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第三章 商会を束ねる者
第五十九話 格上
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炎の中から現れたマニアは、僕たちを案内した。
移し火というマニアの魔法らしくて、空間魔法と炎魔法を合わせる事で小さな炎さえあれば点と点を繋げて場所を移動する事が出来るらしい。
そして僕達は、不思議な舞台に案内された。
僕達、つまり…ギル兄と僕だ。
昨日の出来事はジュネさんには伝えていない、伝えるべきかとも思ったけれど、夜分遅くという事もありジュネさんが見つからなかった事が理由だ。
マニアが現れた瞬間、僕とギル兄は同時に武器を構えた。だけどマニアは自分が襲われる事が無いと自信があったのか、笑顔のままに先程の言葉を告げたのだった。
「それで、ここは何処なんだ?正方形の…闘技場みてぇな」
ギル兄の質問に、アニマは楽しげに頷いた。自分が用意した舞台をしっかりと認識してもらえて嬉しい子供みたいだった。
石造りの舞台の上で、僕とアニマとギル兄は立っている。周りは茶色い…土では無い、そういう色をした床や壁…どうやらここは室内の様だ。
「ここは私の邸の地下になります…街から少し離れた場所に、建ててありましてね、少し音を大きく立てても街には聞こえないし周りには何も無い、そんな場所ですよ」
笑みを崩さずに放しているアニマを見ると、苛々が溜まっていく。僕はどうしてしまったのだろうか、誰かに親無しと馬鹿にされた事があっても、此処まで怒る事は無いのに。
「貴方達にはここで、私と戦って頂きます。アル君には特別な相手を用意しましたよ、まぁ、とはいっても彼が置いて行ったモンスターの一つで、私が少し手を加えた物ですけど…」
「ってぇことは、俺はお前と戦うって事か?」
「えぇ、死神…いいえ、『黒断のギルバート』」
「そっちの名前を知っているって事は、お前、裏の人間だな?」
初めて、死神では無く黒断と呼ばれているギル兄を見た。
僕はその話をアレクさん…アレクサンド・ディナモルタさんから聞いた。『アルが時折話す。親父さんと一緒に居るギルバートって人は、もしかしたら黒断かもしれないな』と話してくれた。
裏…というのは何だろう。
あまり深くは関わらない方が良い気もする。ただ。陽の当たる部分を表とするのなら、きっと色は白だと思う。そして、当たらない陰を裏とするならきっと黒、その黒を断つというのなら、きっとギル兄が悪人を退治していたとか…そういう経緯でついた二つ名だと思うんだ。
「裏か表か、それは人の見方次第ですよ…何にせよ、貴方と私はまず勇者アルノートの英雄譚、その一ページを眼に刻もうじゃありませんか…」
「…良いだろう。だけどな、お前…よーくその景色を眼に刻んでおけよ?」
「はは…当然ですとも、言われなくとも私は彼のファン…狂信者ですから、彼の活躍の全てをこの目に収めたいのですよ」
「あぁそうかい、お前にとっちゃそれが、今生で眼に収める最後の感動になるだろうよ」
二人は舞台上から降りて、僕だけが残された。
僕がマニアと戦いたかったけれど―――ギル兄なら大丈夫だ。僕の分も、ちゃんとぶつけてくれるだろう。
「それでは勇者アルノートの相手を此処に…」
マニアが指を鳴らすと、僕の目の前の空間に小さな炎が生まれ、次いでその炎が大きくなり、先程の移し火と同じ方法なのか、そこから全身が岩で出来た化物が現れた。
何処にも丸い部分は無く。全てが角張った威圧的な外見、硬さは見ただけでも分かるが、歩いた事で舞台が石臼を引いた時の音を鳴らして相当な重さである事が聞いても理解出来た。
身長は2m50cmはあるだろう。全身が岩、口は無く。恐らくは魔力で動く魔動生命体。モンスターの辞典で見た事がある。強靭な岩の身体と、操られる事で発揮する不思議な知能、簡単な指示であっても確実にこなすモンスター界の仕事人、指まで岩に覆われた身体をゆっくりと動かして、僕の目の前に立ったこいつは――。
「―――ロックゴーレム」
弱点と呼べる部分は特に無く。身体をバラす事で一定時間魔力が繋がるまで動けなくする事は出来る相手だ。
倒す事は困難、だけど倒せない相手じゃ無い。
何よりも、今の僕は――――これまでで一番、目の前の敵を倒すという唯一つの為に集中する事が出来るんだ。
振るうのは剣、引き出すのは魔力、倒すべきは敵。
僕が今見るべき現実はそれだけでいい。
「勇者アルノート、君がまだ戦った事の無い相手で、なおかつ君よりも強くて、倒し方も難しいこの相手に…どう挑みますか?」
…ギル兄の眼を見る。
何も心配せずに、僕に好きなようにやれと、その眼が語っていた。
だから僕は自信を得る事が出来るんだ。今の僕でも勝てる相手なんだって、格上だからどうした。
格上なら諦めるのか?
それこそ馬鹿だ。
僕の描く勇者は、誰かに勇気を与える事が出来る勇者だ。
壁にぶつかって諦める人間が、勇気を与えられるはずが無い。強い相手を前に尻込みするな、前を見ろ、例え此処に勇気を与える相手がいなくとも―――その心は勇者であれ。
「その前に確認しておきたい、マニア…カエラさんは返して貰えるんだろうな?」
「えぇ、貴方が勝利した時点でカエラ嬢の近くに火が灯されます。今の彼女は何も見えない暗闇の中に居ますが、その火が灯されれば鍵を見付ける事も容易でしょう」
…だとしたら分からない事がある。
カエラさんを助ける事が出来る事実は嬉しいけれど、それならどうしてマニアは…いや、今は目の前の事に集中しよう。
剣を構えて、魔力を引き出す。
駆け出す足は整えて、きっと持久戦になる。覚悟は出来たか僕。とっくに出来てるさ。
「さぁ、行くぞ―――!」
☆ギル視点
「黒断…勿論、手を貸すのは無しですよ?」
「馬鹿が、そんな必要無いっての…アイツの集中が伝わってこないのかよ、圧や覇気なんか無いのに、集中してるってだけでこんなに場をピリピリさせてやがる」
「ふふふ…彼は面白い、本当に良い素材だ…」
「素材だぁ?」
突然、意味の分からない事を言い出したマニアに俺は聞き返した。
それにマニアは満面の笑みで応えた。待っていたかのように、嬉しそうに…。
「どうです黒断、殺し合いをしましょう…私が勝利すれば、彼には私のモノになってもらいます」
「…テメェ、何が言いたい?アルが欲しいってのか?何の為に?」
舌。
マニアの口から漏れ出た長い舌が、奴の唇の周りを一周した。唾液に濡れた唇を歪な三日月に変えて、奴は答えた。
「私はですね、無垢な少年を自分好みに調教するのが…だぁいすき…なんですよ」
カエラ嬢ちゃんが攫われた時、俺は自分が疲弊していて満足に戦えなかった事も苛立っていたが…今のでキレた。
決定だ。
こいつの命は俺が断つ。
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