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第二章 船上の証明
第四十話 死霊ノ騎士
しおりを挟む―――これで、十四!!
あと四人、魔力はギリギリ持つはずだし、脚を折られたミイラさん達はその場で蹲って動かない、きっと死霊ノ王がそういう風にしてくれているんだろうけど、本当にあの人の考えは分からない。
―――十五!
戦いは、今も渦中にいるけれどとても怖い。
だって、僕は弱いから、怖いと思うのは当然の事だと思う。もしもこれがミイラさんじゃ無ければ倒せるか分からないし、水球を覚えていなければ僕は間違いなく死んでいた。
―――十六!
ここまでやってきた事に今、胸を張って意味があったと言えるから僕は戦える。この扉の先に通してしまったら何が起きるか分かっているから、僕は―――戦えるんだ!
―――十七!これであと一人!
魔力を伝達し過ぎて痺れを覚え始めた腕が、ついには痛みを訴え始める。そうだよね、慣れていない事をこんなに繰り返したんだ。この点も鍛えないとダメだなぁ。
最後の一体を探すけれど、何故か見当たらない、ミイラさん達の中に混ざっているのかと周囲を見渡すと、何故かミイラさんが甲板の脇に退いて、中央を開けていた。だから今甲板にいるのは、僕と死霊ノ王だけ…?
「最後の一人は?」
「おいおいそんな純朴な瞳で俺を見つめるなよ、まぁ待てよ、死霊に魔力を送るのって…時間、掛かるんだぜ?」
思わず首を傾げたら、死霊ノ王は凄く笑顔になって僕の頭を撫でようとしてきた。逃げろ逃げろ!
「ほら、準備完了だ。さぁ見せてくれよ坊主、俺は若い可能性ってのを見るのも好きなんだ」
「見せてくれって何処に…」
その時、僕の視界の中、甲板の一部に影が差した。
つまり上、視界を上げると見えたのは、至極色をした甲冑を身に纏った何かだった。
「黒に限りなく近い紫、至極の色とはよく言った物だな、俺もこの色が大好きだ」
「…これは、死霊ノ騎士!?」
死霊ノ王が生み出す事が出来るモンスターとしか知らないけれど、至極色、その色は特徴的で、戦場に現れれば誰もが恐れ戦く働きをするという。
そんな物が…僕の相手…?
勝てない、勝てるわけが無い、勝てるわけが無いけど戦うしか道は無い、道が無いなら戦おう。
そうだ。戦え。
「う、あ、うわぁぁあぁぁあ!!」
全力の水球を構築し、それを投げつける。腕の動きや腰の位置、脚に掛ける体重まで意識して―――喰らえ!
死霊ノ騎士はその大きな体躯を甲冑で隠している。きっと元は船員さんで、死霊ノ王は僕の可能性が見たくてこいつをぶつけてきたのか?
ミイラさんとは違う。きっとあの甲冑があるから、脚は折れ無い…つまり、殺す気でいかないと、ダメな相手。
『ガ?』
僕の水球は、そんな疑問を抱いた様な声と共に剣の一振りで切り裂かれた。
そしてお返しとばかりに距離を詰めて来て、上段からの振り下ろしをお見舞いしてきた。
転がる様に避けて、甲冑があるならと手の内に電気を生み出す。僕はまだ電気の撃ち出しが出来ない、雷を見た事があるからか、真っ直ぐに電気が進む姿を想像出来ないんだ。
それに電気の量も微弱だ。だから時間を掛けて充電しないといけない、充電して充電して、その時が来たらぶつけるしかない。
『ガァ!!』
振り下ろし、横薙ぎ、袈裟切り、きっと僕がこれらを避けられるのは、クリッケの港町でギル兄との修行で僕自身がやった事があるのと、死霊ノ騎士の動き自体が遅い事にある。だけど避ける度に、破砕される船の甲板の木片が少しずつだけど僕の肌を傷付ける。
手の中の雷魔法はまだ微弱だ。敵という対象に使うのでは無くギル兄の腰をマッサージする程度の威力しかないだろう。凄く気持ちよさそうな声を出してくれるから嬉しいんだ。
避け続けてはいるけれど相手もモンスター、僕が苦しんでいる事を察しているのかわざと木片が弾けやすい攻撃方法を取ってきている気がする。
厄介極まりないと歯軋りしながら、僕は自分の魔力をひたすらに右手に流す。
『ガァ…ガァアァア!!』
死霊ノ騎士が声を荒げたと思ったら、僕は全身の筋肉が緊張したかのような硬直を感じた。視線だけが動かせる状況で死霊ノ王を見ると、僕を冷静な目で観察していた。
恐らく今のは能力の何か、僕が読んだ本の中で該当する物は…『威圧』か『波動』か。
『威圧』だとしたら自分よりも弱い存在にしか通用しない、『波動』だとしたら空間を震わせるから僕以外の何かが影響を受けているハズだった。
だけど、周囲に変化は無い。
―――僕は、弱い。
言外にそれを告げられた気分だった。だけど、そんな事は、そんな事は分かっていた事だから!
