江戸の検屍ばか

崎田毅駿

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5.同心も人の子、子の親

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「何でございましょう」
「最前、この女子おなごの着物の下を検分した訳だが、正直言って、気の毒で直視できんでおった」
「えーっと、同心のご身分でそれはまずいのでは……」
「それを申すな。ひと月半ほど前に、わしにも子が出来てな。女の子だ」
 初耳だった岡っ引き二人は、「おめでとうございます」と口を揃えた。男児を強く望む家もあるが、目の前の高岩の顔つきからして、ここは祝いを述べても何ら問題あるまい。
「うむ。目に入れても痛くないというあれでな。あの子が生まれて以降、こうして死人の出る案件に関わる度に、ついつい嫌なことを思い描いてしまう。もちろん我が子がこの亡くなった娘っ子に似ているということはないし、そもそも赤子と比べて似ているはずもない。それにもかかわらず、余計な想像をしてしまうのだ。育て方を間違えるとこんな目に遭うのか、それともただただ運が悪かったのか……」
 高岩の喋りが、はたと止まる。
「ああ、いかんいかん。話が逸れた。要するに、そういう心の持ちようだったがために、検分にいささか集中を欠いておったなと思い返していたのだ。見落としがあるやもしれん、二人で再度、視てくれ。特に、外から分からぬように傷を付けるに適した部位を」
 高岩が言っているのは、主にいわゆる陰部のことだろう。明確に表現しないのは、幼い娘のことをまだ頭の中から追い払えていないからと見える。
「それじゃまあ、陽の光が足りなかったということで、改めて視る名目にしますか。ろうそくを灯すとしましょう」
 多吉が灯りをかざし、それを頼りに法助が各部位を視ていく。具体的には、太く長い釘のような物が、陰部や肛門など人間に“元から備わっている穴”に突き刺さっていないかどうかの確認をする。そのような奇抜な方法で殺害することに、犯人にとってどのような益があるのか? 一見すると外傷がないため、誤って自然死や病死と診断され、事件性が明るみに出ないまま片が付くことを狙っている訳だ。
 手練れとなると針のような細い得物でも人を死に至らしめることが可能で、いきおい、検屍する側も熟練の目が求められる。幸いにも法助は堀馬にずっと付いてきたのが大きな経験となって、基本的な検屍ならある程度こなせた。
「――どこにもありません」
 死者への礼を失さぬよう気を遣いつつも、法助は丹念に調べ終えた。
「そ、そうか。不幸中の幸いと言っていいのか迷うところだが、ともかく、一つの可能性は潰せた訳だ」
 高岩は複雑な表情を見せて言った。
 ちょうどよい頃合いになったので、再び死者の口中に注目する。銀の匙を静かに取り出し、その変色の度合いを観察した。
「……変わっておらぬ、な」
 高岩が言い、同意を求める風に法助及び多吉に目線を振る。
「そのように判断して間違いありません。しかし高岩の旦那、これでまた一段と分からなくなりましたよ。刺し傷や殴られた痕はない。首を絞められたり口を押さえ付けられたりした様子もなし。溺れたようでもなければ、毒でもなかった。万が一、病だとしたら私らの知らぬ、症状の出ない病ってことになりやしませんか。ひとまず、お医者様を呼んで参りますか?」
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