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◆・◆ お品書き ◆・◆
鶏ささみの梅シソ串焼き 1
しおりを挟む袂に手を突っ込んだ九十九が取り出した扇子をパンっと払った。
途端、張めぐされていた蜘蛛の糸がはらりと落ちる。
自由になった綾は慌てて九十九の背後へと逃げ込んだ。
目の前でふよふよ揺れる尻尾の誘惑に手を伸ばしてモフりたい衝動に駆られるが、空気を呼んでぐっと我慢した。
自重大事。
「さて、どうするかの。攻撃してはならんのだろう?」
「当ったり前でしょ?!絶対だめよ!!」
面倒そうに言う九十九に雪音が吠える。
綾も背後でうんうんと頷いた。
「……なにをしているんだ?」
引き戸が開き、入店した羅刹が店内の状況に怪訝な声を上げた。
だけど九十九と対峙する糸織の表情を見てすぐに状況を悟ったようだ。
彼女の酒癖は羅刹も知っている。
下がっていろとばかりに綾は腕を引かれた。
九尾の妖狐と鬼の統領、どうあっても敵わない相手二人に糸織が口惜しそうに一歩下がる。
それでも嫣然とした表情は崩れず、媚びるような上目遣いで唇をぺろりと舐める仕草がぞっとする程に色っぽい。
綾や雪音にじゃれていた時とはまた違う、獲物を狙う瞳の色。
そもそも女郎蜘蛛は雄を喰らう習性があるらしい。
妖力が高い彼らは糸織からすれば恐ろしい相手であると同時にとんでもなく美味しそうなご馳走でもある。
ちなみに、一部の男性が怯えていたのはそのためです。
こちらの喰らうは色っぽい意味合いではなく物理的になので彼女より妖力が弱いあやかしには死活問題。
普段のお淑やかな糸織は男性客にも人気だが、酔った彼女はまごうことなく“危険な女”なのである。
ある意味、女郎蜘蛛というあやかし的にはこっちの性格の方がしっくりくるが。
「糸織ちゃん、糸織ちゃん」
ゆるい声が糸織を呼んだ。
パンク系のファッションに身を包んだ青年が彼女へと近づく。
「はい」と差し出したその手には小さなショットグラス。
「なぁに?」
「お酒。今日は飲みたい気分、なんでしょ?」
「あら、気が利くじゃない」
褒めるように青年の頬を撫で、グイっと呷った糸織の身体がぐらりと崩れた。
崩れ落ちたその肢体を危なげなく抱き留め、左手で落ちかけたショットグラスを掴んだ青年はそのまま器用に親指を立ち上げる。
「テキーラ」
お酒があまり強くなく、酔うと豹変する糸織。
そんな彼女はさらに呑ませると、寝落ちするのだ。
「タロくん、ナイスですっ!!」
「でかしたわっ!太郎!」
倒す、という意味合いなら九十九や羅刹には簡単だ。
だが彼女は敵でなく、酔っぱらっているだけ。
元の糸織を知る綾たちとしては荒事は避けてほしい。
なので無事この場を収めた青年に綾と雪音は拍手喝采。
「とりあえず、座敷に寝かして、いい?」
軽々と糸織を抱き上げ、他の客が布団代わりに座布団を手早く並べた上に彼女を寝かす。
すやすやと眠る美女はいつもの彼女を思わせる穏やかさだ。
「本当にありがとう、タロくん」
先程まで糸織が座っていた雪音の隣に腰かけた太郎たちに料理を置きながら綾は改めて礼を言った。
長方形の角皿に乗せたのは鶏ささみの梅シソ串焼き。
筋を取った鶏のささみを一口大にして串に刺しごま油で焼いたものに、叩いて酢で伸ばした梅肉と千切りにした大葉を乗せた一品だ。
焼くのはフライパンで調理できます。
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