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しおりを挟む「しかし選定の儀は明日から…つまり門出は明日から、安心したか?さっさとその人豚どもを連れていけ」
本当に猿のように甲高い声で笑うと、皇帝が合図したので嬰林達は引き摺られていってしまう
何とも言えない静寂が宮廷に訪れる
「花嫁達よ、其方達にはそれぞれ離宮を用意した。今日は存分に寛がれよ。明日から選定の儀が始まる。五家…いや、四家から一人だけが国母となる選定なので互いに励むように」
もう誰も喋らなかった。ただ平伏し、頭を垂れる
やがて雅楽が奏でられ、猿の干物のような皇帝は上機嫌に退出していく
横目には気絶した葵や、泣きじゃくりながら首を振る胡桃、呆然としている松末達がいた
三宜自体もショックで口も聞けない
三宜は侍従達に抱き起こされながら、長年仕えてくれている侍従の日出というオメガ女性に縋って泣いてしまった
あまりに恐ろしく悍ましい皇帝に誰も逆らえない悲哀が漂っていた
「三宜、お前皇帝と知り合いなのか?」
松末がぽつりと呟いたが、三宜は日出に縋ったまま首を振る
「父親はともかく、俺が知り合いなわけないだろう…!それより、嬰林が…嬰林が…」
五家の子息達は学生時代に同じ学習院だったので、それぞれ顔見知りで幼少から一緒だったので相手の性質は解る
あんなに高慢で誇り高く美しい嬰林が簡単に、引き摺られていき泣いていて三宜はショックだった
本当に皇帝が言う通りに嬰林はひどい事をされるのだろうか?
「そ…そうだよな。でも、これなら三宜、お前が選ばれるだろう。どんまい」
泣きながら松末に肩を叩かれて、三宜はがたがたと体が震え出した
選定の儀に選ばれる?あんな残酷で冷酷な猿の干物みたいな男に嫁ぐ?
冗談ではない
松末に言い返そうとすると、侍従達に止められた
多分、此処での発言は誰に聞かれているか解らないからだろう
唇を噛んで三宜が退出しようとすると、侍従達も付き従う
日出に体を支えられながら外に出ると、足元から生温い生臭い風が吹き、気分が最悪に落ちていく
呼ばれた輿に侍女達と乗ると、三宜は冷や汗が流れた額を手で覆った
こんな世界で本当に生きていけるのだろうか?
簡単にあの強くて綺麗な嬰林が引き摺られて行ってしまい、気味の悪い皇帝がニチャリと笑う姿が脳裏に浮かび具合が悪くなる
「……ごめん、少し止めて…風に当たりたい」
本当に気持ち悪かった。喉から迫り上がってくる吐き気を堪えながら、三宜は腕を支えられながら輿から降りて近くにあった東屋で座り込み深く息を吸い込む
色々衝撃的な事がありすぎて、心臓がまだばくばくと脈打っていた
そよそよと流れる生温い風に、目を閉じる
すると鼻腔に懐かしいような、甘いような匂いがする
微かな香りに心を掴まれたような衝撃に三宜は目を見開く
〝運命の番”
御伽話か絵空事だと思っていた。運命の番とは特別な番で会った瞬間に解るという
胸にすとんと入ってきて頭に浮かんだのはその言葉だった
次に浮かんだのは身の毛のよだつ悪寒だ
ここで運命の番に出会ってしまっては身の破滅しかないだろう
しかしこの匂いは恋しくて狂いそう
でもそうはいかない
何故なら三宜は選定の儀で皇帝への嫁入り候補なのだ
面子が全ての世界で、あの皇帝の面子を汚したとあればどんな目に遭うか
三宜だけならともかく、家をも巻き込んでしまうだろう
惹かれる微かな匂いを振り払うように三宜は立ち上がった
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