13 / 33
13話【愛の合図(サイン)と父の影 ―― 記憶を失くした影武者の真実】
しおりを挟む
カフェを出て、暖かい日差しを浴びながら、私はゆっくりと歩き始めた。 雲一つない青空が広がっている。 あの日、涼太と見たのと同じ空。 あの空の真実を知ることが、私の新たな使命だ。
私は、一人、黄昏時の渋谷の街をさまよっていた。 スクランブル交差点の喧騒から逃れるように、路地裏へと足を踏み入れる。 オレンジ色に染まった空が、無機質なビルの谷間にゆっくりと沈んでいく。 行き交う人々の喧騒が遠のき、私の耳には、自分の心臓の音だけが響いていた。
立花翔(詐欺師)。 あるいは、桐谷蓮の影武者。
彼の本名は何なのだろう。 そして、なぜ彼は私に近づいてきたのか。
混乱と悲しみ、そして裏切られたことへの怒りが、私の心を締めつける。
人気のない公園のベンチに腰を下ろし、私はそっと目を閉じた。
楽しかった日々が走馬灯のように脳裏をよぎる。 あの笑顔は、あの温かい言葉は、全て一億円を奪うための準備だったのか。
いいや、それだけではない。
IT機密。 桐谷蓮の影武者計画。 一億円の詐欺。
私の心の中には、これらの陰謀がどう繋がっているのかという、最も核心的な疑問が、冷たい炎のように根強く残っていたのだと、改めて思い知らされた。
「…まだ、彼を救いたいと願う自分がいる」
「もしもし、理沙?」
…うん、今、ちょっと冷静じゃない話をしたいんだけど。
新しい部屋で初めて、彩花は親友の理沙に電話をかけた。 新しい生活を始めたが、カフェで見た立花翔(涼太)とエリカの親密な姿、そして心の中でくすぶる「愛と救済願望」が、どうしても整理しきれない感情として溢れてきていた。
「理沙、実は…さっき、あの二人(立花翔とエリカ)を見かけちゃったの」
電話の向こう側で、理沙が吐き捨てるように返事をする。
「え、どうしたの? もう、無視しなよ、あんな詐欺師。 あんな男、とっとと忘れて新しい恋しなきゃ!」
「うん、そうなんだけど…。 あのね、理沙。 私たちは彼が詐欺師だって知ってる。 一億円を狙ってたことも。 でも…私、まだ涼太さんを完全に憎めないの。 むしろ、彼の孤独な生い立ちを知ったら、あの人をこの暗い人生から引き戻したいって、強く思っちゃって…」
理沙の反応は、一瞬の沈黙の後、驚きよりも強い憤りが混じった声で返ってきた。
「えっ、マジで言ってるの? 彩花、それ、絶対違うよ! あんな男、ただの極悪人じゃん! 孤独とか、そんなのに騙されちゃダメ!」
彩花の心には、理不尽なまでの立花翔への同情と、自分自身の感情への戸惑いが入り混じっていた。
「わかってる…。 でも、私、信じたくて…」
「そっか…。 でも、もしそれが本当ならさ、しっかり自分の気持ちと向き合わないとダメだよ! 今、どうしていいかわからないって感じだと思うけど…あたしは絶対に味方だから、何でも言ってね!」
理沙の声は、いつもの元気な調子に戻ったが、涼太への憎しみの色が濃すぎるように聞こえた。
「うん、ありがとう、理沙。 なんだか少しだけ、心が軽くなった気がする」
「それなら良かった! でも、彩花がひとりで悩んでるの見るのはマジで辛いからさ、もっと頼ってね! あたしが全力でサポートするから!」
理沙は優しさを込めて言うが、「全力でサポートする」という言葉が、どこか過剰な熱量を伴って響いた。――まるで、私(彩花)が涼太に心を奪われていたことが、理沙にとってずっと許せないことだったかのように。
その言葉に少し違和感を感じつつも、彩花は感謝の気持ちを伝えた。
「うん、分かった。ありがとう、理沙」
二人は互いに支え合うように電話を切った。 理沙の言葉は彩花の中に希望を灯してくれたが、彼女の異常なほどの「涼太への嫌悪感」が、何となく後ろに引っかかるものとして残った。
数日後、彩花は再び探偵事務所を訪れた。
「先生、もう一度、涼太さんのことを調べてほしいんです。 彼の過去、何者なのか、そして、なぜ私に近づいてきたのか…偽りの愛の全貌を、全て知りたいんです」
彩花は、決意を固めた目で風見を見つめた。 彼女の瞳には、感情を乗り越え、真実を追い求める強い意志が宿っていた。
「わかりました。 奥野様のお気持ち、よくわかります」 風見は静かに頷いた。
「必ずや、真実を明らかにいたしますが……奥野様、今回の件は、ただの恋愛トラブルや詐欺ではありません。あなたは、極めて組織的な闇に巻き込まれている可能性があります」
風見は、彩花の目をじっと見つめながら、ゆっくりと語り始めた。
