ただ、隣にいたいだけ~隣人はどうやら微妙にネジが外れているようです~

Ayari(橋本彩里)

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4変甘ネジ

やっぱり隣人は①

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「──というわけなんだ」

 ――……へ?

「どういうわけですか?」
「だから、あの時にきっと恋に落ちたんだと思う」
「えっ? 今の話のどこに惚れる要素が? あと、いろいろ突っ込みどころが多すぎて処理がついていけません」
「だから、蔑む視線からの一連の流れ。あれでもっていかれた」
「はあ」

 それはもういい。いや、よくない。
 でも、ほかにもいろいろ触れたい。何、この突っ込みどころ満載な感じ。

 現在、ホテルのスイートルーム。
 あのもんもんとしたホテルに舞い戻り、その最上階にやってきている。

 もともと千幸とここに来る予定で予約し、仕事の延長線上でこのホテルの社長の娘さんと食事だったらしい。
 その他『もろもろ』『いろいろ』あって今日になったと言っていた。

 にっこり微笑むその姿に、もろもろいろいろそこはあまり追求しないでおく。
 それは追求すれば隠されるどころか、正直に話される事実のほうに驚きそうで自衛したまでだ。

 贅沢な空間にたった二人。
 このような部屋を利用するのは初めてで、仕事柄間取りやインテリアなどもじっくり見てみたいのにそれどころではない。

 見下ろすように一望できる夜景を見ながら話す内容が、これでいいのかと思うのは一瞬で、あれこれ気になり聞きたいことがありすぎて思考がまとまらないなんて初めてだ。
 千幸はふぅっと息をついた。

 一旦、落ち着こう。
 まだ序盤だ。ここで取り乱したらダメだ。

 それに自分たちは付き合いたてのカップル。今までの距離感とは違ってくるので、その辺も考えなければならない。
 感情を持て余し千幸が黙していると、小野寺に期待のこもった眼差しで見つめられる。
 まるで餌を前にしたワンコみたいで思わず笑うと、それに触発されたように小野寺が切り出した。

「思い出した?」

 やっぱりそこに拘るんだ。
 千幸としてはいろいろ話を進めたいところだが、小野寺にとっては出会いを明確にしないと気が済まないようだ。

 ──ほんと、その蔑む視線を向けた女のどこがいいのかわからないけど。

 呆れるというよりは、疲れがどんと肩にのしかかったような気分になった。

「ハンカチで思い出しました。渡しましたね」

 ハンカチを渡したことは覚えていたが、はっきり言って顔は覚えていなかった。
 長身でモテる人で、ちょっと何様な発言もあったが気苦労があるのだろうと思ったような気がする。

 だけど、全く関わる気も興味もなかったから、それっきりこういう人もいるんだなくらいで忘れていた。
 千幸の中で、困っていた人にハンカチを貸した(あげた)くらいの出来事。

「よかった。俺はその時からずっと気になっていた」

 そこでぎゅっと手を握られる。
 ホテルに移動してきてからの接触は初めてで、ドキッとしながらその清々しい表情に目を奪われる。
 褒めてとばかりに自信を持って告げる相手の真意はわからないし、理解できないのでそのまま口にした。

「蔑む視線の女をですか?」
「そう。あとふっと笑う姿も」

 ふわっふわっと笑顔を浮かべて返されるが、やっぱりどこに惚れる要素があったのかわからない。
 よほどそれらが顔に出ていたのだろう、千幸を熱い眼差しでじっと見ていた小野寺は喉の奥で楽しそうに笑う。

「腑に落ちないという顔してる」
「だって、それで気になったと言われても……」
「まあ、そこですぐに好きだと思ったわけではないけど、それからずっと千幸を意識するようになった」
「そうなんですか……」

 こちらが認識していない時から意識され、恥ずかしい気持ちと申し訳ない気持ちも混ざってくる。
 何より懇切丁寧に説明されても、それのどこに惚れる要素があったのかさっぱりだ。

