何も居ない事を確認…船の修繕費くらい後で払ってやるから、俺の可愛いアルを助ける事くらい許してくれよな許しやがれ!
空間魔法で取りだしたツ―ハンデッドソードを、塞ぐ通路も気にせずにただ天高く―――
――――甲板に届く様にッッッ!ブン投げる!!
木々が折れる音や所々に悲鳴を響かせながら、俺の剣は無事に青空を見せてくれるほどに貫通して行ったらしい、大きく息を吸い込んで、そこにいるであろう俺の弟子に声を張り上げる。
「受け取れ!!アル!!」
…さて、受け取ったかどうかは分からないが、これで俺は鎌でこいつらの相手をしないといけないな、全く狭い場所で鎌を使うのは慣れていないんだが、仕方ない。
死んでる奴等を冥界にちゃんと送り届けるのが、『死神』の役目だよな。
☆
――――はぁ、そんな高く投げたら、船は進んでいるんだから海に落ちるじゃないの、仕方ないわね。
☆
勝てるわけが無い戦いにおいて勝利を収める方法は二つ。
奇跡と、外的要因…そうギル兄は言っていた。
僕がここで使えるのは未熟に未熟を重ねた魔法だけ、とてもじゃないけど…その二つに期待するしかないかもしれない。
『ウアァァアァアァ!!』
相手も待ってくれるわけが無い、ミイラとはいえ僕の体格じゃ押しつぶされたら苦しくなっちゃう。それにこの人達もまだ元に戻らないと決まった訳じゃない、こんな時に…僕の剣があれば。
避けながらミイラの脚に水球をぶつけてみる。ぐらつきはしたけれど、行動の妨げになる程度でそこまでの威力を与えてはいなかった。
水球を作る時はただの水魔法で集めた水を、風魔法で凝縮させている。それが水球の作り方。
だから、水球をもっともっと固い物にするには、より多くの水を集めて、より凝縮させるのが一番だ。風を凝縮させられればいいんだけど、僕には風が集まるイメージというのが良く分からない、だから形のある水球が今の僕が扱える遠距離攻撃の中では一番使い勝手が良い。
強いから使うんじゃなくて、使いやすいから使う。それをずっと使っていれば強くなっていく。これはアリス姉さんから教えて貰った。
―――より、凝縮させる。
これは、ギル兄が言っていた事だけど、僕は魔法を使おうとする一瞬に凄い集中をしているらしい、きっとそれはギル兄が教えてくれた魔力の感じ取り方をその一瞬の時にもやろうとしているから、だから僕は魔法を使う時に自分の内側に全神経を傾ける事が出来る。
これは僕の強み、そしてアリス姉さんから受け取った魔法のイメージのお陰で、僕は集中さえ出来れば色々な魔法を行使する事が出来る。勿論、まだ優秀な魔法使いとは言えないし、一人前とも言えないけれど、魔法を行使する事は出来る様になった。使いこなしてはいない。
―――固く。固く。さっきよりも多い水量で、さっきと同じサイズにするんだ。
今僕の手元にあるのは、此処に至るまでに培われた知識だけだ。経験はここで身に付ける。自分の能力を忘れるな、僕は人一倍…学習だけは早いハズだろ。
『アアァァアア!!』
振り下ろされる腕の間を抜けて、避け際に脚に直接―――速度を持った射出が満足にできないのならこの固い水球をぶつけて、そこから射出すればいい!
脚を折ったのか、その場で崩れ落ちるミイラさん、ごめんなさい、でも…殺さずに済むのなら殺しはしたくないんだ。
大丈夫、通用する。
三匹のミイラさんが駆け寄って来る。ギル兄との訓練を思い出せ、
『敵が来てたらな、自分のタイミングで倒せる奴と、倒せない奴を見定めろ、周囲を囲まれてるならぶっ放せ、順番に来てるならどいつを倒すか定めて動け』
僕の水球の構築速度からして、最後のミイラさんを倒すのが最善だ。
一人目のミイラさんを避けながら水球を作り、二人目を避けながら凝縮する。転がる様にして三人目のミイラさんを避けて、振り返って脚に水球を当てる。
「ほぉ…中々やる」
そういえば死霊ノ王はどうして動かないんだ?僕を、品定めでもするみたいな視線を送って…。
「ん?どうした?俺が手を出さないのが不思議か?」
「うん、どうして…っ!危ないなぁ、どうしてかなって」
「会話するからって油断してる訳じゃない…と、ひひひ、あのなぁ坊主、俺はさっき子供は殺さねぇって言っただろ?それで俺は男だろ?男に二言は無ぇって言うだろ?だったら俺はお前を殺さねぇ、俺は嘘吐きだからな、他人にゃ嘘は吐くが自分の言葉に嘘を吐いたら終わりだと思ってんだよ」
…凄く、凄く変わった人だけど、なんだか格好良い考え方だと思った。
「でも、僕がこのミイラさん達を全員倒し終えたら…必然的に僕は貴方に牙を剥きますよ?」
「あぁ、だからもしも坊主がミイラを全員倒せたら…この船の甲板に出ていた船員十八人全員を倒せたら、俺は此処を退いてやるよ」
『アァァア…ァァアァァア!!』
十…八人!?
今二人を倒すのにも全力だったのに…十八人、だとするとあと十六人。
「分かった」
やれるかどうかじゃ無くて、やらなきゃダメなんだ。
「男に二言は…無いんだよね」
後ろから来てる。だけど今はこの人と話してる。人と話す時は目を見て話さなきゃって、僕のお母さんの残してくれた。覚えてる数少ない言葉だ。
だから、避ける前に一言だけ。
「僕もだ」
僕も男で、二言は無い事を伝えて、再び戦いの渦中へ。
「だけどなぁ坊主、ミイラは十五人なんだよ…」
その言葉が、少しだけ尾を引いた。
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