「……先生も、辛い過去があったのですね……」
「ええ。だからこそ、私は、あなたのような純粋な人をこれ以上、闇に傷つけさせたくない。涼太、いや、立花翔の正体を暴き、その背後にある目的を明らかにすることで、あなたを守りたいんです」
風見の声には、強い決意が込められていた。彼は一度視線を落とし、自らの荒れた手のひらを見つめた。
「私はかつて、傭兵として戦場を渡り歩き、その後は刑事、そして弁護士として、いくつもの『正義の限界』を見てきました。……ですが、どの世界にいても、真に救いたい者を救えない無力さが、常に私を突き動かしてきました」
彼は一瞬だけ言葉を切り、遠い記憶をなぞるように目を細めた。
「この先、危険な追跡や接触も予想されます。私がこれまでの人生で、表と裏の両方の世界で培った経験は、そのためにあったのかもしれない。……奥野様、私は、あなたを最後まで守り抜くと決めました。私には、その責任がある」
その言葉を聞いた彩花の胸に、わずかな希望の光が射し込んだ。風見がなぜ「責任」という重い言葉を使ったのか、今の彼女にはまだ分からない。けれど、彼の瞳に宿る覚悟は、彼女の矛盾した感情を包み込むほどに力強かった。
「先生、ありがとうございます。私も、もう逃げません。真実を知り、自分の力でこの状況を乗り越えたいんです」
彩花は、風見の手をしっかりと握りしめ、感謝の気持ちを伝えた。二人の間には、贖罪を求める探偵と、愛の真実を求める被害者という、固い信頼の絆が生まれた瞬間だった。
数週間後、風見から彩花に連絡があった。
「奥野様、調査の結果が出ました。 涼太様、つまり立花翔様について、事態を根底から覆す新たな事実が判明いたしました」
彼の声は、いつもより厳しく、緊張感が漂っていた。 彩花を事務所の奥にある薄暗い個室へと案内し、風見は調査結果を説明し始めた。
「立花翔様は、長らく影武者と疑われていた桐谷蓮氏と同一人物である可能性が極めて高いです。 しかし、彼は桐谷蓮として活動していた時期に、ある精神的なショックを伴う事件に巻き込まれ、記憶の一部を、それも核となる記憶を失ってしまったようです」
「記憶を…失った?」
彩花は驚きの中にも、彼が意図的に私を騙したのではないかもしれないという、複雑な安堵の表情を浮かべた。
「はい。 そして、その後、過去の自分を恐れて、別人として生きることを選び、『立花翔』という詐欺師の仮面を被ったようです。 ただ、深層心理では、記憶を失う前の自分を取り戻したいという強い願望があった」
風見は重厚なファイルをめくり、古い写真を取り出し、彩花に手渡した。
「この写真、奥野様にご覧覚えはありませんか?」
彩花は写真を見つめたが、記憶の中にはこの場面はなかった。 しかし、写真の隅に写る男性に、微かな既視感を覚えた。
風見の説明が続く。
「これは桐谷蓮氏が駆け出しの俳優だった頃、ある映画の撮影現場で撮られたものです。お父様は当時、ある極秘研究のサンプル調査のために、あえて身分を隠して脇役として現場に入り込んでいたようです。この映画も、その一つでした」
「父が……?」
彩花は驚きを隠せず、写真を見つめる手が震えた。 まさか、愛する涼太(桐谷蓮)と、亡き父に、彼女の知らない場所で接点があったとは、想像もしていなかった。
そして、写真の中央で笑う若き日の桐谷蓮(涼太)が、親指と小指を立て、他の指を曲げていた。
そのジェスチャーは、涼太が私に初めて愛の言葉を囁いた時と、全く同じだった。
ショックで手が震え、写真が滑り落ちそうになるのを、私は必死で抑えた。
「それじゃあ、涼太さんは……いや、桐谷蓮は、失われた記憶の断片を追って、私に近づいたの?」
彩花の心には混乱と、宿命的な皮肉が入り混じった興味が浮かんでいた。
「はい、そう考えられます。彼は、お父様が撮影現場で密かに進めていた『ある計画』の断片を、本能的に記憶していたのでしょう。お父様の死がもたらした『一億円』と、父が知っていた『失踪の真実』、その両方を狙っていた。彼は詐欺師であると同時に、自分自身のアイデンティティを追う、悲劇的な探求者だったのです」
風見の言葉に、彩花の心は大きく揺れた。 彼が愛を装って近づいた行動の裏には、彼自身の存在理由をかけた葛藤があった。
だが、それでも、彼は彼女の父の死という最も深い傷を利用し、嘘をつき続けていたという事実は、簡単には許せそうになかった。
【第13話:あとがき】
最後までお読みいただき、本当にありがとうございます!
