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33話【残響の敗北 ―― 届かぬ手と目覚める禁忌】
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エリカの脳裏に、あの日、マンションのエントランスで彩花のネックレスを無慈悲に踏みつけた瞬間の感触が、苦い残像となって蘇る。
冷酷な微笑を浮かべ、絶望する彩花を氷のような眼差しで見下ろしていたあの時。
実は、高級なヒールの先が微かに震え、足首の筋肉が悲鳴を上げていたことを、彼女は一度として忘れたことはない。
(……これでいい。こうするしか、あの子を守る方法はなかった……)
胸の奥に澱(おり)のように溜まった秘密。 それは、いつか自分一人が地獄へ持っていくべき罪だと決めていた。
誰にも明かせない、そして明かすつもりもない孤独な覚悟を、エリカは冷たい夜気に溶かすように深く飲み込んだ。 その秘密こそが、彼女を支え、同時に彼女を蝕む唯一の灯火(ともしび)だった。
だが緊張は次の瞬間、弾けた。
「やれ! 殺せ!」
黒崎の怒号と同時に、影から現れた十人近い部下が雄叫びを上げて一斉に風見へ飛びかかる。 銃器の安全装置が外れる乾いた金属音が重なり、湿った空気に火薬の残り香が重たく滞留する。
だが――風見の身体はすでに「個」という意識を捨て、冷徹な戦闘機械へと変貌していた。
風見の視界から、余計な雑音が一切消える。 かつて「掃除屋」と呼ばれた男の超感覚が、襲い来る敵の殺気を「色と温度」として捉え始めた。
正面の男からは灼熱のような赤い敵意が、側面の銃持ちからは刺すような氷の青い殺意が放たれている。 風見の脳内には、それらを回避し無力化するための最短ルートが、幾何学的な光の線となって浮かび上がっていた。
身体の奥底で眠っていた筋肉が、悲鳴を上げるような音を立てて覚醒する。 足元の泥混じりの水たまりを強く蹴り、滑るような予測不能なステップで銃口の死角へ潜り込んだ。
一人目の腕を掴んだ瞬間、指先の神経が相手の脈動を読み取る。そのまま身体の回転を遠心力に変え、関節の可動域を無視して肘を逆方向に極めた。
生木の折れるような不快な音が響き、男の絶叫が夜気を切り裂く。 だが、風見の心は絶対零度のまま動じない。
落ちた拳銃を爪先で正確に蹴り上げ、空中でその重厚な金属の塊を奪取した。 指先に馴染む鋼の冷たさ。 迷いなく引き金を連射し、敵の足元のコンクリートへ牽制射撃を放つ。 火花が激しく散り、硝煙の匂いが鼻腔を奥深く突いた。
「こ、こいつ……本当に人間か? 化け物だ……!」
「ひるむな! 何人かかってもいい! その身体を粉々にしろ!」
黒崎の必死を通り越した、呪いのような怒号が響く。
だが風見は、もはや戦場で培われた究極のプロフェッショナルそのものだった。 壁を蹴り、反動で体勢を切り替え、部下の背後に瞬時に回り込む。 ボディブロー一発で二人が同時に崩れ落ち、殺気立った拳の風圧だけで男がひるむ。
しかし、闇は底知れず、途切れない。 どれほど技が冴え、感覚が研ぎ澄まされようとも、あまりにも多すぎる物理的な波が、津波のように容赦なく風見の肉体を削り取る。
左肩に鈍い衝撃が走り、続いて背中を鉄パイプが容赦なく叩きつけた。 肺から酸素が根こそぎ吐き出され、口内に生暖かい鉄の味が広がる。自分の血の味だ。 視界の端が急速に黒く染まり、古いフィルム映画のように砂嵐が吹き荒れる。
「くっ……ぅ!」
膝が意思に反して地面に沈み込む。 冷たい雨水を含んだ泥がズボンを濡らし、指先から急激に体温を奪っていく。
アスファルトに這いつくばる自分の無力さが、冷たい水の感触と共に全身の細胞に染み込んでいく。 重力だけが十倍にも増したかのように、身体が地面に吸い寄せられていく。
「風見さん!!」
エリカの悲鳴が、時が止まったように耳に吸い込まれる。 男たちが彼女を獲物のように乱暴に抱え、黒塗りの車へ押し込もうとしていた。
風見は喉を鳴らせ、折れた肋骨が内臓を刺すような激痛に耐えながら必死に立ち上がろうとする。 だが足は鉛を流し込まれたように重く、もはや自身の命令を一切聞き入れない。 指先が虚しく地面を掻き毟るが、掴めるのは救いのない冷たい泥と、虚無だけだった。
