勇者として生きる道の上で(R-18)

ちゃめしごと

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第三章 商会を束ねる者

第四十四話 新装備

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「さて、ちょっと口調を崩させて貰うよ」

 複数の服と、身体の保護をする為の防護外郭プロテクターを手に持って先程のお兄さんが戻って来た。

 僕が持っている金貨はクローネ金貨で四十枚、平均的な兵士さんの年収十年分らしい。大陸にいた僕にとってはあまり伝わってこない基準なのだけれど…。

「その服や慣れていない感じからすると、少年は旅を始めて間もない旅の初級者と言ったところかな?」
「は、はい…島から出て来たばかりで」
「―――島?大陸外の人なのかい?どんな島だった?」

 聞かれて、僕は島の光景を思い浮かべる。僕にとっては珍しい物も無い、大陸の内側を知らないから珍しいと言える物も知らない、ただ…明確に大陸と違う部分があるのなら。

「魔族の方達と、人族の僕らが手を取り合って暮らしていました」
「魔族と?それは変わってるね」
「面白かったですよ、誰かが新しくやってくる度に何かが増えるんです。その人が持ってきた種だったり、その人がえている技術だったり、全部村の中で新しい物として受け入れて…あっ、すいません、変に語っちゃって」
「…いや、そうか、それは面白いね」

 少し村の事を思い出して、僕は緊張が抜けた気がした。もしかして、これが分かっていて話題を振ってくれたのかな…良い、人だな。

「成程、やっぱり君の事は好きに・・・なれそうだ。純粋なお客さんは珍しいからね」

 そう言いながらソファーに腰掛けて、テーブルの上に手に持っていた装備を並べた。

「さぁ、ここに旅装を用意した…だけど君が今着ている物から見ると、戦闘か何かに巻き込まれたんだろ?」
「…はい、凄く怖くて、強くて、それで少し前までは病院に居たんです」
「…んん?な…成程ね、それで俺が君にお勧めしたいのはこの旅装なんだけど」

 手に取って、上と下に別れたその旅装をテーブルの上で開いてくれた。

 決して分厚くは無いその布地、綺麗に編み込まれているのが一目で分かる作りの良さ、縦の線が二本入っただけのシンプルなデザインだった。

「これは大陸中央部でよく売られている物でね、グレートスパイダーの鋼糸こうしで編み込まれている物だ。鋼程の頑強さ…なんて謳ってはいるけれど糸一本じゃそうはいかない、この服はね、その鋼糸を何本も何本も束ねて造られた糸を、さらに何回も何回も編みこんで造られた軽くて頑丈な旅装なんだ。手に取ってごらん」

 指触りはまるで鎖帷子の様で、以前大陸に住んでいたお爺さんに見せて貰った物に似ていた。だけど、それと同じ様な堅さなのに、非常に軽い。それに、鎖帷子の様に金属では無いから熱を直に通す心配も無さそうだ。

「こいつはクローネ金貨なら八枚って所かな、あくまでも旅装だからね、段違いに値段が高いと売れないから」

 年収二年分…それで高い訳じゃないという事は、表に並べられていた他の武器や防具達はどれ程の値段が付くのだろう…お、恐ろしい。

「そんでこっちが肩と肘と膝の片面プロテクター、ベルト付きだからサイズ調整も大丈夫だよ、ほら、手に取ってみて」
「え…でもサイズが」
「ははは、俺が何年やってると思ってるのさ、十五年もこの仕事をやっているんだ。見れば分かるよ」

 その言葉の通り、プロテクターは少しの余裕はあったけれど僕の関節などの部分にフィットした・

 鉄色の標準的な装備、あくまでもこれで防御するのでは無く。地面を転がり避けた時や、関節部を狙った攻撃から保護する為の物だ。盾では無く服の用途に近い。

 盾を持って敵の攻撃を引きつけて仲間をサポートする事はあっても、服を着ているからといって敵の攻撃を引きつける訳では無い。身に着けておく物、予備的な保護の道具、そんな所だろう。

「少し大きめなのは君がまだ成長するかもしれないから、それにその部分に関してはベルトで調整すればピッタリに出来るからね…肩、肘、膝の合金製プロテクター、全部でクローネ金貨二枚って所かな、当たり障りも無い基本の装備だし、妥当な値段だと思うよ」
「ありがとうございます!」

 僕の言葉に、お兄さんは目を見開いて固まって…少ししてから自分の頭を掻いて深呼吸までして落ち着きを取り戻した。

「…はぁ、俺も腐ったなぁ、商人になったって言えばそうなんだけど、さぁ、最後にこれを紹介させてくれ、龍魂のマントだ」

 そのマントを視た瞬間、全身の毛が逆立った気がした。

 僕は、龍なんて視た事が無い。格好良いという妄想の中で背に乗って風を感じてみたいと願ったくらいだ。

 だけど、そのマントを視たその時、僕は龍を幻視した。

 艶のある鱗に、いかなる刃物よりも切れ味の良い爪、一筋の線を内に秘めた鋭い眼光、爬虫類の様な眼はその大きな体躯故に遠くを見渡し、羽根を煽げば風が舞い土埃と共に天高く舞い上がる。

 そんな光景が、眼に浮かんだ。

「まぁ、龍魂なんて言っちゃいるけど赤銅色のマントだよ、外套に出来る程の大きさは無いけれど、それでも熱や冷気に耐性を持ってるからね」
「龍魂って…なんですか?」
「…そうだな、この世界には生きとし生ける魂の他に、死してなおもこの世に残る魂って言うのが存在するらしいんだ。そういう魂が宿ったアイテムを~~なになにの魂の武器、とか防具って呼ぶんだ。それでこれは龍魂らしいけれど、結局の所それぐらい頑丈で熱に強いって売り文句の時の方が多いんだ。これも内に入って来た龍魂のマントの一つだよ」

 …そんな話があるなんて、初めて知った。

 ギル兄に言われて色々な話を聞いてみようと街に出て大正解だった。凄く…凄く浪漫な話だ!

