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第五章 混乱
第34話 幽世……?!
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「すみません!」
呼びかけていくと、その人がこっちに気づき、振り返った。 弾けるように動きだし、逆に声をかけてくる。
「あっ人だ! あの、すいません、ここ、どこですか?」
急いだような様子で、こっちへ歩いてくる。 女の人だ、不安そうな表情で聞いてきた。
……どこですかって、何? もしかしてこの人も、私と同じような立場なんだろうか。 今まで別の場所にいたのに、いきなりここに来たような……。
イトは頭をかきながら、立ち止まっていく。
「いや、私も分からなくて……」
目の前に来た女の人は、やはりどこか違和感があった。
うーん、なんだろう、この違和感……。 別の国に来たような、あるいはタイムスリップして、別の時代に来たような……?
じろじろとイトが見つめる前で、女の人は不思議そうに、しきりに周囲の景色を眺めている。
「さっきまで私、自分の家で寝てたんだけど……。 ここ、どこなんですか?」
ん? ……違和感の正体が、少し分かった。
目の前の人は、どこかちょっと懐かしいような、古臭い装いをしている。 まとっている布は、お世辞にも綺麗とは言えないし、それに髪型も古いし、ダサい。
現代に降霊された人は、しばらくすると街の中に溶け込むように、現代風の装いに見た目を変えていく。 こんな古い格好をしている人は、珍しいのだ。
……っていうか、さっきこの人、『自分の家で寝てた』って言った? なら、格好が古いのもあわせて考えると、直前にどこか昔の時代で死んだってことになる?
しかし、それも妙な感じだ……だって今は真夜中だ。 こんな時間に降霊術を発動するなんて、ありえない。 私たちの街なら、正式な降霊術はふつうは昼間に行われる。
でも、ここが幽世だったとしたら、どうなる? 死んだ後の世界なら、死んだ直後の人がいるのは当然だ。
それなら、ここって、幽世ってこと……?
……まあいいか、あまり、考えないでおこう。 幽世かもと浮かれてしまって、もし外れたら、私はショックで死んでしまいそうだ。
「……とりあえず、歩いてみましょう。 ここにいても、しょうがないし」
辺りを眺めていた女の人は、そうですねと頷いた。 一緒に歩きだし、森の中を進んでいく。
後ろを歩きながら、女の人はこっちをじっと見てるみたいだ。 なんだろう、私の背中に、ゴミでもついてるのかな。 背中にゴミがくっつきっぱなしの幽霊の都市伝説を、聞いたことがあるんだよね。
そう思っていると、女の人はぼそっと呟く。
「なんか、体が透けてませんか? ……あれ、私も?」
なんだ、そっちか。 あぁ、よかった。 女の人は不思議そうな顔をして、自分の手足を眺めている。 感触を確かめるように、手で触ってみたり……。
「なんで、透けてるんだろう。 それに、私、足が悪かったのに、なんでこんなに歩けるの?」
今度は自分の足を見下ろし、見慣れないものを見るような目をしている。
生きてた時、足が悪かったのか。 幽霊になって、すいすいと歩けるようになった……。
それならやっぱり、さっき死んだばっかりだってことだろう。 じゃないと、降霊されて3年目に、やっと自分が歩けることに気づきました、なんて、アホすぎる。
「……どこの村の方ですか?」
ヒマになったので、適当に聞いてみる。 この質問が、私たちにとっての、ひとつの基準だ。
現代に降霊されてる人の、元いた時代は、だいたい1000年以内におさまる。 それ以上になると、言葉が大きく違ったりして、生活に支障が出ると判断されたためらしい。
初期のころは、原始人を降霊しちゃって、まったく話が通じなかったことなどもあったらしい。 聞いた話では、それでも一生懸命に、言語を解析しようと頑張ったということだ。
でも、やっぱり無理だと分かって、ごめんと言って死者の国に返したとかなんとか。 そんなことしなくても、初めから分かるだろ。
……話がそれたけど、どこの村かを聞くのが、時代判別の一つの方法なのだ。
そして、その基準は、500年前だ。
この島には村は3つあったが、500年前に統合されて1つになったのだ。
1000~500年前までは3つの村、500~現代までは1つの村って感じだ。 ちょうど半分ってことだね。
『山側の村です!』なんて明確に答えるなら、それは3つに分かれてた大昔のことだから、500年以上前の人ってことになるのだ。
ただ、形式上は統合されても、簡単に村がまとまるわけではない。 住んでる場所や人の行き来など、実際にはそれから長い時間をかけて、少しずつ融合していったんだけど。
女の人は、不思議そうな顔をして、聞き返してきた。
「……え? 村って、一つじゃないんですか?」
