大戦乱記

バッファローウォーズ

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剣合国と沛国の北部騒動

亡命の流軍

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 恭紳城滞在三日目。

 三葉への帰還準備を済ましたナイト達は、出立の時間まで王洋西やオバイン、マヤシィやマヤメンなどと談笑に耽っていた。

 そんな中、一人の沛国兵が軍議の間へ入室し、オバインが対応の為に席を外す。

「王洋西様、少しお耳を…………」

 暫くして戻ってきたオバインは王洋西の耳元で何かを報告。
老君が僅かに頷くと、彼は一礼して軍議の間を出ていこうとする。

「オバイン殿、突然どうされたのだ?」

 急に雰囲気を変えた沛国軍首脳陣の様子から、ただならぬ何かを感じたナイトが問う。

 対するオバインは平静を装いつつ只の小事であると答えるが、王洋西の表情から察するに、帰国を前にしたナイト達へ気を遣っているのが充分に分かった。

「……松唐軍が国境に現れたのですか?」

 そこで探りを入れるのがマヤメン。軍事顧問として沛国及び隣接勢力の情報を持っている彼には、何かしら思う事があるようだった。

 オバインは返事を保留にして王洋西へ向き直り、彼へ目配せする。

「…………」

 説明の可否を問われた老君は躊躇いを見せながらも静かに首肯。
それはナイト達やマヤ家の者等に謝罪する様にも見えた。

 主の許可を得たオバインはマヤメンに向き直り、先ほど受けた報告について語り出す。

「松唐軍ではありませんが、彼の勢力によって弾圧された豪族が賊徒となって我が領内へ流入してきました。しかも現在、国境付近の集落に襲い掛かっているとの事です」

 松唐軍は軍備拡張の為に、民は勿論の事、貴族・豪族からも資金や兵を徴発しており、そのやり方に反発する者は激しく罰されていた。

 元々、松唐軍には若干のやり過ぎが見られる部分があった。
それだけに抑止力とも言えたマヤ家との交易が断絶された後は、強行姿勢に拍車が掛かった様に過激となり、松氏の圧政化が目に見えて進んだ。
最終的には弾圧されて居場所を失った者達が、松国周辺の勢力で最も軍力の弱く、かつ外交姿勢も低い沛国へ強引な移住を図ろうとする訳である。

 逸早く事情を呑み込み、ナイト達への補足を行ったマヤメンはマヤシィへ確認する。

「昨日兄上が連れてきた物資輸送隊、あれはもしや……」

「流石に察しが早ぇなメンメン。その通り! 輸送隊一千、全部俺の直下兵よ! これでメンメンの部隊も合わせて先ずは二千の戦力が確保できたって訳だぜ」

「……成る程、ケイ兄上がシィ兄上とトゥーの派遣を許した訳です」

 マヤケイは今の事態を予期してマヤシィを密かに派遣したのだろう。
言うならば、騒いでくる代わりに盟友の目の上の瘤を取り除いてこい、という事だった。

 一方の王洋西とオバインはマヤ家に負担を掛ける訳にはいかないと、あくまでも流軍討伐は自分達沛国軍だけで行うと制止する。

 然し、そう言われてそうですかと受け流すマヤ家一行ではない。
彼等兄妹は沛国軍首脳陣に対し、口を揃えて断言する。

『戦は損得勘定じゃない』

 マヤ家当主にして彼等の兄たるマヤケイの言葉を、下の兄妹達はしかと理解していた。

「ふっははは! 如何にもその通り! ナイツ、涼周。分かっているな?」

「はい。帰国どころではありません。俺達も参戦するべきです」

 元より盟友の危機を見捨てるナイトではないが、助力を躊躇う王洋西へ向けたマヤ家の意思表明は、剣合国軍も便乗するには持ってこいだった。

「御手を煩わし……申し訳ないありません。是非、宜しく御願いします!」

 気弱な性格の王洋西に代わり、オバインが独断で助力を受け入れる。
こうなってまで主の判断を仰ぐのは、老君の心労を強める事に他ならないと考えたのだ。

 連合軍は直ちに結成され、諸将は出陣準備を整える為に各々の陣営へと戻る。
その最中、飛蓮はナイトへ一刻の猶予を願い出た。

「ナイト殿。私は三葉に戻って足の早いカイヨー兵をここに連れてきます。暫しの間だけ、出陣を待っていただけませんか?」

「それはならん。カイヨー兵は連戦に次ぐ連戦で疲れている。ここは淡咲が俺達の護衛に当てた一千の兵を戦力として雌雄を決しなければならない」

「ですが、それでは剣合国軍の兵のみを損じる事に……」

「飛蓮殿。俺達剣合国はいつ如何なる状況にあっても、貴殿ら飛刀香神衆を私兵と見たことはないぞ。気持ちは有り難いが、君達姉妹は涼周の護衛に専念してくれ。……それにやはり、カイヨー兵の動員は王洋西殿が気遣う上に、時間的な問題もある。察してくれるかな?」

 飛蓮の言葉と考えを制止するナイトの声音には、表面に聞こえる優しさと、内面から伝わる厳しさが同居していた。
飛刀香神衆当主としての気持ちも分かるが、矜持の為にカイヨー兵達を巻き込むのだけは止めなさいと、父親然として暗に説教したのだ。

「……すみません。でしゃばりました」

 剣合国軍大将の声と目力に、半ば気圧された形の飛蓮は己の非を認めて意見を下げる。

「理解が早くて助かる。君等の様にしっかりした姉が涼周の傍に居てくれるなら、それだけで安心というものだ。戦は俺達に任せて、涼周の護衛を頼んだよ」

 ナイトは飛蓮と稔寧の頭を徐に撫でた。
姉妹は頬を赤らめつつも了解を示し、逞しいナイトの手を感じる事で、改めて剣合国軍大将の偉大さを知る。

「おとーさん、涼周も、涼周も!」

「むっ? おぅすまんすまん。ほーら良い子良い――」

「いやー涼周! 良い姉が二人も居て良かったなー! 因みに俺も居るからなー!」

 だが然し! ナイトの撫で撫でを阻む存在が居た。実の息子にして涼周の兄たるナイツだ。
差し出された涼周の頭にナイトが手を置くよりも先に、弟の頭を撫で撫で良い子良い子しながら、縦に開いた大口とともに妬みの熱視線を向ける父と相対する。

「おいこら息子よ! 良いとこ取りするんじゃない! どちらかと言えば、お前は撫でられる側だろ! 大人しく俺の筋肉の餌食となれぃ!!」

「どこで撫でる気ですか!? 分かりました分かりました! 俺が悪かったですって!」

 大胸筋を露にして、文字通り肉薄するナイトへ良からぬ先を予見したナイツ。即座に涼周の頭から手を引いて撫で撫で権利を父に譲渡する。

「分かれば宜しい!」

 ナイトだって負けてばかりではなく、剣合国軍大将としての矜持を見せたのだ。
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