物語は「調査」から、核心を追う「旅」へと動き出しました。 涼太の妹・澪との出会い。その蜂蜜色の瞳に宿る悲哀と、兄の命を守るための「人質」としての静かな生活……。涼太がなぜ詐欺師という仮面を被り、泥をすすりながら生きなければならなかったのか、その一端が彼女の存在を通して見え始めました。
しかし、澪が放った最後の一言。 「あなたは、偽物の兄を愛したの? それとも、本当の兄を愛しているの?」
彩花が愛したのは、完璧なエリート商社マンの「涼太」だったのか。それとも、その裏側に潜む、孤独で傷ついた「立花翔(桐谷蓮)」だったのか。 この問いに答えを出さない限り、彩花は真実の愛にも、本当の彼にも辿り着くことはできません。
次回、第14話『嘘つきな兄の休息地 ―― 妹が突きつける残酷な問い』。 澪の口から語られる、桐谷蓮失踪の「真の理由」。そこには、彩花の父の研究と結びつく、おぞましい人体実験の影が……!?
彩花の決意を応援したい!澪の言葉が刺さりすぎる!と思った方は、 ぜひ【お気に入り登録】と【応援ポイント】をお願いいたします! 皆様の応援が、閉ざされた過去の扉をこじ開ける力になります!
私は、一人、黄昏時の渋谷の街をさまよっていた。 スクランブル交差点の喧騒から逃れるように、路地裏へと足を踏み入れる。 オレンジ色に染まった空が、無機質なビルの谷間にゆっくりと沈んでいく。 行き交う人々の喧騒が遠のき、私の耳には、自分の心臓の音だけが響いていた。
立花翔(詐欺師)。 あるいは、桐谷蓮の影武者。
彼の本名は何なのだろう。 そして、なぜ彼は私に近づいてきたのか。
混乱と悲しみ、そして裏切られたことへの怒りが、私の心を締めつける。
人気のない公園のベンチに腰を下ろし、私はそっと目を閉じた。
楽しかった日々が走馬灯のように脳裏をよぎる。 あの笑顔は、あの温かい言葉は、全て一億円を奪うための準備だったのか。
いいや、それだけではない。
IT機密。 桐谷蓮の影武者計画。 一億円の詐欺。
私の心の中には、これらの陰謀がどう繋がっているのかという、最も核心的な疑問が、冷たい炎のように根強く残っていたのだと、改めて思い知らされた。
「…まだ、彼を救いたいと願う自分がいる」
「もしもし、理沙?」
…うん、今、ちょっと冷静じゃない話をしたいんだけど。
新しい部屋で初めて、彩花は親友の理沙に電話をかけた。 新しい生活を始めたが、カフェで見た立花翔(涼太)とエリカの親密な姿、そして心の中でくすぶる「愛と救済願望」が、どうしても整理しきれない感情として溢れてきていた。
「理沙、実は…さっき、あの二人(立花翔とエリカ)を見かけちゃったの」
電話の向こう側で、理沙が吐き捨てるように返事をする。
「え、どうしたの? もう、無視しなよ、あんな詐欺師。 あんな男、とっとと忘れて新しい恋しなきゃ!」
「うん、そうなんだけど…。 あのね、理沙。 私たちは彼が詐欺師だって知ってる。 一億円を狙ってたことも。 でも…私、まだ涼太さんを完全に憎めないの。 むしろ、彼の孤独な生い立ちを知ったら、あの人をこの暗い人生から引き戻したいって、強く思っちゃって…」
理沙の反応は、一瞬の沈黙の後、驚きよりも強い憤りが混じった声で返ってきた。
「えっ、マジで言ってるの? 彩花、それ、絶対違うよ! あんな男、ただの極悪人じゃん! 孤独とか、そんなのに騙されちゃダメ!」
彩花の心には、理不尽なまでの立花翔への同情と、自分自身の感情への戸惑いが入り混じっていた。
「わかってる…。 でも、私、信じたくて…」
