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第三章 商会を束ねる者
第六十話 ディミヌエンド
しおりを挟む重たい足音が近づいてくる。自分の二倍程もある体躯の岩の塊が石造りの舞台上を移動して、段々と近付いてくる。
何も持っていないその両手は岩の拳、硬さだけで威力が充分に発揮される素の武器だ。
触れずとも分かる。街中の石畳を見て柔らかいと勘違いする人がいない様に、見るだけで硬いと分かる。
全身の至る所に削られ鋭角になった部分もあれば、九面ダイスの様な形をした肩や膝など、角張りながらも確かに動く事が出来る硬さに縛られない部分もある。
「勝つ為に僕に必要な事は…」
ロックゴーレム、倒す為の方法はバラバラにして、動けなくして、生命維持に必要な魔力を無くす事。
正直な所、僕には一つだけ…コイツに勝つ為の心当たりがある。曖昧で、それが確かな事かも分かっていないけれど、もしも本当に僕という存在がソレを可能であるのなら、僕は異常な存在になる。
だけど…アリス姉さんに受けた説明と、以前に起きた『あの出来事』が僕の称号や固有能力による物なら…きっと上手く行く。
きっとじゃない、僕自身が僕を信じずに他の誰が今の状況で僕を信用するんだ。
僕なら出来る。
「自分を…信じる事だ」
一歩を踏み込む。
ロックゴーレムは既に僕から近い距離に、その剛腕を振りかざし、勢い良く降ろして来た。
避ける―――その動作を取ったはずなのに、身体が一瞬引っ張られた気がした。それは風圧、拳が纏う風圧が僕を引っ張った。
風に抗いながら横っ跳びで回避して、舞台上を転がりながら体勢を立て直す。
掠めもせずにあの風圧、直撃すれば僕の身体が爆発してしまうのではないだろうか。強い衝撃が逃げ場を失って内側から…考えるのは止めよう。
相手が岩、それなら僕にはつい先日編み出したアレがある。
早く倒したい―――その気持ちを回転に変えて、水、剣に纏いて敵を討つ。
僕の足元から生み出された水が、僕の体を登り剣へと集まっていく。
柄から剣先にかけてを渦巻の様な螺旋回転をする水が包み込む。
あの時は疲れていたけれど、今はもっと集中出来る。早さが足りない、敵を怯えさせるほどに早く。ただ回転だけで周囲の風を巻き込んで、音が出るほどに回転を―――。
回れ、回れ、躍る様に、回れ、回れ、何処までも早く。
僕の握る剣を覆う流水の回転が、その速度を増して回転の規模を小さく。いや、細く鋭く変わって行く。
周囲に高音を撒き散らしながら回転する水のドリル、ロックゴーレムに通用するであろう僕の技だ。
『ゴ…ガ…』
誰かの操るゴーレムならコアがあるけれど、マニアの様子からして操っている訳では無い、だから完膚なきまでに粉々にする必要がある。
振るわれる右の拳に剣を―――駄目だ!焦るな!
屈んで避けて、横薙ぎにロックゴーレムの足を斬る。
強烈な掘削音、削られ、岩が粉へと変わって行く。だが、これは―――思ったよりも、力が、要る。
膝を三分の一程削ったところで、僕は一度離れた。
もしもさっきの振るわれた右の拳に剣で迎えていたら、力で押し込まれて吹っ飛んでいただろう。
僕は僅かな冷汗を掻きながら、再び剣を握り締めた。
相手が格上なのは分かっていた事だ。それなら僕がする事は、こいつに勝つ為に出来る事は一つだ。
この戦いの中で、成長すればいい。
僕の推測が正しければ、こいつをバラした時点で僕は勝てるんだ。僕の武器になり得るのは圧倒的な魔力量だ。ギル兄は、自分さえも超える量をしていると言っていた。それなら、僕はもっともっと魔力を引き出せるはずなんだ。
ロックゴーレムの拳を躱しながら、考える。
どうすればより削れる?いや、削る事が目的なのか?
そうだ!水鉄砲…こいつを試していなかった。
距離を取って、流水の回転を緩めはせずに幅を広くする。剣の先に回転する水の傘が出来て、少し触れた舞台上の床が僅かに削れる。円形に近い…そう。回転するノコに似ている。
この状態なら広範囲を一気に削れるハズだ。剣を真っ直ぐに構えて、ロックゴーレムに向けて…発射!!
