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第4話:虚飾の帝王、誠実の土
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——よっつめの後悔:全能の力を私欲に変え、友の魂を売った日——
病室の窓外には、世界を救った青空が広がっている。枕元には、かつて自分が救った家族たちの肖像画がある。だが、九十九歳の石川慎一郎にとって、それらは「誰かが成し遂げた、自分には関係のない奇跡」に見えていた。 名前が思い出せない。顔が認識できない。 三つの後悔を解消するたびに、慎一郎の魂からは「自分という人間を形作る記憶」が剥ぎ取られていった。かつての彼は、世界を動かす経済の巨人であり、宇宙の英知を預かった預言者であり、家族を愛する父であったはずだ。しかし今、そのすべてが記号となり、砂となって消えゆこうとしている。
「……まだ、終わらせるわけにはいかない」 震える指先で、彼は胸の奥に燻る、どす黒い記憶をまさぐった。 四つ目の後悔。 それは、第2話で宇宙人から授かった「清浄エネルギー技術」という全能の力を、人類の救済ではなく、自らの欲望を満たすための「凶器」へと変えてしまった、最も醜悪な時代の記憶だった。 激しい目まいに襲われ、慎一郎の視界は、黄金と裏切りに彩られた一九八〇年代へと逆行していく。
——一九八〇年代。バブル経済の絶頂期。 慎一郎は「世界を救う技術」を独占する、文字通りの支配者だった。 宇宙人から授かったクリーンエネルギーの特許を、彼は巧妙に自らのペーパーカンパニーで包囲した。技術を無償で提供すると誓ったかつての自分を嘲笑うかのように、彼はライバル企業を次々と買収し、不当な高値でエネルギーを売り捌いた。 贅の限りを尽くした、六本木の超高級ホテルのスイートルーム。 「慎一郎、もうやめるんだ。この技術は、人類全員のものだって約束しただろ」 目の前で、ボロボロの作業着を着た男が叫んでいる。 それは、第一話で共に夢を語り合ったはずの「最高の相棒(康介)」だった。だが、この時の慎一郎にとって、彼はただの「理想を掲げる邪魔な平社員」に過ぎなかった。
「康介、お前は甘いんだよ。力は、持つべき者が独占してこそ意味がある。この技術は、俺たちのための『打ち出の小槌』だ」 「お前……変わっちまったな。昔の、あのみすぼらしいアパートでアンパンを分け合った慎ちゃんは、どこへ行ったんだ!」 慎一郎は冷笑し、セキュリティを呼んだ。 「その男を追い出せ。二度と、俺の前に現れるな」 康介の、絶望と軽蔑の混じった瞳。それを見捨てた瞬間、慎一郎は「人間」であることをやめ、ただの「金を生む機械」へと成り下がった。 その後、康介は独自に技術を公開しようとしたが、慎一郎の圧力によって社会的に抹殺され、失意のうちにこの世を去った。
(……この手は、汚れていた。力を持つ資格など、俺にはなかったんだ)
慎一郎の意識が、エネルギッシュで傲慢な「帝王」の肉体に宿る。 一九八〇年代、喧騒とシャンパンの泡の匂い。 目の前には、警備員に連れ出されようとしている、怒りに顔を真っ赤にした康介がいる。
「待て」 慎一郎の声が、冷たく響く。 「……慎一郎、まだ何か言い足りないのか」 康介が立ち止まり、睨みつける。 慎一郎は立ち上がり、手に持っていたクリスタルグラスを床に叩きつけた。粉々に砕け散る。 「……その通りだ、康介。俺は、狂っていた。この部屋も、この金も、この力も……すべては砂の上の楼閣だ」 「何……?」 「警備員、下がれ。……康介、俺を殴れ。今すぐだ」
慎一郎は、かつて自分が捨てた親友の前に、無防備に立った。 康介の戸惑いは一瞬だった。咆哮と共に放たれた拳が、慎一郎の頬を捉える。床に転がり、口の中に鉄の味が広がる。 「目が覚めたか、石川慎一郎!」 「……ああ。おかげさまでな」 慎一郎は血を拭い、笑った。その笑顔は、帝王のそれではなく、あのボロアパートで夢を語り合った頃の「慎ちゃん」の顔だった。
慎一郎の「やり直し」は、これまでのエピソードの中で最も困難なものだった。 彼は自らが築き上げた巨大なエネルギー帝国を、自らの手で解体し始めたのだ。 「石川社長は気が狂ったのか!?」 株主や役員たちは激怒し、彼は瞬く間に「裏切り者」として追放された。莫大な個人資産は訴訟費用に消え、彼は数ヶ月の間に、広大な屋敷から安アパートへと転落した。