『ガァ!』
動けない僕へと、近付いて来た死霊ノ騎士が横薙ぎに剣を振るった。思い切り腹部に喰らい、刃が潰されていたのか僕は横に吹っ飛んだけれど裂かれてはいなかった。
手の中にあった魔法は霧散してしまい、僕は腹部の痛みを耐えながら何とか起き上がった。
…動けない程じゃ無い、多分…罅が入ってるくらいだ。泣き出したい位に痛いけれど、泣き出す訳にはいかない。ギル兄が此処に来ないっていう事は、きっと船の中で頑張っているんだ。僕だけが寝ている訳にはいかない。
「…坊主、いや、少年は良くやった。この船の中の人間を全員殺しても、少年だけはちゃんと生かしておいてあげよう。少年は俺に可能性を見せたからな、俺は面白い人間が大好きだから、少年の事は生かしておくさ、だから今は寝ていると良い、もう良いんだよ」
もう良い?
僕が寝たら、船の中の人間を全員殺すと言った。
なのにもう良い?船の中には、グリモアもいる。ギル兄が話していた姿は見せないけれど頑張ってくれている人たちもいる。僕達をこの船に乗せてくれた貴族の人だっているかもしれない、それなのに…殺される現実を目の前にして、もう良い?
「よくない…」
握り締めろ、痛みを握り締めるんだ。手の内に握り締めて、痛みを力に変えるんだ。
自分が弱い現実なんて何度も受け止めてきた。自分が勇者と呼ばれるには弱いというのも自覚してる。
だけど、自分が倒れる事で誰かが死ぬ現実だけは突っ撥ねてやる!
「絶対に、良くないんだ!!」
絶対に勝てないかもしれない、だったら、負ける事が無ければ良い。
負けを認めずに立ち上がり続ける事が出来たなら、いつか絶対に勝てない環境だって変わるかもしれないから。
その時―――だった。
『勝てるわけが無い戦いにおいて勝利を収める方法は二つだ…奇跡と、外的要因、この二つのどっちかがあれば、勝てる』
何かが船の内からせり上がって来るような音がしている。木々を破壊して飛び出そうとしている。
そしてそれは、天高くへと姿を見せた。
あれは、ツ―ハンデッドソード、ギル兄が持つ大きな剣。
「受け取れ!!アル!!」
その声に、僕は動き出した。
僕の物じゃ無い武器、外的要因が目の前にある。
だけど…このままじゃ届かない。
腹部の傷が無ければ―――届いたかも、しれないのに。
飛び上がり、掴みに行くだけの事が…今の僕には出来ないのか…!
―――本当、仕方の無い子なんだから。
その声は、優しくて、何故だか胸を締め付ける響きをしていて…何処かで聞いた様な、綺麗な声だった。
天高く上げられていたツ―ハンデッドソードが、まるで僕の手に吸い込まれるかのように舞い込んできた。
その時、僕の視界の前をワインレッドの髪の毛が通り過ぎた気がした。
「ありがとう…ありがとう二人とも」
不思議と、僕はその時感じていた。
これが外的要因で、これが奇跡なんだとしたら、僕はなんて恵まれているんだろうかと。
「僕は負けないよ、二人の弟子だから…」
怖い、未だに痛みは残っている。
強い、僕の剣技で太刀打ち出来るだろうか。
―――関係無い、怖さも強さの壁も、全部、関係無い。
「まだ終わって無いよ死霊ノ王、それに…僕はまだ貴方に名前を告げていなかった」
一歩を踏み出す。僕が、誰であるかを示す為の一歩を、その名乗りを上げれば取り消す訳にはいかない言葉を。
「死神ギルバート・アードロットの弟子で、魔法使いアリサス・マージョリ―の弟子…」
二人の弟子で在る事を、僕は、誇りに思います。
「勇者、アルノート=ミュニャコスだ!!」
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