上 下
96 / 175
第Be章:幻の古代超科学文明都市アトランティスの都は何故滅びたのか

ルーキーとベテラン:しかし少佐、そのマシンガンとキックじゃあの相手、いくら当ててもどうということがないんですよ

しおりを挟む
 リクは三重の意味で苛立っている。まず、自分だけ男のハーレムパーティが崩れそうになっている現状。次にその男がこちらで一番強い存在として自分を無視したこと。最後に、ここ数日ずっと幼馴染にかける言葉を出すことができないここまでの自分にだ。

「悪いな、優男さん。俺は今ちょっと、いや、だいぶ機嫌が悪いぞ」
「それは恐ろしいな。早々に終わらせるとしよう」
「何舐めたこと……うぉ!」

 先手のカイが放った突きをリクが体をそらして避けるところから戦いは始まる。そもそもまともな審判もいない決闘試合。はじめの掛け声がないことは当然であり、すっかり気を抜いていたリクが先手を取られるのは当たり前であるが、もしもここに審判がおりはじめの掛け声で試合が始まっていたとしても、先手はカイだったことだろう。これは当然の話で、槍は剣よりもリーチが長い故である。

 時は戦国。異端児、織田信長は連射ができない弱点を鉄砲の数を揃えることと隊列を組ませて交代で射撃させる手法にて補い、戦場に革命をもたらした。結果、当時戦国最強と謳われた武田の騎馬隊は、長篠の戦いにおいて信長の鉄砲隊に敗北することになったのだ。しかし、実のところ戦国の戰場における主役は、元々騎馬隊ではなかったし、鉄砲隊にもならなかった。

 まず、戦国時代の日本に存在した馬というのは、現代の名前で言うならポニーに当たる。ようは物凄く小さかったのだ。戦国絵巻に名を連ねる有名武将は皆巨大な名馬を持っていたとされているが、これは比較論の問題であり、実際には彼等の持つ馬だけが現代サイズだったと解釈できる。そのようなポニーが主体では西洋騎士のように馬に重装甲を纏わせることもできない。それだけの力が馬にないからだ。しかし、ポニーサイズでありながら当時の日本の馬はすべからく気性が荒かった。誰でも簡単に乗れる代物ではなかったということである。すなわち、訓練に時間がかかり、それでいて戦場において圧倒的な突撃力と威圧感を持つ存在でもなかった兵種、それが騎馬隊である。

 一方の鉄砲隊に関してはそれほど語ることが多くない。信長以前に鉄砲がほとんど戦場で使われなかった理由こそがそのまま鉄砲の弱さとイコールであり、この弱点は基本的に大量配備でしか補うことができない。そして信長が数と新戦術を持って鉄砲の強さを証明した時、鉄砲の主要生産箇所はほぼすべて信長に抑えられていた。故に戦場における鉄砲隊は主役ではなく、信長軍だけのユニークユニットなのだ。

 では改めて戦場の主役とは何か。それはもちろん、足軽歩兵である。これは当然のものとして誰もが想像できるだろう。では、彼等の武器は何だったのか。ここでおおよそ半数が日本刀と答えるだろうが、これがよくある間違い。彼等の武器は槍一択であった。これは、刀よりも槍が遥かに優れた武器であるからに他ならない。

 槍の利点は単純なリーチの長さに加えて、攻撃力の高さにもある。そうは言っても、正面に向かって突き出す一撃にそれほどの重さがあるのか。否、盾とあわせての戦闘となるスパルタ式ファランクスならいざ知らず、日本の足軽歩兵の槍の使い方はそうではない。天高くに掲げ、そのまま相手に向かって振り下ろすのが槍の攻撃方法である。これは単純な重力加速度で考えてみて欲しいのだが、長させいぜい1m未満の剣を振り下ろすのと、長さ2mを越える槍を振り下ろした場合、その破壊力にどれだけの差が出るだろうか。当然、2倍では済まない。確実に一撃で頭蓋骨を砕く一撃となる。

 この攻撃は重力を利用した物であるため筋力に自身がない者でもできる点が大きいのだが、もしも使い手に筋力があればさらに槍は進化する。空を飛ぶことができない人間の移動は地面に対しては二次元的であり、これはつまり、横薙ぎした槍を避ける手段がないということになる。そして、横薙ぎによって倒れ足を止めた瞬間、次には上から槍が振り下ろされて脳天をかち割られる。これが槍の強さである。剣との相性とか以前に、槍とは白兵戦における最強装備なのだ。

「よくあれを避けられたな、あの少年」

 そんなカイの一撃を避けたリクにレーヌは素直な称賛を送る。不格好で情けない避け方でこそあったが、そのまま地に足をつくことなく即座に体勢を整え直すことができたのは、たゆまぬ足腰の研鑽の結果に相違ない。おそらく普段から毎日長時間のランニングを欠かしていないのだろう。軽い訓練にすら音を上げていた王国騎士団の連中はあの少年の爪の垢を煎じて飲むべきだ。

「くそっ……まるで近寄れねぇ!」

 次々に繰り出されるカイの槍さばきに防戦一方のリク。一見すると追い詰められているように見えるが、実は真逆。この状況で一番焦っているのは余裕の表情を取り繕っているカイの側である。

(まるで師匠を相手にしているようだ)

 カイは13年前、はじめて師匠と戦場に並んだことを思い出していた。

 魔物を統べる存在にして、人類根絶を目論む存在である魔王。それは個としての名前を持たない。世界に魔王とは常に一体のみであるが故、名前を持つ必要がないのだ。ただし、魔王は代替わりする。故に、単純に魔王と呼んだ場合それは現在の魔王を示しており、過去の魔王を思い起こして語る場合、それぞれの魔王が取った戦略によって変わった名前で呼ばれる。カイが勇者パーティの一人とした倒した前魔王の場合、戦魔王と呼ばれていた。その理由は、前魔王が人類を根絶するために取った戦略が、自ら魔物の大群を率いての戦だったからだ。

「カイよ。怖くはないか」
「はい。大丈夫です、師匠」
「そうか。ならばお前はダメだ。相手を恐れよ」

 遠目に魔物の軍勢を見て、まず師匠は若干15歳だった彼にそう教えた。

「何故です。僕はもう、ほとんどの魔物を一人で倒せます」
「であろう。お前は優秀だ。しかし、お前が今まで戦ってきた相手はただの魔物でしかない」
「どういうことですか?」

 師匠は草原を挟んで反対側に並ぶ魔物達の種別を眺めつつ順に説明する。

「大分大きく育ったトレントだ。あれはどう倒す」
「トレントの動きは遅く、大きいだけの木偶の坊。恐れるに足りません」
「魔法を扱う精霊種はどうだ」
「確かに遠隔攻撃は厄介です。しかし、よく相手を見れば避けられます。近づければこちらのものです」
「自爆する岩の魔物もいるようだが」
「あいつらは刺激を受けるまで自爆スイッチが入らず、実際の爆発までには時間があります。集中攻撃で爆発前に倒せばいい」
「お前は人間。ワイバーンのように空は飛べまい」
「それこそワイバーンはこの中でも最弱。弓があれば女子供でも対処できますし、そもそも彼等は地上に攻撃できません。この草原なら無視でいいでしょう」
「なるほど。ではしばし見ておれ」

 魔物が動き出した。これに対して王の掛け声により王国の騎士団も前進。両軍が激突する。

「なるほど、魔軍の前衛としてトレントを盾にしているのですね。しかし、そんなもの脇をすり抜ければ良いだけです」
「違う」

 ここでトレントの背後から精霊種が炎の魔法を放つ。その火は前衛のトレントに命中し、その巨体が燃焼をはじめた。

「まさか、同士討ち?」
「お前はトレントを前衛で盾の役割を持つ兵と考えたな。だが、魔王はそう考えない。やつはトレントを、ただの武器として見ている」
「あぁ……!」

