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コイカケその6
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豪華客船の旅はテレビ番組などの特集をたまに目にして、乗るのは歳をとって時間とお金の余裕ができた頃にでも行ければいいと思い描いていたが、まさか二十歳で乗れるとは、それも招待されるとは。
折角の初体験、ゆっくりと見物して回りたいところだが、そうも行かない。事前に教えられたスケジュールによると、午後三時の船出から間もなくで、早速一回戦が始まることになっている。
今、ウェルカムドリンクとやらを受け取って、口を着けてみたが、味わう余裕はない。緊張のせいに違いなかった。これからの勝負、文字通り負けられない戦いになるっていうのに、こんな調子では本領発揮が思いやられる。
ドレスコードはカジュアルと聞いていたけれども、気になって調べてみたら、クルーズ船でのカジュアルって、それなりにきちんとした格好をしなければいけないみたい。なので、一般的なスーツを着ていった。ジャケットを脱げばカジュアルさも出せるだろう。
果たしてそれで正解だった。周りの男性はほぼスーツを身につけており、中には和服のご老人もいた。ネクタイも念のために用意していたが、着けていない人が圧倒的に多く、僕もノーネクタイで通すと決めた。
出港を挟んで前後三十分ほど続くというセレモニーの頃には、いよいよ緊張してきて、喉が渇いてたまらない。飲み物を何杯ももらって、何とかやり過ごす始末。
そしてようやく出港の時間を迎えて、警笛が鳴り響いた瞬間だった。
「――じゃないか?」
後ろから名前を呼ばれたような気がして、振り返った。すると、よく見知った顔が三メートルほど先にあった。
「やっぱり」
羽柴秀一郎がスタスタと近寄ってきて、右手を差し出してくる。僕はグラスを持ち替え、握手に応じた。
「羽柴がいるということは、君も参加者なのか」
「ギャンブルトーナメントの? もちろん。というよりも、そっちこそ参加者に選ばれたのか。意外だな」
真正面から割と失礼なことをさらっと言う羽柴。こちらは苦笑いを浮かべるしかない。
僕と羽柴はともに静流さんと同じ大学に通う同学年で、静流さんとの親密度も同程度のはず。学業成績となると羽柴の方が若干上かもしれないが、大差はない。
自分で言うと嘘くさくなるので嫌なんだけれど、二人とも優秀なのだ。広い意味での頭のよさ、柔軟性や応用力に要領の善し悪し、知識量、ひらめき等は似たり寄ったりで、ギャンブルの実力となると想像がつかない。せいぜい、UNOやトランプを大勢でプレイしたことがある程度だ。
「どんなエリートが集うのかとびくびくもんだったが、いくらか気が楽になったぜ」
笑いながら羽柴が言うので、僕も「こっちの台詞だよ」と言い返した。いけない。緊張が解けたのはいいが、あまりに緩みすぎるのもよくない。気を引き締め直す。
と、不意に羽柴が耳元へ顔を寄せ来た。一瞬焦ったが、内緒話をしたいらしい。
「相談があるんだ、聞いてくれ」
「よからぬことみたいだな」
「よからぬことかどうかは、あとにならないと分からない。もし俺達が一回戦で当たらなかったなら、なるべく協力しようぜ」
「どうやって」
公平なトーナメントを謳うからには、観客席からサインを送って敵の手を知らせる、なんていういかさまには対策が立てられているはず。他の参加者の試合を観ること自体、禁止される可能性だってある。
「ちょっとした情報交換の手段を確保しておきたいのさ。ほら」
ジャケットの懐から腕時計のような文字盤付きハンドバンドを出された。
「これは?」
「腕時計型の無線機。携帯端末は海に出るとつながらなくなる恐れが強いので、これにした。結構クリアに音を伝えられる。説明書なしでも、直感的に使えるのがいい」
「対戦相手の特徴を知らせろって言うのかい? 勝負の最中にそれは厳しいな。自分の負けを想定したような行為なのも気に食わない」
「まあまあ、大局に立って考えろよ。俺とおまえ、どちらか優勝すればいいってな」
「ギャンブルチャンピオンの称号はともかく、静流さんの相手になれるかもしれないっていうのは、どちらかが優勝すればいいって話じゃないだろう」
「固いな。ま、何かの役に立つかもしれないし、持っとけよ。俺の方も同じ奴を着けてるからさ」
「分かったよ」
押し付けられたリストウォッチ型無線機を、僕はじっと見つめた。
「待った。羽柴が着けている物と交換してくれないか」
「うん? 同じ物なんだが」
「念のためさ。この無線機が実は、僕の発汗状態や脈拍なんかを読み取って、そちらに送信するようになっているかもしれないからな」
