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第一章 始まりの日
第4話 家に帰ろうっ!
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外に出ると、もう日は落ちて、景色は暗くなっていた。 街にはそれでも、たくさんの火の明かりがついていて、十分に明るい。 ちょっと多すぎるぐらい、あちこちに明かりがついている。
こんなに街が明るいのは、じつは、幽霊の人たちのためなんだ。 幽霊の人は、ものを通り抜けられるから、寝てたらうっかり地面をすり抜けて、地底の底まで沈んでしまうことなんかが、あるらしいの。
真っ暗にしちゃうと、そういうことが起きやすいんだって。 ……どうせ目をつむってたら真っ暗なんだから、あんまり変わらないような気がするけど。
私は生きてて、生身の体を持ってるからかな? そういう感覚は、よく分からない。
人間には、『五感』ってあるよね。 目で見る、耳で聞く、手でさわる、鼻でにおう、口で味わう……。
このうちの、目で見る、と耳で聞く、の2つしか、幽霊の人は持ってないの。 手でさわれないし、鼻でにおえないし、口で味わえない……。
だから、目が見えることは、幽霊の人たちにとって、すごく重要なことなんだ。 暗闇が怖くて、暗闇恐怖症になっちゃう人も、いるみたいなの。 ちょっと、怖いよね。
これから、私の家に行くよ。 私の家も、さっきの勉強会と、同じ建物なんだ。 木と藁を組み合わせて作ったものでね。 上から見ると円形をしているんだ。
この地方では古くから伝わる、家の作り方なの。 昔は、4人ぐらいの家族が、ちょうど住めるぐらいの大きさだったんだって。
今は、その2倍も3倍も大きくてね。 これがいくつも繋がって、空から見ると、数珠のような感じになってるの。
家が大きかったり、繋がってたり……ちょっと、変だよね。 その理由は、色々あって、昔の話にさかのぼるんだ。
昔は、人口の変動が、ものすごく激しかったらしくてね。 他の地方から、人がどんどん来るし、島の中でも、幽霊を次々に降霊していたんだって。
あるところに、家を作ったと思ったら、『人が増えたから、あんたの家、ちょっと貸してくんない?』みたいな。
そんなことになっちゃうから、数人で決まった家を作って住む、っていうことが、難しかったみたい。
幽霊は、家族がいない人が多いんだ。 生きている人なら、お母さんとか、お兄ちゃんとか、たいていは血のつながった人が、何人かはいるよね。
だけど、幽霊は、家族の中で一人だけぽつんと、降霊されるのが普通なの。 家族っていう、一緒の家で住むような人たちが、最初からいないんだ。
住むなら、一人で住むか、みんなと住むか……。 そんな感覚になる人が、多いみたい。
私の友達に聞いたところでは、街のみんなが家族、みたいな感じなんだって。
そういうわけで、こんな大きくてつながった家、っていうのがあるんだ。
他にも、岩で作られた家なんかもある。 そっちは、アパートやマンションみたいな感じかな。 個人が住む部屋が、いくつか集まったような形になってる。
この中には、幽霊の人が住んでる場合が多いね。 こういう建物が集まってる住宅街みたいな地域もあるんだ。
……え? 幽霊だったら、死ぬ心配がないんだから、べつに外で寝てもいいんじゃないって? たしかに、そうなんだけどね。 感覚はふつうの生身の人と、大して変わらないからか、それでも家で寝たい人が、多いみたい。
さあ、家に帰ってきた! あー、今日も疲れた。
私は入口をくぐって、中に入っていく。
中は明るく、ここにも明かりがたくさんついていた。 10人以上の人がいて、適当に寝るまでの時間を過ごしているようだ。 話したり、寝転がってゴロゴロしたりしている。
よく見ると、ほとんどみんなが幽霊で、体が透けてる。 でも、壁際にいる人たちだけ、生きていて、生身の体を持ってるみたい。
そう! この壁際の人たちが、私の家族なんだ。 それ以外に生きてる人はいなくて、他はみんな幽霊なの。
街の幽霊の人は、10人に7人が幽霊なんだ。 本当にすごく、幽霊が多い街だね。
家の中の、向こうの壁のほうには、もう一つ入り口が見えている。 別の家と繋がっている、連結部分の入り口だね。 あそこを通って、別の家にそのまま入っていけるってわけなんだ。
私が家に帰ってくると、壁際にいた弟が、声を上げた。
「あ! 姉ちゃん、帰ってきた!」
その近くには、私の母親と、妹がいた。 この人たちが、私の家族だよっ! お母さんはとっても優しいし、弟と妹は、いつも元気いっぱいなんだ。
お母さんは、なにか作業してるみたい。 最近、布団の敷物がだめになったから、それを作りなおしてるようだ。 藁を使って、編み物をしている。
帰ってきた私に気づいて、お母さんは顔を上げた。
「おかえり」
「ただいまー。 ……あー、おなかすいた」
……あ。 自分で言って、気づいた。 仕事が終わってから、あの汁物を一杯、飲んだきり、何も食べてないじゃん!
