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49:ケインの昼下がり
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よく晴れた日の午後。
ケインはキョロキョロと辺りを見回しながら、公園を長い時間歩き回っていた。
強い日差しを避ける為、ほとんどの人は木陰のベンチに腰掛けてお喋りを楽しんでいる。
ケインのように、額に汗を浮かべながらも必死に歩き続けている者などいない。
それでも彼は、足を止めようとはしなかった。
いかにも余裕のない歩き方に、好奇の視線を集めていたが、そんなことは少しも気にならなかった。
誰になんと思われても構わない。
今はただ、どうしてもジュリアに会いたい。
その一心だった。
もう何日、こうして当てもなく彼女を探して公園をうろついているか、彼自身にも分からなかった。
しかし、手紙を送っても突き返され、会いに行っても門前払いの今、ばったり公園で会うという確率の低い偶然に望みをかけることしか、彼に残された道は無かったのである。
しかしやはり今日もジュリアの姿はない。
ケインは額に浮かんだ汗を拭いながら、ため息をついた。
強い日差しを浴びすぎたせいか、頭がクラクラする。
ちょうど少し先で馬車から降りて来た人影でさえ、目が霞んでよく見えなくなっていた。
少し休まなければ、倒れてしまいそうだ。
そんなことを考えながら力無く首を左右に振ったのだったが、不意に目を見開いて、その人影を見つめた。
信じられない思いで、何度も瞬きを繰り返す。
それは間違いなく、ジュリアだった。
すぐに彼女も気がついたのだろう。
不安げな顔の侍女らしき娘に何か言って馬車に入らせてから、1人でこちらに向かって歩いてくる。
しかし彼女の顔は、まるで別人のようだった。
淡い紅色に染まっていたはずの頬は今や青白く、げっそりと痩せこけてしまっていた。
きらきらと輝いていた瞳はどんよりと濁り、すっかり血の気を失った唇は強く噛み締められている。
あまりの変わりように、呆然と立ち尽くすケインの前にフラフラとやって来ると、ジュリアは口を開いた。
「私は愛する人を失い、婚約は破棄致しました。
今はもう不幸のどん底におります。
ご覧下さい」
ジュリアは力無く、骨と皮ばかりに見える細い両手を広げた。
「今の私は、とてもひどい姿でしょう?
これこそ、まさにあなた方が望んでいた姿なのでしょうね。
これでご満足ですか?」
ケインは息を呑んだ。
変わり果てた彼女の姿から目を逸らすことも出来なかった。
「わ、私は本当にあなたを愛していたのです!
確かに最初に近づいたのは不純な動機でした。
しかしあなたにお会いするうちに惹かれていってしまったのです!
この気持ちは嘘ではありません!
今でも私はあなたを……」
ケインは早口にまくし立てた。
しかしジュリアの表情は少しも変わらない。
彼女はケインの言葉を遮って、チラと遠くへ目を向けながら言った。
「そんな言い訳は結構です。
お会いするのは、これきりにさせて下さいませ。
もう二度とお目にかかることはありません」
「そんな!でも……!」
「はっきり言わないと、お分かりになりませんか?」
ジュリアの目が、すっと細くなった。
「今さらどんな甘い言葉をかけられても、私はあなたを好きになることはありません。
もっとはっきり言ってしまえば……あまりにひどい仕打ちをうけて、憎しみさえおぼえるほどです」
ケインにはもう返す言葉がなかった。
頭を強く殴られでもしたかのように、ガンガンと痛みが走る。
ジュリアはさっさとケインに背を向けると、振り返ることはせずに馬車に乗り込んだ。
そしてそのまま馬車が走り去っていくのを、彼はぼんやりと眺めていた。
頭痛はますますひどくなっていくようだった。
彼は日差しから逃れるように木陰に入ると、服が汚れるのも構わずに、ぐったりと地面に倒れ込んだ。
ルイーズとダニエルの悪巧みに参加したのは、ほんの気まぐれだった。
少しケインが笑顔を見せさえすれば、どんな女性もすぐに彼に夢中になる。
それが分かっていたから、ジュリアのことも沢山の娘達の中の1人という意識しかなかったのである。
それなのに……。
「初めて本気で好きになった人に嫌われるというのは、惨めなものだな……」
ケインは力無く笑って空を見上げた。