「そっか…。 でも、もしそれが本当ならさ、しっかり自分の気持ちと向き合わないとダメだよ! 今、どうしていいかわからないって感じだと思うけど…あたしは絶対に味方だから、何でも言ってね!」
理沙の声は、いつもの元気な調子に戻ったが、涼太への憎しみの色が濃すぎるように聞こえた。
「うん、ありがとう、理沙。 なんだか少しだけ、心が軽くなった気がする」
「それなら良かった! でも、彩花がひとりで悩んでるの見るのはマジで辛いからさ、もっと頼ってね! あたしが全力でサポートするから!」
理沙は優しさを込めて言うが、「全力でサポートする」という言葉が、どこか過剰な熱量を伴って響いた。――まるで、私(彩花)が涼太に心を奪われていたことが、理沙にとってずっと許せないことだったかのように。
その言葉に少し違和感を感じつつも、彩花は感謝の気持ちを伝えた。
「うん、分かった。ありがとう、理沙」
二人は互いに支え合うように電話を切った。 理沙の言葉は彩花の中に希望を灯してくれたが、彼女の異常なほどの「涼太への嫌悪感」が、何となく後ろに引っかかるものとして残った。
数日後、彩花は再び探偵事務所を訪れた。
「先生、もう一度、涼太さんのことを調べてほしいんです。 彼の過去、何者なのか、そして、なぜ私に近づいてきたのか…偽りの愛の全貌を、全て知りたいんです」
彩花は、決意を固めた目で風見を見つめた。 彼女の瞳には、感情を乗り越え、真実を追い求める強い意志が宿っていた。
「わかりました。 奥野様のお気持ち、よくわかります」 風見は静かに頷いた。
「必ずや、真実を明らかにいたしますが……奥野様、今回の件は、ただの恋愛トラブルや詐欺ではありません。あなたは、極めて組織的な闇に巻き込まれている可能性があります」
風見は、彩花の目をじっと見つめながら、ゆっくりと語り始めた。
「……先生も、辛い過去があったのですね……」
「ええ。だからこそ、私は、あなたのような純粋な人をこれ以上、闇に傷つけさせたくない。涼太、いや、立花翔の正体を暴き、その背後にある目的を明らかにすることで、あなたを守りたいんです」
風見の声には、強い決意が込められていた。彼は一度視線を落とし、自らの荒れた手のひらを見つめた。
「私はかつて、傭兵として戦場を渡り歩き、その後は刑事、そして弁護士として、いくつもの『正義の限界』を見てきました。……ですが、どの世界にいても、真に救いたい者を救えない無力さが、常に私を突き動かしてきました」
彼は一瞬だけ言葉を切り、遠い記憶をなぞるように目を細めた。
「この先、危険な追跡や接触も予想されます。私がこれまでの人生で、表と裏の両方の世界で培った経験は、そのためにあったのかもしれない。……奥野様、私は、あなたを最後まで守り抜くと決めました。私には、その責任がある」
その言葉を聞いた彩花の胸に、わずかな希望の光が射し込んだ。風見がなぜ「責任」という重い言葉を使ったのか、今の彼女にはまだ分からない。けれど、彼の瞳に宿る覚悟は、彼女の矛盾した感情を包み込むほどに力強かった。
「先生、ありがとうございます。私も、もう逃げません。真実を知り、自分の力でこの状況を乗り越えたいんです」
彩花は、風見の手をしっかりと握りしめ、感謝の気持ちを伝えた。二人の間には、贖罪を求める探偵と、愛の真実を求める被害者という、固い信頼の絆が生まれた瞬間だった。
数週間後、風見から彩花に連絡があった。
「奥野様、調査の結果が出ました。 涼太様、つまり立花翔様について、事態を根底から覆す新たな事実が判明いたしました」
彼の声は、いつもより厳しく、緊張感が漂っていた。 彩花を事務所の奥にある薄暗い個室へと案内し、風見は調査結果を説明し始めた。
