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7.窮地の旧友
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「ああ、それね。まあまあの支払いが期待できるわ」
理恵子さんはまだ言っている。
「どうしてこんな依頼が来るのだろうねえ。推理小説に出てくる名探偵と、現実の私立探偵とは全く違うんだから、こんな依頼をされても、犯人を見つけられるはずがないんだよ」
ぶつくさ言いながら、ふと、依頼人の名を見やる。息を飲んだ。もはや私の視線は釘付けにされた。
「レオン=デウィーバー……」
「外国の方からの依頼なんてのも、珍しいわね」
のんきな理恵子さん。私は懐かしい名を目にして、少し興奮気味に言った。
「このデウィーバー……さんは直接、ここに来たのかい?」
「えっと。違うわ。封書」
「見せてくれないか」
「ええ? 本気?」
目を丸くしている理恵子さんを、私は無言で急かした。やがて手渡された青っぽい封書には、ワープロかタイプライターの文字で宛名と差出人名が記されていた。中から出てきたのは、一枚の便箋だった。こちらは白色、文章は手書きだ。
内容はいたって簡潔である。彼が祖国であるオーストラリアで知り合い、親しくなった日本人・神取道隆宅で何某かの小規模なパーティが行われた。デウィーバーも招かれてそこへ出向いていた。その席上、神取氏が殺されたと言う。理由は明記されていないが、デウィーバーが犯人ではないかと疑われているようだ。自分には全く身に覚えのないことであり、真犯人を見つけてくれという訴えが連ねてあった。
「日本人弁護士が相手では意思の疎通が心許ないから、頼んできたと書いてあったわよね、確か」
理恵子さんが口を差し挟む。
「だけど、うちに頼んできたって、どうしようもないじゃないの。オーストラリア人がいるわけじゃないんだし」
「今度、この事件を引き受ける」
「何ですって? 本気なの?」
さして驚いた風もなく、理恵子さん。どちらかと言えば、私にどうやってあきらめさせようか、早くも思案している感じだ。
「何といわれても引き受けさせてもらうよ。彼、デウィーバーはね、私の旧友なんだよ」
「……ふうん、それで……。でも、手紙にはそんなこと、書かれてなかったようだけど」
いつ頃の旧友なのかとか、どういう知り合いなのかとかには一切興味を示さず、理恵子さんは私に聞いてきた。
「そこはまあ、白人の生活様式というか習慣じゃないの。ストレートに用件を切り出しているんだ。事情が事情だし、あれこれと挨拶の言葉をしたためる余裕はなかったんだよ」
「雄嵩は自分が探偵業をやっているんだと、その人に伝えていたの?」
「伝えたくなくても伝えざるを得なかったんだよ。私が新入りの頃、君は言ったよ。客獲得のためにダイレクトメールを二百通出せなんてノルマを課すから、私は知り合い中に出した。デウィーバーはその一人なんだ」
「男の友情で、どうしても助けたいのね」
ころっと質問の内容を変えてくる理恵子さん。内心では戸惑いつつも、私は応じる。
「そういうことになるかな」
「見返りが割に合わなくても? 解決できるかどうか、五里霧中でも?」
「ああ」
「……しょうがないわね」
肩をすくめる理恵子さん。
「友情なんてものに行動を左右されるなんて、男の考えてることはちっとも理解できないわ」
「分からなくてもいいよ、私の勝手を許してくれるなら」
「許しますとも。先月分の働きぶりはとても好評、特別ボーナスを弾んでくれた依頼者もいたからね。その分をちゃらにさせてもらうわね」
「それでいい。すぐに連絡を取りたい」
「連絡を取るのはご自由ですけど」
理恵子さんは、私の机の上を指さした。
「残りの依頼、引き受けるか断るか、仕分けしておいてちょうだい」