まずいな、お母さんにバレたら、叱られる。 ご飯だけは、しっかり食べなさいと、いつも口を酸っぱくして言われているのだ。
でも、お母さんは、今日は、何も聞いてこない。 代わりに、それが分かってたかのように、手で近くを指し示した。
「そこに、余った饅頭、あるわよ」
「あ、ほんとだ。 食べよー」
ふう! あぶない、叱られるところだった。 私は内心ヒヤヒヤしながら、家族のそばに来て、地面に座っていく。
母親が手で指していたほうには、白い肉まんみたいなやつが、いくつか積まれていた。 私はそれに手を伸ばして、モグモグ食べ始める。
これは、私たちは『饅頭』って呼んでるけど、みんなが知ってるのでいえば、肉まんのほうが近いかな。 中に具材が入っていて、外側から、小麦粉で作った生地で、まとめてあるの。
ふだん私たちの家族は、これを作って売って、生活を成り立たせてるんだ。 私も、朝はそれを手伝っててね。 饅頭を作って、売り終わってから、その後にやっと、自分の仕事に行けるんだ。
私の仕事先は、最初に働いてた、石板がたくさんある、あの場所だよ。 街の歴史を扱ってる、歴史所ってところなんだ。
……お、そんなこと言ってたら、弟が、楽しそうに話しかけてきた。
「姉ちゃん! 今日の昼の歌どころ、行った?」
今日の昼の、歌どころ? ……あ、歌どころっていうのはね、お笑いや歌を、披露するところなんだ。 最初は歌を歌う人たちが中心だったらしいんだけど、徐々に笑いをとる人が増えていって、お笑い芸人に侵食されていったらしいんだよね。
……それで? えーっと……今日の昼? あぁ、多分、昼休みの時だ。 じゃあ、私は、違うところにいたかな。
この街で、政治をする場所があるんだけどね。 議会っていうところなんだけど、みんなが意見を言い合って、色々なものごとを決定する、とても大事な場所なんだ。
街の子供たちが、たくさん、客席に遊びに来るんだ。 その辺の、飲んだくれのおじさんが、ヤジを飛ばしててね。
料理を売り歩いてる人たちもいたりして、生きている生身の人は、ご飯を食べながら、まるで野球観戦みたいに……。
……え? そんなに、真剣そうに見えないって? うーん、そうかも。 正直、真面目に参加してる人は、あんまりいないよね。
そんなことを思い浮かべながら、私は適当に答える。
「行ってないよ。 その時、議会にいたし」
「すごかったんだよ! 昼の人、今日も絶好調でさ」
弟は、すごく笑いのツボが合う芸人さんが、いるらしい。 私も見に行ったことがあるんだけど、たしかに、面白かった。
幽霊の芸人さんだったけど……ゲロを吐く真似をしたり、どれだけ大きいオナラの音を出せるかを、やったりするんだ。 客席はあんまり笑ってなかったけど、私たち2人だけ、大爆笑してたんだよね。
あぁ、今思い出しても、笑えてくるっ!!!ww
思い出し笑いして、私はニヤニヤしながら相槌を打っていると、いきなり喉が苦しくなる。
「ふーん。……うっやば」
喉につまったかも。 苦しくなって、私はバタッと立ち上がり、水が入った入れ物のほうへ走っていく。 それを見て、弟が笑った。
「姉ちゃん、またかよ」
壁の近くに、水をためた入れ物があった。 そこに来ると、私は手で水をすくって、ごくごくと飲んでいく。
水を飲み込むと、のどがなめらかになって、すっと楽になった。 ふう! 助かった。
「あぁ、危なかった」
私は呟きながら振り返って、ぼんやりと、家の中の景色を眺める。 ……うーん、なんか、寂しい感じがするな。 家族はいつものようにいて、楽しくて落ち着くんだけど……。
私はふと思いついて、母親に聞いてみる。
「……父さんは?」
母親は、藁を編む手を止めずに、下を見たまま答えた。
「今日はいないよ」
「……そっか」
うーん、ま、いつものことだ。 じつは、私たちの家族は、父さんもいるんだよね。
適当な人で、あんまりこの家には、帰ってこないんだ。 お母さんも私も、弟たちも、寂しいんだけど……もう、慣れちゃったかも。
