余命1年から始めた恋物語

米屋 四季

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6.7月編

63話 そしてまた誰かの為に

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 ずっと走り続け、疲れ果てていた僕は目に留まった公園にへと入った。
 そして、公園のベンチに座り、僕は乱れていた息を整え、大きく深呼吸をした。

 かなり長い間走った。
 走って疲れては少しの間止まり、また走れるようなったら疲れて止まってしまうまで走る、を何度も何度も繰り返した。
 疲れ果て何も考えられなくなるまで走ろうとしたが、どれだけ疲れようとも頭の中を渦巻いているぐちゃぐちゃとした感情は消えてくれることはなかった。

 僕は日光に謝りたい……。

 色々と散々に考えた挙句、最終的に至った結論はそれだった。
 酷いことを言っておいて今更どんな顔をして日光に会えばいいのか分からないし、もし、謝ったとしても日光は許してくれるのかも分からない。
 それでも僕は日光に謝りたかった。
 
「りっくん」 

 不意に名前を呼ばれ、僕は声をした方を向いた。

「瑞稀さん……」

 そこには買い物の帰りなのか、肩にバックを掛けている瑞稀さんがいた。
 そういえば、この公園は高校の入学式の前の日に瑞稀さんと来た公園だったな、と今更ながらに僕は気付く。
 そして、橘と出会った公園でもあり、不良に絡まれている日光を助けた公園でもあることに。
 
「やっぱり、りっくんだ。ここで何してるの?」

「散歩の途中で疲れたからちょっとだけ休憩してたんだ」

 僕はそう言いながらベンチから立った。

「もう、帰るの?」

「うん。休憩も終わったし、これから夜ご飯を作らないといけないから」

「そっか……それじゃあ、また明日」

 瑞稀さんはなんだか少し残念そうな表情(きっと僕の思い違いだが)をした後、笑顔を見せながら僕に手を振った。

「また明日」

 僕も手を振り返し、瑞稀さんの横を通り過ぎて公園の出口に向かって歩く。
 本当は瑞稀さんと偶然会えた事に喜びを感じていたし、また前のようにここで色々と話したいとは思っていた。
 しかし、好きな人に弱っているところを見せたくはないという見栄が少しだけそれらの思いに勝った。

「ねぇ、りっくん」

 公園の出口まであと数歩のところで後ろから瑞稀さんに名前を呼ばれた。
 僕は立ち止まって背後を振り返った。
 
「あ、あの……大丈夫……?」

 瑞稀さんは目線を下にし、言い淀みながら言った。
 きっと、散歩で疲れたから休憩していたと僕が言ったので心配してくれているのだろう。

「かなり長い間休憩したから大丈夫だよ」

 本当は3分も休憩出来ていないと思うが、瑞稀さんを心配させないため僕は嘘を吐いた。
 いや、体力的には余裕が出来たためあながち嘘ではないかもしれない。
 しかし、そんな僕の返答に対し瑞稀さんは首を横に振った。

「ううん、違うの。最近、元気がないし……少しおかしかったから……大丈夫かな、って……」

「全然大丈夫だよ」

 気が付けば瑞稀さんの言葉に僕は反射的にそう答えていた。
 正直瑞稀さんの言葉に僕は驚いていた。
 しかし、それでもあの言葉は咄嗟に出た。

「晴矢君も翔君も……他のみんなも心配してるよ……」

 切なそうな表情を見せながら瑞稀さんはそう言った。
 その言葉に僕は胸を痛めた。
 自分を誤魔化しきれない僕の弱さのせいでみんなを心配にさせている事実にだ。
 僕1人だけが抱え込めばいいものを他人にまで背負わせたくはないのに……。

「大丈夫」

 僕は笑顔を取り繕って言った。
 今出来る最高の笑顔だ。
 とりあえず今だけでも誤魔化す事が出来るならそれで良かった。

「でも」

「本当に大丈夫だから」

 僕は瑞稀さんの言葉を遮るように言った。
 もう、これ以上はやめてくれ……と僕の心が拒絶反応を起こしている。
 これ以上は僕の心が保ちそうにない。
 今まで抑えてきたものが溢れ出てしまう。
 好きな人に情けない無様な姿なんて晒したくない。

 僕は瑞稀さんから背を向けて、この場から逃げるよう去ろうとする。
 
「ねぇ、りっくん」

「大丈――」

 瑞稀さんに再び呼び止められそうになったのを、僕は歩みを止めず、いつも通りの言葉を使って返そうとした時だった。

「大丈夫じゃないよ!」

 瑞稀さんは僕の言葉を遮るように叫んだ。
 初めて聞いた彼女の叫び声だった。
 驚いて後ろを見ると、彼女は瞳に涙をいっぱいにためて顔を赤くしていた。

「苦しそうじゃん! それなのになんで誰にも何も言ってくれないの⁈ そうやっていつも1人で抱え込んで! 誰にも心配されたくないから無理をして……!」

 固まっている僕に対し、瑞稀さんは近付きながら次々と言葉を投げかけた。
 そんな見たことない瑞稀さんの姿に、言葉に、何故だか胸が締め付けられていくのを感じた。

「なんで……なんで頼ってくれないの?」

 慣れない大声を出し続けていたためか瑞稀さんは息を切らしていた。
 そして、僕の目の前に立つと、彼女は僕のパーカーを両腕でぎゅっと掴み、僕の胸にへと頭を軽く押し当てた。