そう、こんな風な反応なら、500年前よりは現代に近いってことだ。 最近の時代は、1つしか村が無いのが当たり前だからだ。
じゃあ、さらに時代を絞れる質問は、えーっと……あぁ、もうどうでもよくなってきたな。 もし10000000年前とかなら、そんな人を降霊することは社会としてありえないから、ここが私たちの街じゃなくて、幽世の可能性が高まってくる。
でも、500年以内に収まってるなら、ここが幽世か判別するのには使えない。 それなら、私はもう興味がないかな。
そんなことを考えていると、視界の端で、妙なものが目に飛び込んできた。 植物だ。 茂みの中に生えている植物の形が、なんか変だ。
「何? この植物……」
イトは思わず立ち止まり、その植物のほうへ近づいていく。
一見、そこまで変な植物には見えないけど、でもこんな植物あったっけ? そう思いながら、イトは葉っぱのあたりを触っていく。
後ろで女の人も立ち止まり、そばに近づいてきた。
「どうかしましたか?」
「……こんな植物、あったっけ?」
イトはボソッと呟きながら、手元をしげしげと眺める。
……私は、生きていた時には医者の先生の手伝いをしていた。 いまは軍の研究員として働いていて、毒物を作っている。 植物の知識には自信があるのだが……こんな植物は、見たことがない。
女の人も顔を近づけて、不思議そうに眺める。
「ふーん。 ……私も、見たことないです」
「ん? ……あれ、こっちも?」
ふと気づくと、別の所にも、見慣れない植物があった。 イトは素早くそこへ移動し、再び手をかざしていく。
「えぇ? ……何これ」
こんなに知らない植物がある場所なんて……。 もしここが私たちがいた島なら、そんなこと、万が一にもあり得ない。 何度も言ったが、私は植物に自信があるのだ。
ざわっと、風がなった。 それにつられるように、夜空を見上げる。
明るい月が、異様な大きさで輝いているのが目に入った。 煌々と美しく光っていて、幽世の夜空に、あたかもふさわしいような……。
「……もしかして、ここ、幽世?」
ぼそっと言うと、女の人が振り返る。
「あっ! そうですよね! 私も、さっきからそう思ってて」
女の人は、どこか楽しそうにウキウキしている。
……でも、気持ちはちょっとわかる。
生きているときに歩けなくなって、弱り切って死んで……。 目が覚めたら、健康な体になってて、自由に歩けるようになったのだ。
私も病弱な体だったから、初めて降霊されたときには、飛び上がるほど嬉しかったものだ。 これで自由に歩き回れるっ!! ってね。
今夜は月がきれいだし、幻想的に照らされた森の中を歩くのは、気持ちがいいだろう。
「へえ、死んだら、こんな風になるんですね……」
女の人は、自分の腕をしげしげと眺めている。 幽霊の体が興味深いようだ、上にかざして、光が透けてるのを確認して……。
……でも、本当にここ、幽世なのっ??! 間違ってたら、3日ぐらいは寝込んじゃうけど。
疑心暗鬼になりながら辺りを眺めていくと、また別のものを見つけてしまう。
「ほんとに? ……あっ! こんな果実もっ!!」
また見たことないものだっ!! 遊園地ではしゃぐ子供のような私を、女の人は楽しそうに笑って見ている。
果実のもとへ来て、手元にさわりながらじっくりと眺めてみる。 やはり、そうだ。 この果実も、私は見たことが無い。
「あ。 これは、何でしょう?」
今度は女の人が、背後で何かに気づいたようだ。 声のしたほうを振り返ると、女の人はしゃがみ込んで、地面のほうを見つめていた。 何かがそこに落ちているらしい。
戻って近づいてみると、そこには石ころが転がっていた。
……しかし妙な石ころだ、表面には不思議な模様がびっしりと書かれている。 たぶん何かの文字だろうが、街で見かけるような文字ではない。 文字は一つ一つが繋がり、流れるように書かれている。 まるで、異国の文字のようだ。
「あぁ、ほんとだ。 こんなの、見たことない……」
「不思議な模様ですね……」
うっとりとした様子で、2人はその文字を眺める。 恍惚の表情でその文字を眺めていたイトは、ふと、頭に閃くものがあった。
「あっ! これが、幽世の文字じゃないですか?!」
大声が出てしまった。 こんなに嬉しいことはない。 きっと私の顔は、笑顔で輝いていることだろう。
女の人は、一瞬固まり眉をひそめる。
「……文字?」
「ほら、言葉を表した、模様ですよ! 大陸とかでも、使われてる」
この人が、いつの時代の人かは知らないが、もしかしたら、知ってるかもしれない。
意味不明な期待に身をゆだねていると、女の人の顔が、ぱっと明るくなった。
「あっ! 聞いたことありますっ! そうか、きっと、そうですね!」
「おーい!」
2人がはしゃいでいると、いきなり男の太い声が聞こえた。
振り向くと、向こうから男が2人、こちらに歩いてきているようだ。 幽世の人かなっ! やったっ!
