ただ、隣にいたいだけ~隣人はどうやら微妙にネジが外れているようです~

Ayari(橋本彩里)

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3惑甘ネジ

やっぱりわからない①

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 空は一日中薄い雲が張り、たまに晴れ間を見せた。
 生温い風とともに移動する。アスファルトから発する熱気とともにむわっと湿った空気がここ最近のカラッとした空気とは違い、そろそろ梅雨の時期がくることを匂わせる。

 冷房の効いた店内と外の温度さに振り回されながら通りの店を覗いていく。
 その結果、歩き疲れたが三着ほど気に入った服を購入でき、千幸にとって満足のいく休日となった。

 まだ、今日の楽しい日は続く。
 夕方から予定通り大学時代の友人三人と合流し、絵理奈が調べ予約してくれていた居酒屋へと移動する。

 立ち並ぶビルの一つの看板の案内にそって狭い階段を登り三階に現れた黒いドアを開けると、店内は薄暗くテーブルごとに移動式の敷居が置かれてあった。
 各々好きなお酒と料理を注文し終えると、さっそくとばかりに近況報告が始まる。

 それから学生時代のこと、仕事のこと、恋人のこと。
 あの商品が美味しいとかドラマのことなど、ライトな話題から真面目な話まで何を話すのも気を遣うことなく盛り上がる。

 大学時代の話になった時は、昼間に出てきたキングの話題にも触れられた。
 覚えてないことを散々揶揄からかわれ、絵理奈がキングの名前は何だっけ? と言うと誰もが首を傾げた。

 その代わりにあれこれとキングの武勇伝が語られる。
 どこかの御曹司だとか、学生の時から事業を手掛けていたとか、株を運用しているとか、旧華族だとか。

 歴代の彼女はCA、ミスコン優勝者、アパレル女社長と年齢関係なく職種もいろいろで目立つ人たちばかりで、噂に事欠かない人のようだった。
 千幸は半分の確率でもしかしたら小野寺かなと、盛り上がる話を聞いていた。

 五人も集まるとあれこれ話題に尽きず、会うと一気に学生時代まで時間が巻き戻されるような感覚だ。
 だが、現実はまた明日からいつもの毎日。仕事。自分たちの今の時間を過ごしていく。
 名残惜しいがお開きの時間になり、「楽しかったね。また集まろう」と話しながら駅へと歩いていたその道中。

「あっ!? あぁぁぁーっ」

 突然、絵理奈が興奮した声を上げ、周囲を気にして小声になったが興奮が収まらないと千幸の肩をバシバシと叩く。

 急に酔いだしたのかと心配で顔を覗き込むと、またバシバシと叩かれた。
 興奮で顔を赤く上気させたその表情は元気そうだ。千幸はほっと息をつき、いまだにバシバシ叩く相手に苦言を告げる。

「痛い。痛いって。何? どうしたの?」
「千幸、千幸」

 よほど興奮しているのか叩くのをやめたが、名前を連呼される。

「だから、何?」
「噂をすればだよ」

 その絵理奈の興奮に何事かと彼女の視線を辿った友人たちが、目を丸くしてほぉっと感嘆の声を上げた。

「うわぁ。すっごい偶然」

 まず最初に声を上げた慶子けいこの言葉に、盛り上がる友人たち。

「噂をすればってやつ?」
「だよねー。しかも、相変わらずの格好よさ」
「連れてる女性も相変わらずというか、ハイレベル」
「まあ、美男に美女はつきものじゃない? どちらも自信がないと一緒にいにくいというか、キングほどになるとさもありなん」

 次から次へと言葉が引き継がれていく。

「まっ。そっか。場所も場所だし」
「どちらにしろ、締めにはお後がよろしい感じだよねー」
「何それ?」
「えー、だって大学の友人との集まりで、噂に出た人が見れたら得した気分だし。しかもあのキング」
「確かにそうかも!」

 友人のそれらの感想を聞いた絵理奈が、ほらっと誇らしげに千幸を見る。

「うんうん。やっぱり目の保養ってことだよねぇ! 千幸、あの人がキングだよ。しっかり見て確認しなよ。それにしても写真じゃなくて現物なんて貴重~」

 いまだに興奮する絵理奈にそう言われる前に、もう、ばっちり千幸の視界に入っていた。
 それが誰かも認識していて、わずかに表情を曇らせる。
 何から何を思えばいいかわからない。

「……ふ~ん」

 だから結局、気のない声が口から出た。
 自分でもものすごく平坦な声になったと思い、慌てて言葉を付け足す。

「格好いい人だね」
「でしょでしょ~」

 道路を挟んだ向こう側には、出るとこ出た魅力的な女性の手をとりホテルから出てくる小野寺の姿があった。
 視線は女性に向けられ、女性もしっかりと小野寺を見ている。とういか、小野寺しか見ていない。

 車が行き交いし、通行人も多い中、そこだけスポットライトがあたったように見えた。
 周囲の通行人のほとんどが二人を見ているのでは? と思うくらい目立つ。

 人の視線に慣れているのか、そっと寄りかかるように女性が話しかけ、小野寺が小さく頷くと腕を組んで寄り添うように歩き出した。
 ここからでは細かな表情は見えないが、仲が良さそうに見える。友人たちが言うように美男美女のカップルにしか見えない。

 ――うーん。

 絵理奈たちはちょうど話題に出ていた小野寺を、バッチリなタイミングで見ることができたことに興奮しているだけだ。
 小野寺が美女連れなのも違和感なく、むしろそれさえも株が上がっているようだ。

 でも、千幸は少し違う。
 どこか他人事のように聞いていたキングの噂話が今さらながらに頭をぐるぐるする。

 御曹司? 旧華族?
 事業主?
 派手な交友関係?

 千幸には関係ないことだ。しかも、どれも噂でしかない。だけど、

 ――ふ~ん?

 そんな言葉しか出てこない。
 みんなの手前、感心するように笑顔を浮かべたが、その笑みが自分でも可愛くない種類のものだとわかっていた。

 小野寺がキングであったことが確定したのに、少しでも情報があればスッキリすると思ったのにもやもやする。
 別に女性とくっついて歩いていたからといって、すぐに恋人だと繋げるほど小野寺のことを疑っているというか、軽い人物だと思っているわけではない。

 多分だけど、仕事なのだろうと九割近く思っている。
 なにせ、今朝も出待ちされあの熱い視線を向けられ送り出された身だ。落とすと言われて、距離を詰められ口説かれ中だ。
 どうでもいい女性に労力をかけるタイプには見えないし、そんなことしなくても立候補者はたくさんいるだろう。

 そして何より、自分を見る時の真剣な眼差しが嘘だとは思えない。
 そこまで冷静に考えているのに、目の前の光景はなんとなく面白くない。

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