涙が一筋、頬を流れ落ちていったが、彼は拭おうともせずに、木の葉が風に揺れるのをいつまでも眺め続けていた。
ケインはキョロキョロと辺りを見回しながら、公園を長い時間歩き回っていた。
強い日差しを避ける為、ほとんどの人は木陰のベンチに腰掛けてお喋りを楽しんでいる。
ケインのように、額に汗を浮かべながらも必死に歩き続けている者などいない。
それでも彼は、足を止めようとはしなかった。
いかにも余裕のない歩き方に、好奇の視線を集めていたが、そんなことは少しも気にならなかった。
誰になんと思われても構わない。
今はただ、どうしてもジュリアに会いたい。
その一心だった。
もう何日、こうして当てもなく彼女を探して公園をうろついているか、彼自身にも分からなかった。
しかし、手紙を送っても突き返され、会いに行っても門前払いの今、ばったり公園で会うという確率の低い偶然に望みをかけることしか、彼に残された道は無かったのである。
しかしやはり今日もジュリアの姿はない。
ケインは額に浮かんだ汗を拭いながら、ため息をついた。
強い日差しを浴びすぎたせいか、頭がクラクラする。
ちょうど少し先で馬車から降りて来た人影でさえ、目が霞んでよく見えなくなっていた。
少し休まなければ、倒れてしまいそうだ。
そんなことを考えながら力無く首を左右に振ったのだったが、不意に目を見開いて、その人影を見つめた。
信じられない思いで、何度も瞬きを繰り返す。
それは間違いなく、ジュリアだった。
すぐに彼女も気がついたのだろう。
不安げな顔の侍女らしき娘に何か言って馬車に入らせてから、1人でこちらに向かって歩いてくる。
しかし彼女の顔は、まるで別人のようだった。
淡い紅色に染まっていたはずの頬は今や青白く、げっそりと痩せこけてしまっていた。
きらきらと輝いていた瞳はどんよりと濁り、すっかり血の気を失った唇は強く噛み締められている。
あまりの変わりように、呆然と立ち尽くすケインの前にフラフラとやって来ると、ジュリアは口を開いた。
「私は愛する人を失い、婚約は破棄致しました。
今はもう不幸のどん底におります。
ご覧下さい」
ジュリアは力無く、骨と皮ばかりに見える細い両手を広げた。
「今の私は、とてもひどい姿でしょう?
これこそ、まさにあなた方が望んでいた姿なのでしょうね。
これでご満足ですか?」
ケインは息を呑んだ。
変わり果てた彼女の姿から目を逸らすことも出来なかった。
「わ、私は本当にあなたを愛していたのです!
確かに最初に近づいたのは不純な動機でした。
しかしあなたにお会いするうちに惹かれていってしまったのです!
この気持ちは嘘ではありません!
今でも私はあなたを……」
ケインは早口にまくし立てた。
しかしジュリアの表情は少しも変わらない。
彼女はケインの言葉を遮って、チラと遠くへ目を向けながら言った。
「そんな言い訳は結構です。
お会いするのは、これきりにさせて下さいませ。
もう二度とお目にかかることはありません」
「そんな!でも……!」
「はっきり言わないと、お分かりになりませんか?」
ジュリアの目が、すっと細くなった。
「今さらどんな甘い言葉をかけられても、私はあなたを好きになることはありません。
もっとはっきり言ってしまえば……あまりにひどい仕打ちをうけて、憎しみさえおぼえるほどです」
ケインにはもう返す言葉がなかった。
頭を強く殴られでもしたかのように、ガンガンと痛みが走る。
ジュリアはさっさとケインに背を向けると、振り返ることはせずに馬車に乗り込んだ。
そしてそのまま馬車が走り去っていくのを、彼はぼんやりと眺めていた。
頭痛はますますひどくなっていくようだった。
彼は日差しから逃れるように木陰に入ると、服が汚れるのも構わずに、ぐったりと地面に倒れ込んだ。
ルイーズとダニエルの悪巧みに参加したのは、ほんの気まぐれだった。
少しケインが笑顔を見せさえすれば、どんな女性もすぐに彼に夢中になる。
それが分かっていたから、ジュリアのことも沢山の娘達の中の1人という意識しかなかったのである。
それなのに……。
「初めて本気で好きになった人に嫌われるというのは、惨めなものだな……」
ケインは力無く笑って空を見上げた。
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※「小説家になろう」、「カクヨム」でも掲載
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