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剣合国と沛国の北部騒動
マヤ家の知将と猛将
しおりを挟む沛国滞在二日目。軍議の間。
ナイト一行は戦後処理を行う淡咲を除いて、三日間に亘る恭紳城滞在を決めた。
王洋西の好意に甘えるとともに、彼が引き合わせたいと言う人物に面会する為だ。
その者の名はマヤメン。
軍閥貴族マヤ家の三男にして、当主マヤケイを支える家中随一の知将である。
彼は沛国防衛戦の後に安楽武との対談を経て、松唐軍への監視と沛国軍の強化を兼ねて同国に駐在していた。
「ナイト様、御無沙汰しております。マヤメンにございます」
「元気そうで何より。安楽武やオバイン殿から話は聞いております。貴殿にも苦労を掛けて、申し訳ない」
「果たすべき務めを果たしているだけにございます。謝辞に及びません」
言って、垂れ目と深紅の衣が特徴的な青年はナイツと涼周へ向き直る……のだが。
「…………なぜ兄上とトゥーがここに……」
ナイツと涼周を通り越して、彼等の後方に見える扉を潜ってきた大男と少女を見据える。
つられてナイト一行も後ろに目をやれば、そこには酒樽片手に進むマヤメンの一つ上の兄・マヤシィ、末娘のマヤトゥーの姿があった。
「うへっへへへ! よぉーうメンメン、元気かー!」
「メン兄さーん、久しぶり! お土産は何と、アルコール度数百のぉ……アルコールでーす!」
「…………はぁ……ナイト様、すみませ――」
マヤ家随一の猛将にして酒豪の次男・マヤシィ。酒豪の卵ちゃんのマヤトゥー。
会見に相応しくない暴れん坊とその弟子の登場に、マヤメンは溜め息を吐いてナイトに謝罪するものの……
「おぅ! マヤシィ殿! ご無沙汰おっう!!」
「おぅ! ナイト殿! ご無沙汰おっう!!」
ナイトは至ってご機嫌な様を示す。
また、彼等を見て笑みを浮かべる王洋西から察するに、この状況は彼の老君が分かっていて招いたものだと判明できた。
マヤメンとナイツは一様に黙ってしまう。
「おぅメンメンどうした? しけた面してんなよ。家中随一の知将がそんな様じゃ、マヤ家の股間……おっとぉ間違えた。沽券に関わるってもんだろ? 笑えや笑え!」
「……酒樽持って同盟国の本城にドカドカ入って、下世話な事を言う人が居ますか」
「おぅ、ここに居る!」
「ここに居るわよ!」
マヤケイやバスナに匹敵する常識人の指摘を前にして、マヤシィが親指で自身を指し示し、マヤトゥーが人差し指で兄を指し示す。そして爆笑するナイト。
「にぃにメンメン! メンメンだってメンメン!」
「涼周……静かにしてなさい」
涼周もマヤシィの語るマヤメンへの呼称が気に入ったらしく、無礼にも便乗する。
それを涼周の兄が止めるならば、マヤメンの兄がそれを止める。
「おぅナイツ殿! この嬢ちゃんが涼周ですかい。…………成る程ねぇ、アーイ愛アーイ愛うるせぇあの兄貴が、すげぇ気に入る訳だ」
ナイトを超える巨漢のマヤシィは、よっとしゃがんで涼周と目線を合わせるや、長男・マヤケイがとても好意を抱いている幼子の眼をじっと見た。
マヤシィは顔に幾つもの傷痕を持ち、燃える様な情熱のこもった目と、烈火の如き紅色をした軽装戦闘着を纏った、筋骨隆々な武人然とした巨漢であった。
「アイ愛アイ愛?」
一本気が過ぎる彼を見抜くのはとても簡単だった様で、数秒と掛からずに打ち解けた涼周は、友達同然の仕草で聞き返した。
「アーイ愛アーイ愛」
すると涼周へ応える様に、マヤシィが突然歌い出す。やけに綺麗な歌声だった。
「アーイ愛アーイ愛!」
それに涼周が乗って歌い返せば……
『マヤーケーイだよー!』
マヤシィとマヤトゥーがそれに応えて口を揃え、涼周は笑顔を見せて跳ねる。
「ぅぅー! マヤケイ! 涼周好き!」
(訳わかんねぇーこいつ等)
一方のナイツは謎の交流から一線を引き、マヤメンとともに苦笑を浮かべた。
「……それで、兄上とトゥーは何をしに参ったのですか? まさかとは思いますが、冷やかしや宴会の為に来た訳ではありませんよね」
『…………宴会、しちゃ駄目なのか?』
今度はナイトとマヤシィが口を揃えて尋ね返した。
さも当然の様に言われると流石のマヤメンも困ってしまう。
だがここは人様の城。いくら宴会好きなナイトやマヤシィであっても控えるべきであり、特にマヤシィは酒に酔うとポロリ率がはね上がる危険性があるのだ。
マヤメンは毅然とした態度を以て、兄に示しある行い振る舞うべきだと進言する。
偏にマヤシィの派遣が許された理由は、沛国に自分という抑え役が居り、マヤケイも自分が兄を止める事を期待しているのだという自己解釈もあった。
「兄上はマヤ家の武の象徴たる方。そんな兄上が他国の城で勝手に宴を開けば……」
「ナイト殿も剣合国の象徴たる御方だぜ? 俺は駄目でナイト殿は良いのかい?」
「兄上には酒乱の気があるから止めているのです。兄上がナイト様のように節度ある楽しみ方ができるなら、これ程まで反対しませんよ」
「ほっほ……ナイト殿とて中々、酒に乱れるぞ」
王洋西によるナイトとマヤシィの弁護。そう言えば酒乱人を呼んだのはこの人だった。
「……そうだとしましても、ナイト様は裸踊りなどなさらぬで――」
「いや、するぞ? 普通に裸で踊るぞ。というより剣合国軍の伝統舞踊がそれだし」
……そんな伝統舞踊があってたまるか。
ナイトの返答に対して大口を開けて唖然とするマヤメン。
彼がナイツや飛蓮に視線を向ければ、二人とともに涼周まで大きく首肯して返し、稔寧も一拍遅れて肯定の返事をする。
「……ナイト様の踊りは、皆様の心を癒されます。とても楽しそうに皆様が笑う声から、その優しき想いは、伝わって参ります」
目が見えず、人の気配や声音、場の雰囲気や香りから物事の正否を把握する稔寧が、かくも言うのだ。ナイトの裸踊りは皆の支えであり、歴とした舞踊であると。
「……承知致しました。王洋西様が宜しいのであれば、私はこれ以上とやかく言いません」
一連のやり取りを眺めて穏やかな表情を浮かべる発起人の姿から、マヤメンは何を言っても無駄だろうと悟り、この場の流れに身を委ねた。
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