飛んできた水ノコに対して、ロックゴーレムは右手を悠々と前に出した。何をするつもりなのか見ていると、右手が…形を変えた。
盾の様な形状になった右手で、ノコを止めて、かなり右手を削られながらも攻撃を逸らしてやり過ごした。
身体の形を変えられるのか…土魔法の様な物だろうか、よくみれば削ったハズの脚も回復している。
恐らくは魔力を用いての行動、それなら、使わせる事が出来たのは悪い事じゃないけれど…何処か、ロックゴーレムの雰囲気が変わった。
その時、何処からかギル兄の声が聞こえて来た。
『アル、そのモンスターどうにもおかしい、普通のロックゴーレムはあんな行動は取らない、恐らくは特別にしつらえた…マニアの趣味で用意されたモンスターって所だろうな、胸糞悪い』
思わずギル兄の方を見ようとした所で、ギル兄から『影だ…あの時、俺の影を入れただろ?』と言われて、驚きと感心で思わず感嘆の声が漏れそうになった。
『いいかアル、お前が何を狙っているのか俺には分からない、だが、そいつに時間を掛けたらまずいぞ…間違いなくソイツは今、お前が水の形を変えたのを見て、自分の体の形を変えて来た。気を付けろよ』
小さく頷いて、僕は振りかえりはせずに心の中でギル兄に感謝を告げた。
だとしたら、本当に早く倒さないと、コイツはどんどん強くなるってことだ。
早く倒したいし、早く倒さないとまずいのなら、早く倒せば良いだけの事、当然の事。
考えろ、バラバラにするという事を、早く行う為の方法を。
考えろ、最良の手を、最善の手を、最高の攻撃を。
そこへ、ロックゴーレムが拳を振り上げて襲ってきた。避けようと思い、足を動かしたのが―――遅かった。
奴の手はまるで剣の様な、丁度僕が持っている剣にも似た形に変わっていて、僕の腹部に向けて横薙ぎに振られていた。
どうしてこうも腹部を狙ってくるのかと思いながら、自分の身体を風魔法で突風を生み出して無理やり押して、転がる形で何とか避ける。
何度も同じ攻撃を喰らっていたら、後でギル兄に何て言われるか分からないからね。
咄嗟にやったけれど、風魔法で自分の動きをアシストする事が出来ればもっと速く動けそうだ。
その検証はまた今度、今はそれよりも…こいつ…を…。
待てよ、ノコを作れた。
ドリルも作れた。
…だけどドリルは剣の様に切って使う時、どうしても当たる面積が大きくて回転が強くても削るという形になる。
じゃあ、削るでは無く斬るならばどう使えば良い。
ノコだ。ノコを傘では無く。剣の刀身に平行にすれば、そして回転させれば良いんじゃないか?
あぁ、でもそれだと刀身部分が出ていて、ノコでは切れても刀身で止まってしまうから、音楽の記号の…クレッシェンドみたいに二枚のノコを生み出して、それで刀身を内に隠す形にして―――。
水ノコの二枚、刃と刃が合わさって刀身を覆い、回転から甲高い音が鳴り響く。
一枚で駄目なら二枚で、面で駄目なら線で斬る。
『ゴガ…ガアァアァァ!!』
右の拳を剣に、そして今度は剣から爪にしか見えない三つの刃を携えて振るってきた。
これなら、力で押し負ける心配も無い筈だ。面では無いから、刹那を切り裂く線だから!
クレッシェンドを振り降ろし、爪を両断し攻撃を凌げた。
いける。
確かな確信を得て、僕は踏み出す。強く。その場から何度も剣閃を繰り出す為に―――。
接触の一瞬、風魔法で回転を更に強める事で削り斬る。
袈裟に斬り、返しの刃の際には持ち方を変えずにクレッシェンドからデクレッシェンドへ、ノコの合わさる方向だけを変える。
斬れた。なら、このまま続けるだけだ。
阻まれる事も無く。ゼリーに包丁を通すみたいに最初の僅かな弾力さえ突破してしまえば後は自然と斬れていく。
何度も、何度も何度も何度も何度も、剣を振るう。
ツミレ先生から習った音楽の中で、強弱法というのがあった。それがこのクレッシェンドという言葉と、デクレッシェンドという言葉に繋がる。
それなら、僕に刻まれたロックゴーレムの様子から、この技に名前を付けよう。
刻み、刻み、削り、削り、段々と敵を弱らせていき、トドメと成り得るこの技の名前は―――
「ディミヌエンド!!」
これで…終わりだ。
最後の一閃と共に叫び、僕の腕が止まる。
ゆっくりと、寸断されたロックゴーレムの身体がバラバラと崩れ、小さなパーツとなって辺りに散らばった。
『アル、まだだ!ゴーレムは魔力があれば復活を―――』
大丈夫、きっと僕の勘が正しければ―――僕は。
バラバラのゴーレム達の真ん中に立ち、僕は思い出してみる。
―――これは、アリス姉さんが教えてくれた事、僕は、害を持って僕に降り掛かる呪いや魔法を、勇者の祝福という加護から打ち消す事が出来ると、だけど、僕には犯される者という称号があるから、害や呪いを受け易い体質になっている。
今考えてみれば、船内であった一人の少女、彼女に触れた時、何かが起きた。何かが起きて、彼女は喜んでいた。
きっとあれは、彼女が何かの呪いに晒されていて、それが僕に移って勇者の祝福による加護で打ち消されたのだろう。
それなら、僕が害を持つ物だとゴーレムの魔力を認識した時、ゴーレムの魔力は僕を犯すのではないだろうかと考えた――――。
だから、真ん中に立って、僕は思う。
ゴーレムの魔力は僕にとって害を成す物、僕の体内に入ってくればきっと僕を苦しめるだろう。
元より、モンスターの魔力を人の身で中に入れる事は害だ。
だからきっと、僕はモンスターの魔力に侵されれば、苦しんでしまうだろう。
周囲に輝きが生まれた。きっと、ゴーレムに宿っていた魔力だろう。そして、それらは渦を描き僕を中心として段々と僕の内に入って来た。強烈な痛みを覚え、やっぱり害なんだなと理解し、苦しみに嗚咽を漏らす。
魔力は別なのか…そう思い始めた所で、身体が輝いた。
僅かな間だけ輝いて、光が収まるころには苦しみも消えていた。
…辺りのゴーレムは、一切動かなくなっていた。
「はぁっ、はぁっ…ぐぅ…」
突然の疲労に膝を着いて、息を整える。
大丈夫、とても苦しかったけれど、乗り越えた。
マニアを睨み、僕は剣を床に突いて何とか立ち上がる。
「これで…僕の勝ちだろ?」
息も絶え絶えな僕を、マニアは薄気味悪い笑顔で見つめ、確と頷いた。
―――僕の、勝ちだ。
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