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第一話 氷多目で! 2/4
しおりを挟む事の起こりは昨夜、いや今朝だな。
いつもの居酒屋でのバイトが終り、朝の3時。
ファミレスで一杯やって、いい気分でこのアパートに向かって歩いていた。
赤羽の商店街から大分離れた路地裏、ビルとビルの隙間、汚ならしいゴミ袋が放ってある陰から、紳士靴が月明かりに晒され、黒光っていた。
俺が足を停めたのは、その革靴に足首、スラックスが付いていたからだ。
ん?
どっかで飲みすぎたサラリーマンか何かがぶっ倒れてるのか?
寒いのにご立派なダメ社畜様だなぁ~、と周りを見回しながら思った。
ま、正か、死んでたりしないよな?
ヤバイ事に関わるのは嫌だな、と離れようとしたとき。
革靴の先、ビルとビルの隙間の奥から男の声がした。
「す、すまない…少し…」
おっ?生きているようだな。
しかし早朝3時過ぎ、初対面の謎の酔っぱらい。
ハッキリ言って、関わり合いにな り た く ない。
ま、俺も同じクチか……。
「頼みたい…ことが…ある…のだ……。」
消え入りそうな声に、少し同情してしまった。
んー……この人はこの人で、会社とか家庭とかストレスがあんだろうなぁ。
「何ですか?何処か気分でも悪いんですか?
あ、救急車呼びますか?」
俺はジャンバーのポケットに両手を突っ込み、ちょっとかがみ、ビルの隙間の闇に近付いた。
ま、好奇心と、お人好しの入り混じった感じだ。
ゴミ袋の重なりの上に、仰向けで引っくり返っていたのは、痩せ形のサラリーマン風な男だった。
高そうなコートにスーツ姿だ。
勿体ない、胸の辺りがズタズタにはぜている。
あっ!
よく見りゃ、シャツに光沢!
うわっ!血だ!この人、ひどい怪我をしている!
あー、こりゃ駄目だ!ヤバイヤバイ!
これヤバイヤツだ!関わったらダメ!逃げないと。
「あ、あ、あのー、救急車呼びますね!ちょっと待ってて下さい!スマホ、家に忘れたもので!」
悪いとは思ったが、慌てて去ろうとした。
情けないな俺……。
「ま、待ってくれ……。
搬送車両なら……ひ、必要な、い。
私は主要な臓器を幾つも破壊された……。
体内循環液も多量に漏出してい、る。
生命活動の完全停止まで、もう数分とないだろう……。
君達の言うとこで、死ぬ、ということ……か。
き、君には突然で申し訳ないが頼みたい……ことが……あるんだ。
多大な礼にはなる筈だ……頼む……。」
声は途切れ途切れだが、不思議な力強さが在った。
はぁ……貧乏大学生の悲しさよ、言ってる事の殆どは分からなかったが、
「礼」
という言葉に思わず立ち止まってしまった。
「大丈夫ですか?凄い怪我してるみたいですけど。
あのー、死ぬとか言わない方が良いですよ?」
横たわる男の顔を見たが、月明かりのせいか、異様に輝く瞳に恐くなった。
その時、ビルとビルの隙間から男の腕が二本出た。
おっ?
と思う間に、ポケットから出していた俺の手、その両手首が不意に掴まれた。
怪我しているのに凄い力だ!
思わず逃げ腰になり、腰が引け、自然と男を引っ張り起こす形になった。
男と目が合う、外国人?アメリカ人か?
「ちょっと痛い!何ですかいきなり?!」
こいつ、離せ!
男はフッと目を閉じ、直ぐに開いた。
「う、受け取ってくれ……。
すまない、少し、少しだけ痛い、かも知れない……。」
そう言う男の口元に一条、血が流れているのが見えた。
何だって?今何て言った?
受け取る?何を?痛い?
俺は気味の悪さと、不可解なこの男の言動に混乱した。
もう離してくれ!気持ち悪い!
もがく俺、しかし謎の外国人はどこ吹く風でちょっと俯(うつむ)き、俺の両手首に息を吹き掛けた。
冷たい!と思った刹那。
見る見るまに俺の手首は霜が噴き、白くなっていくじゃないか!