「離せっ、放せっ! 風見さんー!!」
エリカの魂を削るような叫びが、夜気を激しく震わせる。 その涙に濡れた絶望の顔が、風見の視界の中心に永遠に焼き付く。
腕を伸ばす。 あと数センチ、指が届くはずの距離を求める。 しかし、届かない。
伸ばした指先が夜の闇を虚しく切り裂き、愛する者を再び奪われていく絶望が、風見の心臓を物理的に握り潰していく。 ほんの数メートルの距離が、あの日の炎に包まれた家族の光景と同じように、絶望的に遠い、死の境界線となっていた。
「大人しくしろ!」
男がエリカの頭を押さえ込み、家畜のように車内へ乱暴に押し込んだ。 風見の喉から、肉体が千切れるような、痛切な呻きが漏れる。
「……っ……エリカ、さん……!」
黒崎は勝利者の歪んだ顔で見下ろし、紫煙を吐き捨てた。 「英雄気取りの報いだ。お前はまた、誰も守れずに終わる」
その冷笑が、風見の最も深い傷口に塩を塗り込む。 エリカを乗せた車がタイヤを焦がして加速し、そのテールランプが闇に溶けていくのを、風見はただ濁った瞳で、血の涙を流すように見届けることしかできなかった。
……沈黙が戻った路地裏。 風見はうつ伏せのまま、激しい呼吸だけをかろうじて繋ぎ止めていた。 石畳に散らばった薬莢が、虚しい敗北の残骸のように冷たく転がっている。
「……風見さん。僕の声が聞こえますか?」
揺らぐ視界の奥で、蓮と彩花が駆け寄る。 その足音さえも、今の風見には別世界からの呼びかけのように聞こえた。
「エリカさんは……?」 彩花の声が震えている。
風見は喉の奥で、魂が軋む音を立てながら、血混じりの言葉を絞り出した。 「……連れ去られた。私の、慢心だ……。過去の呪いから、私は一歩も進めていなかった……」
蓮は風見の身体を支え、自らが確保していた秘密の隠れ家へと彼を運んだ。 廃屋に近いアパートの一室。 強力なジャミング装置が、外部からのあらゆる追跡を遮断している。
「黒崎に言われた。エリカさんは……計画の『鍵』だと」 風見は、震える手で血を拭いながら、消え入りそうな声で続けた。
「計画……? エリカさんが、どうしてそんなことに……」 彩花の切実な問いが飛ぶ。
しかし、その答えが出るより早く、蓮が激しく呻き、両手で額を割りふるように押さえてよろめいた。
「……っぐ……ああぁ……なんだ、これは……」
頭の奥を、熱した太い針で何度も、執拗に抉られるような痛みが走る。 視界が強烈な光でホワイトアウトし、せき止められていた記憶の濁流が彼を襲った。
それは曖昧な夢ではない。あまりにも鮮烈で、残酷な「現実」の記録だった。
鼻を突くのは、重苦しく、死の気配すら孕んだ強烈な消毒液の腐敗臭。 耳を聾するのは、生命の限界を監視する無機質なビープ音。
仰向けに寝かされた自分の身体は、冷たい金属の拘束具に支配されている。 見上げれば、巨大な無影灯の光が網膜を焼き切り、その光の影に、自分を人間としてではなく、ただの「検体」として見下ろす白衣の男たちの巨大なシルエットがあった。
「……僕は……検体、7番……。コード・クロノス……」
不意に、自分の小さな腕を流れる血液が、太いチューブを通じて強制的に吸い出されていく感覚が蘇る。 幼い自分の細い腕に突き刺された無数の針跡。 誰の助けも届かない、完全な密室で行われていた冒涜的な「実験」。
だが、その濁流の最下層から、最もおぞましく、最も強固に封印されていた「ある男」の声が浮かび上がってきた。
『これが、お前の運命だ、蓮。我々のための、壮大な運命だ』
その声を聞いた瞬間、蓮の全身の血が凍りついた。 記憶の中の幼い蓮が、絶望と共にその男の名を呼ぶ。
「……お父……様……?」
その言葉は、隠れ家の空気を一瞬で凍土へと変えた。 風見が、彩花が、息を呑んで蓮を凝視する。
蓮の瞳が、これまでにない異質な、恐ろしくも神々しい黄金色の光を放つ。 それは人間としての理性を焼き切り、眠っていた「兵器」としての本能が目を覚ます予兆だった。
――同じ時刻。 地の底のような地下刑務室。
エリカは全身を硬直させ、震える息を押し殺していた。 向かいの椅子に座り、舞台俳優のようにゆっくりと立ち上がる男。