「私……そんなりっくんがいつか壊れてしまいそうで……凄く怖いよ……」

 途切れ途切れで、震えた声で、静かに、しかしそれでいて、その言葉は僕の心にへと突き刺さった。
 僕の胸で震えている瑞稀さんを見て、表情は見えなくとも彼女が泣いている事が分かった。

 なんで……なんでそんなにも僕の事を……。

 熱い何かが、心の底から湧き上がってくる。

「瑞稀さん……――っ⁈」

 突然の頭痛が僕を襲った。
 日光を助けいじめを受けてた、あの時の夢を見る前の頭痛と全く同じもの。
 目眩がし、僕は頭を抑えながらその場に疼くまった。





 目の前に小さな男の子と小さな女の子がいた。
 小学4年生の頃の僕と瑞稀さんだ。

「大丈夫?」

 瑞稀さんは僕にへと声をかけた。
 それに対し、僕はいつも通り「大丈夫」とだけ言った。

「ううん、大丈夫じゃないよね」

 しかし、瑞稀さんははっきりと僕にそう言った。
 僕はその言葉に対し、何も言えなかった。
 はっきりとその言葉が否定されたのは初めてだったからだ。

「私は分かるよ。りっくんが誰かの為に頑張ってるってこと。そしてりっくんがその誰かの為に傷付いてるってこと」

 瑞稀さんは僕の目を真っ直ぐに見てそう言った。
 彼女の力強い言葉を、僕はただ黙って聞くことしか出来なかった。

「誰かに頼るのは迷惑が掛かるからとか、誰かに頼るのは自分が弱いからとかって、りっくんは思ってるかもしれない。でも、私は誰かに頼ることが出来るのは強い人だけにしか出来ないことだと思うの」

 瑞稀さんはそう言いながら僕に手を差し伸べた。

「私はりっくんを助けたい。誰かの為に傷付く事が出来る貴方を」

 僕は瑞稀さんの手を戸惑いながらも受け取った。
 次の標的が瑞稀さんになるかもしれない。
 そんな怖さがあった。
 しかし、僕は限界だった。
 本当は苦しかった。
 本当は誰かに助けを求めたかった。
 そんな時に差し伸べられた瑞稀さんの手は正しく救いの手だった。

「なんでそこまで……」

 僕はただの友達であるはずの瑞稀さんが、どうして僕の事をこんなにも思ってくれているのか全く分からなかった。
 そんな僕に対し、瑞稀さんは微笑みながらこう言った。

「だって、私はりっくんのこと――」






「りっくん⁈ 大丈夫⁈」

 気が付くと、瑞稀さんが僕の体を揺さぶりながら声をかけてくれていた。

 あぁ、あの時も君が……。

「う、うん……最近頭痛が酷くて……今は治ってるから大丈夫だけど」

 僕は瑞稀さんの心配に応えながら、立ち上がった。
 
 さっき見えたものは、あの夢の続きだ。
 いじめを受けて一カ月ぐらいが経った頃、僕は瑞稀さんに声を掛けられた。
 瑞稀さんは僕と同じクラスでもなければいじめグループのやつらと同じクラスでもない、全く関係のないクラスだった。
 それなのに瑞稀さんは僕の事を心配してくれて……あの後、結局先生に全部を伝えて学級会が開かれたり親が集まって話し合ったりであの件は解決したんだっけ……。
 瑞稀さんが次の標的にされるかもしれないというのも杞憂に終わって……。
 そういえば、あの時最後に瑞稀さんはなんて言ったんだ?
 …………駄目だ。やっぱり思い出せない。
 でも、あの時瑞稀さんに救われたことは確かだ。

「ごめん、瑞稀さん……それと……ありがとう」

「え? どうしたの急に?」

 瑞稀さんは僕の急な謝罪と礼に対し、戸惑いを隠せない様子だ。
 僕は誰かに頼ることの大切さをずっと前に瑞稀さんから教えて貰っていた。
 それなのに、その事を忘れて僕は同じ事を繰り返していた。
 さっきの謝罪と礼はそれに対するものだ。
 しかし、それを言うのは少し照れくさいので僕は口には出さない。
 それよりも、今から僕は瑞稀さんに言わないといけない事がある……それは――。

 僕は1度心の中で深呼吸をし、覚悟を決めて口を開いた。

「……本当は凄く辛かった。本当は誰かに助けを求めたかった。僕は――」
 
 それから僕は全てを話した。
 日光に告白された事。
 そして色々な事があって日光に酷いことを言ってしまった事。
 それらがあり、僕が今までしてきた生き方に迷いが生じている事。
 それら全てを僕は話した。