「あ、話を聞いてみましょう!」
「そうですね!」
2人はウキウキと跳ねるように、駆け出していく。 走りだすと、あまりの体の軽さに驚いた。 地面がまるで感じられず、飛んでいるかのようだ。 これが幽世なんだっ!!
はあはあと、走るのが気持ちいい。 まるで風に舞う、ちょうちょのようだ。
男たちに近づいていき、その姿が見えてきた。 ……あれ? でもなんか、違和感がある。
2人の男をよく見ると、見覚えのある、どっしりとした質感があった。
生身だ。 男の1人は幽霊だが、1人は生身だった。
「え? ……なんで、生身?」
思わず、無茶苦茶な言葉が漏れる。 なんで生身って、我ながら変な疑問だ。 でも幽世なんだから、全員幽霊なのが当たり前なんじゃないの?
疑いが増していき、胸が気持ち悪く疼いてきた。 近づくと、生身の男が話しかけてくる。
「すいません、あなたは、えーっと……」
声の圧が、はっきりと感じられる。 やはり生だ。
「……あれ? ……なんで……?」
男たちの前で立ち止まり、イトははあはあと息を整えながら、眉をひそめて必死に考える。
幽世なら、当然みんな、幽霊なんじゃないの?
……いや、待てよ。 もしかしたら、しばらく善行を積めば、幽霊から生身に昇格できるとか、そういうシステムが無いことも限らない。 とりあえず、落ち着け、私。
混乱しながら、今度は周囲の景色を見てみる。
向こうに、小さな船があった。 海辺に浮かんで、揺れている。 波を押すためのオールが、当然のようについている。
……幽世でも、必死に筋肉を動かして、舟をこぐ必要があるってこと?
待てよ、じゃあさっきの文字は、どうなる? 生身の体を持っていないと、もちろん文字は書けない。
生身に昇格できない人は、文字すら使っちゃいけないってこと?
……いや! ちょっと待て、私。 もしかしたら、超能力的なやつで、するするっと文字が書けるとか、船が動かせるとか。 そうすれば、すべて辻褄が合うか……?
支離滅裂な思考に身をゆだねていると、幽霊のほうの男の一人が話しかけてきた。 いきなり、変な質問を投げかけてくる。
「すいません、昨日、街で何がありました? 今まで寝てた、その直前です」
「……街?」
何、いきなり。
昨日の街って、なんかあったっけ。
……普通に、いつもの日常があっただけでしょう。 私は夕方に酒を作った後、降霊研究所に行った。 その後に、街で何かあったなら、私は知らないけど。 変な祭りでも、あったんですか? やりたいなら、やればいいじゃん。
横を見ると、女の人も戸惑っているみたいだ。 変な目をして聞き返す。
「え、なんですか、唐突に」
男たちは、その質問に黙って答えず、こっちをじっと見てくる。 ……なんか、観察されてる気分だな。 イトは頭をかいた。
「さあ。 街で昨日? ……別に、何もなかったと思うけど……」
考えをそのまま口に出していくと、男たちはじっと真剣な表情のまま聞いている。
横で女の人が、気づいたように、明るい声を上げた。
「あ! もしかして、幽世の方ですか?」
男たちはそれを聞いて、顔が一層こわばったように見える。 ……なんで、そんなに怖い顔してんの? ねえ!
