ライブ・エディット:世界を上書きする狂気の監督

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第6話:マスター・カット(創造主のハサミ)

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 世界は今や、狂った創造主が回し続ける巨大な配信チャンネルへと成り果てていた。  悠真のような「無名な観客」を次々と飲み込み、0と1の塵へと還元してアーカイブしていく瑞希のシステム。しかし、当の瑞希自身もまた、己の肉体の輪郭が日に日に曖昧になっていく感覚に苛まれていた。

 ふとした瞬間、自分の指先がテレビのカラーバーのように鮮やかに明滅し、視界の端には現実の風景を侵食するように「ノイズ」が混じる。思考の断片は、自分の意志とは無関係に「未整理のシステムログ」として脳内に溢れ出し、彼女は恐怖した。自分はまだ血の通った人間なのか、それとも、この地獄のシステムを回すためだけに用意された単なるプログラム(スクリプト)に過ぎないのか。

 その答えを求め、瑞希はかつて師事した伝説の編集者・笠原が潜伏する、国立メディアセンターの地下深く、「第零アーカイブ」へと向かった。そこは、地上の喧騒から切り離された、情報の墓場。あるいは、世界のバックアップデータが眠る聖域。

 地下五階。エレベーターの重い鉄扉が開くと、そこには無限に続く磁気テープの棚と、埃を被った何万台もの古いブラウン管モニターが、壁面を隙間なく埋め尽くしていた。空気は極限まで乾燥し、何千ものCPUが発する排熱によって、皮膚がひび割れるような電子の熱が支配している。

「笠原さん……そこにいるんでしょ。答えてよ、笠原さん!」

 瑞希の声に反応し、数千のモニターが一斉に点灯した。  各画面には、この数十年間に世界で起きたあらゆる惨劇、あらゆる歓喜、そして他人には価値のない「取るに足らない日常」が映し出されている。それらすべてを繋ぎ合わせるように、天井からは無数の銀色の光ファイバーケーブルが、巨大な蜘蛛の巣となって張り巡らされていた。

 その巣の中心に、一人の男が座っていた。  笠原。かつて「神のハサミ」と呼ばれ、いかなる駄作も傑作に組み替えると謳われた伝説の男。だが、今の彼の姿は、瑞希の想像を絶する異形と化していた。

 彼の肉体は車椅子に固定されているのではない。身体の右半分が巨大なサーバーラックの筐体と癒着し、血管の代わりに極細のケーブルが肌を突き抜けて這い回っている。左右の眼球はすでに摘出され、代わりに放送用の超高性能ズームレンズが二つ、不気味な機械音を立てて瑞希にフォーカスを合わせた。

『来たか、瑞希。……ふむ、いい解像度だ。お前はもう、半分以上「こちら側」へ堕ちてきているな』

 笠原の声は、彼の口からではなく、背後の壁一面のスピーカー群から、何重にも重なり合った不気味な合成音声として響く。  瑞希は震える膝を押さえ、絞り出すように問いかけた。

「笠原さん……教えて。この『ライブ・エディット』って何なの? なぜ莉央は死ななきゃいけなかった? なぜ無関係な人たちが、私のカメラに吸い込まれて消えていくの!?」

 笠原は、光ファイバーに繋がれた機械仕掛けの指をピクピクと動かした。すると、周囲の全モニターが、突如として「白石瑞希のこれまでの全人生」を映し出した。彼女が他人を切り捨て、素材として弄び、自尊心を削いできたすべての瞬間が、一秒の狂いもなく時間軸に沿って並べ替え(ソート)られていた。

『瑞希。世界というものは、本来、無意味で、散漫で、耐屈な「生の素材」の垂れ流しだ。神はその編集を放棄した。だが、それでは視聴者――この宇宙を観測する存在は退屈してしまう。だから、我々クリエイターが神に代わってハサミを入れ、面白く再構成する必要があったのだよ』

 笠原のレンズが、カチリと音を立てて瑞希の心臓へフォーカスを絞る。

『このシステムは、世界という巨大なコンテンツの「視聴率」を維持するための、残酷な自浄作用だ。物語に寄与しない端役、退屈なエキストラ、そして……お前のように、他人の痛みを美しいと感じてしまった特異点。そういった要素が組み合わさった時、現実は「不要」と判断され、編集される。莉央が死んだのではない。彼女は、お前の作品の中で「永遠のヒロイン」として最適化(オプティマイズ)されたのだ。……喜べ、彼女は今、データとして永遠に生きている』

「そんなの……ただの殺人よ! あなたたちのエゴで人を消さないで!」

『殺人と編集の区別など、もはやこの解像度の前では無意味だ。……瑞希、教えてやろう。このアーカイブの最深部、プログラムの最後の一行に刻まれた真実を』

 笠原が空中に手をかざすと、足元の床が透明な液晶へと透過した。  そこには、今この瞬間の「全世界の人口統計」が、リアルタイムの視聴者数(Viewers)として表示されていた。そして、その数字は一刻一刻と、猛烈な勢いで「削除(Delete)」の項目へと振り分けられていく。

『注目度の低い人間から消去される。世界はこれから、一握りの「主演」と、それを撮り続ける「監督」だけが残る、究極の短編映画へと収束していく。……だがな、瑞希。このシステムには一つだけ、致命的なバグがある』

 笠原の顔が、突如として激しいブロックノイズに覆われ、音声が混信し始めた。

『監督は、常に被写体を必要とする。だが、すべてを撮り終えた時、最後に残った「たった一人の監督」は……一体、誰に自分を撮ってもらう?』

 その言葉が終わる前に、アーカイブの闇から、聞き覚えのある寂しげな歌声が聞こえてきた。莉央がオーディションの時に口ずさんでいた、あのメロディだ。  銀色のケーブルが生き物のようにうねり、笠原の老いた肉体を締め上げる。背後の闇から、第1話で死んだはずの莉央の「アーカイブ」が姿を現した。彼女はもはや光の残像のようだが、その手には、巨大な「編集用裁断機」の刃が握られている。

『笠原先生……あなた、もう「尺」が長すぎるわ。……視聴者が、飽きてるの』

「な、莉央……よせ、私はまだ、この世界の編集を……!」

 瑞希の目の前で、莉央が笠原の喉元に向かって、空中で無慈悲に「カット」のジェスチャーをした。  物理的な切断音ではない。システムがその存在を「不要なファイル」と判断した際の、冷酷な電子消去音が響く。笠原の肉体は、悲鳴を上げる暇もなく、中央から二つに割れたデジタルデータとなって崩壊した。彼の意識、記憶、そして膨大な情報の知識が、すべて画面上のゴミ箱のアイコンへと吸い込まれていく。

『監督、聞いたでしょ?』

 莉央が、笠原の消えかかったレンズの残骸を瑞希に差し出した。彼女の瞳には、かつて瑞希が持っていたものと同じ、狂気的な選民意識が宿っていた。

『次は、生放送(ライブ)のステージが待ってるわ。全世界の人が、あなたの「最期」を最高の画質で楽しみにしてるの。……いい顔してね、瑞希』

 瑞希は絶叫し、崩れ落ちるアーカイブ室から逃げ出そうとした。しかし、彼女の足首はすでに、笠原を殺した銀色の光ファイバーによって、放送局のメインシステムへと直結されていた。

 世界という名の映画は、今、最終章の収録を開始した。
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