キツネの嫁入り

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「三宜、覚えてる?ここで初めて会話したよね?」

清順の屈託ない笑顔に三宜も警戒心を緩めて頷く

会って話をしているのが外で、これだけ人がいるのならば問題はない

それよりも、清順が自分を覚えてくれていて嬉しい

「はい、覚えています。清順様はまだ少年でしたね」

「良かった。約束も覚えてる?」

清順の大きな手が三宜の手を取り、俄かに日出達に緊張が走ったのがわかる

噂にでもなったら、身の破滅だ

あの皇帝は醜聞など許さないだろう。皇子である清順はともかく、噂になった時点で三宜はあっさり殺されるだろう

覗き込んでくる輝いているような、ぬばたまの瞳が恐ろしい

「約束?その、俺も小さかったので…清順様とお約束があったでしょうか…」

清順に触れられている部分が火傷をしそうなくらい熱い。声も震えている。

〝僕のものだよ”

あの日の清順の声が蘇ってくる

そんな訳がない。自分なんて欲しがってくれるわけがない。

火で炙られているような離れ難い感触は、あっさりと次の瞬間には離れていく

残念に思ってはいけないのに三宜は手を握り唇を噛んだ

「…………蕭家の武芸の話だったね」

次の瞬間の清順のあまりの雰囲気に三宜は顔を上げられなかった

激しい怒りのような悲しみのような、先程までの朗らかな声と打って変わった硬い声色に緊張が走る

嫌われてしまっただろうか?

萎縮する気持ちと胸がぎゅうと締め付けられるように苦しい

「あ……、俺は…その、武芸とか…よく解らなくて…」

涙が溢れそうで、その場から逃げ出してしまいたい気持ちに駆られる

上手く答えられない自分が嫌になり、もじもじと衣装の袂を掴む

「そう…?そっか…なら時間取らせて悪かったね、ありがとう」

誰もが清順の存在に狂うのだろう、完璧な彼からの返事は冷たいものだった

返ってきた気怠げな清順の言葉に、三宜の気持ちは奈落にまで落ちていくようだった

じんわりと涙まで滲んでくる

どうしてもっと上手く振る舞えないのだろう

「あ、あ…申し訳なかったです。それでは……」

涙を見られないように俯いたまま三宜は、その場を後にする

気分は最悪だった。清順に嫌われてしまったに違いない

初めて会った時から、清順に惹かれている

それなのに上手く返答も出来ずに、嫌われてしまった

暫く歩くと、日出が追いついてきて、輿に乗るように促してきたので日出にしがみついて泣きじゃくりながら輿に乗る

「三宜様、良かったんですよ。皇帝の後継の清順様と噂になるだけでも考えるだに恐ろしい。あら?この匂い……?」

背中を撫でてくれる日出に甘えるように涙も拭いてもらう

長年一緒にいる日出には、いつにない振る舞いから三宜の気持ちはとっくにバレてしまっているだろう

「そうだね、関わっていい相手じゃないよね……」

日出は難しい顔をしたまま、眉間に皺を寄せている。しかし三宜が再び泣き出したので言いかけた言葉を飲み込んだようだった

間違いなく清順は三宜の初恋だったのだ

その初恋の人から嫌われたかもしれない

惹かれてはいけない相手だが堪らなく魅惑的な清順が三宜は欲しかった

それでも彼を愛してはいけない

この気持ちに正直になれば、どんな事が起こるのか考えたくもない

「疲れた…、早く帰って休みたい…」

日出に呟いたが、日出は首を振った

「噂にならぬよう、広場に戻らなければ。歓談が短く済んだとわかれば、妙な事にならないでしょう。しかし、泣き顔はまずいかも知れませんね…冷やしましょう」

ぎゅうと日出の袂を掴むと、幼い頃のように頭を撫でてくれる

「三宜様、ここは宮廷です。誰にも心を許してはいけませんし、挙動に気をつけないと」

ぽんぽんと背中を叩いてくれる日出に頷く

そうだ、たまたま今回は脚を引っ張られるのは考えにくいにしても、外に出たら落ち度や誰かに責めさせる材料を与えてはならない

「ごめんね、ちゃんとするから……日出、俺、ちゃんと上手くできるかな…」

「大丈夫ですよ!私たちの三宜様はいつもちゃんと上手くできています。心配しないで」

力強い日出の言葉に頷く

そのまま広場に帰ると、松末が心配そうに寄ってくる
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