さっきから、胸が苦しくてしょうがない。 私は気づいたら、大声で叫んでいた。
「なんで生身なんですか? ここ、幽世じゃないんですかっ?!」
ぐっと男たちに詰め寄って、激しくうったえる。 男たちは身を引いて、ヤバいやつを見るような目で、こっちを見る。
なんでよ、幽世なんでしょ? 幽世と、言ってよ!!
「……すいません、名前、教えてもらってもいいですか?」
スルーかよっっっ!!!!! 男たちは真剣な表情だ、ぐっと堪えるように聞いてきた。
……名前を知りたいの? なんで?
「なんでですか?」
女の人が聞き返していくが、男たちは黙って答えない。 ただ、じっとこっちを見てくる。 うんこでも、我慢しているかのような顔だ。 早く行ったら?
緊張感のある静けさの中で、女の人は、迫力に押されたように答えた。
「私は、イヨですけど……」
「……あんたは?」
今度は私のほうに、2人の目が集中する。 何だよ、結構いい男じゃん、喋ってれば。
「私は、イトです……」
名前を聞き終わると、男たちは顔を見合わせた。 何かを示し合わせるように頷きあう。
「ちょっと、ついてきてください。 一緒に、街まで行きましょう。 そこで何が起きてるか、確認するんです。 ……俺らも、まだよく分かってないんで」
2人の男は、背中を向けて歩き始めた。
……一体、どういうこと? よく分からなくなって、混乱しつつも、それに従いしぶしぶついていく。
イトは歩きながら、改めて周囲の景色を眺めてみた。
……あれ? よく見れば、辺りの景色、どんどん知ってる場所になってきてるかも。 じゃあさっきの場所は、たまたま偶然、私が見たことのなかった場所ってこと? それを、幽世だと勘違いしたってこと?
……あぁ、もう家に帰って、早く寝てしまいたい。
イトはがっくりと肩を落として、ため息をついた。
……しかし、結局何が起きているかは謎だ。 降霊を解除されたと思ったら、実は解除されてなかった。 ここは幽世じゃなくて、私が元いた島だった……。
私はなんであんな地下の洞窟の中にいたんだろう? それに、いま横で歩いている女の人は、新しい幽霊なのは間違いない。 こんな時間に新しく降霊されたってこと……?
疑問はグルグルと頭の中を巡っていく……。
呼びかけていくと、その人がこっちに気づき、振り返った。 弾けるように動きだし、逆に声をかけてくる。
「あっ人だ! あの、すいません、ここ、どこですか?」
急いだような様子で、こっちへ歩いてくる。 女の人だ、不安そうな表情で聞いてきた。
……どこですかって、何? もしかしてこの人も、私と同じような立場なんだろうか。 今まで別の場所にいたのに、いきなりここに来たような……。
イトは頭をかきながら、立ち止まっていく。
「いや、私も分からなくて……」
目の前に来た女の人は、やはりどこか違和感があった。
うーん、なんだろう、この違和感……。 別の国に来たような、あるいはタイムスリップして、別の時代に来たような……?
じろじろとイトが見つめる前で、女の人は不思議そうに、しきりに周囲の景色を眺めている。
「さっきまで私、自分の家で寝てたんだけど……。 ここ、どこなんですか?」
ん? ……違和感の正体が、少し分かった。
目の前の人は、どこかちょっと懐かしいような、古臭い装いをしている。 まとっている布は、お世辞にも綺麗とは言えないし、それに髪型も古いし、ダサい。
現代に降霊された人は、しばらくすると街の中に溶け込むように、現代風の装いに見た目を変えていく。 こんな古い格好をしている人は、珍しいのだ。
……っていうか、さっきこの人、『自分の家で寝てた』って言った? なら、格好が古いのもあわせて考えると、直前にどこか昔の時代で死んだってことになる?
しかし、それも妙な感じだ……だって今は真夜中だ。 こんな時間に降霊術を発動するなんて、ありえない。 私たちの街なら、正式な降霊術はふつうは昼間に行われる。
でも、ここが幽世だったとしたら、どうなる? 死んだ後の世界なら、死んだ直後の人がいるのは当然だ。
それなら、ここって、幽世ってこと……?