元の場所に戻っていくと、向こうで遊んでいた妹が、こっちに来た。
ここの近くには、地面の上に、よく分からないけど、小さな石ころがいくつも置かれてあった。
妹はこっちに来ると、その一つを手に取って、掲げて私に見せてくる。 弟も思い出したように、石ころを手に取っていった。
「あ、姉ちゃん! ほら、また拾って来たんだぜ!」
そういって、2人で揃って、石ころを掲げて見せてくる。 この2人は、気づいたら、石ころを拾って持って帰ってくるんだ。 弟が言うところでは、『美を感じる』らしいんだけど、私はさっぱり分からない。
「あんたたち、また拾って来たの? ちゃんと、仕事してる?」
「してるよ!」
「もう、寝るみたいよ」
いつもの会話をやっていると、母親が会話に割り込んで、注意を促してきた。 気づけば、まわりでは、少しずつ、寝転ぶ人が増えているようだ。 明かりはつけたままだが、ごろんと横になっている人が目につく。
いつもこうやって、特に寝る時間は決めてないんだけど、なんとなく、みんな眠り始めていくんだ。 だから、その空気を察して、ちゃんと静かにしないと、だめなの。
前なんか、周りを見ずに弟がはしゃぎすぎて、怒鳴られちゃってね。 もう、こわいこわい。
私は、残りの饅頭を口に放って、寝る準備をし始めた。 簡単な藁の敷物を、壁際から引っ張ってきて、地面の上に敷いていく。
布団は、これだけなんだ。 掛け布団を使うのは、寒い日だけかな。 この藁と木でできた建物って、適当に作ってるみたいに見えるけど、じつは結構暖かいんだよ。
横では、弟がもう寝る準備を終えて、寝転んでいた。 ぼうっと天井のほうを眺めながら、何かを考えてるみたいだ。
私が横になっていくと、弟がぼそっと呟く。
「あー、俺も、なにかかっこいい仕事につきたいなー……」
あぁ、またその話か。
弟は、まだ体は大きくないが、木を切ったり、運んだりする仕事の、手伝いをしている。 自分のやってる仕事が気に入らないらしく、たまにこういうことを言うんだ。
「かっこいい仕事って?」
私は横になって、いつものように聞いてみる。 弟は、ぼんやりとしながら答えた。
「うーん、歴史所の仕事とか」
「あんたには、無理よ」
思わず即答してしまった。 だって、弟は、文字もまだそんなに読めない。 歴史所なんて、毎日、大量の漢字を読み書きしなきゃいけない。 さすがに、まだ早いんじゃないの。
そう思う私の前で、弟は、むきになって否定する。
「無理じゃねえよ! つまんねー、使い走りばっかでさー……」
そういって、口をとがらせて、ぼやいている。 ……うーん、弟の言いたいことは、ちょっと分かるけどね。
生きていて、生身の体を持っている人は、あちこちで引っ張りだこだ。 火をつけて明かりを作ったり、建物を作ったり……。 どれもすごく大事な仕事だし、幽霊の人にはできない仕事だ。
一方、幽霊の人たちは、お笑いや歌を歌ったりするような、華やかな仕事につく人もいる。 別に、そんな仕事が、そこまで多いわけじゃないんだけど。
だから、『俺もあんな風に、キラキラした仕事がしたいなー』って、思ってしまうのかも。 隣の芝生はなんとやらってことかな。 そう思いながら、私は返事をする。
「つまんなくないよ。 生身には、生身の仕事があるの」
「うーん……」
弟は、まだ唸っている。 まあ、いつものことだ、放っておこう。 私はそう思いながら、静かに目を閉じた。
こんなに街が明るいのは、じつは、幽霊の人たちのためなんだ。 幽霊の人は、ものを通り抜けられるから、寝てたらうっかり地面をすり抜けて、地底の底まで沈んでしまうことなんかが、あるらしいの。
真っ暗にしちゃうと、そういうことが起きやすいんだって。 ……どうせ目をつむってたら真っ暗なんだから、あんまり変わらないような気がするけど。
私は生きてて、生身の体を持ってるからかな? そういう感覚は、よく分からない。
人間には、『五感』ってあるよね。 目で見る、耳で聞く、手でさわる、鼻でにおう、口で味わう……。