だが、彼の横には康介がいた。 「慎ちゃん、ひどい部屋だな。昔に戻ったみたいだ」 「ああ……。だが、不思議と、あのスイートルームにいた時よりよく眠れるよ」 二人は、宇宙人の技術を完全にオープンソース(無償公開)にするための、世界規模のキャンペーンを開始した。 慎一郎は、かつて自分が作り上げた「独占の仕組み」を自らハッキングして破壊し、技術の全貌をインターネットの黎明期に流し込んだ。 それは世界を震撼させた。 一部の権力者が独占していた「無限のエネルギー」が、貧しい国々の村々へ、砂漠の灌漑施設へと、文字通り「光」として届き始めたのだ。 慎一郎と康介は、その後、小さな非営利の研究機関を設立し、生涯を技術の平和利用に捧げた。地位も名誉も、かつての半分以下だった。だが、彼らが街を歩けば、その技術によって救われた人々が、心からの感謝を込めて彼らに微笑みかけた。
数十年後。書き換えられた未来の慎一郎は、康介の病床に寄り添っていた。 二人は、老人となった今も、対等な親友だった。 「慎ちゃん……あの時、殴らせてくれて、ありがとうよ」 康介が、震える声で言った。 「よせよ。おかげで俺は、人間として死ねるんだ」 二人は笑い合い、固く握手を交わした。その光景こそが、慎一郎が手に入れたかった「真の成功」の風景だった。
だが——。 病室の窓から差し込む光が、突如として激しさを増す。 「……! また、来るのか」 慎一郎は、康介の温かい手の感触を、魂に刻み込もうとした。 だが、非情なタイムリープの潮流が、彼を「現在」へと引き戻していく。
——九十九歳の病室。 慎一郎は喘ぎながら、目を開けた。 視界に入るのは、もはや「経済界の重鎮」としての証拠ではない。 そこにあるのは、世界中の子供たちから届いた、稚拙だが色鮮やかな感謝の絵と、質素な「平和貢献賞」の小さなメダルだけだった。
「……成功だ。康介、俺たちは……」 その言葉が、唇の上で凍りついた。
……康介。 今、自分が口にした名前。それは、誰だ? 自分と共に、泥にまみれて戦った、あの男の貌が。 自分を殴り、目を覚まさせてくれた、あの痛烈な拳の感触が。 まるで熱風に晒された氷細工のように、一瞬で溶け、消え去っていく。
「……? 私は、誰と戦っていたのだ?」 慎一郎は、サイドテーブルに置かれた二人で写ったはずの「写真」を見る。 そこには、自分と、もう一人。知らない男が写っている。 その男の顔を見るだけで、なぜか胸が締め付けられ、涙が止まらない。だが、名前が出てこない。彼とどんな約束をしたのかも、もう、一片の欠片すら残っていない。
四つ目の後悔は昇華された。 しかし、慎一郎の人生からは、ついに「友情」という概念の柱さえも折れ去った。 彼は、自らが救った世界で、自らの功績を知らぬまま、ただの「老いた魂」へと近づいていく。
カレンダーの数字が、また一枚、虚空へと崩れ落ちる。 残された時間は、あと六日。 そして、五つ目の後悔。 それは、遠い異国パリでの、最も美しく、最も残酷な「愛」の物語——ソフィーへの未練が、彼を招いていた。
病室の窓外には、世界を救った青空が広がっている。枕元には、かつて自分が救った家族たちの肖像画がある。だが、九十九歳の石川慎一郎にとって、それらは「誰かが成し遂げた、自分には関係のない奇跡」に見えていた。 名前が思い出せない。顔が認識できない。 三つの後悔を解消するたびに、慎一郎の魂からは「自分という人間を形作る記憶」が剥ぎ取られていった。かつての彼は、世界を動かす経済の巨人であり、宇宙の英知を預かった預言者であり、家族を愛する父であったはずだ。しかし今、そのすべてが記号となり、砂となって消えゆこうとしている。
「……まだ、終わらせるわけにはいかない」 震える指先で、彼は胸の奥に燻る、どす黒い記憶をまさぐった。 四つ目の後悔。 それは、第2話で宇宙人から授かった「清浄エネルギー技術」という全能の力を、人類の救済ではなく、自らの欲望を満たすための「凶器」へと変えてしまった、最も醜悪な時代の記憶だった。 激しい目まいに襲われ、慎一郎の視界は、黄金と裏切りに彩られた一九八〇年代へと逆行していく。
——一九八〇年代。バブル経済の絶頂期。 慎一郎は「世界を救う技術」を独占する、文字通りの支配者だった。 宇宙人から授かったクリーンエネルギーの特許を、彼は巧妙に自らのペーパーカンパニーで包囲した。技術を無償で提供すると誓ったかつての自分を嘲笑うかのように、彼はライバル企業を次々と買収し、不当な高値でエネルギーを売り捌いた。 贅の限りを尽くした、六本木の超高級ホテルのスイートルーム。 「慎一郎、もうやめるんだ。この技術は、人類全員のものだって約束しただろ」 目の前で、ボロボロの作業着を着た男が叫んでいる。 それは、第一話で共に夢を語り合ったはずの「最高の相棒(康介)」だった。だが、この時の慎一郎にとって、彼はただの「理想を掲げる邪魔な平社員」に過ぎなかった。