……まあいいか、あまり、考えないでおこう。 幽世かもと浮かれてしまって、もし外れたら、私はショックで死んでしまいそうだ。
「……とりあえず、歩いてみましょう。 ここにいても、しょうがないし」
辺りを眺めていた女の人は、そうですねと頷いた。 一緒に歩きだし、森の中を進んでいく。
後ろを歩きながら、女の人はこっちをじっと見てるみたいだ。 なんだろう、私の背中に、ゴミでもついてるのかな。 背中にゴミがくっつきっぱなしの幽霊の都市伝説を、聞いたことがあるんだよね。
そう思っていると、女の人はぼそっと呟く。
「なんか、体が透けてませんか? ……あれ、私も?」
なんだ、そっちか。 あぁ、よかった。 女の人は不思議そうな顔をして、自分の手足を眺めている。 感触を確かめるように、手で触ってみたり……。
「なんで、透けてるんだろう。 それに、私、足が悪かったのに、なんでこんなに歩けるの?」
今度は自分の足を見下ろし、見慣れないものを見るような目をしている。
生きてた時、足が悪かったのか。 幽霊になって、すいすいと歩けるようになった……。
それならやっぱり、さっき死んだばっかりだってことだろう。 じゃないと、降霊されて3年目に、やっと自分が歩けることに気づきました、なんて、アホすぎる。
「……どこの村の方ですか?」
ヒマになったので、適当に聞いてみる。 この質問が、私たちにとっての、ひとつの基準だ。
現代に降霊されてる人の、元いた時代は、だいたい1000年以内におさまる。 それ以上になると、言葉が大きく違ったりして、生活に支障が出ると判断されたためらしい。
初期のころは、原始人を降霊しちゃって、まったく話が通じなかったことなどもあったらしい。 聞いた話では、それでも一生懸命に、言語を解析しようと頑張ったということだ。
でも、やっぱり無理だと分かって、ごめんと言って死者の国に返したとかなんとか。 そんなことしなくても、初めから分かるだろ。
……話がそれたけど、どこの村かを聞くのが、時代判別の一つの方法なのだ。
そして、その基準は、500年前だ。
この島には村は3つあったが、500年前に統合されて1つになったのだ。
1000~500年前までは3つの村、500~現代までは1つの村って感じだ。 ちょうど半分ってことだね。
『山側の村です!』なんて明確に答えるなら、それは3つに分かれてた大昔のことだから、500年以上前の人ってことになるのだ。
ただ、形式上は統合されても、簡単に村がまとまるわけではない。 住んでる場所や人の行き来など、実際にはそれから長い時間をかけて、少しずつ融合していったんだけど。
女の人は、不思議そうな顔をして、聞き返してきた。
「……え? 村って、一つじゃないんですか?」
そう、こんな風な反応なら、500年前よりは現代に近いってことだ。 最近の時代は、1つしか村が無いのが当たり前だからだ。
じゃあ、さらに時代を絞れる質問は、えーっと……あぁ、もうどうでもよくなってきたな。 もし10000000年前とかなら、そんな人を降霊することは社会としてありえないから、ここが私たちの街じゃなくて、幽世の可能性が高まってくる。
でも、500年以内に収まってるなら、ここが幽世か判別するのには使えない。 それなら、私はもう興味がないかな。
そんなことを考えていると、視界の端で、妙なものが目に飛び込んできた。 植物だ。 茂みの中に生えている植物の形が、なんか変だ。
「何? この植物……」
イトは思わず立ち止まり、その植物のほうへ近づいていく。
一見、そこまで変な植物には見えないけど、でもこんな植物あったっけ? そう思いながら、イトは葉っぱのあたりを触っていく。
後ろで女の人も立ち止まり、そばに近づいてきた。
「どうかしましたか?」
「……こんな植物、あったっけ?」
イトはボソッと呟きながら、手元をしげしげと眺める。
……私は、生きていた時には医者の先生の手伝いをしていた。 いまは軍の研究員として働いていて、毒物を作っている。 植物の知識には自信があるのだが……こんな植物は、見たことがない。
女の人も顔を近づけて、不思議そうに眺める。
「ふーん。 ……私も、見たことないです」
「ん? ……あれ、こっちも?」
ふと気づくと、別の所にも、見慣れない植物があった。 イトは素早くそこへ移動し、再び手をかざしていく。
「えぇ? ……何これ」
