ただ、隣にいたいだけ~隣人はどうやら微妙にネジが外れているようです~

Ayari(橋本彩里)

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4変甘ネジ

大学時代 side翔③

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 資料を戻してもじっと観察するような翔の視線に彼女は気づくと、また眉を跳ね上げ、さらにさげすむような一瞥を寄越した。
 話しかけられもせず、むしろ迷惑だと言わんばかりの視線に翔は戸惑う。

 ――えっ??

 そして、入ってきた時同様に「失礼しました」と何事もなかったかのように去っていった。
 ピシャリと締められたドアを見つめる。

 普段ならあまり気にしない。他人にそこまで気が向いていないから、何も思わない。
 だけど、この日の翔は疲れていた。辟易していたので女性に対して辛辣なフィルターが入っていた。

 そして、『蔑む視線』を初めて体験した翔はとても彼女のことが気になった。
 すごく印象的で、あの視線と彼女が脳裏に焼きつく。……ドクドクと心臓が煩いのは不快なだけだと思いたい。

 ──あの眼差しはどういうことだろう?

 気づけば、頬と目を押さえたままの格好で翔は考え込んでいた。
 楽しくはないが、さっきまでのどうしようもない乾いた気分はなくなり、新鮮な気持ちが入り込んでいる。

 心なしか胸がそわそわし、押さえていないほうの手を胸に置いてこれは何事だとしばらく考え込んだ。
 しばらくすると、またガラリとドアが開いた。
 どうやらさっきの彼女が戻ってきたようだが、さっきまで持っていた筆記具がその手にない。

 光の加減で向こうからは見えにくいのか、ゆっくりと視線を動かすとどこか複雑そうな顔で翔を見た。
 迷惑そうな、ほっとしたような、よくわからない声とともに話しかけられる。

「あっ、まだいた……んですか」

 んですかが、とても残念そうに聞こえるのは穿った見方ではないはずだ。
 小さな声だったが、いなかったらなという希望が入っていた気がする。

「…………」
「大丈夫ですか?」

 翔が片目と頬の部分を押さえ無言でいると、心配そうな声が降りてくる。
 返事を返さないのは大人気ないし、この不機嫌に彼女は関係ないと思いながらも、彼女の視線や含む言い方が面白くなくて短い返事を返した。

「ああ」

 返事が返ってきたことにほっと息をついた彼女は、窺うように翔を見た。

「顔、痛いんですか?」
「まあ、そういうもんかな」

 軽く肩を竦めて応じ、相手をじっと見つめる。
 目線は翔が押さえているあたりを見ており、一応、彼女なりに心配してくれているらしいと知る。
 ぶっきらぼうな返事をした翔の態度に気を悪くすることなく苦笑すると、彼女は淡々と口を開いた。

「盛大に叩かれてましたもんね」
「聞いてたんだ?」

「はい。バチンの音を。実際にあそこまで音って鳴るんですね。あと、その前のセリフもですが」
「ですが?」
「漫画みたいなセリフだなって」

 淡々と話すわりに、ばっちり聞いていたんじゃないかと翔は不機嫌なのもあって己の声が冷たくなるのに気づいた。
 本来なら、多少虫の居所が悪くてもこんな対応はしない。
 だけど、いろいろ格好悪いところを見られ聞かれているらしく、今さら取り繕う気も元気もなく、もうどうでもいいと投げやりに訊ねる。

「あっ、そう。で、君も俺と付き合おうって?」

 それはさっきから彼女は興味ないとばかりの態度がしゃくにさわっていたからもあるのだが、そのことに意識が回らなかった。
 自分のこの感情がわからないままよくあるパターンを思い出し、投げやりに聞いた翔に彼女は心底馬鹿らしいと目を眇めた。

「はああ? なぜ、そうなるんですか。よく知りもしない相手と付き合いたいってバカいるんですか」

 バカって。可愛らしい顔をして結構痛烈にものを言う。
 なぜか視線が吸い寄せられ外せないまま、翔は彼女を見ていた。柔らかな雰囲気の彼女なのに、ばっさり切る物言いが翔の何かをくすぐる。

「違うんだ?」
「違います」
「なんだ」

 翔も知らず知らずのうちに本音が漏れるが、彼女によってスルーされる。

「なんだって意味わからない人ですね。というか、あなた何様ですか? よくもそんなセリフはけますね……」
「……確かに」

 ずけずけと言われるが、はっきり指摘され確かに自分が悪い。
 完全に八つ当たりだった。

「確かにって」

 そこで、何事だと彼女が目を見開き自分を凝視した。
 その視線に面映ゆくなりながらも、さっきまでのささくれた棘が抜けた翔は改めて謝罪する。

「いや、ちょっと疲れてて。それは言い訳だな。悪かった」
「そうですか。まあ、いいです。はい」

 そこで彼女は肩からかけていた小さな鞄から何かを取り出した。そして、こちらに近寄ってくる。
 思わず警戒した翔に彼女が嘆息した。その吐息を意識していると、また「はい」と言われる。

「何?」

 彼女のふわりと甘い匂いが自分を優しく包み込んでくる。
 翔にもたらすものなど気にもかけない相手は軽く首を傾げ、ただ純粋に心配と疑問をぶつけてくる。

「痛いだけ、ではなさそうですし。ハンカチがあったらそれっぽく動けます?」
「……えっ?」
「なんとなくなんで。それに返さなくて大丈夫なんで、いらなければポイでもいいんで」

 理由なんて知りたくない、関わりたくないとばかり。
 むんずっと差し出され、翔は思わず受け取ってしまった。

「じゃ、お大事に」
「待って」
「お大事にです!」

 そして、そそくさと用が済んだと退室する。
 静止の言葉も知~らないとばかりに、これで終わりだと念を押された。

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