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第32話 キャンパスに描かれていたものは
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「シャーラン、本当にいいのか、私がついていかなくて」
「ええ、お兄さま、大丈夫です。学園に入園してからは、何度となく行っている場所ですし、利用者も少なくいので…。鍵も借りてきていますし、施錠をきちんとしますので、心配なさらないでください」
「そうは言っても、いつどこからお前を狙う奴が現れるか、分からないだろう。施錠して部屋に1人だから安心、とはならないんだよ。やはり、私も着いていくよ」
ケイランがシャーランに一歩近付き、シャーランの腰に手を回す。
「…お兄さま、私は入園してから今まで部屋に1人どころか、1人で行動することが多かったのです。それでも、こうやって怪我もなく元気ですわ」
「そういうことじゃない。今はお前も自分の出生を知って、入園当初とは状況が違うだろう。何かあってからでは、私が困る」
ケイランはシャーランの頬を両手で包むと、顔を近付け、シャーランの唇の端に唇を当てる。
「………お兄さま。他の方々が見ています」
廊下に立っているシャーランとケイランの周りには、羨望の目で2人を見つめる人でいっぱいだった。
シャーランは、ケイランをやんわりと押し返すと、ケイランの腕をつかみ、人があまりいない廊下へと引っ張っていき、そこで立ち止まると、シャーランは懇願する。
「お兄さまに心配をかけて悪いと思っています、でも、今から行く場所は、私にとっては気分転換にもなる、リラックスできる場所なんです。お願いですから、たまには1人に……してくれませんか」
どんなときでも冷静な表情をしているケイランだったが、シャーランのアイスブルーの瞳にじっと見つめられ、つい気持ちが絆ほだされる。
「——はぁ…分かったよ。ただ、夕食の時間までには必ず戻るように。この約束を破ったなら、二度とお前を1人にしてやらない、…いいね」
「分かったわ、お兄さま。ありがとうございます」
シャーランは笑顔をつくると、ケイランの両手を自分の手で包み込みギュッと握り、ケイランと別れる。
ケイランに背を向けて歩き出したときには、もうシャーランの顔からは笑顔はなく、一瞬にして無表情になっていた。
シャーランは、久しぶりに1人になれたことにホッとして廊下を歩いていたが、シャーランとすれ違う人が皆、シャーランをうっとりとした、とろんとした目で見つめ、中には涎よだれを垂らしている者もいるのに気づき、気持ちがざわつく。
(人々がこうなってしまうのも、元々持っているシュトム族の力のせいなのかしら…)
声をかけられるわけでもなく、ただ見つめられることの不気味さに、シャーランは自分を見つめる視線が怖くて嫌だった。
(それにしても、ケイランと離れられて良かった…)
ケイランとはマハラ達と別れて以降、朝から寝るときまでずっと一緒だった。
どんなときも、ケイランはシャーランの側から離れず、どのように許可を得たのか分からないが、授業部屋にも入ることが許されており、先生や学園関係者はケイランがいることに全く驚いていなかった。
悶々と考えてしまったシャーランだが、頭をふり、気持ちを切り替えようとする。
(先生からの手紙に書いてあった内容は、確か、私が以前描いていた絵を祭典に出すから持ってきて欲しい、だったわよね。ふふっ、嬉しいわ)
廊下を歩くシャーランは、嬉しさのあまり顔がほころび、美術室に向かう足取りも軽くなる。
美術室は学園の1階にあり、そしてあまり日の当たらない位置し常に少し薄暗い。
けれど、シャーランはこの雰囲気をあえて好んでいた。
美術室前に着き、ドアをガラガラとゆっくり開ける。
先生からの手紙には、鍵は開けてあると書かれてあったが、部屋の中は電気はついておらず薄暗かった。
日当たりが悪いのもあるが、暗かったのは窓に暗幕のカーテンが半分くらい閉められているせいだ。
美術室では作品の日焼けを防ぐために、日中誰もいない時間帯は、暗幕が引かれていることが多い。
「私の絵はどこだったかしら」
シャーランは部屋に入り電気をつけると、部屋の中を見回し絵を探す。
「あ…あれかな」
壁際に多くのキャンパスがまとめられており、シャーランはそこへ近づくと、キャンパスを1枚1枚確認する。
「えっと…あ、あった…」
大きなキャンパスを手に取ると、描いた絵を見つめる。
絵の上にバシャッと、飛び散った絵の具を見て、マハラ達との出会いを思い出すシャーラン。
(これがきっかけで、話すようになったのよね…)
シャーランはキャンパスの絵を見つめながら、飛び散った絵の具をそっと指でなぞる。
「…せっかく仲良くしてくれたのに…。私のせいだ…話しかけても、もう今までのように、話してくれないかもしれない…」
「そんなことないよ」
答える低い声にシャーランが驚き振り向くと、マハラが奥の部屋から出てきた。
美術室の奥には倉庫の部屋があり、そこには美術で用いる道具などが置いてある。
「えっ、どうしてここに…?」
「オレらが呼び出したんだよ、驚いたっ…あっ…わっ!」
マハラが足下にあったバケツにつまずき、転びそうになる体をクネクネとくねらす。
「お前ーまたバケツで転ぶのかよ」
転びそうになるマハラの腕を、同じく奥の倉庫部屋から出てきたスカイが掴み持ち上げる。
「再現したかったんでしょ、シャーランちゃんと出会ったときを」
次に、ケイシがケラケラと笑いながら出てくる。
「へー、ここで出会ったんだ」
ジャンも、キョロキョロと部屋中を見回しながら出てくる。
「あれ、でも確か話だと、石膏も倒したんじゃなかったっすか?」
タクが歯を見せて笑いながら、ポケットに手を突っ込んで出てくる。
「せっかく、格好良く出たかったのにな~」
ルイが前髪をかきあげ、笑いながら最後に出てきた。
驚きのあまり、言葉が出ず皆の顔を見回すシャーラン。
「美術の先生からの手紙は、シャーランをここに呼び寄せるために、僕達が書いた嘘の手紙だったんだ。騙してごめんね」
ジャンが申し訳なさそうに言うと、体勢を整えたマハラがシャーランの側に近寄り、シャーランが抱えている大きなキャンパスに、そっと手を添える。
「重いでしょ、オレが持つよ」
ニコッと笑うマハラの瞳を、じっと見つめるシャーラン。そして、キャンパスを互いに掴んだまま、しばらくの間見つめ合う。
「シャーラン、この絵見ていい?」
マハラの方が先に照れてしまい、シャーランから視線を外し、優しい笑みで尋ねる。
「あ…うん…」
シャーランが手を離すと、マハラが優しくキャンパスを持ち上げ、ゆっくりと自分の前に返す。
シャーランは、マハラがまじまじと見つめる姿から、不思議と目が離せなかった。
長いまつ毛に黒くて優しい瞳、ちょっと癖のある髪の毛、キャンパスを持つ腕から見える逞しい筋肉。
久しぶりに会ったマハラに、シャーランは異性としての魅力を感じ、胸がドキドキとしていた。
「あのさ、この絵って、今気づいたんだけど、伝記にあった他のシュトム族と剣を表してたりしない?」
「えっ…?」
驚くシャーランは、更にマハラに体を近付け、スカイ、ケイシ、ジャン、タク、ルイは全員が近寄り、顔を寄せ合ってマハラの持つキャンパスを覗き込む。
飛び散った絵の具のせいで鮮明ではないが、確かにそこには、人らしき人物と剣のようなものが描かれていた。
「ほんとだ…これって、シャーランの元の記憶と関係したりする…?」
ジャンがシャーランの方を見ると、シャーランはまだ驚いたまま、そうかも…と小さく呟く。
「この絵を描いてたときは記憶はなかったはずだけど、体は覚えていたってことかな」
ケイシがシャーランを気遣い優しく話しかけると、シャーランは首を振る。
「分からない…私、今言われるまで気付かなかったし、それになぜこの絵を描いたのかも分からない…」
ルイが顎に指を当て、じっと絵を見つめる。
「この絵に、何か意味があるのかもしれないな」
「そうっすね……。——ん?あれ、この剣のそばになんか描かれてないっすか?」
タクが指さす箇所を見ると、剣のそばに十字で何か描かれていた。
「一見…この感じは、墓に見えるっすけど…」
「おい、タク!やめろよ、不謹慎だろ」