「立花翔様は、長らく影武者と疑われていた桐谷蓮氏と同一人物である可能性が極めて高いです。 しかし、彼は桐谷蓮として活動していた時期に、ある精神的なショックを伴う事件に巻き込まれ、記憶の一部を、それも核となる記憶を失ってしまったようです」
「記憶を…失った?」
彩花は驚きの中にも、彼が意図的に私を騙したのではないかもしれないという、複雑な安堵の表情を浮かべた。
「はい。 そして、その後、過去の自分を恐れて、別人として生きることを選び、『立花翔』という詐欺師の仮面を被ったようです。 ただ、深層心理では、記憶を失う前の自分を取り戻したいという強い願望があった」
風見は重厚なファイルをめくり、古い写真を取り出し、彩花に手渡した。
「この写真、奥野様にご覧覚えはありませんか?」
彩花は写真を見つめたが、記憶の中にはこの場面はなかった。 しかし、写真の隅に写る男性に、微かな既視感を覚えた。
風見の説明が続く。
「これは桐谷蓮氏が駆け出しの俳優だった頃、ある映画の撮影現場で撮られたものです。お父様は当時、ある極秘研究のサンプル調査のために、あえて身分を隠して脇役として現場に入り込んでいたようです。この映画も、その一つでした」
「父が……?」
彩花は驚きを隠せず、写真を見つめる手が震えた。 まさか、愛する涼太(桐谷蓮)と、亡き父に、彼女の知らない場所で接点があったとは、想像もしていなかった。
そして、写真の中央で笑う若き日の桐谷蓮(涼太)が、親指と小指を立て、他の指を曲げていた。
そのジェスチャーは、涼太が私に初めて愛の言葉を囁いた時と、全く同じだった。
ショックで手が震え、写真が滑り落ちそうになるのを、私は必死で抑えた。
「それじゃあ、涼太さんは……いや、桐谷蓮は、失われた記憶の断片を追って、私に近づいたの?」
彩花の心には混乱と、宿命的な皮肉が入り混じった興味が浮かんでいた。
「はい、そう考えられます。彼は、お父様が撮影現場で密かに進めていた『ある計画』の断片を、本能的に記憶していたのでしょう。お父様の死がもたらした『一億円』と、父が知っていた『失踪の真実』、その両方を狙っていた。彼は詐欺師であると同時に、自分自身のアイデンティティを追う、悲劇的な探求者だったのです」
風見の言葉に、彩花の心は大きく揺れた。 彼が愛を装って近づいた行動の裏には、彼自身の存在理由をかけた葛藤があった。
だが、それでも、彼は彼女の父の死という最も深い傷を利用し、嘘をつき続けていたという事実は、簡単には許せそうになかった。
【第13話:あとがき】
最後までお読みいただき、本当にありがとうございます!
物語は「調査」から、核心を追う「旅」へと動き出しました。 涼太の妹・澪との出会い。その蜂蜜色の瞳に宿る悲哀と、兄の命を守るための「人質」としての静かな生活……。涼太がなぜ詐欺師という仮面を被り、泥をすすりながら生きなければならなかったのか、その一端が彼女の存在を通して見え始めました。
しかし、澪が放った最後の一言。 「あなたは、偽物の兄を愛したの? それとも、本当の兄を愛しているの?」
彩花が愛したのは、完璧なエリート商社マンの「涼太」だったのか。それとも、その裏側に潜む、孤独で傷ついた「立花翔(桐谷蓮)」だったのか。 この問いに答えを出さない限り、彩花は真実の愛にも、本当の彼にも辿り着くことはできません。
次回、第14話『嘘つきな兄の休息地 ―― 妹が突きつける残酷な問い』。 澪の口から語られる、桐谷蓮失踪の「真の理由」。そこには、彩花の父の研究と結びつく、おぞましい人体実験の影が……!?
