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インスタントカメラ①
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丑三つ時に晴れたはずの不安は、昇る陽光と共に顔を出す。眩しくて苦しくて、毛布に全身を埋めた。
* * *
次の日は、昨晩の嘘のような出来事で頭の中が一杯だった。
昨日、あの後。帰ってすぐ寝た。あんなに気持ち良く寝れたのは久々であった。昼過ぎまで惰眠を貪り、午後過ぎに起きてはカップ麺を貪りそして二度寝...ニートか。
冷静に考えてみると、将来この国の王女となるお方と、夜を共にしたのだ。かなーりやばいシチュエーション。『責任とって』なんて言われるかもしれない。さすれば喜んで結婚しよう。
というのはまあ、縁起の悪い冗談にしても、僕が彼女に救われたことは確かであった。
再び深夜二時。僕は今、彼女の言っていた通りに『夜』を『楽し』んでいる。
「ひゃっほう!!!」
突然奇声を上げても、誰も咎めない奇異の視線を向けられない。車道のど真ん中でスキップしたりブレイクダンス紛いに身体を動かしてみたり。ひたすらに夜を満喫していた。
静寂に包まれたアスファルトは、僕によってのみ鳴らされる。昼間に雨でも降ったのだろう。独特の、決して嫌では無い匂いが漂っていた。
「たーのしー!!」
奇行に走りながらも向かっている先は、例の公園だ。もしかしたら皇女様がまたお城から抜け出してるかもしれない---なんて甘い期待を抱きつつ。
公園を覗く。
「あっ!皇女様っ!」
昨日と同じように、当然のように其処にいた。相変わらずのミスマッチな服装とストレートの銀髪が夜風に吹かれる。
僕は再会できたのが嬉しくて、思わず大きな声で呼んでしまった。
「しっ。静かに」
「あ、ごめんなさい」
目を細め、人差し指を立てる彼女は、昨日と同じ反応だった。違うのはその後で。
「君は、昨日のコーンスープ少年じゃないか!」
「はい。ごちそうさまでした!」
「なに、気にするでない。私はかんよーだからなっ」
『寛容』という言葉は覚えたてなのか、ぎこちなかった。
「今日は、悲しそうな顔をしてないじゃないか。やっぱ夜は楽しいだろう?」
「はい!」
「そーだろっ」
慎ましい胸を張って得意顔だ。
本当に、夜は楽しい。何かから解放されたように。
ベンチの中央に座っていた彼女は、端に座り直す。僕の為にスペースを空けてくれたのだろう。折角の好意を無碍にする訳にもいかず、緊張しながら「隣失礼しまーす」と腰掛けた。思ったよりも距離が近く、彼女の幼いながらに艶かしい吐息が聞こえてみじろぎしてしまう。やばい超キョドってるわ僕。
何か話題を探していると、泳ぐ目が皇女様の手元にある黒い機械を発見した。
「なんですか、それ?」
「む、これか?」
彼女が少し動く度に鼻腔をくすぐるシャンプーの匂いがする。昨日も嗅いだ、フローラルの香り。
「これはな...。『魂を吸うと云われる武器』、だっ」
なんだその物騒なやつ...。暗闇に目を凝らしてよく見る。武器でもなんでもなかった。
「それ、ただのカメラですよ?」
「か、めら?そーゆー名前なのかこの武器はっ」
皇女様がいじっていたのは、チェキタイプのインスタントカメラだった。最近はスマホとかデジカメとかが普及してて、めっきり数は減っているらしいけど。すぐに現像できる優れモノなのになぁ...。
てかこの娘、カメラ知らないのか。頭上にはてなマーク浮かべ、小首を傾げていた。
「別に武器じゃないです。写真を撮れるやつですよ」
「これは、しゃしんを撮れる道具なのかっ!?」
発音がかわいらしい。ともあれ流石に、写真の存在は知っていたか...。彼女は目を輝かせて自分の手元を見つめている。
しばらくカチャカチャと適当に押したり引っ張ったりしていたが。
