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6.調査依頼
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「それならいいんですけど……じゃあ、どんな理由があるんですか」
「私のせいで、篠原涼美ちゃんと彼女の両親はあんな目に遭ったようなものだからね」
「あ……そのことでしたら」
「いいんだ。事実は事実さ」
北川君の言葉を遮り、私は強い調子で言い続けた。
「私が、涼美ちゃんを実験に協力してもらえるよう、ご両親に頼みに行ったのは九月十二日、日曜日だった。はっきり覚えている。本来なら、この日、涼美ちゃん達は日帰り旅行に出かける予定だったのに、私が無理を言って日を変えてもらった。そして三日後の祝日、九月十五日に涼美ちゃん達は出かけて、あの事件に巻き込まれた」
「……」
「事件後すぐ、大学に辞表を提出した。それはちょうど五十日目、受理された」
「お葬式のときも、お見舞いに来られたときも、京極さん、そんなこと言ってくれなかったです」
「言ったら、篠原さんの親類の方――おばあさん一人だったけど――にとって、嫌味じゃないかと思ったんだ」
篠原涼美にとっての祖母は当時、私を責めた。息子夫婦や孫娘が事件に巻き込まれたのは、私のせいだと。あのおばあさんも今は亡くなっていた。
「私は嫌われていたから、何の知らせももらえなかった。結局、君達が篠原さん達と一緒に東京の方に越してしまったきり、消息がつかめなくなった。できれば彼女――涼美ちゃんの世話をしてあげたかったのだが……。あの当時、私はぼーっとして毎日を送っていたのだろう。交通事故に遭って、自分が世話を受ける身になったんだ」
ふと気付くと、自嘲の笑いを無意識の内に浮かべていた。真向かいの少年――やはり少年だ――は、心配そうに口を開いてきた。
「事故に遭っていたんですか? どの程度の?」
「おいおい、そんなに心配しないでくれ。十年前の話だ、今、これだけぴんぴんしてるんだから、分かるだろう。足の骨を折っただけだよ」
「だけって……それでも大変じゃないですか」
「こんなもの……。ま、そういういきさつで、君達の行き先をたどる糸は完全に断ち切られた。ただ、涼美ちゃんの治療のためとだけは、耳にしたがね。入院して生活費も底をついてきた私は、知り合いのつてを頼りに、職を転々として……よそう、苦労話をしてもしょうがない。今は保険会社の調査員だ」
「保険会社? だったら、こんなところでぶらぶらしているのはおかしいんじゃないですか」
「いや、だから、調査員なんだよ。保険会社に縛られてるんじゃない。保険金の支払いに関して、不審な点がないかどうか調べるのが仕事。言うなれば、探偵ってところか。現在は調査物件を抱えていないから、こうしていられるわけだ」
「はあ……。だったら、僕のこの力、使えますね」
冗談のつもりか、含み笑いをする北川君。このとき初めて、私はその可能性に思い当たった。
「言われてみれば……。卒業したら来ないかな。君なら一発で採用だ」
「履歴書の特技の欄に、超能力とでも書けと?」
表情がほころぶ。私もつられた。
非常に若い頃は、科学の進歩により超能力についてある程度解明され、超能力者そのものも社会的に認知されるのではないかと空想していたのだが……実際にはそうなっていない。履歴書に特技として超能力と書けるようになるのは、まだ先のようだ。
ようやく自然に笑えてから、私と北川君は別れた。お互いの連絡先を教え合って。
「依頼が入ってるわよ」
理恵子さんの目は、私を責めるように射ている。定刻通りに出てきたのに、どうして非難されねばならないのだ。
「どれ」
意味のない声を上げて、私は机に向かった。山積みのファイルを押しのけ、スペースを確保し、理恵子さんから手渡されたメモを落とす。これらのメモは、理恵子さんが依頼内容を簡潔にまとめてくれた物だ。全部が全部、保険会社関係の調査依頼というわけではなく、浮気の証拠探しや素行調査、果ては迷い子の猫探しまで舞い込む。今朝の分は、昨日一日に届いた依頼にしては件数が多い。
「お薦めの物件はあるかな?」
「私は不動産屋じゃありませんので」
冷たく言い放たれた。そもそも、彼女は主に経理ばかりやっているから、仕事の選り好みをしない。実際に調査する私からすれば、何でもかんでも引き受けるわけにはいかないのだが、それを分かってもらえない。
「支払い条件がいいのだったら、すぐにでも上から順に列挙してみせるけど」
理恵子さんが言ったが、私はこれまでの経験から断る。支払い条件のよい依頼は、たいていが無茶な仕事なのだ。