 決めた。僕将来はそういう装備で身体を固めるんだ!だって、格好良いから!

「これはクローネ金貨なら一枚かな…全部で合わせてクローネ金貨十一枚、これでどうかな?」
「買います!」
「…あー、うーん、えっと、そ、そしたらセットでクローネ金貨十枚にしてあげよう!」
「ありがとうございます!!」

 凄く良いお兄さんで助かった!良かった…これでお金は全然余裕が出来るや。

「ぐぅ…あぁああぁあ!もう駄目だ!ごめん少年!俺が悪かった!だからこの装備はクローネ金貨八枚で良い!」
「え、えぇえ!?何故ですか!?」

 僕が驚いていると、お兄さんは眉を寄せた難しい顔をして僕の肩を叩いた。

「あのな少年、これだけの大きなお金が動く話の時は、大体のお客さんが値切りをするんだ」
「ねぎり…?畑仕事ですか?」
「…違う。本当にごめんな、えっと…俺達商人が最初に提示する金額は、大体の場合通常の価格よりも高い金額を提示するんだよ。相手が値切って来る前提でな」

 えっと…つまり、最初にお兄さんが提示していた値段は全部高い値段で、それの総額がクローネ金貨十一枚、本当の金額なのかは分からないけれど、どういう訳かクローネ金貨八枚にしてくれたのかな?

「商人っていうのは利益を重視する…だけど、無知な奴から搾取するのは商人じゃ無い…俺は今、それを思い出せたよ、ありがとうな少年」
「え…えっと、はい、どういたしまして」

 あれ、僕今、無知って言われて無かった?

 ま、まぁでも結果的に得を出来たのなら、いいのか…な?

 ところで、気になっている事が一つあるんだ。お兄さんはこんなにいっぱい防具を持ってきてくれたけど、そんなに商人さんが利益を尊重するのなら、どうして剣を持って来なかったんだろう?

 と、僕が首を傾げて自分の剣を見つめていると、お兄さんは苦笑しながら教えてくれた。

「流石にそんなに剣を見てたら言いたい事も分かるよ少年、俺が剣を持ってこなかったのは、その剣に勝る代物が無いからさ、勿論、金貨を積めば出せる物はあるけれどクローネ金貨で八十枚は積まないとその剣と同等の代物は買えないさ」
「えぇ!?」
「本当だぞ、クローネ金貨なら八十枚、この国のグリシア金貨なら百枚、最貧国のオゲヒンシュタイン金貨なら二百枚は必要な代物だ」
「…そんなに良い物を、金貨三枚で」

 これは、僕の住んでいた村のトントルで近所のお爺さんに貰った剣だ。

 まさかその剣がそれほどの価値を持っているとは思いもしなかった。

「まぁ、サブ武器っていうのかな、予備の武器は持っておくに越した事は無いけど、金貨一枚で何か持ってきてあげようか?」
「あ…いえ、金貨二枚でお願いします」

 僕の言葉に、お兄さんはまたも眼を見開いた。

「あー…流石に値切られるんじゃなくて値上げされるのは初めてなんだけど」
「えへへ…だって、僕は値切るっていうのを知らないで十一枚って言われた時にはいと答えました。けどお兄さんは八枚で良いって言ってくれました」

 無知…と言われてしまったけれど、本当にその通りだと思う。僕はまだ知らない事が多いから、これから先の大事な場面でこういう事を体験していたら悔やんでも悔やみきれない結末を迎えたかもしれない。

「本当ならそこは、勉強したと思って後で学ぶ部分だったと思うんです。だけどお兄さんはお勉強をさせてくれた上に、色々な物を選んでくれました。だから、勉強代とお礼も込めて、僕が金貨十枚分のお買い物をしたいんです!」
「少年…分かった!それじゃあお金の範囲で一等良いのを持ってくるから、ちょっと待っていてくれ」




 そうして、僕はお兄さんに『羊の踵』という手に嵌めるタイプの武器を紹介してもらった。グローブみたいな形をしていて、ちゃんと関節とかは動くんだけど甲の部分が凄く固くなっていて攻撃にも防御にも使える物だ。これを両手でクローネ金貨二枚、攻撃と防御のどちらも出来て、手の内側は平がちゃんと出ているから魔法を使う時でもあまり違和感無く使えそうだ。

「さて、それじゃあ購入のサインをこの紙に頼むよ」

 そう言って渡された紙の約束事項をきちんと読んで、お兄さんの顔を見ると満足そうに頷いていた。お兄さんは先程、『購入が決定したら約款…約束事項の書かれた紙にサインして同意を貰う形になるんだ。これはどんな契約ごとでもちゃんと読まないと不利な条件が書いてあったりしたら困るのは自分だからしっかりとね!』と言われた。

 僕はお兄さんを信用しているから確認の必要なんて…と思ったけれど、確かに今は気付かないで後から何かの責任を取るのは怖いからしっかりと呼んで不利な点が無い事を確認。

 署名のランに『アルノート=ミュニャコス』と記載して、お金と一緒にお兄さんに渡した。

 だけどそこで、お兄さんが何かの感情を匂わせながら呟いた。


「…そうか、君がアル君だったのか」


 どうにも、まだ僕の商会での用事は終わりそうにないらしい。


―――――

おまけ 世界地図(アル君の軌跡)



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