「康介、お前は甘いんだよ。力は、持つべき者が独占してこそ意味がある。この技術は、俺たちのための『打ち出の小槌』だ」 「お前……変わっちまったな。昔の、あのみすぼらしいアパートでアンパンを分け合った慎ちゃんは、どこへ行ったんだ!」 慎一郎は冷笑し、セキュリティを呼んだ。 「その男を追い出せ。二度と、俺の前に現れるな」 康介の、絶望と軽蔑の混じった瞳。それを見捨てた瞬間、慎一郎は「人間」であることをやめ、ただの「金を生む機械」へと成り下がった。 その後、康介は独自に技術を公開しようとしたが、慎一郎の圧力によって社会的に抹殺され、失意のうちにこの世を去った。
(……この手は、汚れていた。力を持つ資格など、俺にはなかったんだ)
慎一郎の意識が、エネルギッシュで傲慢な「帝王」の肉体に宿る。 一九八〇年代、喧騒とシャンパンの泡の匂い。 目の前には、警備員に連れ出されようとしている、怒りに顔を真っ赤にした康介がいる。
「待て」 慎一郎の声が、冷たく響く。 「……慎一郎、まだ何か言い足りないのか」 康介が立ち止まり、睨みつける。 慎一郎は立ち上がり、手に持っていたクリスタルグラスを床に叩きつけた。粉々に砕け散る。 「……その通りだ、康介。俺は、狂っていた。この部屋も、この金も、この力も……すべては砂の上の楼閣だ」 「何……?」 「警備員、下がれ。……康介、俺を殴れ。今すぐだ」
慎一郎は、かつて自分が捨てた親友の前に、無防備に立った。 康介の戸惑いは一瞬だった。咆哮と共に放たれた拳が、慎一郎の頬を捉える。床に転がり、口の中に鉄の味が広がる。 「目が覚めたか、石川慎一郎!」 「……ああ。おかげさまでな」 慎一郎は血を拭い、笑った。その笑顔は、帝王のそれではなく、あのボロアパートで夢を語り合った頃の「慎ちゃん」の顔だった。
慎一郎の「やり直し」は、これまでのエピソードの中で最も困難なものだった。 彼は自らが築き上げた巨大なエネルギー帝国を、自らの手で解体し始めたのだ。 「石川社長は気が狂ったのか!?」 株主や役員たちは激怒し、彼は瞬く間に「裏切り者」として追放された。莫大な個人資産は訴訟費用に消え、彼は数ヶ月の間に、広大な屋敷から安アパートへと転落した。
だが、彼の横には康介がいた。 「慎ちゃん、ひどい部屋だな。昔に戻ったみたいだ」 「ああ……。だが、不思議と、あのスイートルームにいた時よりよく眠れるよ」 二人は、宇宙人の技術を完全にオープンソース(無償公開)にするための、世界規模のキャンペーンを開始した。 慎一郎は、かつて自分が作り上げた「独占の仕組み」を自らハッキングして破壊し、技術の全貌をインターネットの黎明期に流し込んだ。 それは世界を震撼させた。 一部の権力者が独占していた「無限のエネルギー」が、貧しい国々の村々へ、砂漠の灌漑施設へと、文字通り「光」として届き始めたのだ。 慎一郎と康介は、その後、小さな非営利の研究機関を設立し、生涯を技術の平和利用に捧げた。地位も名誉も、かつての半分以下だった。だが、彼らが街を歩けば、その技術によって救われた人々が、心からの感謝を込めて彼らに微笑みかけた。
数十年後。書き換えられた未来の慎一郎は、康介の病床に寄り添っていた。 二人は、老人となった今も、対等な親友だった。 「慎ちゃん……あの時、殴らせてくれて、ありがとうよ」 康介が、震える声で言った。 「よせよ。おかげで俺は、人間として死ねるんだ」 二人は笑い合い、固く握手を交わした。その光景こそが、慎一郎が手に入れたかった「真の成功」の風景だった。
だが——。 病室の窓から差し込む光が、突如として激しさを増す。 「……! また、来るのか」 慎一郎は、康介の温かい手の感触を、魂に刻み込もうとした。 だが、非情なタイムリープの潮流が、彼を「現在」へと引き戻していく。
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四つ目の後悔は昇華された。 しかし、慎一郎の人生からは、ついに「友情」という概念の柱さえも折れ去った。 彼は、自らが救った世界で、自らの功績を知らぬまま、ただの「老いた魂」へと近づいていく。
カレンダーの数字が、また一枚、虚空へと崩れ落ちる。 残された時間は、あと六日。 そして、五つ目の後悔。 それは、遠い異国パリでの、最も美しく、最も残酷な「愛」の物語——ソフィーへの未練が、彼を招いていた。
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