このうちの、目で見る、と耳で聞く、の2つしか、幽霊の人は持ってないの。 手でさわれないし、鼻でにおえないし、口で味わえない……。
だから、目が見えることは、幽霊の人たちにとって、すごく重要なことなんだ。 暗闇が怖くて、暗闇恐怖症になっちゃう人も、いるみたいなの。 ちょっと、怖いよね。
これから、私の家に行くよ。 私の家も、さっきの勉強会と、同じ建物なんだ。 木と藁を組み合わせて作ったものでね。 上から見ると円形をしているんだ。
この地方では古くから伝わる、家の作り方なの。 昔は、4人ぐらいの家族が、ちょうど住めるぐらいの大きさだったんだって。
今は、その2倍も3倍も大きくてね。 これがいくつも繋がって、空から見ると、数珠のような感じになってるの。
家が大きかったり、繋がってたり……ちょっと、変だよね。 その理由は、色々あって、昔の話にさかのぼるんだ。
昔は、人口の変動が、ものすごく激しかったらしくてね。 他の地方から、人がどんどん来るし、島の中でも、幽霊を次々に降霊していたんだって。
あるところに、家を作ったと思ったら、『人が増えたから、あんたの家、ちょっと貸してくんない?』みたいな。
そんなことになっちゃうから、数人で決まった家を作って住む、っていうことが、難しかったみたい。
幽霊は、家族がいない人が多いんだ。 生きている人なら、お母さんとか、お兄ちゃんとか、たいていは血のつながった人が、何人かはいるよね。
だけど、幽霊は、家族の中で一人だけぽつんと、降霊されるのが普通なの。 家族っていう、一緒の家で住むような人たちが、最初からいないんだ。
住むなら、一人で住むか、みんなと住むか……。 そんな感覚になる人が、多いみたい。
私の友達に聞いたところでは、街のみんなが家族、みたいな感じなんだって。
そういうわけで、こんな大きくてつながった家、っていうのがあるんだ。
他にも、岩で作られた家なんかもある。 そっちは、アパートやマンションみたいな感じかな。 個人が住む部屋が、いくつか集まったような形になってる。
この中には、幽霊の人が住んでる場合が多いね。 こういう建物が集まってる住宅街みたいな地域もあるんだ。
……え? 幽霊だったら、死ぬ心配がないんだから、べつに外で寝てもいいんじゃないって? たしかに、そうなんだけどね。 感覚はふつうの生身の人と、大して変わらないからか、それでも家で寝たい人が、多いみたい。
さあ、家に帰ってきた! あー、今日も疲れた。
私は入口をくぐって、中に入っていく。
中は明るく、ここにも明かりがたくさんついていた。 10人以上の人がいて、適当に寝るまでの時間を過ごしているようだ。 話したり、寝転がってゴロゴロしたりしている。
よく見ると、ほとんどみんなが幽霊で、体が透けてる。 でも、壁際にいる人たちだけ、生きていて、生身の体を持ってるみたい。
そう! この壁際の人たちが、私の家族なんだ。 それ以外に生きてる人はいなくて、他はみんな幽霊なの。
街の幽霊の人は、10人に7人が幽霊なんだ。 本当にすごく、幽霊が多い街だね。
家の中の、向こうの壁のほうには、もう一つ入り口が見えている。 別の家と繋がっている、連結部分の入り口だね。 あそこを通って、別の家にそのまま入っていけるってわけなんだ。
私が家に帰ってくると、壁際にいた弟が、声を上げた。
「あ! 姉ちゃん、帰ってきた!」
その近くには、私の母親と、妹がいた。 この人たちが、私の家族だよっ! お母さんはとっても優しいし、弟と妹は、いつも元気いっぱいなんだ。
お母さんは、なにか作業してるみたい。 最近、布団の敷物がだめになったから、それを作りなおしてるようだ。 藁を使って、編み物をしている。
帰ってきた私に気づいて、お母さんは顔を上げた。
「おかえり」
「ただいまー。 ……あー、おなかすいた」
……あ。 自分で言って、気づいた。 仕事が終わってから、あの汁物を一杯、飲んだきり、何も食べてないじゃん!
