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Episode 11 明かされる過去
しおりを挟む僕が生まれるよりも前に、僕と母を捨てて父親。
その男には母と同時に付き合っていた女性がいた。
彼は母との過去を無かったことにして、その女性と何食わぬ顔で結婚した。
母のお腹にも僕と言う子供はいたけれど、その浮気相手の女性にお腹にも子供がいたのだ。
シングルマザーとして生きる覚悟を決めた母は実家で僕を産んで育てることにした。
両親に頭を下げて。
その男性から養育費を受け取ることを、母と祖父母は、拒否した。
「どうせややこしいことにしかならないから」と考えたのだそうだ。この年になって、養育費の話なんて、ネットで調べたりするけれど、確かに「ややこしいこと」になっている例は多いみたいで、「なるほど」と思ったりした。
母たちは養育費を受け取らない代わりに、父親に僕と面会する権利を渡さなかった。金の切れ目が縁の切れ目という言葉があるが、金をもらうことより、縁を切ることを優先したとも言えるだろう。
だから現在に至るまで、僕は直接、血縁上の父親とちゃんと面会したことはない。
ただ僕がこれまでその父親の姿を見たことがないかといえば、そうではない。結局のところ、知ってしまうと、好奇心には抗えないのが人間なのだ。
SNSをはじめとしたWEBや各種インターネットサービスが発達した現代において、そこそこ本気になれば、それらしき人物を特定することはできた。
その結果について母親に答え合わせをしたら、母親ははぐらかされたけれど、はぐらかし方が下手すぎたので、僕の推測は確信に変わった。
それからしばらくしてその男性に娘がいることがわかった。
僕と同い年。それどころか、僕と同じ誕生日の女の子。
それが――東雲夏菜子だった。
「――というのが僕の半生。そして夏菜子の半生でもある。……知ってた?」
そんな経緯を、できるだけ曖昧にならないように、淀みなく話した。
とても重い話。だけど、いつか話さないといけない話だった。だから、何度となくその説明の流れは練習していた。これが酷く残酷な引き金だと、理解していたから。
夏菜子が持つフォークとナイフがさっきからカタカタと揺れている。
動揺はその表情を見なくても伝わってくる。
「――何よそれ……? 嘘、何それ? 聞いていない。――嘘よね? ――作り話よね? 悠人?」
「夏菜子は、本当に全然知らなかったのか? 自分の父親に隠し子がいるっていうことさえも……?」
正直、夏菜子がすでに知っている可能性も考えていた。
だけどこの反応はあまりに純朴だった。純粋だった。
「……知らないよ、そんなこと。……ねえ、今日、四月一日じゃないよね? エイプリルフールじゃないよね?」
「残念だけど、秋だよ。エイプリルフールは半年前さ」
夏菜子は大きく息を吐くと、一旦、フォークとナイフをお皿の上に置いた。
そしてワインボトルをつかむと、自分でグラスに注ぎ始めた。
「――飲みすぎるなよ」
「うるさい! 悠人うるさい!」
彼女は思いっきり赤いワインをあおった。
飲み干した後、彼女は両手をテーブルについて大きく息を吐いた。
「まだ信じていないけど。……聞いてもいい? ……悠人?」
「――どうぞ。今日はそのための時間だから」
「どうして今日なの? ……て言うか昨日なの? 私たちも二十歳の誕生日なの、この話を知るのが? 出会った時に、バンドを組んだ頃にしてくれても良かったじゃない?」
彼女が僕を睨みつける。その目が充血し始めているように見えた。
「親同士の約束で、二十歳まではお互いの子供に言わない、子供同士にもそれを気づかせないという取り決めがあったみたいなんだ。だからだよ。――僕の母さんは去年の春に死んだから、僕にとってこれはもう遺言みたいなものでさ。だから今日まで言えなかったんだよ。僕も母さんとの遺言上の約束は破れない」
「――じゃあ、どうして悠人は先に知っているのよ? おかしいじゃない?」
「仕方ないだろ? 高校生の時に偶然知ってしまったんだから」
自分の家に父親がいない家の子供と、両親ともいる家の子供じゃ、そういうことを調べようとする動機も違うよな。
