江戸の検屍ばか

崎田毅駿

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6.残酷で巧妙なやり方

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「む、そうだな……いや、待て。医者に頼る前にまだ試しておくべきことが何かあったと記憶しとるぞ。何ともこう、むごたらしいやり方で思わず目を背けたくなるような……」
 呟くと、虎の巻――『無冤録述』を繰り始める高岩。といっても手際よくとはならず、多少苦戦した。しばらく握りしめていたせいなのであろう、手汗が移って頁の紙と紙がくっつきがちになったと見える。
 それでもじきに高岩は目的の箇所を見付けたようだ。
「おお、あった。これだ」
 彼が指で示したところには、比較的よく用いられる殺し方の偽装として、ある方法が記してあった。
「これ、ですか。確かに、仏さんは長い御髪をきれいにまとめていますね」
「調べてみる値打ちは充分あるであろう?」
「分かりました。我々では、髪を元に戻せませんけど、かまいやしませんね?」
「ほう、身内の者の心配とは感心感心。なに、あとからいくらでも直せよう。さあ、取り掛かろうぞ」
 少し前まで、娘を亡くした親の気分に浸っていただけあって、高岩は上機嫌になったようだ。
「じゃあ多吉は、また灯りを頼む。今度のは本当に見付けづらいのが常だからな」
 法助は岡っ引き仲間に言うと、自らは死者の髪を解いた。勝手の分からぬこと故、少々乱暴な手つきになってしまったが、髪の毛同士が絡まったり結び目を作ったりするような愚は避けられた。
 それから髪をなでつけ、分け目が分かるようにする。頭頂部一帯がよく見えるようになった。
「どうだ、釘の頭はあるかないか」
 高岩が尋ねる。やや急かし気味の口調だ。
「ちょっとお待ちくださいよ……ううん? どうでしょう、これ」
 死因を不明にせしめる欺瞞として、目に付きにくい位置に釘を打ち込むというやり方がある。先に挙げた陰部や肛門の他、脇の下やへそ、そして毛髪に紛らわせて頭頂部に打つといった事例が知られている。特に頭頂部は釘だけでなく肌の変色までも毛髪で隠せるという利点があるため、なかなか気付きにくい。今回の遺体にしても、もしも自宅の寝床で見付かっていたとしたら、病死で片付けられていたかもしれない。
「どれ、わしにもよく見せてみい」
 そう言って高岩は地面に這いつくばるような格好になった。遺体は仰向けでござに横たえられているため、頭のてっぺんをしげしげとみるにはこうせざるを得ない。
「うーん、どれだ? 分からんぞ」
 多吉が灯りの角度をあれこれ変えて試すも、どうしても影ができてしまうようで、うまく行かない。
「旦那、離れてしばしお待ちを。起こします」
「お、そうか」
 高岩が離れると、法助と多吉は二人で力を合わせ、死者の上体を起こした。両脇を抱えて支えることにより、その姿勢を維持する。
「これで見易くなったかと」
「おお、そのようだ。うむ、しかと分かるぞ。つむじの真ん真ん中に、黒ずんだ丸い物が見て取れる。ふふん、一旦見付けてしまえば、毛穴との差は歴然としておるな」
「はい。それでもかなり手際よく、この咎人はやりとげたようで。ご丁寧に、釘を熱してから打ち込んでいると思われます」
「熱した釘か。どうしてそのように読む?」
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