あやかし居酒屋「酔」

文字の大きさ
12 / 33
◆・◆ お品書き ◆・◆

鶏ささみの梅シソ串焼き 1

しおりを挟む


たもとに手を突っ込んだ九十九が取り出した扇子をパンっと払った。
途端、張めぐされていた蜘蛛くもの糸がはらりと落ちる。

自由になった綾は慌てて九十九の背後へと逃げ込んだ。

目の前でふよふよ揺れる尻尾の誘惑に手を伸ばしてモフりたい衝動に駆られるが、空気を呼んでぐっと我慢した。
自重大事。

「さて、どうするかの。攻撃してはならんのだろう?」

「当ったり前でしょ?!絶対だめよ!!」

面倒そうに言う九十九に雪音が吠える。
綾も背後でうんうんと頷いた。

「……なにをしているんだ?」

引き戸が開き、入店した羅刹が店内の状況に怪訝な声を上げた。

だけど九十九と対峙する糸織の表情を見てすぐに状況を悟ったようだ。
彼女の酒癖は羅刹も知っている。

下がっていろとばかりに綾は腕を引かれた。

九尾の妖狐と鬼の統領、どうあっても敵わない相手二人に糸織が口惜しそうに一歩下がる。
それでも嫣然えんぜんとした表情は崩れず、媚びるような上目遣いで唇をぺろりと舐める仕草がぞっとする程に色っぽい。

綾や雪音にじゃれていた時とはまた違う、獲物を狙う瞳の色。

そもそも女郎蜘蛛ジョロウグモは雄を喰らう習性があるらしい。
妖力が高い彼らは糸織からすれば恐ろしい相手であると同時にとんでもなく美味しそうなご馳走でもある。

ちなみに、一部の男性が怯えていたのはそのためです。

こちらの喰らうは色っぽい意味合いではなく物理的になので彼女より妖力が弱いあやかしには死活問題。

普段のお淑やかな糸織は男性客にも人気だが、酔った彼女はまごうことなく“危険な女”なのである。

ある意味、女郎蜘蛛ジョロウグモというあやかし的にはこっちの性格の方がしっくりくるが。

「糸織ちゃん、糸織ちゃん」

ゆるい声が糸織を呼んだ。

パンク系のファッションに身を包んだ青年が彼女へと近づく。
「はい」と差し出したその手には小さなショットグラス。

「なぁに?」

「お酒。今日は飲みたい気分、なんでしょ?」

「あら、気が利くじゃない」

褒めるように青年の頬を撫で、グイっと呷った糸織の身体がぐらりと崩れた。

崩れ落ちたその肢体を危なげなく抱き留め、左手で落ちかけたショットグラスを掴んだ青年はそのまま器用に親指を立ち上げる。

「テキーラ」

お酒があまり強くなく、酔うと豹変ひょうへんする糸織。

そんな彼女はさらに呑ませると、寝落ちするのだ。

「タロくん、ナイスですっ!!」

「でかしたわっ!太郎!」

倒す、という意味合いなら九十九や羅刹には簡単だ。
だが彼女は敵でなく、酔っぱらっているだけ。
元の糸織を知る綾たちとしては荒事は避けてほしい。

なので無事この場を収めた青年に綾と雪音は拍手喝采。

「とりあえず、座敷に寝かして、いい?」

軽々と糸織を抱き上げ、他の客が布団代わりに座布団を手早く並べた上に彼女を寝かす。
すやすやと眠る美女はいつもの彼女を思わせる穏やかさだ。

「本当にありがとう、タロくん」

先程まで糸織が座っていた雪音の隣に腰かけた太郎たちに料理を置きながら綾は改めて礼を言った。

長方形の角皿に乗せたのは鶏ささみの梅シソ串焼き。

筋を取った鶏のささみを一口大にして串に刺しごま油で焼いたものに、叩いて酢で伸ばした梅肉と千切りにした大葉を乗せた一品だ。

焼くのはフライパンで調理できます。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

落ちこぼれ公爵令息の真実

三木谷夜宵
ファンタジー
ファレンハート公爵の次男セシルは、婚約者である王女ジェニエットから婚約破棄を言い渡される。その隣には兄であるブレイデンの姿があった。セシルは身に覚えのない容疑で断罪され、魔物が頻繁に現れるという辺境に送られてしまう。辺境の騎士団の下働きとして物資の輸送を担っていたセシルだったが、ある日拠点の一つが魔物に襲われ、多数の怪我人が出てしまう。物資が足らず、騎士たちの応急処置ができない状態に陥り、セシルは祈ることしかできなかった。しかし、そのとき奇跡が起きて──。 設定はわりとガバガバだけど、楽しんでもらえると嬉しいです。 投稿している他の作品との関連はありません。 カクヨムにも公開しています。

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

【完結】僻地の修道院に入りたいので、断罪の場にしれーっと混ざってみました。

櫻野くるみ
恋愛
王太子による独裁で、貴族が息を潜めながら生きているある日。 夜会で王太子が勝手な言いがかりだけで3人の令嬢達に断罪を始めた。 ひっそりと空気になっていたテレサだったが、ふと気付く。 あれ?これって修道院に入れるチャンスなんじゃ? 子爵令嬢のテレサは、神父をしている初恋の相手の元へ行ける絶好の機会だととっさに考え、しれーっと断罪の列に加わり叫んだ。 「わたくしが代表して修道院へ参ります!」 野次馬から急に現れたテレサに、その場の全員が思った。 この娘、誰!? 王太子による恐怖政治の中、地味に生きてきた子爵令嬢のテレサが、初恋の元伯爵令息に会いたい一心で断罪劇に飛び込むお話。 主人公は猫を被っているだけでお転婆です。 完結しました。 小説家になろう様にも投稿しています。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

聖女の、その後

六つ花えいこ
ファンタジー
私は五年前、この世界に“召喚”された。

処理中です...