「漫画の読み過ぎだな」
笑いながらも羽柴は無線機を交換し、離れていった。僕はそれをジャケットの左ポケットに仕舞った。
折角の初体験、ゆっくりと見物して回りたいところだが、そうも行かない。事前に教えられたスケジュールによると、午後三時の船出から間もなくで、早速一回戦が始まることになっている。
今、ウェルカムドリンクとやらを受け取って、口を着けてみたが、味わう余裕はない。緊張のせいに違いなかった。これからの勝負、文字通り負けられない戦いになるっていうのに、こんな調子では本領発揮が思いやられる。
ドレスコードはカジュアルと聞いていたけれども、気になって調べてみたら、クルーズ船でのカジュアルって、それなりにきちんとした格好をしなければいけないみたい。なので、一般的なスーツを着ていった。ジャケットを脱げばカジュアルさも出せるだろう。
果たしてそれで正解だった。周りの男性はほぼスーツを身につけており、中には和服のご老人もいた。ネクタイも念のために用意していたが、着けていない人が圧倒的に多く、僕もノーネクタイで通すと決めた。
出港を挟んで前後三十分ほど続くというセレモニーの頃には、いよいよ緊張してきて、喉が渇いてたまらない。飲み物を何杯ももらって、何とかやり過ごす始末。
そしてようやく出港の時間を迎えて、警笛が鳴り響いた瞬間だった。
「――じゃないか?」
後ろから名前を呼ばれたような気がして、振り返った。すると、よく見知った顔が三メートルほど先にあった。
「やっぱり」
羽柴秀一郎がスタスタと近寄ってきて、右手を差し出してくる。僕はグラスを持ち替え、握手に応じた。
「羽柴がいるということは、君も参加者なのか」
「ギャンブルトーナメントの? もちろん。というよりも、そっちこそ参加者に選ばれたのか。意外だな」
真正面から割と失礼なことをさらっと言う羽柴。こちらは苦笑いを浮かべるしかない。
僕と羽柴はともに静流さんと同じ大学に通う同学年で、静流さんとの親密度も同程度のはず。学業成績となると羽柴の方が若干上かもしれないが、大差はない。
自分で言うと嘘くさくなるので嫌なんだけれど、二人とも優秀なのだ。広い意味での頭のよさ、柔軟性や応用力に要領の善し悪し、知識量、ひらめき等は似たり寄ったりで、ギャンブルの実力となると想像がつかない。せいぜい、UNOやトランプを大勢でプレイしたことがある程度だ。
「どんなエリートが集うのかとびくびくもんだったが、いくらか気が楽になったぜ」
笑いながら羽柴が言うので、僕も「こっちの台詞だよ」と言い返した。いけない。緊張が解けたのはいいが、あまりに緩みすぎるのもよくない。気を引き締め直す。
と、不意に羽柴が耳元へ顔を寄せ来た。一瞬焦ったが、内緒話をしたいらしい。
「相談があるんだ、聞いてくれ」
「よからぬことみたいだな」
「よからぬことかどうかは、あとにならないと分からない。もし俺達が一回戦で当たらなかったなら、なるべく協力しようぜ」
「どうやって」
公平なトーナメントを謳うからには、観客席からサインを送って敵の手を知らせる、なんていういかさまには対策が立てられているはず。他の参加者の試合を観ること自体、禁止される可能性だってある。
「ちょっとした情報交換の手段を確保しておきたいのさ。ほら」
ジャケットの懐から腕時計のような文字盤付きハンドバンドを出された。
「これは?」
「腕時計型の無線機。携帯端末は海に出るとつながらなくなる恐れが強いので、これにした。結構クリアに音を伝えられる。説明書なしでも、直感的に使えるのがいい」
「対戦相手の特徴を知らせろって言うのかい? 勝負の最中にそれは厳しいな。自分の負けを想定したような行為なのも気に食わない」
「まあまあ、大局に立って考えろよ。俺とおまえ、どちらか優勝すればいいってな」
「ギャンブルチャンピオンの称号はともかく、静流さんの相手になれるかもしれないっていうのは、どちらかが優勝すればいいって話じゃないだろう」
「固いな。ま、何かの役に立つかもしれないし、持っとけよ。俺の方も同じ奴を着けてるからさ」
「分かったよ」
押し付けられたリストウォッチ型無線機を、僕はじっと見つめた。
「待った。羽柴が着けている物と交換してくれないか」
「うん? 同じ物なんだが」
「念のためさ。この無線機が実は、僕の発汗状態や脈拍なんかを読み取って、そちらに送信するようになっているかもしれないからな」
「漫画の読み過ぎだな」
笑いながらも羽柴は無線機を交換し、離れていった。僕はそれをジャケットの左ポケットに仕舞った。
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