「あ、あぁ!な、何を?!」
もう手首から先の感覚は無くなっていた、と思う。
男が両手首を、俺の凍りついた手首を掴んだまま、それぞれ外側に回した。
「ゴリリンッ!」
いや、
「ガガリンッ!」
だったかな?
あっさりと「カッ!」だったかも。
うぅ、思い出したくもない…。
兎にも角にも、俺の両手首は謎の外国人にもぎ取られてしまったのだ!
「なっ!!!!」
驚愕!
何が起きているのか、理解がついて行かない!
俺はもう、あまりの現実離れした光景を、それこそ他人事の様に、真っ白な頭で眺めていた。
謎の外国人は、俺の両手首から先を脇にそっと丁寧に置き、自分の右手首に息を吹き掛けている。
「本当に申し訳ない。
でも、この右手が奴等に奪われては困るのだ……。
……ただ想うのは、君が利己的で酷薄な性質でないこと、それだけを願う……。」
俺は血1滴出ない、何故か、ろくに痛みもしない自分の手首と、その男の緑の瞳を呆然と見、意味不明な言葉を聞きながら気絶した、と思う。
次に意識、記憶があるのは朝の6時。
赤羽駅前のベンチからだ。
俺は朦朧としながら、数時間前の衝撃的な出来事を必死に思い出そうとした。
ガンガンと鳴る二日酔いの頭を抱える。
目を閉じると、まるで頭を誰かに掴まれ、グルグルと回されているみたいだ。
考えが纏(まと)まらない。
そうだ!
俺はハッとして、ジャンバーの袖をめくり上げ、左、右と手首を見詰めた。
その目は血走っていたと思う。
「あれ?!俺の手が、ある!」
周りの人が聞いたら、怪しさMAXな言葉が出た。
当たり前だが、俺の手首から先には20年間見慣れた、正に俺の手があった。
「はぁ~!何だよー!」
左手首、右手首と代わる代わる揉みながら、安堵と妙な疲労からタメ息が出た。
どうやら飲み過ぎて、その辺りをフラフラと徘徊し、どっかで寝ちまってたのだろう。
全く!最悪に趣味の悪い、最低にグロい夢を見ちまったもんだ。
しかし、だ。
夢の中の外国人の男に掴まれた時の、あの手の感触、冷たい吐息、それらの感覚は妙にリアルに覚えている。
気がする…。
うーむ、確かに沢山飲んだが、こんな悪酔いしたのは初めてだな……。
うー寒い!
兎に角、部屋に帰ろう!
この時の俺は、寒さと気分の悪さで、ベッドに沈む事しか頭にはなかった。
帰宅後、シャワーもそこそこにベッドに倒れこみ、昼頃起きた。
まだ頭痛、吐き気が酷い……。
布団、寝巻きと、揃ってぐっしょりと湿っている。
どうやら寒い中、半野宿したせいで熱が出たらしい。
あー、本当ついてない……。
もう酒は止めよう!
と、いつも二日酔い空けにする決意を再び固くした。
しっかし暑い!
いや熱い!頭、額を撫でると汗で手が濡れた。
「うぅ、暑ぅ~」
冷凍庫に氷、あったかな?
茹で揚がった頭を冷やそうと、冷蔵庫に向かう。
途中タオルを拾い、頭を拭き、首に引っ掛けた。
ない……。
氷はなかった。
二、三日前に焼酎でやったときに使い切ったままだった。
ふぅ、本当についてない……。
そのままやけになり、ソファーに乱暴に座った。
手近のテーブルを左手で殴る。
「ちくしょー!!氷だよ氷!あったま痛ぇー!」
最悪の気分で喚いた。
くそっ!彼女の一人でも居りゃー、氷なんかコンビニに買いに行かせて……。
ん?
テーブルに下ろした左拳、その握った掌に違和感が。
つ、冷たい?!
握った指を内側から押し開けるように、小石みたいな物が俺の掌にある!
気味が悪くなり、慌てて掌を開いた。
コン!カ!ココン!
小石じゃ、なかった……。
正に小石大の氷が、俺が数瞬前に頭に描いた通りの氷が、俺の掌から転がって二度三度テーブルで跳ね、床に落ちた。
濡れた左掌を、そして床の氷を眺めた。
「へっ?!」
思わず声が出た。
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