キツネの嫁入り

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「早く出して…!急いで離宮へ」

早歩きで輿に乗り込んで出立してから爪を噛む

絶対に出会ってはいけないし、誰だか認知する事すら危ういだろう

しかし、ほんの少しだけでいい。匂いもう少し嗅ぎたい

誘惑に駆られ、日出に少し輿の御簾を上げてもらうと三宜も体の力を抜く

離宮の灯りの端に人が集まっているように見える

あの中に、いるのだろうか?俺の運命の番…

ぼんやりと外を眺めていた三宜は見てしまった

距離はあったが、人だかりの中、灯りに照らされた豊かな黒髪は流れるようで、飛び散る血は少しも嬰林の美しさを損なわせない

綺麗な嬰林の口端は泡を吹いており、四肢は無く真っ赤な衣装の袖と裾は切り取られており、ぐっしょりと濡れていた

衣装なのか血なのか解らない肢体に三宜は息を飲む

厠の前だろう、其処の甕に立て掛けるように嬰林の侍女たちも同じ姿で並べられていた

「……………うぷっ」

三宜が口を押さえると、気付いていない日出や侍女たちが三宜の体を支える

「……し…閉めて、御簾、下ろして…早くっ!!」

自分の体を抱きしめながら、震え上がって泣く三宜に侍女達は戸惑いながら御簾を下す

ちょっとでも、運命の番の匂いを嗅ぎたいと思ってしまった罰だろうか?

此処は恐ろしい場所だ

日出に背中を摩られながら三宜が泣きじゃくっていると、いつの間にか離宮に着いていて、湯浴みをして体を磨き上げられ準備されていた寝具に横になっていた

贅を尽くされた離宮は宮廷だけあって豪奢で、寝具も絹で刺繍が施されており、一級品だと一目でわかる。これだけで平民は一生暮らしていけるような値段の代物ばかりだ

血も凍る宮廷で、三宜の拠り所はない

月家とて普通の高官ではない。領地には軍部もある月家の嬰林であの扱いでは、自分だけは大丈夫だとは思えない

ぐしぐしといつまでも泣いている三宜に、日出が温かいお茶を淹れてくれた

「あまり泣いていると、そのお姿を咎められるかもしれません。お腹を温めたら、怖い事なんてないですよ、三宜様、さあ」

侍女の日出も今日は怖かっただろうに優しく微笑みながら三宜の手を取ってくれる

小さな頃から、ずっと一緒にいた日出は主従関係だが友達のようでもあった

「ありがとう、日出。そうだよな、泣いたら駄目だよな…」

ちびちびと熱いお茶を飲めば、胃の腑に温かさが広がって気持ちもましになる

「そうですよ。此処は宮廷です。考えや表情を読まれてはいけません」

いつになく必死で真剣な日出の言葉に頷く

「明日にならなきゃいいのに……」

呟いた三宜の言葉に、日出は肩を抱いてくれて、いつまでも一緒にいてくれた














次の日、腫れ上がった目を日出に冷やされながら三宜は着替えていた

いつも引っ詰めの髪を纏めて、小柴の犬のような見た目の日出が走り回っていた

「未の刻に昨日集まった広場に集まらなければなりません。今日も飾り紐で髪を結い上げましょう。赤いお衣装と青どちらにされますか?赤のお衣装の方がオメガらしさを引き出せるかと思いますが」

そう言われた三宜の脳裏に昨日の嬰林の姿が思い浮かぶ

赤い鮮やかな衣装の嬰林の最後の姿を

かたかたと指先が震える

「…青、青でお願い」

真っ青になった三宜に、侍女達はテキパキと青い鳥の紋様が入った着物を着せていく

「せ、選定の儀って、何をするのかな」

気分を変えるように三宜が務めて明るく言うと、侍女達が安心したように息を吐いたのが解った

怖いのは三宜だけではないのだ

侍女達も三宜に何かあれば、蕭家に殺される

自分達の命が懸っているのに主人がずっと怯えていては侍女達も不安でいっぱいになるだろう

「1ヶ月も期間がありますもの、きっと花や刺繍か…一応武術もあるそうですよ」

柔らかに笑う日出に頷いて見せる

もう選ばれる選ばれないは関係ない、いや選ばれたくないのだけれど、生きて帰りたい気持ちの方が強い

「武術はなんとかなるけど、花や刺繍は自信ないなあ」

唇に引かれた紅を舐めていたら日出に睨まれた

「もう、せっかくお化粧したのに!子供みたいにおやめくださいませっ」

「うっ…ごめん、慣れなくて…日出、時間大丈夫かな?遅れられないから」

呆れた顔をした日出に手を引かれながら編み込みの下履きを履き、輿に乗る

日出が御簾を上げようとしたが、三宜は手で制した

外を見たくない

それよりも、三宜の顔が紅潮していく

昨日、微かに香った甘い匂い、運命の番の香りが三宜が座っていた辺りを重点的に輿にべっとりと強い香りが塗り込まれていたのだ

オメガである侍女達が眉を顰めるほどに

「ん?アルファの匂いがしますね?なんでしょうか…強烈ですね…護衛を増やさないといけないですね。三宜様、大丈夫ですか?念の為、抑制剤を飲みましょう」

日出は嫌そうに言いながら抑制剤を三宜に飲ませて首を傾げていたが、三宜の胸は震えるほど嬉しさが込み上げてきていた

運命の番が自分を欲してくれているのではないのだろうかと

あんな悍ましい皇帝に嫁ぐのだけは嫌だ

まだ見ぬ運命の番と結ばれたい

そう思ってしまった

しかし、それは叶わぬ願い。選定の儀が終わるまでは思ってもいけない事

三宜はそっと目を伏せてニヤけてしまう口元を袂で隠した

運命の番が現れて誰かが、この場所から連れ出してくれるといい

夢想しながら輿に揺られ、宮廷に着いた時は皆一様に暗い表情だった

気の優しい胡桃は目の下に隈まで出来ている

松末ですらいつも溌剌としているのに冴えない表情だ

葵は倒れてしまっただけに疲れた表情で今にも倒れそうだ
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