「ごめんね……私にはりっくんの生き方が正しいか間違いだなんて分からないや……」

 僕が全てを話し終えるまでずっと黙って聞いてくれていた瑞稀さんは、数秒考えこむような仕草を見せ、頰を人差し指で掻きながら困ったように言った。
 そして先程誰かを頼って欲しいと言ったこともあってか、少し申し訳なさそうな表情を見せた。

「そう……だよな……。こんな事いきなり言われてもそりゃあ困るよな」

 そんな瑞稀さんを気遣い、仕方がない事だ、と僕は笑いながら言った。

「でもね……私りっくんの生き方が好きだよ」

 笑っている僕に瑞稀さんはあの時と同じように、僕の目を真っ直ぐに見てそう言った。

「瑞稀さん……」

「確かに、大地君が言ったようにりっくんの優しさが誰かを傷付けてしまう事もあったと思うよ……それでもね――」

 瑞稀さんはそこで一旦言葉を止め、微笑みながら口を開いた。

「りっくんの優しさに、救われた人の方がきっと多いと思うの」

「……」

 僕は瑞稀さんの突然の言葉にある感情が一気に込み上げてきて、何も言う事が出来なかった。
 目の前がぼやけ、自分が泣きそうになっている事に気付いて、すぐに瑞稀さんから顔を逸らした。

「すっごく特別なヒーローでもない限り、誰もかれもを救う事が出来る人なんていないよ。りっくんの優しさで傷付いた人がいるかもしれない。でも、りっくんが救おうとしなきゃ救われなかった人も中にはいるんだよ」

「ど、どうして……そう、言い切れるんだ……」

 僕は途切れ途切れで嗚咽混じりになりながらも、今出せる精一杯の声で聞いた。

「ずっと昔、りっくんの優しさで私自身が救われた。そして高校生になって廃工場で不良に襲われた時も助けられた。林間学校では風呂を覗こうとした男子生徒を止めたり、足を怪我しているのに楓ちゃんのネックレスを探すために川に飛び込んだり……その他の学校生活の中でも、みんなりっくんに救われたって言っているよ」

 瑞稀さんは優しく語りかけるようにそう言った。

 あぁ、橘が言っていたのはこういう事だったんだ……。

 家を出る時に言っていた橘の言葉の真意をこの時僕は今更ながらに理解した。
 あの時彼女は他人にもっと頼れと言っているのだと思っていた。
 きっとそれもあるのだろう。
 しかし本当は、僕が傷付けた人だけにしか目がいっていなかった僕に対し、僕の優しさで救われている人もいる事を知って欲しかったのだ。

 僕は涙を拭い、瑞稀さんの顔を見た。
 彼女は僕に優しく微笑みかけていた。

「りっくんは紅葉ちゃんを傷付けたって言ってたけど……きっと紅葉ちゃんもりっくんのその優しさに救われた。だからりっくんのことを好きになったんじゃないかなぁ……。あっ、でもちゃんと紅葉ちゃんに謝らないとだよ?」

 人差し指を向けながら軽く頰を膨らませてそう言った。
 今まではなかったそんな可愛いらしい仕草さに、僕はついつい笑みをこぼしてしまう。

「うん、そうだな……。ありがとう瑞稀さん。充分救われたよ」

「い、いいよ、いいよ。そんな大したことなんて言ってないし」

 頭を下げてお礼を言った僕に対し、瑞稀さんは照れているのか顔を少し赤らめてをパタパタと振った。
 その時、僕の携帯電話からメールの着信音が鳴った。
 宛名を確認すると橘からだった。
 夜飯の催促のメールかなと思いながら僕はメールを確認する。

[件名:未来予知

紅葉さんが丘の上の公園で男の人に襲われている未来が見えました。早く助けに行って下さい]

 な……。

 僕は思いもしてなかったメールに一瞬、頭の中が真っ白になった。
 そして、すぐにその真っ白になった頭の中は次々と出てきた言葉で埋め尽くされていった。
 
 なんでこの時間にあの人気のない公園にいるんだ?
 っていうか日光が住んでるあたりからあの公園はかなり遠いはずだろ?
 大地は何をしてるんだ?
 ここからだとあの公園までどれくらいかかる?
 いや、とりあえず今は――

「ごめん、瑞稀さん! 用事が出来たから行ってくる!」

 僕は携帯電話をポケットにしまい全速力で丘の上の公園に向かう。

「また、誰かの為に?」

 そんな言葉が聞こえ、僕は後ろを振り返った。
 そこには微笑みながら僕を見ている瑞稀さんがいた。
 その目はある応えを望んでいるかのように、期待に満ち溢れていた。

「あぁ!」

 僕は胸を張り自信を持ってそう応えた。
 今の僕に、自分の生き方が正しいかどうかなどという迷いは一切無くなっていた。
 そして、僕は丘の上の公園に向け全力で走り出した。
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