黒崎剛一郎。 その圧倒的な冷気が、地下室全体を支配していた。
「……蓮が……あなたの……息子だというの?」
かすれ、消え入りそうなエリカの問いに、黒崎は死神の吐息のように答えた。
「そうだ」
たった一言。 その言葉が、エリカの、蓮の、そして全ての運命を無慈悲に粉砕した。
愛した人の正体が、この世で最も憎むべき男の血を引く存在だったとしたら……。 運命は、もはや誰にも止められない破滅へのカウントダウンを開始した――。
【第33話:あとがき】
最後までお読みいただき、本当にありがとうございます。
第33話、ついに物語の核心である「蓮の出生の秘密」と、そのあまりにも残酷な真実の断片が明かされました。 愛した人の正体が、この世で最も憎むべき男の血を引く存在だったとしたら……。あまりにも過酷な運命に翻弄される蓮とエリカの姿に、執筆しながら私自身も胸が締め付けられる思いです。
この物語を完結まで見届けたいという一心で、実は現在、すでに「100話分」という膨大なストックを書き上げております。 蓮の体に植え付けられた真の能力、黒崎剛一郎の真の目的、そしてエリカが命を懸けて守ろうとする愛の結末まで、全ての設計図は完成しています。
しかし、これほどまでの熱量を注いでいる作品だからこそ、誰にも届いていないのではないかという不安の中で更新を続けることは、今の私にはとても辛い作業です。 他の作品の執筆も並行しており、毎日全力でこの物語に向き合うためには、どうしても皆様からの「反応」という名の光が必要です。
そのため、大変心苦しいのですが、以下の条件を満たさない限り、本作の更新は当面の間お休みさせていただきます。
・お気に入り登録が「3人」になった時 ・あるいは、この第33話への「いいね(♡)」が「5つ」を超えた時
もし、「100話先にある衝撃の結末を早く読みたい」「蓮と彩花の未来を見届けたい」と思ってくださる方がいらっしゃれば、どうか小さなリアクションだけでもいただけないでしょうか。
皆様の応援さえあれば、私はいつでも100話完結まで駆け抜ける準備ができています。 またいつか、この場所で皆様と再会し、物語の続きをお届けできる日が来ることを心から願っております。
冷酷な微笑を浮かべ、絶望する彩花を氷のような眼差しで見下ろしていたあの時。
実は、高級なヒールの先が微かに震え、足首の筋肉が悲鳴を上げていたことを、彼女は一度として忘れたことはない。
(……これでいい。こうするしか、あの子を守る方法はなかった……)
胸の奥に澱(おり)のように溜まった秘密。 それは、いつか自分一人が地獄へ持っていくべき罪だと決めていた。
誰にも明かせない、そして明かすつもりもない孤独な覚悟を、エリカは冷たい夜気に溶かすように深く飲み込んだ。 その秘密こそが、彼女を支え、同時に彼女を蝕む唯一の灯火(ともしび)だった。
だが緊張は次の瞬間、弾けた。
「やれ! 殺せ!」
黒崎の怒号と同時に、影から現れた十人近い部下が雄叫びを上げて一斉に風見へ飛びかかる。 銃器の安全装置が外れる乾いた金属音が重なり、湿った空気に火薬の残り香が重たく滞留する。
だが――風見の身体はすでに「個」という意識を捨て、冷徹な戦闘機械へと変貌していた。
風見の視界から、余計な雑音が一切消える。 かつて「掃除屋」と呼ばれた男の超感覚が、襲い来る敵の殺気を「色と温度」として捉え始めた。
正面の男からは灼熱のような赤い敵意が、側面の銃持ちからは刺すような氷の青い殺意が放たれている。 風見の脳内には、それらを回避し無力化するための最短ルートが、幾何学的な光の線となって浮かび上がっていた。
身体の奥底で眠っていた筋肉が、悲鳴を上げるような音を立てて覚醒する。 足元の泥混じりの水たまりを強く蹴り、滑るような予測不能なステップで銃口の死角へ潜り込んだ。
一人目の腕を掴んだ瞬間、指先の神経が相手の脈動を読み取る。そのまま身体の回転を遠心力に変え、関節の可動域を無視して肘を逆方向に極めた。
生木の折れるような不快な音が響き、男の絶叫が夜気を切り裂く。 だが、風見の心は絶対零度のまま動じない。