オーストラリア出身のデウィーバーは、祖国で日本語通訳のアルバイトをしていたせいもあって、何人かの日本人と知り合いになっている。そんな中の一人が神取道隆氏だ。神取氏はとある日本企業の社員で、オーストラリアでの任には二年、着いていた。そして帰国したのが三年前とのことである。
「だけど、会社関係の人は、そのパーティには来ていなかったんだろう?」
私が尋ねると、デウィーバーは一層うまくなった日本語で答えた。
「そうだと思う。完璧に把握しているんじゃないけど、パーティとは、神取氏の娘さんの誕生パーティだったから、そんな場に会社の人をあまり呼びはしないよね」
「娘っていくつだ?」
「年齢のこと? 十五だと聞いた」
「ふむ。そのぐらいの歳なら、ご機嫌取りに部下が来るなんてこともないだろうなあ」
私は一つ、可能性を打ち消した。もしかすると、出世コースに乗っている神取氏に取り入ろうとする輩がいたのではないかと思っていたのだが、いくら何でも中学三年生の娘の誕生日に顔出しする奴はいまい。
「動機は仕事がらみじゃないってことになる。君の他にどんな連中がいたんだろう……。いや、その前に、デウィーバー、君はどうして呼ばれたんだい、神取氏の娘の誕生パーティなんかに?」
「オーストラリアに知子さんが遊びに来たとき、観光案内したから、その縁でしょう」
それぐらいのことで? 不思議に感じたので、深く聞いてみる。
「知子って子から、君は懐かれているのかい?」
「ナツカレルとは?」
「意味、分からないか。そうだな……親しく接することを懐くって言うんだ」
「おお。それなら、知子さん、私に対して親しく接しています」
青い目を細めるデウィーバー。
「ついでに聞いておこう。君が疑われたのは、どういった点からなんだろう」
「分からない……。死ぬ間際、神取さんが、Dと書き遺したのが最大の原因だと思います。動機は、あとからみんなが勝手に作っているんです」
「まあ、そんなところだろうね。さあ、さっきの質問に戻るか。君の他にパーティに出席していた人の名前だ。途中で帰った者も含めて、教えてほしい」
理恵子さんはまだ言っている。
「どうしてこんな依頼が来るのだろうねえ。推理小説に出てくる名探偵と、現実の私立探偵とは全く違うんだから、こんな依頼をされても、犯人を見つけられるはずがないんだよ」
ぶつくさ言いながら、ふと、依頼人の名を見やる。息を飲んだ。もはや私の視線は釘付けにされた。
「レオン=デウィーバー……」
「外国の方からの依頼なんてのも、珍しいわね」
のんきな理恵子さん。私は懐かしい名を目にして、少し興奮気味に言った。
「このデウィーバー……さんは直接、ここに来たのかい?」
「えっと。違うわ。封書」
「見せてくれないか」
「ええ? 本気?」
目を丸くしている理恵子さんを、私は無言で急かした。やがて手渡された青っぽい封書には、ワープロかタイプライターの文字で宛名と差出人名が記されていた。中から出てきたのは、一枚の便箋だった。こちらは白色、文章は手書きだ。
内容はいたって簡潔である。彼が祖国であるオーストラリアで知り合い、親しくなった日本人・神取道隆宅で何某かの小規模なパーティが行われた。デウィーバーも招かれてそこへ出向いていた。その席上、神取氏が殺されたと言う。理由は明記されていないが、デウィーバーが犯人ではないかと疑われているようだ。自分には全く身に覚えのないことであり、真犯人を見つけてくれという訴えが連ねてあった。
「日本人弁護士が相手では意思の疎通が心許ないから、頼んできたと書いてあったわよね、確か」
理恵子さんが口を差し挟む。
「だけど、うちに頼んできたって、どうしようもないじゃないの。オーストラリア人がいるわけじゃないんだし」
「今度、この事件を引き受ける」
「何ですって? 本気なの?」
さして驚いた風もなく、理恵子さん。どちらかと言えば、私にどうやってあきらめさせようか、早くも思案している感じだ。
