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小さい箱の話
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「兄上、何を見ているのですか?」
拙い子供の声がする
これは、夢なのだろう
庭園に流れる小川を見ていて振り返ると、燕核がいた
自分の手も幼い
屈んで見ていた小川に映る自分の姿が、顔が憎しみに歪む
自分から何もかもを奪っていった幼い美しい優秀な弟
へらへらと自分の後ろを、いつも追いかけてきて大っ嫌いだった
俺は、1人になることも許されないのか
さっと立ち上がって、屋敷の裏にある雑木林に向かうと、とてとてと祝いに貰った宝飾された木靴の音を鳴らして燕核がついてくる
忌々しく思いながら、俺は悪いことを考えた
迷子になり、行方不明になってくれればいい
そう考えて早足で、雑木林に向かう
「兄上!兄上!そちらはいけません!行ってはいけないと言われています!」
足幅が違うので、俺に置いていかれそうな燕核が後ろから叫ぶ
「ついてくるなよ!つい……」
後ろから腕を取られて振り向く
大きな影は、先月父上の怒りを買い、クビになったはずの使用人の善寿だった
善寿は俺の付き人で、小さな頃から面倒を見てくれていた
大柄で、人に怖がられたりするけど優しくて温厚で、ずっと俺の味方だった善寿だ
「善寿…!!」
喜んで飛びつこうとするも、善寿の様子がおかしい
「坊ちゃん、ああ…坊ちゃん、会いたかったです!坊ちゃん…どうしたんですか?行きましょう?」
血走った目、落ち窪んだ目に酷い隈、善寿はこんなんだっただろうか?
「善寿?ちょっと待って…いかない、俺は行かないよ?落ち着いて…」
引きずるように腕を取られて、悲しいかな力の差で、ずるずると善寿が寝起きしていた使用人の住居の小屋に引き摺られ連れていかれる
「坊ちゃん、ああ、坊ちゃん…私の坊ちゃん…」
抱き上げられ、小屋の扉を閉めると、善寿は血走った目のまま俺の服を引き裂き、脱がそうとしてくる
「ちょっと!嫌だ!善寿!やめろ!やめて…!」
足をばたつかせて、嫌がっても善寿はびくともしない
腹を撫でられ、善寿の舌が頬を舐める
「誰かっ!助けてっ…!」
弟を陥れようとした罰だろうか?口を大きな手で塞がれて絶望に涙が出る
「坊ちゃんの気持ちはわかっていました。ようやく結ばれるのですよ…」
うっとりと、そう言う善寿に泣きながら目を閉じると、柔らかな感触を唇に感じて更に暴れる
絶望感に目の前が真っ暗になったかと思うと、後ろからゴッとすごい音がする
善寿が倒れ込んできて、もがいているようだ。その間も何度もゴッゴッと打撃音が響いてくる
「ぐっ…がっ、ごっ……」
打撃音のたびに跳ねる善寿の体に、意味がわからないまま善寿の体の下から這い出すと、息を切らせながら、岩を手にして血塗れになった燕核が肩で息をしていた
「………燕核」
「なんの音……きゃあああああ!誰か!誰か来てくださいっ!!!」
使用人の女が物音に気付いたのか扉を開けて、俺たちに気付いて叫び騒いでいた
汗でびっしょりとして、不安で瞳を揺らす燕核を抱きしめる
「あ…え、燕核、ごめんな、ごめん…ありがとう、ありがとう…」
泣きながら燕核を抱きしめていると、沢山人が集まってきて、善寿も連れて行かれた
呆然としている燕核を振り向きながら、俺は自分の居住の東殿に連れて行かれ医師の診断を受けていた
「あの…え、燕核は…?その、俺を助けようとしてくれて…」
燕核が咎められていてはいけないから、そう言うと、医師は首を振って見せた
「いま、ご母堂が…桂林様のせいで燕核様が怪我をしたと騒いでいます…。善寿が無事で…その…桂林様に誘われたと…あ、愛し合っていると証言しまして…旦那様が桂林様を連れてこいと…」
「えっ…?なにそれ!?違う、違う…」
力なく首を振るが医師は弱りきった顔で、そそくさと出て行った
使用人たちもざわめき、ヒソヒソと耳打ちをし合っている
「ち、父上に会いに行く」
慌てて居住まいを正して、立ち上がると冷や汗と、悪い予感に足元から血の気が引いていくようだった
父の部屋に行くと、怖いくらい屋敷内は静まり返っていた
ゴクリと息を飲んで、ノックをする
「け、桂林です。お呼びと聞きました…」
「……入れ」
思いの外、父の低い声に足まで震えてきた
室内に入ると眠っているのか、寝かされている燕核がいて、ほっと力が抜ける
怪我がなさそうで良かった
燕核の側には母が付き添っていて、此方を睨んでいた
「善寿が、お前と姦淫していると言いふらしている。なにか、申し開きはあるか?」
父の厳しい声は断定しているようで、腑が冷えていくように冷たくなる
「そんな事していません!急に、急に襲われて…え、燕核が助けてくれたのです!誓って善寿に言われたようなことはありません!」
「そんな事はわかっておる!!問題は善寿が引き立てられる際、おまえが如何に淫らかを叫んだのだ!わかるか!一家の恥だ!!!」
父上の言葉に涙が滲む。そんな事、言われてもどうしたらいいんだよ
俺、悪くないじゃん
「桂林、髪を切れ」
父上の言葉に弾かれたように顔を上げる
ぐらぐらと目の前の景色が揺れていく
髪を切るというのは、もう貴族の中では生きていけないことを指す
つまり、跡取りから外すと言っているのだ
「ち、父上?ほ、本気じゃないですよね?」
縋るように震えた手を伸ばしたが、弾かれた
「往生際が悪いですよ。当たり前でしょう。あんなに大騒ぎして、燕核まで危険に晒して。穢らわしい。早く切りなさい」
母上が本当に汚らしいものを見るかのように、俺を睨む
いくら、血が繋がっていないからといって、これはあんまりなんじゃないだろうか
「父上!俺が軽率でした!!立ち入ってはいけない場所に立ち入ったのは謝ります!どうか、どうか!」
父上に縋ったが蹴り倒され、髪を引っ張られる
「一族の恥晒しが!郊外の別荘に追放する。2度と本家の敷居を跨ぐな!」
父上にジョキジョキと乱雑に髪を鋏で切られ、侮蔑しきった目で見下ろされて拳を握った
ばさりと目の前に投げられた髪の束に、涙も出ない
「……いけません。母上、父上を止めてください。後妻が跡取りを追い出したと悪い噂になります。あれだけ叫ばれては、申し開きは無理にしても、ほとぼり冷めるまで暫く、僕と一緒に兄上は過ごせば良いのです。可哀想に兄上……」
燕核が小さな手を伸ばしてくる
俺は、その小さな手に縋ってしまった
ぼろぼろと涙が溢れる
俺の味方は燕核だけだ
「………それは、そうね。あなた、燕核と暫く東宮に置いたら、どうかしら?こうなっては、暫く外にも出せませんし」
父上は、ふんっと鼻を鳴らして手を振った
「家門を名乗ることも、もう許さん。髪も伸ばすなよ」
背中を向けた父上と母上に頭を下げて、燕核の小さな手に引かれる
「……桂林、今日からずっと、一緒だね」
燕核の言い方に、ぞくりとしたものを感じる。まるで善寿と同じような、うっとりとした物言いに気持ち悪さを感じながらも、燕核と共に部屋に戻った
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