ただ、隣にいたいだけ~隣人はどうやら微妙にネジが外れているようです~

Ayari(橋本彩里)

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6緩甘ネジ

長い時間の真相 side桜田②

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   ◇ ◇ ◇

 桜田が翔の変化に気づいたのは大学四回生の夏休み。高校卒業しても翔とは適度な距離で付き合いがあった。
 放っておいたらとことん何の連絡もしてこない翔を、何度か呼び出しやっと反応があって遊んでいた時だった。
 いつものようにお姉さんたちに逆ナンパされてもいつにも増して素気なく、どうでもいいではなく意思を持って相手にしていなかった。

「忙しい」
「ええ~。忙しそうに見えないけど」
「見えないだけだ」
「ね、みんなで遊ぼうよ」
「無理だ。じゃあな」
「ああ、もう。ちょっとぉ~」

 そんなやり取りをその日だけで何度見たことか。
 すっかり大人としての色気も出てきた翔は相変わらずモテた。芸能プロダクションやら、夜の仕事のお誘いやらも含めだ。

 桜田も線は細いがそこそこ整った顔立ちで優しげな風貌しているので、それなりにモテる。
 周囲の友人も個性的なキャラが揃いイケてる部類だ。そんな自分たちはよく女性に声をかけられてきた。

 その中でも翔は別格だった。
 いるだけで目を引く。歩くだけで、話すだけで視線が吸い寄せられる存在というのはこういうヤツのことをいうのだと、男子校という狭い檻から出たらさらに痛感させられた。

 寄ってくる女性が多いからその分断りをいれる姿をよく見ていたが、面倒臭くて女避けという理由を含めたまに流されていたそれが、煩わしくても気乗りしないとその都度追い払っていた。
 色気に迫力も出てきたので、きっぱり断れば以前より女性が諦めるのも早くなった。
 そして何より、断ることにここまで労力を注ぐ小野寺というのは初めてで桜田は目をひんむいた。

 気になったので、何か心境の変化でもあったのかと聞いてみても、「なんとなく」だけで答えはない。
 それではすっきりしなくて質問をする。

「翔、今彼女いなかったよな?」
「いない」
「でも断るんだ」
「別に今までも断ってただろう」

 何を言ってるんだと面倒そうに視線を向けられたが、桜田は食い下がった。

「うん。だけど、もうちょっと話すとか相手してたのに」
「面倒くさいだけだ。もしかして、桜田が話したかったか?」
「そういうわけじゃないけどさ。断り方が今までよりも、なんていうか」
「変わらないだろう」
「そう言われればそうなんだけど」
「何が言いたいんだ?」
「……俺もわからない」
「何だそれ」

 そこで翔はわずかにくすっと笑った。
 女性にはひどく冷たい対応をするが、友人にはふと気を許したような柔らかな表情を見せる。そんな顔を見せられたら、まあいいかって思ってしまうのだからずるい友人だ。

 興味がないふりをして、懐に入れた相手には情が厚いということを知っている。その中に入れる女性がいないだけのこと。
 だから、ごくごくわずかにその中に入れた者は、付き合いの悪い友人だと言いながら自分を含め構うことをやめられないのだ。

「なんとなくだし」
「そうか。変わったつもりもないが、本気でああいった類はいらないから」
「まあ、そういう時もあるか」
「ああ」

 その時は翔もそう言ったので納得した。だけど、夏休みが明け大学が始まりたまに会うと、明らかに様子がおかしかった。
 溜め息が増え、憂いるように空を眺めたり。

 ──異常事態発生!!

 桜田の感性に引っかかった。
 これは放置していたらおかしなことになるのではと、すぐさまその頃知り合った轟を呼び出して大学の様子を聞いたのが始まりだった。
 違和感をいろいろ並べ立て話すと、轟は肩を竦めた。