「ど、どーやってしゃしんを撮るのだ?」
「壊れてしまったのか?」と聞いてくる彼女は焦っているようだった。僕は心配させまいとかぶりを振って笑みを浮かべる。
「ちょっと貸してみて下さい」
「はいっ」
僕に手渡してくるときに、彼女の冷たくてどこか温かい指が僕の手に触れた。ドクンッ、と心臓が跳ね上がる。頬が熱くなってるように感じた。誤魔化すように必要以上にカメラを触る。
なるほど、ここがファインダーでシャッターがここにあるのか。お、フラッシュもある。で、ここから写真が現像されてくるのか。フィルムの残量は残り八枚と、何回か使われた形跡があった。
その昔王室で、一体何が撮影されたのだろうか。
ふと、そんなとりとめのない疑問が浮かんだ。
「どうだ?使い方、分かったかっ?」
思索に囚われていた僕の顔を覗き込んでくる。程近くに彼女の、小鳩のようにあどけない顔が闇に浮いていて思わずのけぞった。ダイアモンドのような目に魅了されて、しばし動ぜない。
...普段人とあまり接さないのか、距離感がおかしいぞこの娘。
僕は動揺を悟らせまいと意識的に平坦な口調で説明する。
「えーと、まずここのダイヤルを回して、それでココを覗きながらココを押したら撮れますよ....そんでこっから写真が出てきますんで...」
指示語を多用した説明でも時折「ふむふむ」と相槌をうってくれて、話し甲斐があった。
彼女は地頭がいいのか、簡単に理解したらしい。流石は皇女様だ。
「わかったぞ!では、撮ってくる!」
「あーあと暗いんでフラッシュをスイッチオンした方がいいと思いますー」
「む...ここだな!」
楽しげな皇女様は容易くみつけたスイッチを入れ、滑り台などがある方にスキップして行った。被写体を探すのだろう。
軽快に砂利を踏み鳴らす音が夜空に吸い込まれていく。
パシャリ。パシャリ。
二人だけの公園に、度重なるシャッター音。
何かを撮っては、「あ、ブレたー」とか「指入んなー」とか聞こえ、苦闘してる事が判じられる。
そんな天真爛漫な女の子を、僕は完全に、お兄さん気分で眺めていた。
皇女様の兄なんて、おこがましい話だけれどね。
* * *
次の日は、昨晩の嘘のような出来事で頭の中が一杯だった。
昨日、あの後。帰ってすぐ寝た。あんなに気持ち良く寝れたのは久々であった。昼過ぎまで惰眠を貪り、午後過ぎに起きてはカップ麺を貪りそして二度寝...ニートか。
冷静に考えてみると、将来この国の王女となるお方と、夜を共にしたのだ。かなーりやばいシチュエーション。『責任とって』なんて言われるかもしれない。さすれば喜んで結婚しよう。
というのはまあ、縁起の悪い冗談にしても、僕が彼女に救われたことは確かであった。
再び深夜二時。僕は今、彼女の言っていた通りに『夜』を『楽し』んでいる。
「ひゃっほう!!!」
突然奇声を上げても、誰も咎めない奇異の視線を向けられない。車道のど真ん中でスキップしたりブレイクダンス紛いに身体を動かしてみたり。ひたすらに夜を満喫していた。
静寂に包まれたアスファルトは、僕によってのみ鳴らされる。昼間に雨でも降ったのだろう。独特の、決して嫌では無い匂いが漂っていた。
「たーのしー!!」
奇行に走りながらも向かっている先は、例の公園だ。もしかしたら皇女様がまたお城から抜け出してるかもしれない---なんて甘い期待を抱きつつ。
公園を覗く。
「あっ!皇女様っ!」
昨日と同じように、当然のように其処にいた。相変わらずのミスマッチな服装とストレートの銀髪が夜風に吹かれる。
僕は再会できたのが嬉しくて、思わず大きな声で呼んでしまった。
「しっ。静かに」
「あ、ごめんなさい」
目を細め、人差し指を立てる彼女は、昨日と同じ反応だった。違うのはその後で。
「君は、昨日のコーンスープ少年じゃないか!」
「はい。ごちそうさまでした!」
「なに、気にするでない。私はかんよーだからなっ」
『寛容』という言葉は覚えたてなのか、ぎこちなかった。
