ホシは誰だか知っている、が

崎田毅駿

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5.今日に至る道筋

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 北川君は視線を外に向けた。私に泣き顔を見られたくないのかもしれない。涙してもかまわない。私でさえ、思い出すと感情が揺り動かされるのだから。
 悪夢であればいつかは覚めようが、あの事件は現実であった。
 あの年の九月。休日の朝、行楽地へ向かって走行中の新幹線車両内で起こった毒ガス散布。その車輌にいた者は、犯人四名も含めて七十五人。うち、七十四人が即死に近い状態で逝ってしまった。唯一生き残ったのが、たまたまトイレに立っていた篠原涼美であった。
 異変は前後の車輌に伝わっていなかった。故に、篠原涼美は毒ガス立ちこめる車輌に戻っている。そして中の惨状を目の当たりにするかしないかの合間に、瞬時に判断したのだろう。すぐに車輌を離れ、隣の車輌に倒れるように駆け込み、「助けて、毒が」と言ったきり、しばらく痙攣を続け、やがて意識を失ったという。
 毒という一言によりその後適切な判断がなされ、幸運に助けられもしたのだろう、それ以上の犠牲者が出ることなしに、次の駅で新幹線は緊急停車。乗員乗客並びに駅の関係者全員が避難したあと、ようやく捜査開始となった。通路に倒れて死んでいた犯人らは狂信的な宗教家とその仲間と判明したが、犯行の動機について、具体的な文章は何も遺されていなかった。
 犯人は多数の信者を前に、この年の八月に人類滅亡を予言していた。当然のごとくとすべきか、予言は外れ、犯人の宗教家は信者に糾弾され、わずか三名の側近を残し、他の全信者に逃げられていた。己の正しさを主張するため、犯人は毒ガスを使って事件を起こした……と推測されている。
 十年経った今でも、思い出すのも忌々しい、ドブネズミの糞にも劣るような犯罪。身近な人を失ったわけでない人々は忘れられたかもしれないが、私は忘れられない。忘れられるものではない。唯一生き残った少女は言うまでもなく、彼女の両親にもその三日前、会って話をしたのばかりだったのだから。それまでも何回か会って、篠原涼美の両親に、娘さんを実験に参加することを許可してくださるよう説得に当たっていた私は、ようやくその日、理解を得られた。超能力の実験に対する理解だけでなく、人間的にも理解し合えたものと信じた。それだけに、この事件は……。
「僕の両親も、熱心なものです。感謝すると同時に、感心さえしてしまいます」
 不意に北川君が言った。少し声がかすれていた。
「え? ……ああ、君のご両親、今でも彼女の面倒を見ているんだ」
「はい。こんなこと言うのは何でしょうが……両親、特に母は、涼ちゃんが小学生の頃からかわいがっていました。あのときすでに、本気で僕と彼女を一緒にさせようと思っていたみたいですから」
「そうだろうね。……君のご両親がこちらに来ていないということは、科学や技術が大いに進んだのに、彼女を世話する設備は、まだ東京にしかないのか?」
「いえ、よその地方にもあるにはあるらしいです。ただ、僕の都合だけで涼ちゃんにはるばる旅をさせるなんて、そんなことできません。それに、僕が向こうの大学に行っていたら、きっと涼ちゃんのことが人に知れて、面倒になっていたでしょうから、わざと離れてみたんです」
「そういうことか……。下世話な話になるけれども、治療費というか世話をするためにかかるお金は、足りているのだろうか」
「僕は詳しく知りませんが、彼女のお父さん、お母さんが遺した作品による収入でやっていけるようです」
 事件で亡くなった両親は、娘を支えるのに充分な物を遺した。画家である父親は数百点に上る絵を、服飾デザイナーである母親は、いくつかのデザイン案を。元々実力のあった二人の作品は、皮肉にも、「あの毒ガス事件で唯一生き残った少女の親」というプレミアにより人気が高まり、より高く売れるようになった。私個人としては気に入らない現象なのだが、口出しする領域ではない。むしろ、よしとしなければならないのであろう。
「もうよしましょう。それより京極さん、あなたのことを聞かせてください」
「……分かった」
 私はコーヒーをすすった。ぬるくなったお陰か、苦みが出ていた。
「でも実は、私が今やっていることは、あの事件と少しだけ関係している。その点を許してほしい」
「……ええ、どうぞ」
「あの事件があってから、私は研究をやめた」
「え? どうして――」
 コーヒーカップを取り落としそうになった北川君を、私は微笑ましく思えた。
 こちらが何も答えないでいると、彼は続けて聞いてきた。
「まさか、僕のせいですか? あのときからしばらく、僕、超能力どころじゃなくなったから……」
 不安げな声だった。
 確かにその言葉通り、事件以来、北川君は『精神的』に篠原涼美につきっきりになり、読心の能力を発揮しなくなった。
「違うよ」
 私がそう答えると、北川君は小学生に戻ったように、安心した笑顔を見せた。
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