 わからない。わからないが、きっかけというのは結局そういうもので、それにどのように重きを置くかも人それぞれで。
 それが小野寺にとって大事なことだったと言われ、理解はできないがそこを否定するつもりはない。

「それからずっと千幸を見ていた」

 眼差しと、握られた手から熱が伝わり、言葉にも熱が生じてくるようだ。

「見ていたって……」
「言葉通り。別に後をつけて追いかけたとかそんなことはしてないよ」
「当たり前です」
「でも、こっちは大学に通うのも少しだったから、わからないなりにもずっと視線で追いかけていた。ちょっと意識してうろうろしたのも認める」
「あっ!」

 うろうろで思い出したが、絵理奈が夏休み以降よく見かけたと話していたのは、それがあったからではないかと思い直す。

「何?」
「その、ちょっと。……友人が年度の後半によく近くで翔さんを見かけたと話してたのを思い出して」
「千幸は目に留めてくれなかったけどね。でも、もういい。こうして手元にきてくれたから」

 そういうと小野寺は肩を竦めて、ふ、と色めいた表情で笑った。

 ──手元……。

 その際に、するりと指先で千幸の手を愛おしそうに撫でられる。
 無駄に色気を振り撒かれ、ドギマギを通り越してどよよんと小野寺を見上げた。

「ほら、そこで可愛い顔しない」
「してません。やっぱり翔さんの目はおかしいようなので視力検査お願いします!」
「してもいいけど、良かった場合千幸が可愛いって認める?」
「そういう問題じゃないです。今の明らかにそういう顔ではかったと」

 話を聞いてますます小野寺はどこか変だと思う。
 常識はあるのにどこか斜めだ。ネジが緩んでいる。

「ふ~ん? でも、可愛く見えるものは仕方がないよ。どんな表情でも俺に向けられるものならそう見える自信があるよ」
「変な自信ですね」
「もちろん。俺のしたことで蕩ける顔が一番見たいけどね」

 今夜の小野寺は絶好調だ。ああ言えばこう言う。
 付き合うことになったから少しは収まると思ったのに、言葉を出し惜しむつもりのない相手に、千幸は、はあ、と息を吐いた。

「…………もう、この話はやめましょう」
「ええ? 千幸がしたのに。あと、徐々に敬語やめてくれると嬉しい」
「努力します」
「それと付き合うのだから名前は呼び捨て」
「……努力します」

 こういう変だけどまっすぐなところも好ましいと思っているわけなのだが、常に向けられる変甘色気攻撃に、正直どういう顔をしたらいいかわからなくて困ってしまう。
 照れながらもなんとか前向きに返答すると、小野寺の声が弾む。

「おっ、返事が変わった」
「うっ、それはさすがに」
「さすがに、何?」
「付き合うからには……」

 意識改革しますよともごもごと直視していられず目を伏せて告げると、小野寺が綺麗な瞳を一瞬見開いて固まった。

「えっ、何ですか?」
「それ、タチ悪い。ヤバい。可愛すぎっ」

 いや、小野寺のほうがタチ悪い。
 何それ!? 私が付き合うという言葉を出すだけで固まって頬染めるとか、どれだけ可愛い醜態さらすのかこの人は。

「目の錯覚です」
「錯覚じゃないよ。ほら、まず翔って呼んで」
「……翔、っ………さん」

 やっぱり無理だ。改めてって、なんでこんなに恥ずかしいのだろう。

「それも可愛いな」
「…………」

 言えなかったのに、真顔で褒められ喜ばれる。何、この時間。
 名前を呼ぼうとするだけで照れる自分にも、その前で嬉しそうにする小野寺にも、ピンクのもわもわがかかってるような空気だ。
 なんとも言えず吐き出した溜め息さえも、やわらかに彩るようで尻の座りが悪い。

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