彩花の決意を応援したい!澪の言葉が刺さりすぎる!と思った方は、 ぜひ【お気に入り登録】と【応援ポイント】をお願いいたします! 皆様の応援が、閉ざされた過去の扉をこじ開ける力になります!
1
あなたにおすすめの小説
看病しに行ったら、当主の“眠り”になってしまった
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全36話⭐︎
倒れた当主を看病する役目を振られた使用人リィナは、彼の部屋へ通うことになる。
栄養、灯り、静かな時間、話し相手――“眠れる夜”を整えていく。そして、回復していく当主アレクシス。けれど彼は、ある夜そっと手を握り返し、低い声で囁く。
「責任、取って?」
噂が燃える屋敷で、ふたりが守るのは“枠(ルール)”。
手だけ、時間だけ、理由にしない――鍵はリィナが握ったまま。
けれど、守ろうとするほど情は育ち、合図の灯りはいつしか「帰る」ではなく「眠る」へ変わっていく。
看病から始まった優しい夜は、静かな執着に捕まっていく。
それでも、捕獲の鍵は彼ではなく――彼女の手にある。
〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。
ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。
ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。
対面した婚約者は、
「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」
……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。
「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」
今の私はあなたを愛していません。
気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。
☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。
☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)
【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない
くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、
軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。
言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。
――そして初めて、夫は気づく。
自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。
一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、
「必要とされる存在」として歩き始めていた。
去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。
これは、失ってから愛に気づいた男と、
二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。
――今さら、遅いのです。
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。
その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。
そこで待っていたのは、最悪の出来事――
けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。
夫は愛人と共に好きに生きればいい。
今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。
でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。
妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。
過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――
壊れた心はそのままで ~騙したのは貴方?それとも私?~
志波 連
恋愛
バージル王国の公爵令嬢として、優しい両親と兄に慈しまれ美しい淑女に育ったリリア・サザーランドは、貴族女子学園を卒業してすぐに、ジェラルド・パーシモン侯爵令息と結婚した。
政略結婚ではあったものの、二人はお互いを信頼し愛を深めていった。
社交界でも仲睦まじい夫婦として有名だった二人は、マーガレットという娘も授かり、順風満帆な生活を送っていた。
ある日、学生時代の友人と旅行に行った先でリリアは夫が自分でない女性と、夫にそっくりな男の子、そして娘のマーガレットと仲よく食事をしている場面に遭遇する。
ショックを受けて立ち去るリリアと、追いすがるジェラルド。
一緒にいた子供は確かにジェラルドの子供だったが、これには深い事情があるようで……。
リリアの心をなんとか取り戻そうと友人に相談していた時、リリアがバルコニーから転落したという知らせが飛び込んだ。
ジェラルドとマーガレットは、リリアの心を取り戻す決心をする。
そして関係者が頭を寄せ合って、ある破天荒な計画を遂行するのだった。
王家までも巻き込んだその作戦とは……。
他サイトでも掲載中です。
コメントありがとうございます。
タグのコメディに反対意見が多かったので修正しました。
必ず完結させますので、よろしくお願いします。
離婚した彼女は死ぬことにした
はるかわ 美穂
恋愛
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。
もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。
今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、
「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」
返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。
それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。
神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。
大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
婚約破棄のあと、あなたのことだけ思い出せない
柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢セシリアは、王宮の舞踏会で王太子レイヴンから公開の場で婚約破棄を言い渡され、その場で倒れた。
目覚めた彼女は、礼儀も常識も覚えているのに――ただ一つ、レイヴンだけを思い出せない。
「あなたは、どなたですか?」
その一言に、彼の瞳は壊れた。
けれどレイヴンは何も語らず、セシリアを遠ざける。彼女を守るために、あの日婚約を捨てたのだと告げられないまま。
セシリアは過去を断ち切り、王宮の侍女として新しい生活を始める。
優しく手を差し伸べる護衛騎士アデルと心を通わせていくほど、レイヴンの胸は嫉妬と後悔で焼けていった。
――守るために捨てたはずなのに。忘れられたまま、他の男に笑う彼女を見ていられない。
一方、王宮では“偽聖女”の陰謀と、セシリアの血に眠る秘密が動き出す。
記憶を取り戻せば、彼女は狙われる。取り戻さなければ、二人は永遠に届かない。
これは、忘れてしまった令嬢と、忘れられてなお愛を捨てられない王太子が、もう一度“選び直す”恋の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる