見世物小屋少女奇譚

飴盛ガイ

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一幕「雫と滴①」

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 「さあさ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい。親の罪を子が継いで何の因果か生まれるは……」

 客寄せの口上と共に白い紙ふぶきが石造りの通りに舞う。小さな商店が立ち並ぶ道を抜けた先にある広場には、射的や面貌屋が連なる屋台が集まっており更にそこから離れた場所には、大仰なテントが建っている。端切れで補修した天幕が目立つ掘っ立て小屋のようなテント。私はそこから少し離れた場所で必死に呼び込みをしていた。その様子を物珍しそうに見る人、不快なものが目に入ったと顔をしかめる人、下卑た笑いを浮かべる人、色々な人がいるけど私はさほど気にしなかった。私が興味あるのはどんな表情を浮かべようとテントに足を運んでくれる人だけだったからだ。

 「お嬢ちゃんも出るのかな」

 酒の匂いを隠そうともしない赤ら顔のおっさんに声をかけられたが、私は曖昧な笑顔で首を縦と横、どちらとでも取れるように振った。おっさんは察したか、それとも勘違いしたのか、ふら付く足でテントへと向かっていく。私は笑顔で会釈した。

 「君、まだ若いのにこんなことをしてはいけないよ」

 身なりの良い中年男性がいかにもな意見を言ってきた。私はそれに道端へ唾を吐くことで答えた。それでも何かを言いたげな中年男性にあてつけるように、私は更に大きな声で先程の口上を述べた。

「さあさ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい。親の罪を子が継いで何の因果か生まれるは……」

前日に夜なべして作った紙ふぶきも大盤振る舞いのおまけつき。中年男性はようやく何処かへ行ってくれた。私は自分にもう一度言い聞かせる。どんな人間だろうと何を言おうと私が興味あるのはテントに足を運んでくれて一座にお金を払ってくれる人だけ。一座では芸の無い人間は一般社会以上に人権と居場所は無い。あっという間につまはじきにされてしまう。五体満足で芸も無い私に出来る事は客を呼び込むことだけ。

「ちょっとそこのお兄さん、興味があるなら騙されたと思って立ち寄ってみなよ。今日の目玉は哀れな双子の……」

必死で覚えた呼び込み台詞、ここで言わねばいつ使う。ああ、考えることまで音頭をとるようになっちゃったかな。それでも、もっと必死に呼び込まなくちゃ。私にはもう、帰る場所なんて無いのだから。

 「香菜ちゃん、そろそろ幕を開けるから戻ってらっしゃい」

 背後から声が聞こえた。振り向くと三間ほど離れたテントの裏口から雫さんが上半身だけだしてこちらを手招きしている。囁くような声なのに私の呼び込みよりも通るのは流石だった。焦りの気持ちが私に湧いてくる。私もあんな風に声が出せれば……

 「焦らなくてもいいのよ、香菜ちゃんには健康な身体があるじゃない」

そんな私の心中を見透かしたかのように雫さんが再び囁いた。

 「はい……」

 俯きながら私は紙ふぶきの入った笊に布切れを被せ、小走りでテントの裏口から中に入った。既に最初の見世物が始まっていて、一番手である椎奈さんが小太りの団長の口上と共に唸り声を上げて壇上で踊っている。私は出来るだけ目立たないように、座員のいる控え室へ向かい、雑役をこなしていった。次の演目の確認。椎奈が終わったら円子ちゃんの番だから、青色の紙ふぶきを用意しないと。ああ、円子ちゃん、そんな目で語り掛けないで。

 そして座員の衣装に綻びが無いかの最終確認。裾の部分が四つもあるから確認が大変だ。ああ、三つ目が破れかけているから急いで補修しないと。それに時折、投げかけられる客からの罵詈雑言の鎮定と座員の愚痴を聞くこと。椎奈、また機嫌が悪いだろうな。私が八つ当たりされるんだ。あ、汽笛が鳴っている。円子ちゃんの出番だ。次は……

 あっという間に演目は終盤に近づき、いよいよ今回の目玉とされる哀れな双子の千里眼、雫さんと滴さんの占いショウが始まった。

 明るい雰囲気だった壇上は、一旦照明を落とした。会場内がざわつく。そしてろうそくのような仄かな明りと共に雫さんと滴さんが姿を現した。最初に強く照らされたのは雫さんの上半身で、装はまるで中世のいいとこの少女を思わせるような出で立ちだった。そして顔は切れ長な目を寄り一層引き立たせるような目墨を目尻に引いており、頬には上気したように見えるぼかした紅をまぶしている。口には優雅と淫靡の境界線のような色の朱を塗り口角を微妙な角度であげていた。会場からは思わず感嘆の声が漏れる。だがその声も滴さんが照らし出されると失笑へと変わった。

 雫さんとはなにもかもが対照的だった。虚ろで左右が別方向へ剥いている両目に、知性の無さを寄り一層目立たせるまん丸の頬紅。口元には原色に近い赤が塗られており涎が垂れていた。そして衣装は、一身体にあっていない大きさの一枚布を被せただけのもの。そこが団長の狙いでもあるんだけど。

 最後に照らし出されたのは雫さんと滴さんの腰元。会場は三度驚かされることになった。二人の衣装は腰元だけ切り取られていている。そして露出された腰の部分で二人は繋がっていた、


 「哀れんでください、彼女達は悪くないのです。慈しんでください、彼女たちに罪は無いのです。真に罰すべきは私達なのです。想い人と番いになれない、親しい人と離別が出来ない。そんな想いを背負ったのが、現世のマリアである彼女達。私達の業を背負った哀れで健気な彼女達……」

 団長の口上が会場に鳴り響く。言っていることは支離滅裂だけど妙な迫力が観客に有無を言わせなかった。

 「これでもかと業を背負わされた彼女達。それでも許される事はなかったのです。ああ。なんということでしょう、彼女達は更なる業を背負うのですが……褒めてやってください、労ってください。心優しい彼女達はその業を私達の罪を清算すべく使おうとしているのですから……私も誰もが皆もが誰しも業を背負っているのです。その業を、なんと彼女達は見通すことが出来るのです。その業を暴き、それを自身のものにしようとしているのです……さあさあ、これは慈善事業なので御代は要りません。どなたか罪を清算したい方はいらっしゃいませんか?」

 観客は最初、あっけにとられていた。仰々しい口上のあとは踊りや出し物と相場が決まっていたからだ。それなのに、これから始まるのは拝み屋の真似事というのだ。静まり返っていた観客から。ぽつぽつと不満が漏れ始めていた。
 
 「どうせインチキじゃろう」
 
 「ワシらが見たいのはそこのくっつきの踊りなんじゃ」

 「最後で手抜きなんかしとるんじゃねーぞ」

 不穏な空気が辺りに漂うが、団長はそこまで計算済みだった。目ざとく観客の一人を指名した。

 「あいや、そこの紳士さん。それだけ清廉を取り繕っていると、溜まっているものもあるでしょう。よければここで吐き出してはいかがですか。なーに、大丈夫、ここに集まっている皆さんは貴殿と同じくらい気位が高い人ばかりだからご安心を」

 どっと沸く笑いと共に視線が一人に集まった。見覚えがある。開演前に私に偉そうなことを言っていた中年男性だった。なんだ、あんな事を言っていたくせに心根はここにいる奴らと大差が無いじゃないか。私は内心ほくそ笑み、同時に期待も高まった。私は、いや座員は知っている。

 雫さんと滴さんの芸が本物だという事を。
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