こんなに知らない植物がある場所なんて……。 もしここが私たちがいた島なら、そんなこと、万が一にもあり得ない。 何度も言ったが、私は植物に自信があるのだ。
ざわっと、風がなった。 それにつられるように、夜空を見上げる。
明るい月が、異様な大きさで輝いているのが目に入った。 煌々と美しく光っていて、幽世の夜空に、あたかもふさわしいような……。
「……もしかして、ここ、幽世?」
ぼそっと言うと、女の人が振り返る。
「あっ! そうですよね! 私も、さっきからそう思ってて」
女の人は、どこか楽しそうにウキウキしている。
……でも、気持ちはちょっとわかる。
生きているときに歩けなくなって、弱り切って死んで……。 目が覚めたら、健康な体になってて、自由に歩けるようになったのだ。
私も病弱な体だったから、初めて降霊されたときには、飛び上がるほど嬉しかったものだ。 これで自由に歩き回れるっ!! ってね。
今夜は月がきれいだし、幻想的に照らされた森の中を歩くのは、気持ちがいいだろう。
「へえ、死んだら、こんな風になるんですね……」
女の人は、自分の腕をしげしげと眺めている。 幽霊の体が興味深いようだ、上にかざして、光が透けてるのを確認して……。
……でも、本当にここ、幽世なのっ??! 間違ってたら、3日ぐらいは寝込んじゃうけど。
疑心暗鬼になりながら辺りを眺めていくと、また別のものを見つけてしまう。
「ほんとに? ……あっ! こんな果実もっ!!」
また見たことないものだっ!! 遊園地ではしゃぐ子供のような私を、女の人は楽しそうに笑って見ている。
果実のもとへ来て、手元にさわりながらじっくりと眺めてみる。 やはり、そうだ。 この果実も、私は見たことが無い。
「あ。 これは、何でしょう?」
今度は女の人が、背後で何かに気づいたようだ。 声のしたほうを振り返ると、女の人はしゃがみ込んで、地面のほうを見つめていた。 何かがそこに落ちているらしい。
戻って近づいてみると、そこには石ころが転がっていた。
……しかし妙な石ころだ、表面には不思議な模様がびっしりと書かれている。 たぶん何かの文字だろうが、街で見かけるような文字ではない。 文字は一つ一つが繋がり、流れるように書かれている。 まるで、異国の文字のようだ。
「あぁ、ほんとだ。 こんなの、見たことない……」
「不思議な模様ですね……」
うっとりとした様子で、2人はその文字を眺める。 恍惚の表情でその文字を眺めていたイトは、ふと、頭に閃くものがあった。
「あっ! これが、幽世の文字じゃないですか?!」
大声が出てしまった。 こんなに嬉しいことはない。 きっと私の顔は、笑顔で輝いていることだろう。
女の人は、一瞬固まり眉をひそめる。
「……文字?」
「ほら、言葉を表した、模様ですよ! 大陸とかでも、使われてる」
この人が、いつの時代の人かは知らないが、もしかしたら、知ってるかもしれない。
意味不明な期待に身をゆだねていると、女の人の顔が、ぱっと明るくなった。
「あっ! 聞いたことありますっ! そうか、きっと、そうですね!」
「おーい!」
2人がはしゃいでいると、いきなり男の太い声が聞こえた。
振り向くと、向こうから男が2人、こちらに歩いてきているようだ。 幽世の人かなっ! やったっ!
「あ、話を聞いてみましょう!」
「そうですね!」
2人はウキウキと跳ねるように、駆け出していく。 走りだすと、あまりの体の軽さに驚いた。 地面がまるで感じられず、飛んでいるかのようだ。 これが幽世なんだっ!!
はあはあと、走るのが気持ちいい。 まるで風に舞う、ちょうちょのようだ。
男たちに近づいていき、その姿が見えてきた。 ……あれ? でもなんか、違和感がある。
2人の男をよく見ると、見覚えのある、どっしりとした質感があった。
生身だ。 男の1人は幽霊だが、1人は生身だった。
「え? ……なんで、生身?」
思わず、無茶苦茶な言葉が漏れる。 なんで生身って、我ながら変な疑問だ。 でも幽世なんだから、全員幽霊なのが当たり前なんじゃないの?
疑いが増していき、胸が気持ち悪く疼いてきた。 近づくと、生身の男が話しかけてくる。
「すいません、あなたは、えーっと……」
声の圧が、はっきりと感じられる。 やはり生だ。
「……あれ? ……なんで……?」
男たちの前で立ち止まり、イトははあはあと息を整えながら、眉をひそめて必死に考える。
幽世なら、当然みんな、幽霊なんじゃないの?
