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第1話 どんぐりころころ

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 それは突然だった。

「どんぐりころころどんぶりこ~、お池にはまってさぁ大変~、ドジョウが出てきてこんにちは~、ぼっちゃん一緒に遊びましょ~」

 ここで大きく息継ぎブレス

「どんぐりころころよろこんで~、しばらく一緒に遊んだが~、やっぱりお山が恋しいと~、泣いてはお嬢にこまされた~」

 日課であるどんぐり拾いをしながら、【どんぐりころころ】を2番まで歌っていると、ふと違和感を感じた。

 あぁ、そうだ。
『泣いてはお嬢にこまされた』は友だちの子どもが間違えて覚えた歌詞だっけ。

 正確には『泣いてはドジョウを困らせた』
 スッキリ。

 余談だが、【どんぐりころころ】には実は3番まであって、最後にどんぐりがお山に帰るハッピーエンドになっている。
 どんぐりが幸せになるのは良い、凄く良い。

 あー、懐かしいなぁ。
 友だちの子どもが間違えた歌詞で歌うたび、友だちは困った顔をしながら訂正してたっけ。

 …ん?
 友だちの子ども?

 いや、待て待て。
 私は今年4歳。

 そんな私の友だちが、子持ちな訳が無い。

 そう気付いた時、膨大な記憶が頭に流れ込んできた。

 衝撃で、集めていたどんぐりをばらまいてしまった。
 …あぁ、折角のどんぐり。

 流れ込んできたものは、前世の記憶、というやつだろうか。
 日本という国で生まれ育ち、30歳目前にして、恐らく死んだ…のだと思われる記憶。

 最後の記憶は、マンホールにハマったピンヒールを引き抜いて、気がつくと空を見上げていたというもの。
 …ひょっとして、引き抜いた勢いで後ろに倒れ込み、頭を打ち付けて死んだのだろうか。

 やめよう。
 これ以上考えるのは、精神衛生上良くない。
 死因がダサすぎる。

 とりあえず現状把握。
 前世の名前は思い出せないけれど、今の名前はアリア・ローズ、ただ今4歳。
 住んでる家はお屋敷と言って差し支えないレベル。
 悪くない環境だ。

 でも、明らかに日本ではない感じ。
 異世界転生というやつだろうか?

 まぁ、それは追々確認するとして…

「お嬢、こまされたんですか? 」

 後ろから声をかけられて、ビクゥ!と肩がはねる。

 ギュン!と振り向くと(勢い付けすぎて、腰が痛い)、麗しい美少年が無表情でこちらを見ていた。
 麗しい美少年、賞賛の言葉を重ねてしまうほどの美しさだ。

 しばらくお互い見つめ合いながら固まっていると。

「そもそも、こまされたってなんですか? 」

 無表情のまま質問を重ねてくる。

 意味…なんだっけ。
 方言的なやつで、あまりいい意味ではなかった気がするのだけど。

 考え込む私。

「まぁ、お嬢が変なのは今に始まったことじゃないんでいいですけど。お嬢の命より大切などんぐり、落ちてますよ? 」

 無駄にディスられながら、地面に落ちたどんぐりを指さす。

「え?あぁ、どんぐり……」

 待って。
 私命よりどんぐり大切なの?
 私の命安すぎない?

 まだどんぐりを拾おうとしない私に、美少年は

「どんぐり狂のお嬢がどうしたんですか?どこか具合でも悪いんですか? 」

 やはり無表情でディスりながら声をかけてくる。

 そんなにか、私そんなにどんぐり好きだったのか。

「私、どんぐりは卒業したの。どんぐりからの自立よ」

 何言ってんだ私。
 頭の中を整理したつもりだったが、やはり前世の記憶を思い出した混乱は収まってなかったらしい。

「そうですか。ご卒業おめでとうございます」

 美少年は無表情のまま、拍手と共にお祝いしてくれた。

 無表情で拍手って、なんか怖い。

 しかし、美少年は誰だ。

 すると、アリアの記憶だろう、美少年の情報が頭の中に浮かんだ。

 美少年の名前は、ユズリア・ヴァンス。

 私の遊び相手として一緒にいるが、多分執事的な感じではないかと思う。
 立ち位置的に。

「お嬢がどんぐりから卒業したのなら、そろそろお屋敷に戻りますか」

「そうね…。あっ、待って。どんぐり集めも卒業するのだし、最後にこの子たちは持って帰りたいわ」

 ユズリアに生暖かい目で見守られながら、私はせっせと今日集めたどんぐりをポシェットに入れていく。
 ポシェットがパンパンになった所で満足し、私たちはお屋敷に帰るのだった。
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