落ちた拳銃を爪先で正確に蹴り上げ、空中でその重厚な金属の塊を奪取した。 指先に馴染む鋼の冷たさ。 迷いなく引き金を連射し、敵の足元のコンクリートへ牽制射撃を放つ。 火花が激しく散り、硝煙の匂いが鼻腔を奥深く突いた。
「こ、こいつ……本当に人間か? 化け物だ……!」
「ひるむな! 何人かかってもいい! その身体を粉々にしろ!」
黒崎の必死を通り越した、呪いのような怒号が響く。
だが風見は、もはや戦場で培われた究極のプロフェッショナルそのものだった。 壁を蹴り、反動で体勢を切り替え、部下の背後に瞬時に回り込む。 ボディブロー一発で二人が同時に崩れ落ち、殺気立った拳の風圧だけで男がひるむ。
しかし、闇は底知れず、途切れない。 どれほど技が冴え、感覚が研ぎ澄まされようとも、あまりにも多すぎる物理的な波が、津波のように容赦なく風見の肉体を削り取る。
左肩に鈍い衝撃が走り、続いて背中を鉄パイプが容赦なく叩きつけた。 肺から酸素が根こそぎ吐き出され、口内に生暖かい鉄の味が広がる。自分の血の味だ。 視界の端が急速に黒く染まり、古いフィルム映画のように砂嵐が吹き荒れる。
「くっ……ぅ!」
膝が意思に反して地面に沈み込む。 冷たい雨水を含んだ泥がズボンを濡らし、指先から急激に体温を奪っていく。
アスファルトに這いつくばる自分の無力さが、冷たい水の感触と共に全身の細胞に染み込んでいく。 重力だけが十倍にも増したかのように、身体が地面に吸い寄せられていく。
「風見さん!!」
エリカの悲鳴が、時が止まったように耳に吸い込まれる。 男たちが彼女を獲物のように乱暴に抱え、黒塗りの車へ押し込もうとしていた。
風見は喉を鳴らせ、折れた肋骨が内臓を刺すような激痛に耐えながら必死に立ち上がろうとする。 だが足は鉛を流し込まれたように重く、もはや自身の命令を一切聞き入れない。 指先が虚しく地面を掻き毟るが、掴めるのは救いのない冷たい泥と、虚無だけだった。
「離せっ、放せっ! 風見さんー!!」
エリカの魂を削るような叫びが、夜気を激しく震わせる。 その涙に濡れた絶望の顔が、風見の視界の中心に永遠に焼き付く。
腕を伸ばす。 あと数センチ、指が届くはずの距離を求める。 しかし、届かない。
伸ばした指先が夜の闇を虚しく切り裂き、愛する者を再び奪われていく絶望が、風見の心臓を物理的に握り潰していく。 ほんの数メートルの距離が、あの日の炎に包まれた家族の光景と同じように、絶望的に遠い、死の境界線となっていた。
「大人しくしろ!」
男がエリカの頭を押さえ込み、家畜のように車内へ乱暴に押し込んだ。 風見の喉から、肉体が千切れるような、痛切な呻きが漏れる。
「……っ……エリカ、さん……!」
黒崎は勝利者の歪んだ顔で見下ろし、紫煙を吐き捨てた。 「英雄気取りの報いだ。お前はまた、誰も守れずに終わる」
その冷笑が、風見の最も深い傷口に塩を塗り込む。 エリカを乗せた車がタイヤを焦がして加速し、そのテールランプが闇に溶けていくのを、風見はただ濁った瞳で、血の涙を流すように見届けることしかできなかった。
……沈黙が戻った路地裏。 風見はうつ伏せのまま、激しい呼吸だけをかろうじて繋ぎ止めていた。 石畳に散らばった薬莢が、虚しい敗北の残骸のように冷たく転がっている。
「……風見さん。僕の声が聞こえますか?」
揺らぐ視界の奥で、蓮と彩花が駆け寄る。 その足音さえも、今の風見には別世界からの呼びかけのように聞こえた。
「エリカさんは……?」 彩花の声が震えている。
風見は喉の奥で、魂が軋む音を立てながら、血混じりの言葉を絞り出した。 「……連れ去られた。私の、慢心だ……。過去の呪いから、私は一歩も進めていなかった……」
蓮は風見の身体を支え、自らが確保していた秘密の隠れ家へと彼を運んだ。 廃屋に近いアパートの一室。 強力なジャミング装置が、外部からのあらゆる追跡を遮断している。
「黒崎に言われた。エリカさんは……計画の『鍵』だと」 風見は、震える手で血を拭いながら、消え入りそうな声で続けた。
「計画……? エリカさんが、どうしてそんなことに……」 彩花の切実な問いが飛ぶ。
しかし、その答えが出るより早く、蓮が激しく呻き、両手で額を割りふるように押さえてよろめいた。
「……っぐ……ああぁ……なんだ、これは……」
