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第一話:月曜日の方違さんは、起きられない

1-1 なんでこんなところに?

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 あれから一週間、最寄り駅の前で方違ほうちがいさんと出くわすことは一度も無かった。人影のない広場に、野良猫とハトがいるだけだった。

 まあ、そんなにいつも電車を乗り間違える人間なんていないだろうし。
 そう思ってたら、入学して三週目の月曜、こんどは乗換駅で方違さんの姿を見つけた。
 電車を降りたら、目の前にいたのだ。

 いや、「いた」というより「転がっていた」といったほうがいいかもしれない。方違さんは通学バッグを枕に、ホームのベンチにころんと上半身を横たえて熟睡していた。
 マンガだったら、三頭身になって鼻ちょうちんが出ているところだ。

 僕は方違さんの頭の下のバッグをぽんぽんと叩いた。

「起きなよ、方違さん」
「ん……。な、苗場くん?!」
 方違さんは飛び起きて座り直し、スカートと髪とブレザーのえりを直した。
「なんでこんなとこに?」
「僕は苗村だし、ここは駅だよ。早く電車乗らないとまた遅刻するよ。一緒に行こう?」
「お、お先にどうぞ……」
「時間無いってば。ほら、カバン持ったげるから」
 ちょっとイライラしていたんだと思う。今思えば乱暴だけど、僕は方違さんのバッグを勝手にひょいと取り上げて歩きだした。
「ちょ、待って苗村くん、いいよ、悪いよ。あの、ねえ……」

 方違さんは後ろからバッグのストラップをつかみ、早足の僕に引っ張られるようにして、いっしょに電車に乗ってしまった。

「これで学校に間に合うよ。はい」
 カバンを返すと、方違さんは少しためらった後で僕の隣に座った。
「ごめんね。わたし、誰にも迷惑かけたくなかったのに」
「迷惑でもなんでもないよ。学校行くだけじゃん」
「ううん、もう苗村くんを巻き込んじゃってる。月曜だから早く出たのに、駅で寝ちゃうなんて……」

 そんなこと言ってた割に、電車に揺られるうちに方違さんはまたうつらうつらとし始め、天井に顔を向けて小さな口を開けたまま、僕の肩に頭をあずけて眠ってしまった。

 眠ってるから意識は無いわけだけど、少なくとも生理的に無理というほど嫌われてるなら、こうはならないだろう。
 僕はちょっと安心した。

   ◇

「起きてください、終点です」
 誰かの声に目が覚めた。僕までうっかり眠っていたのだ。
「起きて、起きて方違さん」
 肩を叩き、バッグを引っ張って、寝ぼけ眼の方違さんをホームに降ろし、背後のドアが閉じてしまってから、目の前の光景の異常さに気づいて、僕はあっけにとられた。

 何も無いのだ。
 あるのはプラットホームと、青い空と、風だけ。

「何だ、この駅?」

 目の前を、そして眼下を、足元のずっと下も、ぽっかりと浮かんだ雲が流れてゆく。

 振り向くと、電車はもう去っていた。
 そちら側だけは、空じゃなかった。
 そそり立つ灰色のがけだ。真上を見ても果てが見えない、どこまでもそびえる垂直の岩壁だ。
 岩盤を削って敷かれた線路は、駅を出るとすぐにぐいっと曲がり、斜めに崖に掘り込まれたトンネルの中へ消えていた。

 ホームの端から四つんばいでおそるおそる下を覗き込んで、やっと分かった。
 線路とホームしかないこの変な駅は、何百メートルか、何千メートルか分からない高さの崖の途中に、へばりつくように作られていて、どんな道ともつながっていないのだ。

 見ると崖には駅以外にも、多くの小さな建物がくっついていた。ここからではよく見えないけど、どれもトタン屋根の木造で、いくつかは煙突から煙を吐いていた。
 地面はずっと下にある、はずだけど、見下ろしても青白く曇っていて分からなかった。

「苗村くん……ごめんね。変なことになっちゃって」
「いや、なんだか分かんないけど、方違さんのせいじゃないし」
「わたしのせいだよ」方違さんは涙目でふるふると首を振った。「わたし、月曜日にはぜったいにまっすぐにたどりつけないの」
「え、なんて?」
「わたし、月曜日にはぜったいにまっすぐにたどりつけないの」
「ごめん、ちょっと意味が」
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