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3惑甘ネジ
長い夜⑥
しおりを挟む大人なのだからそれでいいのかもしれない。
でも、相手と同じように向き合いたいと思う。変わりたいと思う。思うのに、いつもどこか冷静に逃げ道を残している自分がいた。
だけど、きっと小野寺と付き合うとしたらそれは許されないのだろうと思う。
全力で向かってくる相手にそんな余裕はない。
それが怖かった。
ホテルの女性のことは当然気になる。
だけど、何より自分のこの中途半端な気持ちが一番嫌で今は何も動きたくなかった。
中途半端な嫉妬。
中途半端な関心。
中途半端な独占欲。
中途半端な距離感。
すべてが中途半端なのに、彼が背を向けてしまうのは嫌だと思っているこの我が儘な気持ちを抱える自分がズルいような気がして。
どこまでもまっすぐな相手に合わせる顔がないから、今、連絡を返さずにこうしている。
好き、って難しい。受け入れたら、受け入れられたら、変容する。
それがどう変わっていくのかわからないから、楽しみでもあり怖さでもある。
「ねえ、すっごく疲れるね……」
空で繋がっている元彼に向かって告げる。
夢を追いかけた彼は、今でもあの情熱を持って追いかけているのだろうか。
今でも彼を思い出すのは、恋しいというよりはあの情熱に焦がれるからだ。眩しいからだ。
だから、何かを思う時、頑張ろうと思う時、彼を思い出す。
そして、今この時に彼を思い出すのは自分が変わりたい、頑張ろうと思っているからだ。
確実に小野寺に感化されている。
「どうしたら、どうしたらいいんだろう……」
気持ちが中途半端なまま小野寺と向き合うことが、果たしていいのかどうかがわからないから何もできない。
あのまっすぐな眼差しに、真っ向から向き合うことができるだろうか。
今も、どこかで小野寺を信じている自分がいる。信じたいと思っている自分がいる。
自分で自分の気持ちがまだはっきり見えないが、もうすぐ彼がここに来ると信じている自分がいて、だから着替えもせずにこうして待っていた。
「私って、こんなんだったっけ?」
声に出して自問自答する。
もっとそつなく、可もなく不可もなく、それなりに過ごせていたらそれでいいと思っていた。
相手は壮絶美形の壮絶色気ありの、何より変がつく男だ。ネジが緩んでいるらしい人だ。
そんな相手と付き合うのはいろいろ苦労する。平穏とはいかない。
そう自分に言い聞かせるが、彼の気持ちに嘘がないことを信じたい。自分の気持ちにそぐわない行動はしない人だと信じたい。
つまりは、千幸が好きでそれを裏切るような行動は、たとえ付き合っていない段階でもしないと信じたい。
「やっかいだなぁ……」
誰が? 何が?
彼が、自分が、すべてが。
自問自答の中、時計をちらりと確認する。そろそろ、そろそろくるだろうかと深呼吸を繰り返す。
静かな、ゆっくりと空気が移動する部屋、今、そして。
ピンポーン
「……きた」
やっぱり来た。そのことにほっとする。
だが、一度目からすぐに鳴らされるインターホンに千幸は眉をしかめた。
ピンポーン ピンポーン
──いや、鳴らし過ぎじゃない?
ピンポーン ピンポーン ピンポーン
「えっ、ちょっと」
予想外だ。感傷的な気分が吹っ飛ぶほど急激に今という時間に戻され、現実はこんなにも雑音だらけで立ち止まっている場合ではなく動けって急かすようにうるさい。
「待ってください」
聞こえないのに思わず口にしてしまうほど、ドアの向こうの焦りを感じる。
──もしかして、連絡を返さなかったからこんな感じなのだろうか? でも、夜ですからね。
千幸が揺れ動く気持ちに戸惑って連絡を怠たってこうなったのなら申し訳ないことをしたが、ちょっとびっくりすぎる連打だ。
小野寺らしくてらしくない。
ピンポーン ピンッ
千幸は立ち上がって、連打するインターホンに慌てて応答ボタンを押した。
インターホン越しに見える小野寺の姿。
走ってきたのか肩で息をしているように見え、ほっとしたように目元を緩め息を吐き出した。
甘えるよう縋るように聞こえる声が千幸の名前を呼ぶ。
『千幸ちゃん。千幸ちゃん』
「……近所迷惑ですよ」
思わずいつものように返してしまったが、これもこれで千幸だ。
急に何かが変わるわけでもなく、小野寺を前にするとさっきまでの反省だとか自分の気持ちがとかどうでもよくなった。
ただ、来てくれた安心感とそして常識的にこれどうよ? とちょっと反省させたい気持ちも湧いてくる。
でも、そういった感情を押しのけるような必死さを持って、小野寺がインターホン越しに千幸を見据える。
『なら、開けて』
「…………」
――開けなければまた連打するよっていう意味ですか? 脅しですか?
小野寺の様子がいつもと違いすぎて、千幸は戸惑う。
黙り込んだ千幸に小野寺が懇願する。
『お願いだから』
「……わかりました」
そう返事し千幸はゆっくりとドアに手を伸ばし開けると同時に、滑り込むように入ってきた小野寺に抱きしめられていた。
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