2 : 30 a.m.の皇女様

吉田コモレビ

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不在②

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「メロンソーダで良かった??」
「...ああ、ありがと」

 奢ってもらったペットボトルが、自転を伴いながらも綺麗な弧を描いて僕の手元に終着した。寸分違わないコントロールで投擲したウヅキが再び隣に腰掛ける。

 あ、冷たっ。そして寒い。
 震える身体を抑えながら思案する。
 
 僕に突然、相談とは何だろう。
 相談したり相談されたりする関係性じゃなかったはずだ。高校に通っていた頃ならまだしも、今はもう、卒業した。それでつい最近、偶然会っただけなのに。

「あ...いただきます」
「うんっ!どーぞー」

 白い蓋を捻ると、炭酸泡が何かから逃げるように上方に押し寄せてくる。慌てて一旦、キャップを閉めた。

 ウヅキ、これ、投げてきたんだったな...。
 ほんの少し恨めしい目でウヅキを見遣ると、彼女は楽しそうに笑っていた。
 
「そーいやマジメン、卒業式来てなかったよねぇ~」
「...ああ」

 てっきり相談の内容を言われるもんだと身構えていたから、急に僕の話題を振られて驚く。思わず気の抜けた返答をしてしまった。...炭酸は抜けてないけど。うーん、うまい。

「まだ、受験終わってなかったしな」

 卒業式は確か、三月五日だった。僕の試験日は三月十日で、卒業式なんて存在すら忘れて無我夢中で机にかじりついていたっけ。

「あーだから来なかったんだ」

 ウヅキは納得したらしい。小さく頷く。

「誰か何か、僕のこと言ってなかったか?」

 先生とかから、説明とか無かったのだろうか。あるいは別の生徒とか。

「いや誰も、何も言ってないよ。...てか、マジメンが休んでたことに気付いたの、私くらいじゃないかな」

「...ああそう」
 
 何それ悲しい。そんなに僕の存在感は希薄だったのだろうか。皆にとって僕は、どういった存在として捉えていたのだろうか。

 学校の首席なのだから、もっと自分は有名だと思っていた。けれど理想と現実は違った。ウヅキしか、僕の存在の有無に意識を向けなかったのだ。僕は大多数の内の一人だったのだ。

「んで、何でウヅキは僕が欠席してたことに気付いたの?」

 ただの純粋な疑問だったのに、ウヅキは頬を染め、やけにあたふたする。

「えっ..あ、うーんと、たまたま?気づいた」
「...そうか。偶々、だよな」
「うん、たまたま、だよ」

 その反応については既視感があった。同じクラスだった頃から、やたらフレンドリーに話しかけてきた彼女の言動を、イヤでも色々と分析してしまうが---無理矢理途絶えさせる。
 こうやって勘違いしたんだろ。僕は。

「まあいいや...相談て何?」

 思考を切り替える。相談とはいっても、僕に大それたアドバイスなんかを期待しても無駄だ。それは、ウヅキも分かってるだろう。

 でも、話を聞くことくらいはできるのだ。
 それで、楽になったりすることだってある。

「ああ、うん...」

 ウヅキは真面目な顔つきになる。そして諦観にも似た溜息を漏らした。
 暦の上では春なのに、その息は白く染まった。

 染まって、薄れて、消失した。

「えーっとね...」

 アネモネのような小さい唇を僅かに動かす。何か言おうとして、言の葉の代わりに放たれたのは再び吐息だった。
 話し辛いのだろう。ウヅキは照れたように笑う。

「あはは...」

 言い辛いな...と続けて、何度吐かれたか分からない息が闇に飲まれる。

 僕はじれったくて天を見遣ると、雲越しの月光が空にぼんやりとした円を形作っていた。
 
 はぁ...寒い。

「...あっ、あのえっと、ほら!私...美容師の専門学校行く...じゃん!それでさっ」

 僕は彼女の、ポツリ、ポツリと、弱弱しい、絹糸のような細い声を手繰り寄せる。そして、彼女の顔に視線を移した。
 
 そして、悟った。

 ウヅキの諦めの境地に達した表情が、夜闇に浮いている。吹っ切れたような、吹っ切れたけれど、別の方向に吹っ切れてしまったような。
 
 きっとこれは、本当に相談したいことじゃ無いことに感づいた。

 曝け出そうとしたけど、結局、心の中の奥深くに隠したのだ。
 
「...ああ、言ってたな」

  そんなことに気付きながらも僕は話を合わせる。やはり、言いたくないことを無理矢理言わせるのは外道だと思うから。

 ウヅキは安堵の溜息をついた。それから口調は見事に変化し、つらつらと淀みなく言葉が紡がれた。

「でさっ!私、人の髪の毛?カットしたことなくてさ!それで、マジメンの髪、切らせてほしーんだけど!」

「...僕を実験台にするってこと?」
「そう!」

 そう!って...まあ、別にいいんだけどさ。

 他人に頼られ、求められるのは、悪い気はしないのだ。

「...じゃあ、適当に連絡くれ」

 高校の時、確かウヅキはクラス全員と連絡先を交換していた。それが所以で勘違いしたりしたんだっけなぁ。よく思い出せないけど。

「うん!絶対、れんらくする!」
 
 曖昧さを許さぬ彼女らしい返答に思わず苦笑した。僕はほとんど震えることのないスマートホンをポケット越しに撫でる。

 月は依然、薄灰色のベールに包まれていた。
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