まずいな、お母さんにバレたら、叱られる。 ご飯だけは、しっかり食べなさいと、いつも口を酸っぱくして言われているのだ。
でも、お母さんは、今日は、何も聞いてこない。 代わりに、それが分かってたかのように、手で近くを指し示した。
「そこに、余った饅頭、あるわよ」
「あ、ほんとだ。 食べよー」
ふう! あぶない、叱られるところだった。 私は内心ヒヤヒヤしながら、家族のそばに来て、地面に座っていく。
母親が手で指していたほうには、白い肉まんみたいなやつが、いくつか積まれていた。 私はそれに手を伸ばして、モグモグ食べ始める。
これは、私たちは『饅頭』って呼んでるけど、みんなが知ってるのでいえば、肉まんのほうが近いかな。 中に具材が入っていて、外側から、小麦粉で作った生地で、まとめてあるの。
ふだん私たちの家族は、これを作って売って、生活を成り立たせてるんだ。 私も、朝はそれを手伝っててね。 饅頭を作って、売り終わってから、その後にやっと、自分の仕事に行けるんだ。
私の仕事先は、最初に働いてた、石板がたくさんある、あの場所だよ。 街の歴史を扱ってる、歴史所ってところなんだ。
……お、そんなこと言ってたら、弟が、楽しそうに話しかけてきた。
「姉ちゃん! 今日の昼の歌どころ、行った?」
今日の昼の、歌どころ? ……あ、歌どころっていうのはね、お笑いや歌を、披露するところなんだ。 最初は歌を歌う人たちが中心だったらしいんだけど、徐々に笑いをとる人が増えていって、お笑い芸人に侵食されていったらしいんだよね。
……それで? えーっと……今日の昼? あぁ、多分、昼休みの時だ。 じゃあ、私は、違うところにいたかな。
この街で、政治をする場所があるんだけどね。 議会っていうところなんだけど、みんなが意見を言い合って、色々なものごとを決定する、とても大事な場所なんだ。
街の子供たちが、たくさん、客席に遊びに来るんだ。 その辺の、飲んだくれのおじさんが、ヤジを飛ばしててね。
料理を売り歩いてる人たちもいたりして、生きている生身の人は、ご飯を食べながら、まるで野球観戦みたいに……。
……え? そんなに、真剣そうに見えないって? うーん、そうかも。 正直、真面目に参加してる人は、あんまりいないよね。
そんなことを思い浮かべながら、私は適当に答える。
「行ってないよ。 その時、議会にいたし」
「すごかったんだよ! 昼の人、今日も絶好調でさ」
弟は、すごく笑いのツボが合う芸人さんが、いるらしい。 私も見に行ったことがあるんだけど、たしかに、面白かった。
幽霊の芸人さんだったけど……ゲロを吐く真似をしたり、どれだけ大きいオナラの音を出せるかを、やったりするんだ。 客席はあんまり笑ってなかったけど、私たち2人だけ、大爆笑してたんだよね。
あぁ、今思い出しても、笑えてくるっ!!!ww
思い出し笑いして、私はニヤニヤしながら相槌を打っていると、いきなり喉が苦しくなる。
「ふーん。……うっやば」
喉につまったかも。 苦しくなって、私はバタッと立ち上がり、水が入った入れ物のほうへ走っていく。 それを見て、弟が笑った。
「姉ちゃん、またかよ」
壁の近くに、水をためた入れ物があった。 そこに来ると、私は手で水をすくって、ごくごくと飲んでいく。
水を飲み込むと、のどがなめらかになって、すっと楽になった。 ふう! 助かった。
「あぁ、危なかった」
私は呟きながら振り返って、ぼんやりと、家の中の景色を眺める。 ……うーん、なんか、寂しい感じがするな。 家族はいつものようにいて、楽しくて落ち着くんだけど……。
私はふと思いついて、母親に聞いてみる。
「……父さんは?」