「何といわれても引き受けさせてもらうよ。彼、デウィーバーはね、私の旧友なんだよ」
「……ふうん、それで……。でも、手紙にはそんなこと、書かれてなかったようだけど」
いつ頃の旧友なのかとか、どういう知り合いなのかとかには一切興味を示さず、理恵子さんは私に聞いてきた。
「そこはまあ、白人の生活様式というか習慣じゃないの。ストレートに用件を切り出しているんだ。事情が事情だし、あれこれと挨拶の言葉をしたためる余裕はなかったんだよ」
「雄嵩は自分が探偵業をやっているんだと、その人に伝えていたの?」
「伝えたくなくても伝えざるを得なかったんだよ。私が新入りの頃、君は言ったよ。客獲得のためにダイレクトメールを二百通出せなんてノルマを課すから、私は知り合い中に出した。デウィーバーはその一人なんだ」
「男の友情で、どうしても助けたいのね」
ころっと質問の内容を変えてくる理恵子さん。内心では戸惑いつつも、私は応じる。
「そういうことになるかな」
「見返りが割に合わなくても? 解決できるかどうか、五里霧中でも?」
「ああ」
「……しょうがないわね」
肩をすくめる理恵子さん。
「友情なんてものに行動を左右されるなんて、男の考えてることはちっとも理解できないわ」
「分からなくてもいいよ、私の勝手を許してくれるなら」
「許しますとも。先月分の働きぶりはとても好評、特別ボーナスを弾んでくれた依頼者もいたからね。その分をちゃらにさせてもらうわね」
「それでいい。すぐに連絡を取りたい」
「連絡を取るのはご自由ですけど」
理恵子さんは、私の机の上を指さした。
「残りの依頼、引き受けるか断るか、仕分けしておいてちょうだい」
オーストラリア出身のデウィーバーは、祖国で日本語通訳のアルバイトをしていたせいもあって、何人かの日本人と知り合いになっている。そんな中の一人が神取道隆氏だ。神取氏はとある日本企業の社員で、オーストラリアでの任には二年、着いていた。そして帰国したのが三年前とのことである。
「だけど、会社関係の人は、そのパーティには来ていなかったんだろう?」
私が尋ねると、デウィーバーは一層うまくなった日本語で答えた。
「そうだと思う。完璧に把握しているんじゃないけど、パーティとは、神取氏の娘さんの誕生パーティだったから、そんな場に会社の人をあまり呼びはしないよね」
「娘っていくつだ?」
「年齢のこと? 十五だと聞いた」
「ふむ。そのぐらいの歳なら、ご機嫌取りに部下が来るなんてこともないだろうなあ」
私は一つ、可能性を打ち消した。もしかすると、出世コースに乗っている神取氏に取り入ろうとする輩がいたのではないかと思っていたのだが、いくら何でも中学三年生の娘の誕生日に顔出しする奴はいまい。
「動機は仕事がらみじゃないってことになる。君の他にどんな連中がいたんだろう……。いや、その前に、デウィーバー、君はどうして呼ばれたんだい、神取氏の娘の誕生パーティなんかに?」
「オーストラリアに知子さんが遊びに来たとき、観光案内したから、その縁でしょう」
それぐらいのことで? 不思議に感じたので、深く聞いてみる。
「知子って子から、君は懐かれているのかい?」
「ナツカレルとは?」
「意味、分からないか。そうだな……親しく接することを懐くって言うんだ」
「おお。それなら、知子さん、私に対して親しく接しています」
青い目を細めるデウィーバー。
「ついでに聞いておこう。君が疑われたのは、どういった点からなんだろう」
「分からない……。死ぬ間際、神取さんが、Dと書き遺したのが最大の原因だと思います。動機は、あとからみんなが勝手に作っているんです」
「まあ、そんなところだろうね。さあ、さっきの質問に戻るか。君の他にパーティに出席していた人の名前だ。途中で帰った者も含めて、教えてほしい」
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