「いいの、私もそう思ったから」
タクを制するジャンに、シャーランはすぐそう伝える。
「ありがとう。でもそんなに、私に気を遣わなくて大丈夫だよ。それより、自分の出生を知った今、皆んなが本音で話してくれる方が嬉しいから…」
潤んだ瞳のシャーランに見つめられ、思わず全員可愛さのあまり、顔が緩み胸が締め付けられる。
「おい、皆んなシャーランと距離が近いぞ、離れろ!」
マハラがシッシッと、他の5人を手で払う仕草をする。
「いや、そういうマハラが一番近いだろ」
ケイシに言われ笑うマハラは、隣にいるシャーランと顔を合わせ、互いにニコリと笑う。
「——まぁ、とりあえずその絵のことは置いといて、シャーランに僕達の気持ちを伝えないと」
ジャンの言葉に、改めて皆がシャーランに向かい合い、マハラが軽く咳払いをする。
「シャーラン、聞いて欲しいんだけど、オレら皆さ、シャーランに協力したいと思っていて。シャーランさえ嫌じゃなければ、また前みたいに、オレ達と一緒に行動ていうか…その…一緒にいてくれないかな」
控えめにな笑顔を見せるマハラに、シャーランは胸が締め付けられる。
「いいの…?私が勝手に皆んなをおいてケイランについていったのに…」
「いいよ。あのときは、色んな事実を知って動揺してただろうし、実際オレら力不足だし。でも、オレらシャーランが嫌がることはしないから…、そこは安心して欲しい」
マハラの真っ直ぐな瞳に、シャーランは目に涙が溢れる。
「ありがとう……同じ人間じゃない私にそう言ってくれて…」
溢れる涙を、手で拭うシャーラン。
「シャーランちゃんは何も変わらないよ!今までと一緒!」
スカイが笑顔で、シャーランの背中に手を当てなだめる。
「そうだよ。そんなこと考える必要ないよ、泣かないで」
ケイシがハンカチを出し、シャーランに手渡すと、シャーランはハンカチをギュッと握り、目の上にあてる。
「だよなー!それでさーー」
「わかるー」
美術室の廊下がガヤガヤと騒がしくなり、一同はハッとし、その場でしゃがんで息を潜める。
ただ廊下を通っただけのようで、話し声は遠くなり、一同はホッと胸を撫で下ろす。
ジャンが声をひそめて、皆の顔を見回す。
「…とりあえず、ここにいるのは良くないな。いつものように、僕達の部屋に移動しよう」
「ええ、お兄さま、大丈夫です。学園に入園してからは、何度となく行っている場所ですし、利用者も少なくいので…。鍵も借りてきていますし、施錠をきちんとしますので、心配なさらないでください」
「そうは言っても、いつどこからお前を狙う奴が現れるか、分からないだろう。施錠して部屋に1人だから安心、とはならないんだよ。やはり、私も着いていくよ」
ケイランがシャーランに一歩近付き、シャーランの腰に手を回す。
「…お兄さま、私は入園してから今まで部屋に1人どころか、1人で行動することが多かったのです。それでも、こうやって怪我もなく元気ですわ」
「そういうことじゃない。今はお前も自分の出生を知って、入園当初とは状況が違うだろう。何かあってからでは、私が困る」
ケイランはシャーランの頬を両手で包むと、顔を近付け、シャーランの唇の端に唇を当てる。
「………お兄さま。他の方々が見ています」
廊下に立っているシャーランとケイランの周りには、羨望の目で2人を見つめる人でいっぱいだった。
シャーランは、ケイランをやんわりと押し返すと、ケイランの腕をつかみ、人があまりいない廊下へと引っ張っていき、そこで立ち止まると、シャーランは懇願する。
「お兄さまに心配をかけて悪いと思っています、でも、今から行く場所は、私にとっては気分転換にもなる、リラックスできる場所なんです。お願いですから、たまには1人に……してくれませんか」
どんなときでも冷静な表情をしているケイランだったが、シャーランのアイスブルーの瞳にじっと見つめられ、つい気持ちが絆ほだされる。
「——はぁ…分かったよ。ただ、夕食の時間までには必ず戻るように。この約束を破ったなら、二度とお前を1人にしてやらない、…いいね」
「分かったわ、お兄さま。ありがとうございます」
シャーランは笑顔をつくると、ケイランの両手を自分の手で包み込みギュッと握り、ケイランと別れる。
ケイランに背を向けて歩き出したときには、もうシャーランの顔からは笑顔はなく、一瞬にして無表情になっていた。
シャーランは、久しぶりに1人になれたことにホッとして廊下を歩いていたが、シャーランとすれ違う人が皆、シャーランをうっとりとした、とろんとした目で見つめ、中には涎よだれを垂らしている者もいるのに気づき、気持ちがざわつく。
(人々がこうなってしまうのも、元々持っているシュトム族の力のせいなのかしら…)
声をかけられるわけでもなく、ただ見つめられることの不気味さに、シャーランは自分を見つめる視線が怖くて嫌だった。
(それにしても、ケイランと離れられて良かった…)
ケイランとはマハラ達と別れて以降、朝から寝るときまでずっと一緒だった。
どんなときも、ケイランはシャーランの側から離れず、どのように許可を得たのか分からないが、授業部屋にも入ることが許されており、先生や学園関係者はケイランがいることに全く驚いていなかった。
悶々と考えてしまったシャーランだが、頭をふり、気持ちを切り替えようとする。
(先生からの手紙に書いてあった内容は、確か、私が以前描いていた絵を祭典に出すから持ってきて欲しい、だったわよね。ふふっ、嬉しいわ)
廊下を歩くシャーランは、嬉しさのあまり顔がほころび、美術室に向かう足取りも軽くなる。
美術室は学園の1階にあり、そしてあまり日の当たらない位置し常に少し薄暗い。
けれど、シャーランはこの雰囲気をあえて好んでいた。
美術室前に着き、ドアをガラガラとゆっくり開ける。
先生からの手紙には、鍵は開けてあると書かれてあったが、部屋の中は電気はついておらず薄暗かった。
日当たりが悪いのもあるが、暗かったのは窓に暗幕のカーテンが半分くらい閉められているせいだ。
美術室では作品の日焼けを防ぐために、日中誰もいない時間帯は、暗幕が引かれていることが多い。
「私の絵はどこだったかしら」
シャーランは部屋に入り電気をつけると、部屋の中を見回し絵を探す。
「あ…あれかな」
壁際に多くのキャンパスがまとめられており、シャーランはそこへ近づくと、キャンパスを1枚1枚確認する。
「えっと…あ、あった…」
大きなキャンパスを手に取ると、描いた絵を見つめる。
絵の上にバシャッと、飛び散った絵の具を見て、マハラ達との出会いを思い出すシャーラン。
(これがきっかけで、話すようになったのよね…)
シャーランはキャンパスの絵を見つめながら、飛び散った絵の具をそっと指でなぞる。
「…せっかく仲良くしてくれたのに…。私のせいだ…話しかけても、もう今までのように、話してくれないかもしれない…」
「そんなことないよ」
答える低い声にシャーランが驚き振り向くと、マハラが奥の部屋から出てきた。
美術室の奥には倉庫の部屋があり、そこには美術で用いる道具などが置いてある。
「えっ、どうしてここに…?」
「オレらが呼び出したんだよ、驚いたっ…あっ…わっ!」
マハラが足下にあったバケツにつまずき、転びそうになる体をクネクネとくねらす。
「お前ーまたバケツで転ぶのかよ」
転びそうになるマハラの腕を、同じく奥の倉庫部屋から出てきたスカイが掴み持ち上げる。
「再現したかったんでしょ、シャーランちゃんと出会ったときを」
次に、ケイシがケラケラと笑いながら出てくる。
「へー、ここで出会ったんだ」
ジャンも、キョロキョロと部屋中を見回しながら出てくる。
「あれ、でも確か話だと、石膏も倒したんじゃなかったっすか?」
タクが歯を見せて笑いながら、ポケットに手を突っ込んで出てくる。
「せっかく、格好良く出たかったのにな~」
ルイが前髪をかきあげ、笑いながら最後に出てきた。
驚きのあまり、言葉が出ず皆の顔を見回すシャーラン。
「美術の先生からの手紙は、シャーランをここに呼び寄せるために、僕達が書いた嘘の手紙だったんだ。騙してごめんね」
ジャンが申し訳なさそうに言うと、体勢を整えたマハラがシャーランの側に近寄り、シャーランが抱えている大きなキャンパスに、そっと手を添える。
「重いでしょ、オレが持つよ」
ニコッと笑うマハラの瞳を、じっと見つめるシャーラン。そして、キャンパスを互いに掴んだまま、しばらくの間見つめ合う。