 炎に包まれたトレントが息絶え、倒れる。前方からこちらに倒れかかる200mの炎の柱はさながら攻城兵器であり、騎士団の前衛陣形が見るも無惨に崩壊していった。さらに言えば、そうなるより前から精霊種の魔法攻撃により、かなりの数が足を止めている。

「そうか、精霊種はただトレントに火をつけただけじゃない。そもそも、普通に攻撃を行っていた。それがトレントにも当たっただけ。そして、トレントの影から攻撃されれば、斜線が見えずに魔法も避けられない……!」
「その通り。それぞれ個々を相手にすれば対処が容易な魔物であっても、組み合わせによって戦場では戦略となる。これが奴らの戦い方、今代の魔王の編み出した新たな脅威。ただ強力な魔物の数を並べただけの前代、竜魔王よりもよほど厄介な存在よ。む……来るぞ、伏せろ」
「あれは……」

 ワイバーンがこちらに向かって編隊飛行する。その爪には、爆発する岩の魔物が握られていた。

「あれを投下させてくるのですか! 確かに、あんな岩の塊が上から落ちてきては……」
「落ちてはこんよ。やつらの爪をよく見よ」

 そう言われて目を凝らすと、ワイバーンは空中で爪のうちの数本を用いて岩の体を何度も叩いていることがわかった。その後、投下された岩はワイバーンの爪から離れた時点で既に自爆スイッチが入っている。そのほとんどは落下する前に爆発し、大量の飛礫となって戦場を襲った。

「くうっ……! こんな戦い方が……!」

 体を伏せて飛礫に耐えつつ、改めてカイは魔物に恐れを抱いた。

「覚えておけ、カイ。強さとは、力のみに非ず。知はそれのみではただの知であるが、力と掛け合わさった場合、元の力を数倍に引き上げる。今代の魔王によって、奴らは知を理解した。たとえ今代の魔王を倒したとて、次代の魔王はさらなる脅威として人の数を減らそうぞ」

 ごくりと喉が鳴る。これが、戦い。

「さて。すっかりこちらの前線も崩壊したな。お前はこの戦い、どうする」
「こうなっては……どうすればいいのか……」

 そう悩むカイを横に、師匠と同年代の白髪の老魔道士が前に出る。

「やれやれ。お前のところの弟子は未熟じゃの」
「言ってくれるな老いぼれ。弟子も取れぬお前よりはマシだ」
「ふん。今どきの若い奴らは魔法の理解が足りんのじゃ。次世代の魔法使いの質が不安でならんよ。本当に、あの若い領主のぼんに才能がなかったことが悔やまれる。あの賢さを持ったぼんに魔力の才があれば、弟子に取っても良かったにの」
「若者を侮るのは老害の証だぞ」
「では老害は老害らしく、若い奴らに道を作ってやるとするかの」

 老魔道士が地面に手をあてると、散らばった礫が空中に舞い上がる。

「鉄鉱石はこうして磁力を持って操れる。そして」

 その礫が稲妻を纏って魔物の前線を襲う。

「わしは2種類の魔法が操れる。天才は老いてもなお天才じゃ!」
「あいも変わらず傲慢なじじいだ」

 軽くため息をついてから、師匠は剣を引き抜いた。

「カイよ。このような戦場で魔法を操れぬ戦士がどう戦うか。よく見ておれ」
「師匠……?」
「相手がどれだけ知を巡らせ、その力を本来の数倍に伸ばそうとも。当たらなければどうということはないのだ」

 かくして老体が地をかける。彼こそ人類史上最強と謳われた剣聖。後に今代の魔王の首を取る勇者パーティの剣士、エンゴウその人であった。

(僕は結局、一度も師匠に槍を当てることができずに終わった。剣は確かに槍や斧に比べて威力に劣る。だがそれでもナイフと違い、人も魔物も殺すには十分だ。すべてを避けて確実に当てる。あの戦い方は、槍使いには無理だった。究極的なまでに高められた剣士の強さとは、圧倒的な攻撃精度と速さに集約する。まさか、そんな戦いができるまで鍛えた人間が、師匠の他にも居たとはな……!)
「くっそぉ! 一方的かよぉ!」

 決闘は千日手になるかに見えた。しかし、人間同士が戦う以上そんなわけがない。当然疲れが出るし、なによりも、人間には「慣れ」という機能がある。

(ん……?)