頭の奥を、熱した太い針で何度も、執拗に抉られるような痛みが走る。 視界が強烈な光でホワイトアウトし、せき止められていた記憶の濁流が彼を襲った。
それは曖昧な夢ではない。あまりにも鮮烈で、残酷な「現実」の記録だった。
鼻を突くのは、重苦しく、死の気配すら孕んだ強烈な消毒液の腐敗臭。 耳を聾するのは、生命の限界を監視する無機質なビープ音。
仰向けに寝かされた自分の身体は、冷たい金属の拘束具に支配されている。 見上げれば、巨大な無影灯の光が網膜を焼き切り、その光の影に、自分を人間としてではなく、ただの「検体」として見下ろす白衣の男たちの巨大なシルエットがあった。
「……僕は……検体、7番……。コード・クロノス……」
不意に、自分の小さな腕を流れる血液が、太いチューブを通じて強制的に吸い出されていく感覚が蘇る。 幼い自分の細い腕に突き刺された無数の針跡。 誰の助けも届かない、完全な密室で行われていた冒涜的な「実験」。
だが、その濁流の最下層から、最もおぞましく、最も強固に封印されていた「ある男」の声が浮かび上がってきた。
『これが、お前の運命だ、蓮。我々のための、壮大な運命だ』
その声を聞いた瞬間、蓮の全身の血が凍りついた。 記憶の中の幼い蓮が、絶望と共にその男の名を呼ぶ。
「……お父……様……?」
その言葉は、隠れ家の空気を一瞬で凍土へと変えた。 風見が、彩花が、息を呑んで蓮を凝視する。
蓮の瞳が、これまでにない異質な、恐ろしくも神々しい黄金色の光を放つ。 それは人間としての理性を焼き切り、眠っていた「兵器」としての本能が目を覚ます予兆だった。
――同じ時刻。 地の底のような地下刑務室。
エリカは全身を硬直させ、震える息を押し殺していた。 向かいの椅子に座り、舞台俳優のようにゆっくりと立ち上がる男。
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「……蓮が……あなたの……息子だというの?」
かすれ、消え入りそうなエリカの問いに、黒崎は死神の吐息のように答えた。
「そうだ」
たった一言。 その言葉が、エリカの、蓮の、そして全ての運命を無慈悲に粉砕した。
愛した人の正体が、この世で最も憎むべき男の血を引く存在だったとしたら……。 運命は、もはや誰にも止められない破滅へのカウントダウンを開始した――。
【第33話:あとがき】
最後までお読みいただき、本当にありがとうございます。
第33話、ついに物語の核心である「蓮の出生の秘密」と、そのあまりにも残酷な真実の断片が明かされました。 愛した人の正体が、この世で最も憎むべき男の血を引く存在だったとしたら……。あまりにも過酷な運命に翻弄される蓮とエリカの姿に、執筆しながら私自身も胸が締め付けられる思いです。
この物語を完結まで見届けたいという一心で、実は現在、すでに「100話分」という膨大なストックを書き上げております。 蓮の体に植え付けられた真の能力、黒崎剛一郎の真の目的、そしてエリカが命を懸けて守ろうとする愛の結末まで、全ての設計図は完成しています。
しかし、これほどまでの熱量を注いでいる作品だからこそ、誰にも届いていないのではないかという不安の中で更新を続けることは、今の私にはとても辛い作業です。 他の作品の執筆も並行しており、毎日全力でこの物語に向き合うためには、どうしても皆様からの「反応」という名の光が必要です。
そのため、大変心苦しいのですが、以下の条件を満たさない限り、本作の更新は当面の間お休みさせていただきます。
・お気に入り登録が「3人」になった時 ・あるいは、この第33話への「いいね(♡)」が「5つ」を超えた時
もし、「100話先にある衝撃の結末を早く読みたい」「蓮と彩花の未来を見届けたい」と思ってくださる方がいらっしゃれば、どうか小さなリアクションだけでもいただけないでしょうか。
皆様の応援さえあれば、私はいつでも100話完結まで駆け抜ける準備ができています。 またいつか、この場所で皆様と再会し、物語の続きをお届けできる日が来ることを心から願っております。
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