母親は、藁を編む手を止めずに、下を見たまま答えた。
「今日はいないよ」
「……そっか」
うーん、ま、いつものことだ。 じつは、私たちの家族は、父さんもいるんだよね。
適当な人で、あんまりこの家には、帰ってこないんだ。 お母さんも私も、弟たちも、寂しいんだけど……もう、慣れちゃったかも。
元の場所に戻っていくと、向こうで遊んでいた妹が、こっちに来た。
ここの近くには、地面の上に、よく分からないけど、小さな石ころがいくつも置かれてあった。
妹はこっちに来ると、その一つを手に取って、掲げて私に見せてくる。 弟も思い出したように、石ころを手に取っていった。
「あ、姉ちゃん! ほら、また拾って来たんだぜ!」
そういって、2人で揃って、石ころを掲げて見せてくる。 この2人は、気づいたら、石ころを拾って持って帰ってくるんだ。 弟が言うところでは、『美を感じる』らしいんだけど、私はさっぱり分からない。
「あんたたち、また拾って来たの? ちゃんと、仕事してる?」
「してるよ!」
「もう、寝るみたいよ」
いつもの会話をやっていると、母親が会話に割り込んで、注意を促してきた。 気づけば、まわりでは、少しずつ、寝転ぶ人が増えているようだ。 明かりはつけたままだが、ごろんと横になっている人が目につく。
いつもこうやって、特に寝る時間は決めてないんだけど、なんとなく、みんな眠り始めていくんだ。 だから、その空気を察して、ちゃんと静かにしないと、だめなの。
前なんか、周りを見ずに弟がはしゃぎすぎて、怒鳴られちゃってね。 もう、こわいこわい。
私は、残りの饅頭を口に放って、寝る準備をし始めた。 簡単な藁の敷物を、壁際から引っ張ってきて、地面の上に敷いていく。
布団は、これだけなんだ。 掛け布団を使うのは、寒い日だけかな。 この藁と木でできた建物って、適当に作ってるみたいに見えるけど、じつは結構暖かいんだよ。
横では、弟がもう寝る準備を終えて、寝転んでいた。 ぼうっと天井のほうを眺めながら、何かを考えてるみたいだ。
私が横になっていくと、弟がぼそっと呟く。
「あー、俺も、なにかかっこいい仕事につきたいなー……」
あぁ、またその話か。
弟は、まだ体は大きくないが、木を切ったり、運んだりする仕事の、手伝いをしている。 自分のやってる仕事が気に入らないらしく、たまにこういうことを言うんだ。
「かっこいい仕事って?」
私は横になって、いつものように聞いてみる。 弟は、ぼんやりとしながら答えた。
「うーん、歴史所の仕事とか」
「あんたには、無理よ」
思わず即答してしまった。 だって、弟は、文字もまだそんなに読めない。 歴史所なんて、毎日、大量の漢字を読み書きしなきゃいけない。 さすがに、まだ早いんじゃないの。
そう思う私の前で、弟は、むきになって否定する。
「無理じゃねえよ! つまんねー、使い走りばっかでさー……」
そういって、口をとがらせて、ぼやいている。 ……うーん、弟の言いたいことは、ちょっと分かるけどね。
生きていて、生身の体を持っている人は、あちこちで引っ張りだこだ。 火をつけて明かりを作ったり、建物を作ったり……。 どれもすごく大事な仕事だし、幽霊の人にはできない仕事だ。
一方、幽霊の人たちは、お笑いや歌を歌ったりするような、華やかな仕事につく人もいる。 別に、そんな仕事が、そこまで多いわけじゃないんだけど。
だから、『俺もあんな風に、キラキラした仕事がしたいなー』って、思ってしまうのかも。 隣の芝生はなんとやらってことかな。 そう思いながら、私は返事をする。
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