「それで?」
「それでって。心配じゃない?」
「そうか?」

 あっさりした答えに桜田が詰め寄ると、轟はやっとそれなりの答えを返してくれた。

「そういえば、夏休みを明けから今まで学内で金魚のふんみたいにくっついていた女もいなくなったな」
「金魚のふんって」
「小野寺が餌だ」
「それはわかってるって」 

 本人曰く、なんとなく違うなくらいには考えていたとのこと。
 そもそも友人の恋愛事情なんてそんなに気にもしないタイプで、言われてみればとあれこれ思い出したようだ。

「常に寄ってきてたからな」
「常にって」
「小野寺も把握してないと思うけど?」

 変なところで真面目というか、律儀な轟の説明に突っ込みながら状況を理解する。

「どんな大学だよ」
「さあ? 小野寺が良くも悪くも吸引力がありすぎることと、本人がどうでもいいと思っていることが問題だろう」
「問題だと思ったら注意したらいいだろう?」
「あれが聞くような男か? 相手の女もそれでいいと思って群がってるんだから、お互い様だろう。いい年してるのだから互いに自己責任。周囲に迷惑かけなければ別にいいんじゃない?」

 言われて気づいたみたいに言っているが、轟の性格からして気づいていないということはないだろう。
 轟にとってそれらは景色の一部。本当にどっちでもいいこととして、意識していなかったのだろう。
 つくづく、翔と類友なのだと感じた。

「まあ、確かにそうだけど」
「で? 何が聞きたい」
「だから、最近の翔で変だと思うこと。さっきのような女性の影がなくなる以外に、らしくない行動とかない?」

 さらに桜田が誘導するように訊ねると、目を細めた轟は何かを思い出したのか、ああ、と今度は目を開いた。

「そういえば、外を歩く時とか視線が周囲に向いているな。……あれは誰かを探しているのか?」
「それだよっ。それっ!」

 この時はまだ女装もしていなかった桜田は、短い髪をかきあげやっと出てきた言葉に興奮した。
 その反対に変わらぬ態度の轟は、ゆっくりと桜田に視線をやる。

「それって?」
「あくまで俺の憶測だけど、大学でも女性の姿がないって、もしかして翔って恋でもしたんじゃないかな?」
「ふ~ん。だとしても、俺らが関わることではないだろう」
「それはそうなんだけど……。ここのところの翔は覇気にかけるというか、邦彦くんは大学卒業したら本格的に翔と一緒に仕事するんだよね? 大事な仕事仲間のそういったモチベーションの在りどころを知っておくだけでも違うと思うけど」
「まあ、目に余るようならな」

 事の次第をわかっていない轟が肩を竦める。
 ただ、この時に桜田も具体的に何かがあると思っていたわけではなかった。何となく翔の様子がこの時から気にかかっていただけだった。

 後にその勘が大当たりするのだが、この時は何となく気になるから事実確認だけしておこうくらいの気持ちだった。
 轟が言うように、いい歳でもあるので相談されたならともかく、勝手に人の恋路に首を突っ込むつもりはなかった。

「俺の目からすれば、もう異常なんだけどなぁ」
「ふ~ん? まあ、それとなくだが観察しておく。卒業しても気になるようならまた話すことにもなるだろう」

 クールな轟はそう締めくくる。眼鏡の奥の涼しげな眼差しは、本当にどっちでもと語っている。

「うーん。まあ、そうなるかぁ。何かあったらよろしく。何か嫌な予感がするんだよな」
「別に変わらないと思うけど」
「うーん。そうかなぁ……。あと、やっと翔にも春が来たのかと思ったのになあ」
「春って。小野寺は女性と付き合ってきていたと思うけど」

 経験豊富なのは十分知っている。

「まあ、それは相手からでしょ? 断るのもまとわりつかれるのも面倒くさいからって付き合うのって恋とは言わないし。現に長続きはしてない」
「ま、恋愛は人それぞれだけどな」
「確かにね。翔がそれでいいなら、いつかエスカレートした誰かさんに刺されても翔の責任だと思ってたけどさ。何か意識が変わったことがあるなら、見守ってみたいっていうか」