そう言うことを口にしかけたけれど、嫌味っぽくなるのでやめておいた。別に夏菜子には恨みなんてないのだ。
「それじゃあ、私と悠人の関係は?」
「――異母兄妹」
「それって、じゃあ、結婚とかは?」
「日本の法律上はできないよな」
「じゃあ、恋愛対象には……?」
「無理じゃないけれど、限りなく近親だからな。バレたら世間の目は厳しいと思うぞ」
「そう言うことを聞いているんじゃないの! 悠人はどう思っているの? どうしたいと思っているの? 二十歳の誕生日に私の命を助けてくれて! その次の日にこんな素敵なホテルのディナーに連れて来てくれて! ……思うじゃない! ……期待しちゃうじゃない! ……やっぱり、もしかしてって!」
夏菜子の両目に浮かぶのは涙だ。それが溢れ出して、頬をつたい出している。
彼女は綺麗な手を強く握りしめて、白いテーブルクロスの上で固めている。
「――ごめん。――これまで知っていたのに近づいて、バンドまで組んで、素知らぬ顔で友達づきあいをしていたのは悪かったと思っている。途中から僕だって、まずいことをしているって思っていたさ……、だから……」
夏菜子はうつむいていた顔を上げて、僕を睨みつけた。
「――だから、……もしかして、だから、バンドを辞めたっていうの? そんなことのために! そんなことのために!」
――「そんなことのため」、かぁ。そうだよな、夏菜子にとっては、「そんなこと」、なのかも知れないなぁ。
「ああ、そんなことのためさ。――そんなことが、僕には大切だったんだよ。――夏菜子との距離を狂わせないために。――僕らにはゴールなんてないんだからさ」
「――もっと早く言ってくれたら良かったのに……」
「僕に母親は裏切れない。絶対に」
たった一人の親だから。兄弟もいない僕にとって、死んだ母は、たった一人の存在なんだ。その約束は、絶対に破れないし、破りたくなかった。
二人同時に迎えた二十歳の誕生日。
一回生の時はサークルで「おしどり夫婦」だなんて揶揄われて、それでも僕らは絶対に付き合いださなかった。周りは不思議だとか、裏でこっそり付き合っているんだとか、宮下が硬派すぎるんだとか、好き勝手な噂話に興じていた。
だけどこれが答えなんだ。
僕と夏菜子は異母兄妹。
だから恋人同士になるわけなんかないじゃないか。
目の前で半分血の繋がった妹が肩で息をしている。
去年出会った異性一番の親友が口元を押さえて嗚咽を漏らしている。
一緒にライブハウスでライブまでしたキーボーディストが泣いている。
ずっと考えて来たことだ。ずっと悩んできたことだ。
だけど他に答えなんかなかった。
「……夏菜子。――ごめん」
僕が悪いのかどうかは、正直わからない。
だけど、こんな時に、自分が話すべき語彙を僕らは多く持たない。
だから僕らは安易な言葉を口にするのだ。
「――ごめん、悠人。今日はもう帰るね。とてもこれ以上ご飯なんて食べられないよ」
夏菜子はハンドバッグを手に取ると、座席から立ち上がった。
立ち去る直前に、横を向いたまま、彼女は言った。
「……悠人はきっと悪くないんだろうから。――でも、ごめん。今日は無理」
そして夏菜子は僕の前から去った。
ウェイターがやって来て、続きのプレートをどうするか聞いて来たので「予定通り出してください」とだけ答えた。
振り返って窓の外を見る。
京都タワーの向こうに微かに星々が見えた。
『――夏菜子ちゃんと幸せにね』
有坂未央はそう言った。
彼女は何を思ってその言葉を口にしたのだろうか。
彼女は何を知っていてその言葉を口にしたのだろうか。
未来に還った彼女に僕は何も尋ねることはできない。
「なあ、未央。――これで僕は前に進めるのかな?」
出口の無い関係に終止符を打ち、異母兄妹としての認識を持ち、僕らは新しい関係を作り、前へと進めるのだろうか?
未央――君ならなんて言うだろうか。僕の悩みを受け止めてくれるだろうか?
だけど君はもういない。
ポケットの中で指先に何かが触れる。
取り出したそれは、蒼藍の紫水晶。
過去に向かって時を翔ける、魔法の宝石。
だけどこれで君が住む未来の世界線に飛ぶことはできない。
僕はその宝石を強く握りしめた。
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