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◆・◆ お品書き ◆・◆
とろーり半熟たまごのおつまみポテトサラダ
しおりを挟む寒い……。
足元から這いよってくるような冷気に思わず綾は両腕をさすった。
困惑しながら冷気の原因へと目を向ける。
店に入ってくるなり「ビール!」と見事な一気飲みを決めてすぐに机と懐いた美女を見て、それからそっと周囲へと視線を滑らす。
カウンターに座っていた妖艶ながらも大人し気な美女には首を振られた。
他の客も首を傾げたり、はたまた興味なさげに我関せず。
残念ながら事情を知る人はいないらしい。
……人じゃないけど。
「ええっと、雪音さん?いったいどうしました?」
意を決して問いかければ、モデル顔負けのストレートヘアの美女は顔をあげて瞳をうるっと潤ませた。
あ、やばい!!
瞬間的にそう思った。
だけど時すでに遅し、ぶわぁっと店内を先程の比じゃない冷気が襲った。
「……聞いて、ねぇ聞いてよ!」
「聞きます!聞きますから!!だからひとまず落ち着いてください!!お願いですから!!」
両手を前に出して必死に訴える。
名前でお察しの方も多いだろうが、雪音の正体は雪女。
触っただけで人や物を無意識に凍りつかせてしまう、なんていうことはないのだが感情が高ぶると冷気を放出しがちだ。
店内なのにちらほらと雪が降る周囲を見渡し雪音はくすんと涙を拭った。
なんとか吹雪は回避したものの、いつまた雪音が暴走するか気が気じゃない綾は慌てて料理を出す。ついでにビールのおかわりも。
「とろーり半熟たまごのおつまみポテトサラダです」
「……美味しそう」
コトリと置いた皿を前に思わずといった感じで漏れた雪音の言葉に、綾の顔に笑みが浮かぶ。
通常ならお客さまの注文が入ってからの提供だが、あやかし居酒屋「酔」は綾ひとりで回しているためあまりたくさんの種類は作れない。
なのでその日のお勧め料理を提供するスタイルだ。
以前出したポテトサラダは雪音に好評だったし、なによりいまは雪音の意識を他所へ向ける必要があった。切実に。
「前とは少し違うのね?」
「はい、前回はベーッシクなタイプのポテサラですね。今回は黒胡椒やベーコンの塩味でよりおつまみ感を出したポテサラです。お酒に合いますよ」
グリーンリーフを敷いた器の上にはこんもり盛られたポテトサラダ。
そのうえに半熟たまごが乗せられ、二段になったそれはややぺしゃんこな雪だるまのような不思議なフォルムだ。
そこへ雪化粧ならぬ黒胡椒がこれでもかとかけてある。
ポテトサラダの具材はじゃがいもと拍子木切りにされた厚切りベーコン、輪切りのきゅうりといたってシンプル。
箸を入れると濃い黄身の黄色がとろりと溢れ出して食欲をガツンと刺激する。
まずは一口。
瞳を開いて続けざまにもう一口食べてビールをぐびり。
「たしかにこれはお酒に合うわね。胡椒がすごく効いてるけど、マヨネーズとたまごの黄身がまろやかにしてくれるし、ベーコンの塩味とカリカリ感もすごくいい。大人のポテトサラダね」
ちびちびと口に運びながらお酒と交互に味わう姿にはいつもの笑顔が戻っていた。
その笑顔にほっと息を吐く。
だがしかし……これは一時しのぎに過ぎない。
なぜなら肝心の本題にはまだ入っていないのだから。
聞き役を押し付け合って周囲の客と視線で激しい応酬を交わす綾たち。
とりあえず、もうちょっと落ち着くまで待ちましょう。
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