ぱらぱらとメモを眺めていたところ、ある単語が目に飛び込んできた。
「『殺人事件の犯人探し』だって?」
「私のせいで、篠原涼美ちゃんと彼女の両親はあんな目に遭ったようなものだからね」
「あ……そのことでしたら」
「いいんだ。事実は事実さ」
北川君の言葉を遮り、私は強い調子で言い続けた。
「私が、涼美ちゃんを実験に協力してもらえるよう、ご両親に頼みに行ったのは九月十二日、日曜日だった。はっきり覚えている。本来なら、この日、涼美ちゃん達は日帰り旅行に出かける予定だったのに、私が無理を言って日を変えてもらった。そして三日後の祝日、九月十五日に涼美ちゃん達は出かけて、あの事件に巻き込まれた」
「……」
「事件後すぐ、大学に辞表を提出した。それはちょうど五十日目、受理された」
「お葬式のときも、お見舞いに来られたときも、京極さん、そんなこと言ってくれなかったです」
「言ったら、篠原さんの親類の方――おばあさん一人だったけど――にとって、嫌味じゃないかと思ったんだ」
篠原涼美にとっての祖母は当時、私を責めた。息子夫婦や孫娘が事件に巻き込まれたのは、私のせいだと。あのおばあさんも今は亡くなっていた。
「私は嫌われていたから、何の知らせももらえなかった。結局、君達が篠原さん達と一緒に東京の方に越してしまったきり、消息がつかめなくなった。できれば彼女――涼美ちゃんの世話をしてあげたかったのだが……。あの当時、私はぼーっとして毎日を送っていたのだろう。交通事故に遭って、自分が世話を受ける身になったんだ」
ふと気付くと、自嘲の笑いを無意識の内に浮かべていた。真向かいの少年――やはり少年だ――は、心配そうに口を開いてきた。
「事故に遭っていたんですか? どの程度の?」
「おいおい、そんなに心配しないでくれ。十年前の話だ、今、これだけぴんぴんしてるんだから、分かるだろう。足の骨を折っただけだよ」
「だけって……それでも大変じゃないですか」
「こんなもの……。ま、そういういきさつで、君達の行き先をたどる糸は完全に断ち切られた。ただ、涼美ちゃんの治療のためとだけは、耳にしたがね。入院して生活費も底をついてきた私は、知り合いのつてを頼りに、職を転々として……よそう、苦労話をしてもしょうがない。今は保険会社の調査員だ」
「保険会社? だったら、こんなところでぶらぶらしているのはおかしいんじゃないですか」
「いや、だから、調査員なんだよ。保険会社に縛られてるんじゃない。保険金の支払いに関して、不審な点がないかどうか調べるのが仕事。言うなれば、探偵ってところか。現在は調査物件を抱えていないから、こうしていられるわけだ」
「はあ……。だったら、僕のこの力、使えますね」
冗談のつもりか、含み笑いをする北川君。このとき初めて、私はその可能性に思い当たった。
「言われてみれば……。卒業したら来ないかな。君なら一発で採用だ」
「履歴書の特技の欄に、超能力とでも書けと?」
表情がほころぶ。私もつられた。
非常に若い頃は、科学の進歩により超能力についてある程度解明され、超能力者そのものも社会的に認知されるのではないかと空想していたのだが……実際にはそうなっていない。履歴書に特技として超能力と書けるようになるのは、まだ先のようだ。
ようやく自然に笑えてから、私と北川君は別れた。お互いの連絡先を教え合って。
「依頼が入ってるわよ」
理恵子さんの目は、私を責めるように射ている。定刻通りに出てきたのに、どうして非難されねばならないのだ。
「どれ」
意味のない声を上げて、私は机に向かった。山積みのファイルを押しのけ、スペースを確保し、理恵子さんから手渡されたメモを落とす。これらのメモは、理恵子さんが依頼内容を簡潔にまとめてくれた物だ。全部が全部、保険会社関係の調査依頼というわけではなく、浮気の証拠探しや素行調査、果ては迷い子の猫探しまで舞い込む。今朝の分は、昨日一日に届いた依頼にしては件数が多い。
「お薦めの物件はあるかな?」
「私は不動産屋じゃありませんので」
冷たく言い放たれた。そもそも、彼女は主に経理ばかりやっているから、仕事の選り好みをしない。実際に調査する私からすれば、何でもかんでも引き受けるわけにはいかないのだが、それを分かってもらえない。
「支払い条件がいいのだったら、すぐにでも上から順に列挙してみせるけど」
理恵子さんが言ったが、私はこれまでの経験から断る。支払い条件のよい依頼は、たいていが無茶な仕事なのだ。
ぱらぱらとメモを眺めていたところ、ある単語が目に飛び込んできた。
「『殺人事件の犯人探し』だって?」
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