 突きと薙ぎと振り下ろしが猛烈なラッシュで襲いかかる槍捌きの中、リクは違和感に気付く。

(あれ? なんかこっちの目が慣れてきたってのもあるかもしれないけど、この優男の攻撃……なんかめちゃくちゃだな)

 リクはここまでの魔物との戦い、彼曰くの「レベル上げ」の中で、剣の使い方を体だけでなく頭でも理解しつつあった。剣の強さとは、RPG的に言えば攻撃力ではない。命中率であり、クリティカル率である。つまり、急所を確実に捉えること。チートによって体が理解していたことでリクの剣は常に魔物の弱点をオートで狙っていたのであるが、最近になって頭がそれに追いつき、戦いでは急所を狙うものだということを理解していた。その点で、この優男の攻撃はまるで人間の急所を狙っていないのだ。

(こいつ、実はすげぇ弱いのか? いや、違うな。攻撃のキレ自体はすげぇ。じゃぁなんだ? なんでこいつ……)

 次第に息が切れる様子を余裕の笑顔で隠しきれなくなっていたカイの様子を冷静に観察して、リクは気付く。

(あ、そうか。こいつ、人体の急所を知らない。人を殺し慣れてないんだ)

 それは思えば当たり前のこと。この世界で人間同士が戦うことなどありえない。魔物の急所を知る必要はあっても、人間の急所を知る必要などないのだから。

「つぅ……!」

 ここに来て、疲れがついに相手の体に出た。リクはにやりと笑う。

「終わりか? なら、そろそろ反撃開始だ!」

 ここから改めて、シズクのような素人が外部から眺めてもわかる程度には形成が逆転する。的確に急所を狙う剣戟を、どうにかの槍捌きで凌ぐカイ。冷や汗を隠しつつ、彼はリクに対して尊敬と同時に強い軽蔑を抱いた。

(この少年、人を殺し慣れている……!)

 実際のところ、この認識は誤りである。リクは誰も殺したことがないどころか、人間相手に剣を振るったのは今回がはじめてだ。もちろん、先程レーヌが勘違いしたような、毎日のランニングも行っていない。だからこそ、シズクは思うのだ。

「やっぱ、ずるいよね」

 鈍い金属音と同時に、カイのロングランスが弾き飛ばされ、その喉元にリクのはがねの剣が突きつけられた。

「どうだ!」
「……参った。降参だ。ここは勝ちを譲ろう」
「なぁに言ってんだこの優男! 勝ちを譲ると降参じゃ意味がちげぇだろ!」
「そうかい? まぁ降参は降参。撤回はしない。しない、が。そう言うなら最後までやってみたまえ」
「はっ! そうかよ! いくら騎士様の鎧だって、さすがにかなり痛いからな!」

 そう言ってリクが剣を振り下ろした瞬間。その剣が、真っ二つに折れた。目が飛び出る勢いで驚くリクを前に、カイは地に伏せたまま、やれやれと呆れて見せるのだった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

突然だけど、空間魔法を頼りに生き延びます

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:597pt お気に入り:674

明日を信じて生きていきます~異世界に転生した俺はのんびり暮らします~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:63pt お気に入り:81

婚約破棄されたけど前世が伝説の魔法使いだったので楽勝です

sai
ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:4,174pt お気に入り:4,191

となりの芝生が青いのは神様が結んだ縁だから

ライト文芸 / 連載中 24h.ポイント:228pt お気に入り:3

もふつよ魔獣さん達といっぱい遊んで事件解決!! 〜ぼくのお家は魔獣園!!〜

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:9,614pt お気に入り:1,896

処理中です...