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第三章 商会を束ねる者
第六十一話 昂りと怒り
しおりを挟む☆マニア視点
素晴らしい、素晴らしい、素晴らしい…!!
これほどまでに勇者としてアルノートが相応しい立ち振る舞いをするとは思ってもみませんでした。
彼は一度も怯まなかった。圧倒的な強者を前にして、一撃でも喰らえば即死の状況で、避けて、避けて、そして新たな技、魔法をその場で閃いて実践して見せた。
なんと磨かれた素材、なんと自分好みに変えてしまいたいのでしょうか。
右腕が疼きますねぇ…私の右腕、魔法をより扱いやすい様に、穴を空けたこの右腕が…!
私の過去など何も無い、ただただ普通に生きていて、突発的に私は才能を開花し魔法使いの中でも有望株として見られる様になった。
その中で、商売として色々な事に携わり、私を気持ちの悪い目で見てくる者も多かった。
様々な思惑を孕んだ…濁った目。
だけど少年は違う!多くの少年は憧れの一つだけで見てくれる。
そして勇者アルノートはそれとも違った!怒り、ただただ怒り、怒りの感情だけで私を見てくれている。
純粋で、一つの想いで!!
たまらないのですよ私にはそれが、嬉しくもあり、染めたくもあり、その瞳が潤む瞬間を見てみたい。
「ひふっ…ふふふふ…さぁ、黒断…私達の番ですよ」
彼を貰う為の戦いを始めましょうか、私の欲望を彼にぶつけ、彼がどう変わるのかが見てみたい。
その為にも、ギルバート・アードロット、この男は邪魔だ!
殺してやる。殺して、悲しみの眼で勇者アルノートに私を見て貰うのです。
嗚呼…楽しみで仕方が無い、勇者、勇者、勇者アルノートォ…。
☆ギル視点
勝った。完全とも呼べるまでにアルは勝利した。
粉々にするでも、持久戦で勝つでも無く。あいつは最後、自分の内にゴーレムの魔力を取り込んで浄化する…なんて粗技で勝ちやがった。普通なら無理だ。モンスターの魔力は人間には害だ。魔力は外気の毒を浄化する為の物、人同士ならあまり変化も無いが、それがモンスターと人だったら危なくて仕方の無い事だ。
それでもあいつはやってのけた。我ながら、自慢の弟子だ。
俺は、ただアルの戦いを見ながらぼーっとしていた訳じゃない。
ずっとずっと、動かしていたんだ。俺の内側で暴れようとしてる魔力を。
こいつは俺に言った。殺し合いをしようと、だから俺はそれに応じてやる。
殺し合い?上等だ。
負ければアルが汚される。それだけは絶対に許さない、アルは…アルは俺の、弟子…だから?
分からない、弟子だからそういう風に思うのか、息子に近い感覚で見ているのか、それとも…。
とにかく。アルはマニアには勝てない、それは実力や経験もそうだけど、こいつの炎魔法の使い方はStg.1とか2の使い方じゃ無い、確実に…Stg.3だ。
俺はStg.3の魔法も能力も無い、戦闘のセンスと経験だけで戦ってきた男だ。絶対的な天才とは訳が違う。
だからこそ、俺は勝ち続けて来た。
例え腹を刺されようとも諦めず。例え腕を潰されようとも噛み付いて、俺はそうやって生きて来た。
アルが見ているからって容赦はしない、本気で…殺す。
「ひふっ…ふふふふ…さぁ、黒断…私達の番ですよ」
マニアからそう声を掛けられて、俺は自分の拳を握り締めた。アルがこちらに歩いて来て、俺の眼を真っ直ぐに見ていた。
分かってる。お前がそこまで怒りを露わにしている理由も、俺にそれを託さなきゃいけない悔しさも。
右の手を上に掲げて、俺は勢い良く振り下ろし、空間魔法によって俺の相棒を取り出した。命を刈り取り、死全てを断つ漆黒の鎌を。
アルの中にある俺の影を元に戻して、先に舞台上に進んだマニアを睨む。
一歩、底の厚いブーツで前に進むと、思わず前に転びそうになった。意識ばかりが、先行して先に進もうとしていたみたいだ。
身体も、心も、俺の弟子も叫んでる。許すなと。
アイツが、マニアがやった事は婦女に暴行を図り拉致をして、今では何処かに閉じ込めているという。それも、完全な私利私欲の為に…だ。アルが怒っているのはその部分だろう。だが俺にはもう一つ、こいつを生かしておくわけにはいかない理由が在る。
こいつは裏の人間で、アルを狙っている。アルを調教しようと…していやがる。
それはつまり、自分の物にするか…はたまた。誰かに売り捌こうとしていたって事だ。
歯が、軋む。
久し振りだ。怒りで身が震えるのは…久し振りだ。たった一人を相手に全力を出そうと思ったのは…。
「アル…そこで見てろ」
俺が元々居た場所に立ち、壁に背を預けているアルにツ―ハンデッドソードを投げ渡した。
「全力だ…俺の全力を見せてやる」
影が波打つ。まるで意思を持っているかのように、影はもう一人の俺。
抑えきれず…暴れ出しそうになった怒りは全部、こいつに預けて来た。
だからこいつも暴れたくて仕方ないんだろうな。
さぁ…存分に暴れるぜ。
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