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◆ 弐 ◆
しおりを挟む夢見が悪い日はつきがない。
それはもう何年も前から弥生の中で居付いた想いだ。
思い込み、というのはあるかもしれない。
例えば茶柱が立った日は道端の花を見かけただけでも「今日はいい日だ」と気分があがる。そんなふうに日常の中に珍しくないちょっとしたことでも意味を見出してしまうだけかもしれない。
それでも弥生は辟易した想いで男の相手をしていた。
目の前のにやにやと笑みを浮かべた男はしきりに弥生に話しかける。
名はたしか、文次といったか。
生駒屋は主人夫婦自らが先に立って働いている。
客あしらいもお内儀のお妙らが自らこなす。
生駒屋としては若く器量もいい弥生にはゆきと一緒に看板娘の役割を担ってほしいところだ。
だが、店表に出るのを厭う弥生の想いを汲んで、普段は幼いおりんの世話や厨に立って飯を炊いたり、袋物を仕立てたりの仕事が多い。
寸の間、お妙が所用で外し店番を任されたときのことだった。
「弥生ちゃんはどんなのが好みだい?」
店の商品を見渡して文次が聞く。
贈り物に迷って、という風ではない。
そもそも文次の興味は商品ではなく別に向いているのは明らかだ。
「なぁ、弥生ちゃんは誰かいいひとはいないのかい?そんな別嬪さんなのにもったいねぇ」
そういって文次は商品でなく弥生の手を取ろうとした。
つ、と身を引くことで回避する。
客でもあるから強く出れないのが恨めしい。
最近はこういうことも減ったのに、心の中でそう零す。
一時、それこそ弥生が生駒屋で働きはじめた折はこういうことも頻繁にあった。だが弥生の人柄が知れるにつれ、そういったことは減っていった。
誰だってなびかないどころかにこりともしない女より、愛らしく頬を染めてくれる女に声をかける方がいいだろう。
手を避けられ、文次の表情がちょいと歪んだ。
鼻白む表情を押し隠し、作られた笑顔が弥生に向いた。
「聞いたよ。天涯孤独なうえ、前の勤め先じゃ火事にあったんだって?そりゃ気の毒なことだがそれだって別に珍しいことじゃない。もう二年も経つんだろ?弥生ちゃんはまだ若いんだ。所帯をもって子供を産んでいくらでも幸せになれる。いや、ならなくちゃならねぇ」
ぴくりと小さく肩が強張った。
氷の欠片を差し込まれたように胸が冷たく冷える。
「お求めのお品はなんですか?」
だから、と続きそうな文次の言葉を遮って弥生は聞いた。
努めて平静な声を出し、ぎこちない笑顔を添えて文次を見れば呆気にとられたかのような顔をしていた。
哀し気にまつ毛を伏せて涙ぐむとでも思ったか、それとも自分を想ってくれる優しさにぽっと頬を染めるとでも思ったか。
どちらにせよ文次の算段は外れた。
「弥生ちゃ……」
「弥生」
文次の声に被せるように呼び掛けられた。
「悪かったね。用事は終わったからあんたは戻りな。そろそろ昼ごはんの支度をしないと間に合わないからね」
「わかりました」
きびきびしたお妙の声に応え、軽く文次に頭を下げて奥へと向かう。
背後からはお妙の声と、やけにおどおどした文次の声が聞こえてきた。
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