 最近の翔を見ていてそう思ったのだけどと、顎に手を置いて首を傾げる。

 ──こういう勘、外れないのだけど。

 外れなくても、あまり突っ込んでもって感じだし。

「桜田は世話焼きだな」
「うーん。そんなつもりはないけどよく言われる」
「こうして俺を誘うくらいだし?」
「気になるし、邦彦くんがいま一番わかるかなって」

 すっきりしないなと唐揚げを口に入れると、ビールを飲みきった轟が今度は刺身に箸を伸ばしながら、ふ、とそこで笑う。

「ま、いいんじゃない? 小野寺は放っておいても勝手に高みにいくだろうけど、桜田みたいに構う相手がいてもいいと思う」
「邦彦くんも、オカン気質っていうんだろう?」
「だから、いいんじゃないかと言っている。それで救われる者もいるだろうし、少なくともあんたの友人はそんなあんたがいいんだろう?」

 真面目な顔して告げられ、桜田は顔が熱くなる。

「なんで平然とそんなこと言えるの?」
「そうなんだろうと言ったまでだ」

 何てことはないとばかりにまた新たなビールを飲み始めた轟の姿を見ていると、おかしそうに見つめ返された。
 冷静さと些細なことは気にしない大らかさ。同じ歳なのに、年上のように頼りになる男だ。
 こういったところが、翔が轟を仕事の相棒に選んだ理由なのだろうと理解した。冷静に物事を判断してくれる相手は頼もしい。

 その日は特に進展があったわけでもなく、積極的に気にするものでもないとその後は日常に紛れていった。
 だが、大学生活も残りわずかという時に、轟がそうだとばかりに話を切り出した。

「前、飲んだ時話していたことを今思い出した。小野寺が友人を通して女性を探していたらしい」
「えっ、翔が女性を探すって何ごと?」
「そのままの話だろう」
「そうだけどっ!」

 とういか、それってこうして会わなければ言わないつもりだったよな。
 とことんマイペース人間めと桜田は毒吐く。
 
 だが、マイペースの王様である翔と長い付き合いなのでいちいち反応はしない。
 こいつもかよっ、類友すぎだろうとぷすぷすとふてくされた気持ちもあったが、それよりもその内容が気になる。

「よく知らないが情報通の友人にあれこれ訊ねてたみたいで、その後はどうなったかまでは知らない」
「へえ。翔がねぇ」
「ま、小野寺にしては珍しい行動ではあるな」

 ──珍事だ。珍事だ。赤飯だ、赤飯を炊こうっ!

 それほど、桜田にはめでたいことだった。

「小野寺らしくないといえばらしくないが、それだけだ」

 轟はそう結んだが、桜田は翔自身が行動したということが嬉しかった。

「それだけだとしても、うん。何か変わる予感」
「予感、ね」
「そう。予感」

 桜田はにんまりと笑みを浮かべ、ぐびっと飲み干した。
 別にすぐに恋愛と結びつけたいわけではない。

 いつも冷めている翔に、少しでも本気になることやそれに伴うもどかしさや楽しいことを知ってほしいだけだ。
 一緒に遊んでいても、たまに本当に楽しいのかなって心配になる時がある。

 もちろん嫌なら来ないし翔が意思をもって行動して一緒にいるのだし、桜田があれこれ考えることではない。
 ただ、勝手に友人としてそうだったらなと思っているだけだ。

 だが、密かに祝いだと喜んでいたのは最初だけ。
 どこかいつも恋愛に対して冷めていた友人の貴重なは、びっくりするほど曲解していると知ったのはもっと先になる。

 結局のところ、大学を卒業しても事業を本格的に起動に乗せても、翔はその微妙な感じをキープしたままだった。
 女性の影もないまま時おり物憂げな溜め息、そしてふと嬉しそうな顔をする。だが、女性の影は全くない。

 轟談だが、外食といっても仕事関係。
 出かけるといってもそれも仕事。女性が絡んでも、あくまでビジネスでありそれ以上はない。プライベートな時間もないくらい精力的に仕事に力を入れているようだった。

 ──体調、崩さなければいいけど……

 今が頑張り時だというのはわかる。だけど、何かに逃げるように仕事に集中しているように見えるのは気のせいだろうか。
 恋愛は人それぞれ。轟もそう言っていたし桜田もそう思う。

 そもそも、恋だと聞いたわけではない。
 ただ、人間らしい感情を見せる友人を微笑ましく見ていただけだ。
 その原因はなんだろうと友人としてと個人的な好奇心を持って気になってはいたが、こちらからは訊く気はなかった。


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