……いや、待てよ。 もしかしたら、しばらく善行を積めば、幽霊から生身に昇格できるとか、そういうシステムが無いことも限らない。 とりあえず、落ち着け、私。
混乱しながら、今度は周囲の景色を見てみる。
向こうに、小さな船があった。 海辺に浮かんで、揺れている。 波を押すためのオールが、当然のようについている。
……幽世でも、必死に筋肉を動かして、舟をこぐ必要があるってこと?
待てよ、じゃあさっきの文字は、どうなる? 生身の体を持っていないと、もちろん文字は書けない。
生身に昇格できない人は、文字すら使っちゃいけないってこと?
……いや! ちょっと待て、私。 もしかしたら、超能力的なやつで、するするっと文字が書けるとか、船が動かせるとか。 そうすれば、すべて辻褄が合うか……?
支離滅裂な思考に身をゆだねていると、幽霊のほうの男の一人が話しかけてきた。 いきなり、変な質問を投げかけてくる。
「すいません、昨日、街で何がありました? 今まで寝てた、その直前です」
「……街?」
何、いきなり。
昨日の街って、なんかあったっけ。
……普通に、いつもの日常があっただけでしょう。 私は夕方に酒を作った後、降霊研究所に行った。 その後に、街で何かあったなら、私は知らないけど。 変な祭りでも、あったんですか? やりたいなら、やればいいじゃん。
横を見ると、女の人も戸惑っているみたいだ。 変な目をして聞き返す。
「え、なんですか、唐突に」
男たちは、その質問に黙って答えず、こっちをじっと見てくる。 ……なんか、観察されてる気分だな。 イトは頭をかいた。
「さあ。 街で昨日? ……別に、何もなかったと思うけど……」
考えをそのまま口に出していくと、男たちはじっと真剣な表情のまま聞いている。
横で女の人が、気づいたように、明るい声を上げた。
「あ! もしかして、幽世の方ですか?」
男たちはそれを聞いて、顔が一層こわばったように見える。 ……なんで、そんなに怖い顔してんの? ねえ!
さっきから、胸が苦しくてしょうがない。 私は気づいたら、大声で叫んでいた。
「なんで生身なんですか? ここ、幽世じゃないんですかっ?!」
ぐっと男たちに詰め寄って、激しくうったえる。 男たちは身を引いて、ヤバいやつを見るような目で、こっちを見る。
なんでよ、幽世なんでしょ? 幽世と、言ってよ!!
「……すいません、名前、教えてもらってもいいですか?」
スルーかよっっっ!!!!! 男たちは真剣な表情だ、ぐっと堪えるように聞いてきた。
……名前を知りたいの? なんで?
「なんでですか?」
女の人が聞き返していくが、男たちは黙って答えない。 ただ、じっとこっちを見てくる。 うんこでも、我慢しているかのような顔だ。 早く行ったら?
緊張感のある静けさの中で、女の人は、迫力に押されたように答えた。
「私は、イヨですけど……」
「……あんたは?」
今度は私のほうに、2人の目が集中する。 何だよ、結構いい男じゃん、喋ってれば。
「私は、イトです……」
名前を聞き終わると、男たちは顔を見合わせた。 何かを示し合わせるように頷きあう。
「ちょっと、ついてきてください。 一緒に、街まで行きましょう。 そこで何が起きてるか、確認するんです。 ……俺らも、まだよく分かってないんで」
2人の男は、背中を向けて歩き始めた。
……一体、どういうこと? よく分からなくなって、混乱しつつも、それに従いしぶしぶついていく。
イトは歩きながら、改めて周囲の景色を眺めてみた。
……あれ? よく見れば、辺りの景色、どんどん知ってる場所になってきてるかも。 じゃあさっきの場所は、たまたま偶然、私が見たことのなかった場所ってこと? それを、幽世だと勘違いしたってこと?
……あぁ、もう家に帰って、早く寝てしまいたい。
イトはがっくりと肩を落として、ため息をついた。
……しかし、結局何が起きているかは謎だ。 降霊を解除されたと思ったら、実は解除されてなかった。 ここは幽世じゃなくて、私が元いた島だった……。
私はなんであんな地下の洞窟の中にいたんだろう? それに、いま横で歩いている女の人は、新しい幽霊なのは間違いない。 こんな時間に新しく降霊されたってこと……?
疑問はグルグルと頭の中を巡っていく……。
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