「今日は、悲しそうな顔をしてないじゃないか。やっぱ夜は楽しいだろう?」
「はい!」
「そーだろっ」
慎ましい胸を張って得意顔だ。
本当に、夜は楽しい。何かから解放されたように。
ベンチの中央に座っていた彼女は、端に座り直す。僕の為にスペースを空けてくれたのだろう。折角の好意を無碍にする訳にもいかず、緊張しながら「隣失礼しまーす」と腰掛けた。思ったよりも距離が近く、彼女の幼いながらに艶かしい吐息が聞こえてみじろぎしてしまう。やばい超キョドってるわ僕。
何か話題を探していると、泳ぐ目が皇女様の手元にある黒い機械を発見した。
「なんですか、それ?」
「む、これか?」
彼女が少し動く度に鼻腔をくすぐるシャンプーの匂いがする。昨日も嗅いだ、フローラルの香り。
「これはな...。『魂を吸うと云われる武器』、だっ」
なんだその物騒なやつ...。暗闇に目を凝らしてよく見る。武器でもなんでもなかった。
「それ、ただのカメラですよ?」
「か、めら?そーゆー名前なのかこの武器はっ」
皇女様がいじっていたのは、チェキタイプのインスタントカメラだった。最近はスマホとかデジカメとかが普及してて、めっきり数は減っているらしいけど。すぐに現像できる優れモノなのになぁ...。
てかこの娘、カメラ知らないのか。頭上にはてなマーク浮かべ、小首を傾げていた。
「別に武器じゃないです。写真を撮れるやつですよ」
「これは、しゃしんを撮れる道具なのかっ!?」
発音がかわいらしい。ともあれ流石に、写真の存在は知っていたか...。彼女は目を輝かせて自分の手元を見つめている。
しばらくカチャカチャと適当に押したり引っ張ったりしていたが。
「ど、どーやってしゃしんを撮るのだ?」
「壊れてしまったのか?」と聞いてくる彼女は焦っているようだった。僕は心配させまいとかぶりを振って笑みを浮かべる。
「ちょっと貸してみて下さい」
「はいっ」
僕に手渡してくるときに、彼女の冷たくてどこか温かい指が僕の手に触れた。ドクンッ、と心臓が跳ね上がる。頬が熱くなってるように感じた。誤魔化すように必要以上にカメラを触る。
なるほど、ここがファインダーでシャッターがここにあるのか。お、フラッシュもある。で、ここから写真が現像されてくるのか。フィルムの残量は残り八枚と、何回か使われた形跡があった。
その昔王室で、一体何が撮影されたのだろうか。
ふと、そんなとりとめのない疑問が浮かんだ。
「どうだ?使い方、分かったかっ?」
思索に囚われていた僕の顔を覗き込んでくる。程近くに彼女の、小鳩のようにあどけない顔が闇に浮いていて思わずのけぞった。ダイアモンドのような目に魅了されて、しばし動ぜない。
...普段人とあまり接さないのか、距離感がおかしいぞこの娘。
僕は動揺を悟らせまいと意識的に平坦な口調で説明する。
「えーと、まずここのダイヤルを回して、それでココを覗きながらココを押したら撮れますよ....そんでこっから写真が出てきますんで...」
指示語を多用した説明でも時折「ふむふむ」と相槌をうってくれて、話し甲斐があった。
彼女は地頭がいいのか、簡単に理解したらしい。流石は皇女様だ。
「わかったぞ!では、撮ってくる!」
「あーあと暗いんでフラッシュをスイッチオンした方がいいと思いますー」
「む...ここだな!」
楽しげな皇女様は容易くみつけたスイッチを入れ、滑り台などがある方にスキップして行った。被写体を探すのだろう。
軽快に砂利を踏み鳴らす音が夜空に吸い込まれていく。
パシャリ。パシャリ。
二人だけの公園に、度重なるシャッター音。
何かを撮っては、「あ、ブレたー」とか「指入んなー」とか聞こえ、苦闘してる事が判じられる。
そんな天真爛漫な女の子を、僕は完全に、お兄さん気分で眺めていた。
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