「シャーラン、この絵見ていい?」
マハラの方が先に照れてしまい、シャーランから視線を外し、優しい笑みで尋ねる。
「あ…うん…」
シャーランが手を離すと、マハラが優しくキャンパスを持ち上げ、ゆっくりと自分の前に返す。
シャーランは、マハラがまじまじと見つめる姿から、不思議と目が離せなかった。
長いまつ毛に黒くて優しい瞳、ちょっと癖のある髪の毛、キャンパスを持つ腕から見える逞しい筋肉。
久しぶりに会ったマハラに、シャーランは異性としての魅力を感じ、胸がドキドキとしていた。
「あのさ、この絵って、今気づいたんだけど、伝記にあった他のシュトム族と剣を表してたりしない?」
「えっ…?」
驚くシャーランは、更にマハラに体を近付け、スカイ、ケイシ、ジャン、タク、ルイは全員が近寄り、顔を寄せ合ってマハラの持つキャンパスを覗き込む。
飛び散った絵の具のせいで鮮明ではないが、確かにそこには、人らしき人物と剣のようなものが描かれていた。
「ほんとだ…これって、シャーランの元の記憶と関係したりする…?」
ジャンがシャーランの方を見ると、シャーランはまだ驚いたまま、そうかも…と小さく呟く。
「この絵を描いてたときは記憶はなかったはずだけど、体は覚えていたってことかな」
ケイシがシャーランを気遣い優しく話しかけると、シャーランは首を振る。
「分からない…私、今言われるまで気付かなかったし、それになぜこの絵を描いたのかも分からない…」
ルイが顎に指を当て、じっと絵を見つめる。
「この絵に、何か意味があるのかもしれないな」
「そうっすね……。——ん?あれ、この剣のそばになんか描かれてないっすか?」
タクが指さす箇所を見ると、剣のそばに十字で何か描かれていた。
「一見…この感じは、墓に見えるっすけど…」
「おい、タク!やめろよ、不謹慎だろ」
「いいの、私もそう思ったから」
タクを制するジャンに、シャーランはすぐそう伝える。
「ありがとう。でもそんなに、私に気を遣わなくて大丈夫だよ。それより、自分の出生を知った今、皆んなが本音で話してくれる方が嬉しいから…」
潤んだ瞳のシャーランに見つめられ、思わず全員可愛さのあまり、顔が緩み胸が締め付けられる。
「おい、皆んなシャーランと距離が近いぞ、離れろ!」
マハラがシッシッと、他の5人を手で払う仕草をする。
「いや、そういうマハラが一番近いだろ」
ケイシに言われ笑うマハラは、隣にいるシャーランと顔を合わせ、互いにニコリと笑う。
「——まぁ、とりあえずその絵のことは置いといて、シャーランに僕達の気持ちを伝えないと」
ジャンの言葉に、改めて皆がシャーランに向かい合い、マハラが軽く咳払いをする。
「シャーラン、聞いて欲しいんだけど、オレら皆さ、シャーランに協力したいと思っていて。シャーランさえ嫌じゃなければ、また前みたいに、オレ達と一緒に行動ていうか…その…一緒にいてくれないかな」
控えめにな笑顔を見せるマハラに、シャーランは胸が締め付けられる。
「いいの…?私が勝手に皆んなをおいてケイランについていったのに…」
「いいよ。あのときは、色んな事実を知って動揺してただろうし、実際オレら力不足だし。でも、オレらシャーランが嫌がることはしないから…、そこは安心して欲しい」
マハラの真っ直ぐな瞳に、シャーランは目に涙が溢れる。
「ありがとう……同じ人間じゃない私にそう言ってくれて…」
溢れる涙を、手で拭うシャーラン。
「シャーランちゃんは何も変わらないよ!今までと一緒!」
スカイが笑顔で、シャーランの背中に手を当てなだめる。
「そうだよ。そんなこと考える必要ないよ、泣かないで」
ケイシがハンカチを出し、シャーランに手渡すと、シャーランはハンカチをギュッと握り、目の上にあてる。
「だよなー!それでさーー」
「わかるー」
美術室の廊下がガヤガヤと騒がしくなり、一同はハッとし、その場でしゃがんで息を潜める。
ただ廊下を通っただけのようで、話し声は遠くなり、一同はホッと胸を撫で下ろす。
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